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2012年4月 6日 (金)

「大人」がいない・・・/清水義範

C__docume1__locals1_temp_znp1e   たとえばテレビのトーク番組などで、スタジオ内にいる観客が次のような反応をするのを我々はよく見る。女優でも男優でもいいが、ある人が、私ももう三十五歳ですよ、などと言うと観客は大きくどよめくのだ。
  「え-っ!」
  その驚きの声は、そんなに老けているのか、という意味のものではない。こんなことにこそ日本人の意識が自然に出てくるもので面白いのだが、これは半分は素直に驚いているのだとしても、あとの半分はお世辞なのである。
  つまり、「え-っ、そんな歳にはとても見えなくて、もっと若く見える-」というのが、あのどよめきの意味するところなのだ。そこで、どよめかれた俳優は、少し嬉しそうな、まんざらでもない顔をする。 (中略)
  少し不思議な気がする。日本人には大人という言葉が、知恵ある一人前の人間という意味でもあるのに、その一方で、若いというのが大変なほめ言葉なのだ。
  私は外国のことをあまり知っているわけではないが、ヨーロッパ人などは、若いね、と言われて手ばなしでは喜ばないような気がする。個人主義が根底にある欧米人は、個人である自分を確立して社会と対峙しなければならないと感じている。だから、私は一人前の人間である、という自負が必要なのだ。まだ幼いだなんて、見くびられるのは我慢ならない、と感じている。
  『赤と黒』の主人公ジュリァン・ソレルだって、『罪と罰』の主人公ラスコーリニコフだって、実はまだ若いのだが、子供っぽいなんて思われてなるものか、と肩に力が入っている感じである。「若いね」なんて言われたら彼らは怒るであろう。

大人といってもいろんな意味がある。

生理的年齢が20歳を過ぎたということ、

人間として経験を積み重ね成熟してきたこと、

子供としての純粋さをなくしてしまったこと、等々・・・

良い意味でも悪い意味でも「大人」という言葉を使う。

しかし、著者がいうように、概ね多くの日本人は生理的年齢が大人になっても、若いと言われることを好む傾向にあるようだ。

映画を観ても、欧米は成熟した見応えのある大人の映画が多くあるが、最近の日本映画は若者向けの少し軽めの映画が多いように感じる。

テレビを観れば、お笑いの若手芸人が出てくるバラエティーがやたらに多い。

日本社会全体が大人として成熟することを否定するような風潮だ。

結果として、いつまでも人間として成熟しない、生理的年齢だけが大人になってしまった人間が増えてくる。

この傾向はやはり正常ではないと思う。

この状態を放置すると、社会的にも様々な問題が噴出してくるような気がする。

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