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2012年4月 7日 (土)

思考停止社会/郷原信郎

C__docume1__locals1_temp_znp21   もし、この水戸黄門の印篭が、八時五分に出てきたらどうでしょうか。テーマ音楽が終わり、代官所の奥座敷で代官と商人が密談している場面でドラマが始まった途端、突然、黄門様が助さんと格さんと一緒に乗り込んできて、印篭が示され、代官と商人の二人はその場にひれ伏します。二人がどのような話をしていたのか、まったく明らかにされません(中略)
  このような「八時五分に印篭が登場するドラマ『水戸黄門』」と同じことが、今、日本の社会のあらゆる分野で起きています。
  「法令遵守」が徹底された今の世の中では、何か問題が表面化すると、事実の中身やその背景や原因などより、法令に違反したかどうかが問題にされ、法令違反はいかなる理由があっても許されません。それと同様に、「偽装」「隠蔽」「改ざん」「捏造」に当たる行為を行った者は一切弁解はできません。これらの行為に対しては、マスコミから、そして、世の中全体から、問答無用で厳しい批判、非難が浴びせられます。「法令遵守」や「偽装」「隠蔽」「改ざん」「握造」への非難は、水戸黄門の印篭と同じように絶対的な権威を持っています。この「印篭」が向けられると、それを行った者は、その場にひれ伏し、悔い改めるしかないのです。
  このように「法令遵守」などの「印篭」が登場し、その瞬間から思考停止に陥るという現象が、日本中を覆い尽くしています。法令を遵守したのかしなかったのか、「偽装」「隠蔽」「改ざん」をしたのかしなかったのか、ということだけに関心が集中し、そこでどういうことが行われているのか、何が問題なのか、ということを何も考えなくなってしまっているのです。

本書で郷原氏は、法令順守が思考停止を招くと言い、それを水戸黄門の印篭にたとえている。

最初から法令遵守を持ち出すのは、水戸黄門のドラマが始まって5分後には印篭が出てきてドラマが締めくくられてしまうのと同じ。

これでは、ドラマとしては面白くないし、現実の社会にこれを当てはめると、最初から法令順守を持ち出すのは偽装や隠蔽といった社会的問題の本当の解決にはならない。

日本では、様々な分野について法が精密に作られているが、それが実際に適用されることはほとんどない。

法は象徴的に存在しているだけで、実際に社会内で起きたトラブルを解決するのは、慣行や話し合いなど法令や司法以外の様々な問題解決手段だった。

そしてそのような知恵者が非常に重用されたものだ。

その意味では何でも法令を最初から持ち出すアメリカとは全く違ったコンセプトで社会の仕組みがつくられているといって良い。

確かに法律は守らねばならないが、だったら自動車の運転で制限速度を守っている人がどのくらいいるだろうか。

60キロをちょっとでも上回ったら車を止められ罰金を取られたら、おそらく道路交通は完全にマヒしてしまうだろう。

それと同じことが今、日本社会で起こっている。

「思考停止社会」に日本が歩み始めているという警告は真に受け止めるべきだろう。

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