まず、ルールを破れ/マーカス・バッキンガム&カート・コフマン
ある寓話を紹介することで、すぐれたマネジャーが共通して待っている考え方を理解していただくことにしよう。
昔あるところにサソリとカエルが住んでいた。
サソリは池の向こう岸に渡りたかったが、サソリであるために泳げない。そこでカエルのところに行って頼んだ。
「カエルさん、僕を背中に乗せて池の向こう岸まで連れていってくれないか」。
「いいよ」とカエルは答えた。「でも、よく考えると断固お断りだ。泳いでいる最中に君は僕を刺し殺すかもしれないからね」。
「なんでそんなことを考えるんだ」とサソリは反論した。「君を刺し殺そうなんて考えるわけがないだろ。だって君が死んでしまったら、僕も溺れてしまうんだぞ」。
カエルはサソリがどんなに危険かよくわかっていたにもかかわらず、このサソリの論理に納得してしまった。カエルは考えた、この状況ならサソリはおとなしくしっぽをおさめているはずだ。カエルは引き受けた。背中にはい上がったサソリを乗せてカエルは池に入った。ちょうど池の真ん中にさしかかったとき、サソリはやおらしっぽを動かしてカエルを刺した。息も絶え絶えにカエルは叫んだ。
「どうして刺したんだ。刺しても自分のためにならないだろ。僕が死ねば君も溺れるんだぞ」。
「わかってるよ」と池に沈みそうになりながらサソリは答えた。「だけど僕はサソリなんだ。君を刺すのが仕事なんだよ。それが僕の自然の本性なんだ」。
伝統的常識をもとにすれば、カエルのように考えたいという気になる。人の本性は変わるものだと。
そうした知恵はこうわれわれにささやく。一生懸命努力さえすればだれでも望む姿になれる。そうした変化の方向性を決めることがマネジャーの責任である、ということは間違いない。規則や方針を定めることによって、自分の部下が勝手な行動に走ろうとするのを抑えるべきだろう。部下に能力や技能を身につけさせて、足りないところを補うようにする。マネジャーとして最大の努力を傾注すべき目標は、人が持って生まれたものを抑えたり、修正したりすることだ。
すぐれたマネジャーはこの考えを即座に否定する。カエルが忘れたことをいつも頭に置いている。
すなわち個人一人ひとりは、サソリと同じように自分自身の独自の本性に忠実なのだ。それぞれが違った動機づけで行動している、つまり個人個人は自分なりの考え方や他人との接し方があるということがよくわかっている。人一人を改造するにはそれなりの限界があることも認識している。とはいえ、こうした違いが存在することを嘆いたり、それを握りつぶしたりしようとはしない。反対に、その違いをうまく活用している。個人一人ひとりが、ますますその人自身になるように力を貸そうとしているのだ。
すぐれたマネジャーが何万人も、こだまのように口にした、ある一つの考え方を紹介する。
人はそんなに変わりようがない。
足りないものを植えつけようとして時間を無駄にするな。
そのなかにあるものを引き出す努力をしろ。
これこそ本当に難しい。
この考え方が、すぐれたマネジャーに備わった知恵の源泉なのだ。部下にどのように接するか、部下のために何をしているか、そのすべてがこの考え方に反映している。すぐれたマネジャーがマネジャーとして成功するための基本なのだ。
少し引用が長くなってしまったが、ここではマネージャーとして大事なことが述べられている。
すぐれたマネジャーは何をし、何をしないのか。
世論調査で有名なアメリカの調査機関ギャラップが、8万人のマネジャーと100万人の従業員に行ったインタビュー調査をもとに、その点を解明したのが本書である。
多くのマネージャーは、自分の力で部下を変えることができると思い込んでいる。
またはそうするのがマネージャーの仕事だと思っている。
確かに、ちょっとした行動の改善やスキルの向上はマネージャーの力によって可能だ。
しかし、部下の本質的な部分はそう簡単に変えることはできない。
全く不可能とは言えないが、それには多大なコストと時間がかかる。
本書は膨大なマネージャーの調査データから、優れたマネージャーほど、こんなことに時間を費やしてはいないということを証明する。
世の中の傑出した人物の言葉を即、真理と決めてしまうのではなく、それをあくまでサンプルとして扱い、より深い原則を見ようとする実証的スタンスである。
それだけに、この「調査結果」には説得力がある。
確かに、人間的な想いから「俺の力でこいつを一人前にしてやる」と気張っても、かえってそれが空回りすることが多いもの。
「人はそんなに変わりようがない」
確かにそうなのだ。
その前提の上に立って、「では、何をすべきなのか?」とやるべきことを考えること。
これがマネージャーに求められている。
« 壊れる日本人 再生編/柳田邦男 | トップページ | 「決定」で儲かる会社をつくりなさい/小山昇 »
コメント