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2012年5月の31件の記事

2012年5月31日 (木)

日本の戦争/田原総一郎

Photo この日、ルーズベルトとハルは長時間話し合った。ルーズベルトが「日本に奇襲攻撃をやらせたほうが、アメリカの世論を燃え上がらせるのに都合がよいのではないか」と問うと、ハルは全面的に同調した。結局、「暫定協定案」を捨てて「平和解決要綱」(いわゆるハル・ノート)を日本側に手渡すことになった。(中略)
 もっともハルは「二六日の提案はけっして最後通牒ではなかった」(上下両院真珠湾調査委員会)と証言しているが、「ハル・ノート」を野村、来栖に渡した翌二月二七日にはマーシャル参謀総長から、フィリピン、ハワイの陸軍部隊に「日本の敵対行動がいつ起こるやもしれない」と警戒命令が発せられ、海軍作戦部長は太平洋艦隊とアジア艦隊に「日米交渉はすでに終わった」、つまり事実上戦争状態に入ったと宣言している。ルーズベルトもハルも、ひたすら日本が第一弾をうち、アメリカ国民の「日本をやっつけよ」との声が爆発するのを待っていたわけだ。

第二次世界大戦における日米の戦争は、日本軍の真珠湾奇襲攻撃で始まった。

ルーズベルトは、日本の開戦通知が攻撃が始まって1時間後だったことから、この奇襲を「だまし討ち」と議会演説やラジオ放送でまくし立て、アメリカの世論を誘導する。

しかし中には、あれはルーズベルトが日本がそうするように仕向けたのだ、という歴史家もいる。

本当のことは正直、わからない。

ルーズベルトとその周辺のごく一部の人たちしか知り得ない事柄である。

そして、彼らは、その歴史の真実を墓場までもっていってしまった。

もはや、証言する人は誰もいない。

ただ、歴史には表と裏が必ずあるもの。

一般に伝えられている表の歴史と、ごく一部の人たちしか知らずに時間の経過とともに闇に葬られてしまう類の裏の歴史というものが。

これが歴史の面白さでもある。

まあ、たまにはこんなことに思いを馳せるのもよいのではないだろうか。

2012年5月30日 (水)

動きが心をつくる/春木豊

4062881195 生態心理学者として知られている佐々木正人が行った興味深い研究を取り上げてみよう。研究の詳細は省略するが、彼は漢字を思い出すときに、かなりの人が手を動かすということに気がつき、それを「空書」と称した。
 そして、ある漢字を思い出すときに手を動かすことを禁じられた人と、手を自由に動かせる人とで、漢字の想起に違いが出てくるかどうか、比較実験を行った。その結果は興味深いものだった。手を動かせたほうが、明らかに成績がよかったのである。
 この結果は何を意味しているだろうか。記憶を想起することは知的な作業である。心理学でいえば、認知心理学のテーマである。また脳科学でいえば、記憶の想起は海馬を中心とした大脳皮質全体の活動といえるだろう。
 したがって記憶を想起することは、脳の活動だけによるものと考えやすいが、佐々木の実験は、知的な現象にも末梢である手の動きが関与していることを示したものであったといえる。記憶の想起という脳内活動は、その記憶が形成されたときの手で書くという身体の動きを無視できないということである。大げさにいうならば、記憶は手にあったということになる。

脳のことがわかれば、すべてが明らかになるとさえ考える人が多くなってきた。

たしかに現代の脳科学の進歩には目を見張るものがあり、心の活動に伴う脳の変化を逐一画像にして見せてくれたりする。

そのため心の働きもまた、脳によって説明できると思われるようになってきた。

そしてこの風潮は一般にも広がっている。

しかし、本当に私たちが認知している事柄はすべてが脳内のできごとで全て説明できるのだろうか。

これに対して、本書で繰り返し述べることは、脳という中枢の存在は、末梢である四肢の活動の経験の集積であって、末梢である身体なしに存在しえない。

始めに「末梢での経験」ありき、であって、その経験を以後の状況で能率よく生かすために形成されてきた器官が脳なのだ、という。

つまり、「始めに末梢の身体ありき」であって、中枢の脳があったのではない。

このことは動物の進化の過程をみれば明らか。

脳は進化の後半から生まれたのであって、多くの動物は脳なしで充分に生きてきたし、生きている。

ウィリアム・ジェームスという心理学者は、「われわれは泣くから悲しい、殴るから怒る、震えるから恐ろしい、ということであって、悲しいから泣き、怒るから殴り、恐ろしいから震えるのではないというのである」といっている。

つまり「始めに末梢の身体ありき」である。

私の実感もこれに近い。

やはり身体の活動と脳の働きとは密接な関係があるのではないだろうか。

2012年5月29日 (火)

困難を乗り越える力/蝦名玲子

4569805175 「ストレス」という言葉を定義した生理学者ハンス・セリエ博士は、「ストレスは人生のスパイス」と表現している。スパイスのない料理が美味しくないように、刺激がない生活も退屈すぎておもしろくないし、成長も期待できない。学生時代、定期的にテストを受けたり、部活の試合に出たりしたときのことを思い出してみるといいだろう。大変でも、そうしたテストや試合があったからこそ、努力もしたし、いろいろな成長もできたのではないだろうか。
 同じように、いま、単調すぎる生活をおくっていたりすると、「なんて退屈なのだろう。自分の人生、もう少しチャレンジングなことをしたい」と思うだろう。適度なストレスは、私たちを奮い立たせ、より良い人生をおくるのに、大切なものなのである。

著者によると、人生の困難を体験しても、健康状態を悪化させず、さらにその困難を成長の糧にするような生き方ができている人には、共通点があるという。

これらの人は共通して「わかる」「できる」「やるぞ」という感覚が高いという。

第一に「わかる」という感覚が高まると、動じにくくなる。

「自分が今どういう状況に置かれていて、これから何が起こり得るのか」がわかったら、少しは落ち着くし、

また次にどのような問題が起こるかを予測できたら、実際にその問題が起きたときに受けるショックを和らげることもできる。

第二に「できる」という感覚が高まると、追いつめられにくくなる。

困難に遭遇したときに、「自分ひとりで、この困難を乗り越えていかないといけない」と思うと追いつめられるが、

「自分には助けてくれる人がいる」と困難を乗り越えるときに使える「資源」に気づくと、

「なんとかなる」と思えやすくなる。

また、そうした「資源」を上手に活用してうまく乗り越える経験を積むことで、自信も高まる。

第三に「やるぞ」という感覚が高まると、諦めてしまいにくくなる。 

「こんなに大変なことが多いのに、自分はどうして生きているのだろう」

「自分なんていなくてもいいんじゃないか」と思うと、

すべてがどうでもよくなってしまうものだが、

「この困難を乗り越えることは大切なことだ」と感じられたら、

つらいからといって、生きることを諦めてしまわず、

乗り越えていこう、生き抜いていこうと思える、と。

生きていれば、「仕事がうまくいかない」「上司や部下とうまくいかない」等、思うようにならないさまざまな困難に遭遇する。

そうした困難に遭遇したときはストレスを感じるもの。

だが、ものは考えよう。

「ストレスは人生のスパイス」と考えたらどうだろうか。

ストレスの全くない人生なんで、スパイスの効いていない料理のように味気ないもの。

そう考えたら、もっと前向きに生きることができるのではないだろうか。

2012年5月28日 (月)

まともな人/養老孟司

Photo 個性のあるのは身体で、頭にあるのは共通性だ。それを私は年中いうが、ほとんどの人はポカンとしている。やっぱり個性とは、私だけの思い、私だけの考え、私だけの感情だと思っているのであろう。それならそう思っていればいい。そういう世界では、学習は反復練習だ、身につけることだ、という常識は消えてしまう。だって個性を伸ばすのだし、個性は頭のなかだから、頭のなかを伸ばすのだろうが。頭のなかをどうやって伸ばすのか。
 どうすればいいか、わからないはずである。私だってわからない。考えたことがない。

解剖学者の養老氏は、個性のあるのは身体で、頭にあるのは共通性だという。

説明を読んでナルホドと思ってしまった。

確かに身体には個性がある。

その人限りのもの、それはいくらでもある。

たとえば人の心臓はその人だけのものである。

それを他人に移植することはできる。

しかし実際には、免疫を抑制しなければ、決して定着しない。

身体はその心臓が「自分ではない」と、「だれにも教わらずに」知っているのである。

だから免疫系は、移植された心臓を追い出そうとする。

それを個性という。

でも、頭に個性があったら、どうなるか。

理屈であれ、感情であれ、その人だけのもの、その人しか考えない、その人しか感じない、そういうものが、頭の、つまり心の個性だとする。

そんなものがあったら、どうなる。

精神科に入院するしかないであろう。

皆が笑っているとき、一人だけ嘆き悲しんでいる。

その理由が納得できるものであるなら、つまり共感できるものであるなら、いい。

でも、そうでなければどうだろう。

病院に行った方がいいんじゃないですか、とだれでもいうであろう。

つまり、個性とはきわめて身体的なものということができる。

それを、ゆとり教育で「個性を伸ばす」なんて言い出したので、日本の教育がおかしくなってしまった。

個性が身体的なものであるのならば、反復学習をどんどんやればいいのである。

同じ反復学習をやっても、身体に個性がある以上、個性が死ぬようなことはない。

無理に個性を伸ばそうとしても意味がないということである。

2012年5月27日 (日)

トヨタの社員は机で仕事をしない/若松義人

Photo 豊田英二氏は、昭和二十年代、米国フォード社に研修留学していた。そのころフォード社には、創業者フォード一世時代の職工が残っていた。そして「最近の若い者はオフィスにばかりいて、なかなか現場に来ない」とこぼしていたという。
 フォード一世の時代は、マニュアルを自分たちでつくり、それを集大成してフォードシステムをつくった。それが変質し、専門家がマニュアルをつくり、それを現場に押しつけるようになっていたようだ。
 「マニュアルは、つくった人が直接現場へ行って指導しないとダメなんだ」というのが英二氏の感想だ。
 トヨタ式では、標準作業を現場の人がつくる。そのため、スタッフが書いて押しつけることがもともとない。ただ、トヨタ式を導入しつつある会社では、標準作業をスタッフがつくって、現場にはただ「守れ」と指示するだけのケースが見受けられる。情報は相互にやりとりするものであって、一方通行では企業は成長がストップしてしまうだろう。

トヨタ式を導入する企業は多い。

しかし、思った程の効果が得られない企業が多いのも事実。

どこに原因があるのか?

原因の一つは、表面的なモノマネで終わってしまっているところにあるようだ。

たとえば、トヨタでは仕事の流れを標準化する。

それを真似した企業が、同じように標準化するためにマニュアルを作る。

ところが思ったような効果が得られない。

何故か?

マニュアルを現場以外のスタッフが作ってしまうからである。

現場の人間が、現場を知らないスタッフの作ったマニュアルなど見ようとはしないのは当たり前の話。

それは、マニュアルの出来、不出来の問題ではない。

ココロとプライドの問題。

トヨタ式を多くの企業が導入するものの、思った程の効果の得られない原因はこんなところにあるようだ。

モノマネが悪いわけではない。

しかし、もし、モノマネをするのであれば徹底的に真似るべきだろう。

中途半端が一番良くない。

2012年5月26日 (土)

最強の交渉術/谷原誠

Bt000011400000100101 交渉において、相手を追い詰めすぎてはならない。ましてや、完膚なきまでに叩きのめすような勝ち方はしてはならない。必ず相手に逃げ道を残しておくことが必要だ。
 相手の自尊心を踏みにじり、逃げ道を完全にふさいでしまうと、相手は冷静な判断力を失い、ただ相手に相応のダメージを与えることのみを目的とした行動を取ることがあるからである。
 「窮鼠猫を噛む」ということわざがあるように、逃げ道をなくした者は、決死の覚悟で反撃し、すさまじい力を発揮する。こうなったら、いくら自分が優勢に立っていても、苦戦を強いられる。
 苦戦の末に勝ったとしても、自分も相当な損害を被ってしまう。それが「最高」の交渉術であるわけがない。

生きている限りは、様々な人との交渉は避けて通れないもの。

つまり、交渉術とは、生きていく上での必須スキルといって良い。

では、最高の交渉術とは何か?

単に相手との交渉事に勝つだけでは「最高」の交渉術とはなり得ない。

仮にその交渉事に勝ったとしても、そのあと、相手との間に感情的なしこりができるとしたら、それは後々いろんな問題を起こすに違いない。

つまり、交渉に勝つが負けるかだけでなく、「どんな勝ち方」をするかが問題だということ。

相手に逃げ道を残しておけば、劣勢に立った者は冷静に、「ここはひとまず相手の言うことを受け入れて損害を最小限におさえておこう、また次があるのだから」という合理的な判断ができるはず。

そうすれば、互いに損害を最小限に食い止められる。

そして究極の交渉術とは、互いに損害が出ない戦い方。

つまり、孫子の言うところの「戦わずして勝つ」こと。

こんな交渉術が身につけば最高だ。

あくまで理想なのだが。

2012年5月25日 (金)

勝海舟/童門冬二

Photo 勝と坂本龍馬の最初の出会いは、坂本が当時剣術をならっていた桶町千葉道場の悴重太郎と、あるとき、
 「勝は開国屋だ。フテエ野郎だから斬っちまおう」
 と相談したことにはじまるといわれている。重太郎がもちかけたともいう。
 坂本らは赤坂の氷川町にある勝の家をおとずれた。
 「上りなさい」
 そう言われて、二人が刀を別室においてはいろうとすると、
「そのまま持って入ってこい」
 という勝の大声がきこえ、二人がそこへ行った途端、
 「てめぇら、おれを斬りにきたな?」
 ニヤリと笑って言われたという。
 度肝をぬかれた二人は何も言わずに手をついてしまった。

上記は、勝海舟と坂本龍馬との出会いの場面だが、人の影響力、感化力とはどのようなものかということを考えさせられるエピソードである。

人に対する評価は、初印象というものに左右されることが多い。

その意味では、勝は龍馬にこの上ないほどの強烈なインパクトを与えたことだろう。

自分を斬りに来た人間を、そうと知って無防備な状態で受け入れる。

そして「てめぇら、おれを斬りにきたな?」と冗談ともつかぬ言葉で先制パンチを食らわす。

龍馬でなくとも度肝をぬかれることだろう。

この時代の人を過大評価するつもりはないが、今のリーダーと呼ばれる人たちと、決定的に違うのは、このハラの座りようのような気がする。

「私心がない」とも言い換えることができようが、とにかく、この時代の人物は、現代人より一回りも二回りを大きいような気がする。

勝海舟は絶対に派閥をつくらなかったという。

彼自身も、「派閥をつくるとろくなことはない」と言ってる。

それは派閥をつくれば、そこに、「派閥の論理」が生まれて、それが行動原則となって次第に発展していくからである。

結果的には、「派閥対派閥の争い」になってしまう。

そうなれば、「私のための争いであって、公はいつの間にかどこかに棚上げされてしまう」ということになる。

現在の行財政改革にオーバーラップさせるわけではないが、勝海舟に言わせれば、「すべての政治家が公を重んじ、私を捨てれば、改革などスムーズに行える」ということになるのだろう。

2012年5月24日 (木)

凡人が一流になるルール/齋藤孝

Photo   次々に斬新なアイデアを打ち出してきたフォードだが、発想の源は、いったいどこにあったのだろうか。フォードは、自分はたった一つのアイデアにずっとこだわってきたという。
  「このアイデアは、些細で、誰でも思いつきそうなものだったが、それを発展させることが私のつとめとなったのである。小型で、丈夫で、シンプルな自動車を安価につくり、しかも、その製造にあたって高賃金を支払おうというアイデアである」(「藁のハンドル」)
  実際は斬新なアイデアを数多く世に送り出してきたのに、だれでも思いつく一つのアイデアに愚直にこだわってきたというフォードの回顧に首を傾げる人もいるだろう。
  その違和感も、日本語の「アイデア」と英語の「idea」の違いを考えれば解消するはずだ。
  日本語では、ちょっとした思いつきや具体的な工夫を「アイデア」と呼ぶ。しかし、英語の「idea」は少しニュアンスが違う。思いつきや着想という意味もあるが、一方で理想や理念という意味も持つ。フォードが指していたのは後者の意味合いを含むアイデアであり、企業の存在理由となる考え(コンセプト)に近い。

日本語の「アイデア」と英語の「idea」は違う。

ナルホド、と思ってしまった。

フォードのideaは、だれでも買える自動車を大量に作り、人々の暮らしを豊かにすることだった。

これが木の幹ならば、食肉工場からフォード方式を思いついたり、労働者の賃金を上げて未来の消費を生み出したりといった、個別のアイデアは、木に実った果実。

フォードはひたすら幹を太く育てることで、これらの果実を実らせたということであろう。

なかなか新しいアイデアがでてこない、と、苦しむことがある。

こんなときは、幹となるコンセプト、つまり「idea」に立ち返ることが必要なのではないだろうか。

一見遠回り感じても、そのほうが結果的には良いアイデアが生まれるのかれしれない。

もちろん、そのためにはまず幹となるideaを明確にする必要がある。

「自分は何のために、今、この仕事をしているのか?」

こんなことを考え、はっきりとした言葉にすることが必要なのではないだろうか。

フォードのideaは、社会に大変革をもたらす壮大なものだった。

私のような凡人には、そんなideaは生まれてこないだろうが、自分なりに、等身大のideaはあるはずだ。

これを考え言葉にすることは決して無駄なことではない。

2012年5月23日 (水)

聯合艦隊司令長官 山本五十六/半藤一利

51nbiuzkul__sl160_ そして、このあとに到着するいちばん肝腎な第十四部を解読し、アメリカ政府へ通告するまでの経過が無残この上ないものとなります。タイプ打ちが間に合わず、ついには、開戦通知がアメリカ国務長官のもとにもたらされたのは、日本の機動部隊が真珠湾を爆撃してから一時間後という失態となってしまったのです。それは誤判断と気のゆるみ、そして怠慢によるとされているのですが、じつは日本外交の本質にかかわる問題でもありました。
 なんとなれば、日米交渉は野村吉三郎と来柄三郎の仕事として、大使館員たちのほとんどは無関心を装いつづけていたというのです。これぞ官僚的といえそうなセクショナリズムでした。憎っくき野村の手助けなど御免蒙るというケチな料簡があったにちがいない。親身ならざるがゆえに、東京から送信されてきた長文の対米覚書が最後通牒となる可能性など、かれらは思ってもみなかった。となれば、最後の第十四部がなにを意味しているかを理解することなく、どうせ今夜は来そうもないから、明日の仕事にしようと勝手に判断して土曜の夜を楽しむことに、あいなったのです。
 その結果は、東郷外相がその著書に悲憤をもって記しました。「通告時の怠慢は国家の非常なる損失、万死に値する」と。まさにそのような失態でした。

日本の開戦通知がアメリカ国務長官のもとにもたらされたのは、日本の機動部隊が真珠湾を爆撃してから一時間後だった。

これがもとでルーズベルト大統領はこの奇襲を「だまし討ち」だと議会演説やラジオの談話でまくし立てるようになる。

アメリカ国民はいまだかつてないほどに団結を示し、報復を誓う声が方々から起こってくる。

この大失態の原因は大使館員の怠慢に他ならない。

しかしその奥にはセクショナリズムと感情的な反発があった

組織は感情で動くとよく言うが、まさにそれが最悪のタイミングで起こってしまった。

もちろん、開戦通知が予定通りアメリカ政府に届いたとしても、戦況が変わったとは思えないが、この失態が火に油を注ぐような結果になってしまったことは確かだ。

今も昔も、官僚のやっていることは、国のことを考えているようなポーズはするものの、実際は自分たちのことしか考えていないようにしか思えてならない。


2012年5月22日 (火)

人の力を信じて世界へ/井上礼之

Photo 「自由」すなわち英語のフリーの語源はゲルマン語のプリーという言葉です。これは「自分の属するもの」という意味であり、心に染む同類と一緒にいたいと思う気持ち、自ら進んである所に帰属したいという気持ちです。すなわち、自由とは一面では確かに「個」あるいは「私」ですが、同時に「帰属」という面があって初めて本当の自由が存在するのです。人は一人では生きられない生き物。だから人間である以上、何らかの集団に帰属することを避けられない。むしろそうすることが最も自然です。個人主義や自由主義が確立していると思われている欧米社会でも、国家や家族、企業以外に多くの人が地域のコミュニティやボランティア団体や教会などの集団に帰属し、社会の隅々にわたって「帰属意識」が大切にされています。

「自由」と「帰属」とは反語としてとらえがちだが、そうではない。

むしろ、本当の「自由」を得るためには、何らかの集団への「帰属」が必要。

こう考えると、どうも日本人は「自由」を間違ってとらえているのでは?という疑問が沸いてくる。

今の日本人は、帰属意識が希薄になっている感を免れない。

国家への帰属意識が希薄になっているので、社会的にも様々な問題が起こるのではないだろうか。

企業への帰属意識が希薄になっているので、企業は競争力を失い、衰退の途をたどっているのではないだろうか。

そして、家族への帰属意識、これが希薄なので、家庭の崩壊が起こる。

そう考えると、「帰属」があって初めて「自由」を得ることができる、というのはよく分かる。

「人は一人では生きていけない」

当たり前のことだが、このことを忘れてしまった自由論は意味がないということだろう。


2012年5月21日 (月)

プロ野球にとって正義とは何か/手束仁

Bt000017324400100101 落合は、もしかしたら時代の流れに対して早すぎた監督就任だったのかもしれない。それが監督としての仕事を完遂したにもかかわらず、その評価を「会社」から100パーセント満足した形で得られなかった原因ともいえるのではないか。

昨年のシーズン途中の落合監督解任劇は、多くの人が「なぜ?」と思ったことだろう。

就任8年間でリーグ優勝4回、日本一1回。

采配を振るったすべてのシーズンでAクラス以上という文句のない実績。

しかも優勝を果たしたシーズンに周囲の目から見ても不可解な監督解任。

結局は、本書のサブテーマとなっている「プロの流儀」vs「会社の論理」という構図が表面に出た結果ではなかったのだろうか。

プロ野球球団は親会社から見れば、単なる宣伝の手段なのかもしれない。

マスコミへの露出が増え、人気が上がり、観客が増え、結果として親会社の新聞の販売部数が増えればそれで良い。

極端に言えば、無理に優勝しなくても良いのである。

これが親会社の本音の部分であろう。

しかし、少なくとも優勝するために監督として招聘された落合としては、あくまでも勝利を最優先させるのは当たり前のこと。

すべてはチームを優勝させるために考え行動するのが監督というもの。

それが優勝させた結果、解任ではやはり筋が通っていないように感じるのは普通の感覚だと思う。

落合監督になって中日の観客動員数が減り、中スポの販売部数が減ったというが、それも落合監督だけに原因があったのかどうか、真偽のほどはわからない。

特に、落合監督が解任後出した著書「采配」がベストセラーになったことから考えても、隠れたファンは随分いたのでは、ということが推測される。

確かにプロ野球は、親会社から見れば宣伝の一手段なのかもしれないが、プロスポーツという勝負の世界に会社の論理を持ち込むのはやはり問題があるような気がする。

2012年5月20日 (日)

田中角栄に今の日本を任せたい/大下英治

4047315621_2 文部大臣、労働大臣、法務大臣、総務大臣、内閣府特命担当大臣(地方分権改革担当)などを歴任した衆議院議員・鳩山邦夫によると、田中角栄は、役人の使い方も抜群であったと言う。
 鳩山の政界スタートは、田中角栄総理秘書からだった。
 秘書として総理官邸に詰めていると、『日本列島改造論』を執筆した一人の堺屋太一からの電話を受けることもあった。当時は、本名の池口小太郎として通産官僚だった。
 堺屋太一をはじめ、優秀な役人たちを使いこなす力にずば抜けていたのが田中角栄だった。
 総理になる前も、総理になってからも、田中角栄が「これ!」と見込んだ役人の数は相当なものだった。鳩山が知っているだけでも、100人、200人……、もっといたかもしれない。(中略)
 田中は、強いリーダーシップで役人を使いこなせる政治家だった。一方、役人たちも田中を慕っていた。政治家と役人は、敵味方の関係にある。それでも、9割の役人は田中を慕っていた。

日本は今、危機的な状況にある。

そして、危機が訪れる度に必ず出てくるのが田中角栄待望論である。

「もし角さんがいたら、どのような大胆な政策を打ち出すだろうか」という田中角栄待望論が強まる。

今回、国難と言える東日本大震災に見舞われ、いっそう田中角栄待望論が聞こえてくる。

なぜか。

田中角栄なら、それまでの政策の延長線でなく、大胆な政策を打ち出し、日本をガラリと変えてくれるのではないか。

そう思わせるからであろう。

そして、田中角栄のやり方で今の政権与党の政治家と決定的に違うのが、役人の使い方である。

角栄は、役人と対立するのではなく、役人をうまく使っている。

おそらくこれが本当の「政治主導」なのだろう。

2012年5月19日 (土)

知的経験のすすめ/開高健

Photo 現代人は頭ばかりで生きることをしいられ、自分からもそれを選び、それだけに執して暮らしていますが、これでは発狂するしかありません。発狂か。自殺か。または、たとえそうでなくても、それに近い状態で暮らすしか・・・・・・
 心で心をきたえることは必要だし、避けられないことだし、誰しもそうせずには生きていけますまい。しかし、そのとき、自身の手と足で何事かを教えこんだ心をどこかに参加させておかなければ、無限の鏡の行列を覗きこんだのとおなじ結果になるのではありますまいか。心を覗く心がある。その心を覗く心がある。そのまた心をべつの心がどこからか覗いている、といったことになる。頭だけで生きようとするからこの凝視の地獄は避けられないのです。手と足を忘れています。分析はあるけれど綜合がない。下降はいいけれど上昇がない。影を見ているけれど本体を忘れている。孔子のいうようにバクチでもいい。台所仕事でもいい。スポーツでもいい。畑仕事でもいい。手と足を思いだすことです。それを使うことです。私自身をふりかえってみて若くて感じやすくておびえてばかりだった頃、心の危機におそわれたとき、心でそれを切りぬけたか、手と足で切りぬけたか、ちょっとかぞえようがありません。落ちこんで落ちこんで自身が分解して何かの破片と化すか、泥になったか、そんなふうに感じられたときには、部屋の中で寝てばかりいないで、立ちなさい。立つことです。部屋から出ることです。そして、何でもいい、手と足を使う仕事を見つけなさい。仕事でなくてもいいのですが、とにかく手と足を使う工夫を考えてみては?

特派員として戦時下のベトナムへ行き、生死の狭間を味わったり、熱心な釣師としてブラジルのアマゾン川など世界中に釣行し、様々な魚を釣り上げたり、開高健と言えば、「行動」という二文字が思い浮かぶ。

本書は、その著者のエッセイだが、ここでも「行動」することの大切さを記している。

現代人は、手足を動かすことを忘れている、と。

しかし、このエッセイが書かれたのは1987年。

つまり、ここで言う「現代人」とは、1980年代に生きた人たちのこと。

今から20年以上前の「現代人」が手足を動かしていないというのであれば、

2012年に生きる今の「現代人」はどうであろう。

あの当時よりもっと手足を動かさなくなっている。

ITの進化によって、現地にいかなくても疑似体験することができるようになっている現代。

「鬱」が増えるはずだ。

2012年5月18日 (金)

プロフェッショナルの働き方/高橋俊介

4569801870 フランク・ミュラーは世界的に有名なスイスの高級時計メーカーです。そして、この社名及びブランド名は、創業者の名前でもあります。
 ミュラー氏は時計職人になるにあたり、技術だけでなく、時間の概念や人間にとって時間とは何かという、哲学的テーマを徹底的に勉強しました。フランク・ミュラーの時計は独創的なデザインが特徴ですが、それは単に奇をてらっているのではなく、「時間とはこういうもの」「時計はこうでなければならない」というミュラー氏の哲学を形にしたものなのです。
 ミュラー氏には確固たるキャリアの背骨があった、だからこそ、あのデザインは生まれたといっていいでしょう。そして、世界中のセレブに、類まれな価値を提供することに成功しました。
 フランク・ミュラーが、瞬く間に世界的ブランドに成長することができたのには、そういう理由があったのです。

本書では人事・キャリアの第一人者である著者が、プロフェッショナルな生き方を提唱している。

想定外の変化が当たり前のように起こる今日、

長い間第一線に立ち、やりがいを感じながら、価値を提供し続けるにはどうしたらいいのか。

そのひとつの答えが、生涯プロフェッショナルという働き方である。

そのためには、若いときに背骨となるものを身につける必要がある。

社会人となり、まさにこれからキャリアをつくっていこうという人にとって、大事なことは何か?

専門性を身につける、有利な資格を取る……

おそらくほとんどの人の頭には、こういったいわゆる雇用され得る能力に関することが浮かぶのではないだろうか。

たしかに現在のような厳しい環境下で、この先何十年も競争社会を生き抜いていかなければいけないことを考えたら、そういう発想になるのもわからなくはない。

しかし、本当はもっと重要なものがある。

それは、「キャリアの背骨をつくる」ということ。

働くうえでこれだけは絶対に譲れないという哲学や思想、自分の価値提供のスタイル、アイデンティティー。

こういうものを総称して「キャリアの背骨」という。

若いうちは、なによりもまずこれをしっかりつくっておくこと。

さもないと手足は器用でも、背骨のない軟体動物になってしまう。

これでは満足いくキャリアは築けない。

今、書店に行けば、ノウハウ物であふれている。

いかに短期間で、最小限の努力で、必要な知識やスキルを身につけるか、

即効性を求めるものばかり。

しかし、もっと本質的なものに目を向ける必要があるのではないだろうか。

一見、何の役にも立ちそうにない哲学や歴史の本を読んだりすることは、即効性はないが、将来の背骨をつくるために、重要な役目を果たすものである。

急がば回れと、いうことである。

2012年5月17日 (木)

ディズニーランド「キャスト」育成ノウハウ/小松田勝

Photo  東京ディズニーランドのマニュアルは当初大変騒がれ、まるで“機械仕掛けで全体が動いている”ように思われ、キャストの-挙手一投足が事細かに記述されているかのように噂されていました。そのため、キャストは何も考えず、取りあえずマニュアルに書かれているとおりにオペレーションを行えば良いと見られていたのです。
  しかし、どんなに完壁に作られていると思われているものであっても、決して100%のものなどありませんし、そのようなマニュアルなどどこにも存在しません。だからマニュアルは重要なのです。
  つまりマニュアルは“生き物”で、その時々に最高な対応を図らなければならず、常に追加、訂正、修正、削除などをしながら高め続けなければならない“代物”であることを理解しておくことが重要なのです。
  東京ディズニーランドのマニュアルは、70~80%の状況でしか書かれていません。残りの部分は、その時点に対応しているキャストが試行錯誤し、最高な状況でオペレートすることを求めているのです。つまり、職位や職種の、その時点における最高レベルの仕事ができるように、“標準”がシステム化されているだけなのです。

マニュアルという言葉から連想されるのは、マニュアル人間、という言葉。

マニュアル人間とは、マニュアルがなければ何もできず、また融通がきかない人種を指す。

だから、マニュアルなどは必要ない、となる。

しかし、私自身、多くの中小企業に関与していて感じるのは、マニュアルどころか、標準化されたものがなにもなく、社員は行き当たりばったりの行動しかとれていないということ。

だから問題が次から次へと起こる。

だから逆に、マニュアルの必要性を痛切に感じることが多い。

マニュアルがあると、本当に融通がきかなくなるのだろうか?

そんなことはない。

そもそも、どのようにマニュアル化されていても、例外的なことはいくらでも発生するものである。

人や状況によって、そのバランスも変わる。

したがって、どんなに詳細に書かれているマニュアルがあったとしても、その時点時点の状況をケアしながら、残りの部分を自分で考えなければならないようになるもの。

それが考える力をつけることにつながるのであって、マニュアルがあるから何も考えなくなるものでは決してない。

マニュアルに対する大きな誤解である。

2012年5月16日 (水)

「戦う組織」の作り方/渡邊美樹

Photo リーダーは本当に「部下を育てる」ことなどできるものなのだろうか?これについて、私ははなはだ疑問だ。
 人は勝手に育つもの。伸びる人間は、白分で考え、挑戦して失敗し、また挑戦して壁を乗り越えながら、自分で成長していくものだ。
 だから経営者や上司が「俺があいつを育ててやる」などと考えるのは、大きな自惚れだと私は思っている。

人は「育てる」ものなのか、それとも「育つ」ものなのか?

よく言われることである。

私の実感としては「育つ」のであって、「育てる」ものではない、というもの。

私自身、誰かから育てられたという感覚はもっていない。

もし、そんなことを思っている人がいるとしたら、すごく違和感を感じるであろう。

多くの場合、自分の限界を超える仕事を与えられ、ギリギリのところで頑張ってやっとそのミッションを達成したとき、本当に成長実感を感じるものだ。

ただ、人は育つものだ、といって、放置してよいということではない。

育っていける環境を整えたり、育つきっかけを提供することは必要だ。

スポーツ選手が、試合を重ねるごとに能力を開花させていくように、いくら高い資質を備え、伸びようとする意欲を持っている人でも、環境ときっかけを得なければ、育つことはできない。

だが逆に環境さえ与えてあげれば、伸びるべき人物は勝手に伸びていくものなのだ。

上司の仕事とは、「おれがコイツを一人前に育ててやる」と大上段に構えることではな、育つ環境を整え、チャレンジングな仕事を与え、サポートすることではないだろうか。

2012年5月15日 (火)

デフレの正体/藻谷浩介

Photo たとえて言えば、景気の波は普通の海の波、それに対して生産年齢人口の波は潮の満ち引きです。浜辺で砂の城を作って遊んでみると実感できますが、同じ高さの波でも満ち潮の時には威力が増しますし、逆に引き潮の時にはどこか元気が欠けていますね。生産年齢人口の潮も、満ち寄せているときには好景気は底上げされますし、不景気といっても余りダメージが生じない。逆に生産年齢人口の潮が引き始めれば、好景気でもさほどの盛り上がりは生じず、不景気のダメージは深刻になります。あるいは、生産年齢人口の減少というのはゆっくり下るエスカレータのようなものです。元気に歩いて登っていっても、なかなか上に着けない。逆にちょっとでも休めばみるみる下に落ちて行ってしまう。

本書の言っていることを一言で言えば、「経済を動かしているのは、景気の波ではなくて人口の波、つまり生産年齢人口=現役世代の数の増減だ」ということ。

だから、単なる生産性の向上や景気が良くなればすべてが解決すると言った単純な話ではない、

もっと根本的、かつ、構造的な問題なのだという。

では、解決策は何なのか?

①生産年齢人口が減るペースを少しでも弱めること。

②生産年齢人口に該当する世代の個人所得の総額を維持し増やすこと。

③(生産年齢人口十高齢者による)個人消費の総額を維持し増やすこと。

そして、そのためにやるべきことは、

第一は高齢富裕層から若い世代への所得移転の促進。

第二が女性就労の促進と女性経営者の増加。

第三に訪日外国人観光客・短期定住客の増加だという。

様々な統計数値を使ってこのこと説明しており、「生産年齢人口」という切り口から論旨を展開しているところに新鮮さを感じた。

2012年5月14日 (月)

日本でいちばん社員のやる気がある会社/山田昭男

Photo どんな業種の企業でも、その業界には自分のところだけではまかないきれないパイがある。あらゆる産業に、そういうパイがある。それをどう取っていくかが、会社が生き延びられるか否かを決めていくのだ。
 よく、中小企業の経営者が「不況だ。もうどうしようもない」という。
 じゃあ、不況とは何か?もし、自社の供給が全体の需要よりも多いというのなら、どうしようもないといってもいいかもしれない。そういうときこそ、不況だというべきだろう。
 だが、そんなことはぜつたいにあり得ない。全体の需要より自社の供給のほうが少ないはずだ。その状況にある限り、それは不況でもなんでもない。
 自分のところの商品が売れないとすれば、よそに負けているだけだ。
 負けているのは無能だからだ。不況と無能はまるっきり違う。無能だから工夫もできず、よそに負けているわけだ。
 それを棚に上げて、「売上げが下がった、利益が下がった」と騒いでいる。
 冗談じゃない。パイはまだまだあるのだから取ればいい。取るためにはどうするのか?「差別化しなさい。商品も、売ることも、経営も差別化しなさい」ということに尽きる。

「今は不況だからどうしようもない」という言葉は中小企業の経営者からよく聞く言葉だ。

そして、国や自治体、業界団体のせいにする。

そこには「自責」の発想はない。

しかし、山田氏が言うように、いくら不況だからと言っても、全体の需要よりも自社の供給が上回っているわけではない。

そうである限りは、まだ可能性はあるということ。

他社と差別化する商品やサービスを提供すれば、必ず売れるはずだ。

それを不況のせいにするのは間違っている。

これは当たり前の話だが、これを当たり前としている経営者はどのくらいいるのだろう。

おそらく全体の1割もいないのではないだろうか。

よく企業は外部要因ではなく、内部要因で倒産するというが、その通りである。

その意味では、不況とは、本物の経営者とそうでない経営者がふるいにかけられるときではないだろうか。

そう考えると、不況もまた良し、と考えることができる。

2012年5月13日 (日)

組織をだめにするリーダー、繁栄させるリーダー/フランチェスコ・アルベローニ

Photo 企業や政党、公私の団体、はては家族に至るまで、うまく機能するためには共通した言葉が必要だ。言葉には価値観や目的だけでなく、問題を提起したり解決したりするやり方までが現れる。言葉は国家や民族集団を特徴づけ、ときには企業の性格も浮き彫りにする。大規模な多国籍企業では、日本とイタリアとブラジルといったさまざまな国で働く人が、同じ言葉を使い、同じ概念をもっている。マニュアルや本や講座でそれらを習得するからである。(中略)
 その組織がうまく機能していれば、どのレベルの人も同じ言葉を使っていることに気がつくはずだ。ところがまとまりの悪い組織では、私的な場と公的な場で使う言葉がまったく違う。万事がうまく運ばなくなると、ある場でたまたま使われた不調和な言葉がそこらじゅうに広まって、きちんとした言葉を脇に追いやってしまう。まるで無数の方言があるようで、まさにバベルの塔という感じである。

うまく機能している組織かどうかは、その構成員が使っている言葉を聞けばわかる。

つまり、ある組織がうまく機能しているかどうかは、みんなが共通言語を使っているかどうかで分かるとアルベローニ氏はいう。

確かに、効率的で力強い企業では、おのおのが、たとえ人のいないところでもその組織の言葉で話をするものだ。

おそらくそれは、その企業が、その人自身とその人のアイデンティティーや尊厳の一部になっているからであろう。

自分の属する組織に誇りを持っていれば、言葉もその組織の言葉になるものだ。

今日、会社で働いているのは正社員だけではない。

正社員、アルバイト、パート、派遣、請負、役員、など、さまざまな種類の人が働いている。

職種も現場の作業員、事務員、営業マン、等々、様々。

その人たちがどのような言葉を使っているか、これに注視する。

言葉だけでなく、声の調子、しぐさ、着ているものにも目を向けるとよいかもしれない。

仲間同士のおしゃべりに耳を傾け、公式の場の大勢の前でどう話すかにも注意する。

もし、そこで交わされる言葉に、何の共通性も見いだせず、バラバラということになると、その組織はうまくいっていないのでは、という見方をする必要があるかもしれない。

耳障りで敵意さえ感じられるくだけた言葉がどこの部署でも使われるようになったとすれば、それは、致命傷にもなりかねない亀裂や争いが出てきているということだ。

そういう言葉を聞いていると、いよいよ変わり目にさしかかっていて、組織の薄皮がはがれはじめたと判断しても良い。

つまり、組織の末期症状が現れ始めているということ。

これは組織を見る時の大事な視点だと言えよう。

2012年5月12日 (土)

プロの知的生産術/内田和成

Photo 仕事と作業とは、私の考えによれば、明確に違うものだ。この、「仕事と作業の違い」は、情報整理という話に限らず、あらゆる仕事において考えるべきこと、知っておいてもらいたいことだ。特に若い人はどうしても、作業と仕事をきちんと分けて考えておらず、作業が仕事だと思い込んでしまっているところがある。だが、いくら作業の達人になったところで、仕事ができる人になれるとは限らない。
 では、仕事と作業の違いとは何か。
 いろいろな考え方があると思うが、私の定義では、「ある目的を達成すること」が仕事であり、「その目的を達成するための手段」が作業ということになる。
 つまり、新規事業を立ち上げるとか、問題点を解決するといったことが「仕事」だとすれば、情報を集めたり整理したりすることはもちろん、ミーティングを開く、分析をする、企画言を作る稟議言を書く、これらはみな「作業」ということになる。電話をする、メールを打つなどもみな「作業」である。

作業とは、極端に言えば手足を動かしていれば済んでしまうようなことだ。

頭はあまり使わない。

あるいは使うにしても、どうやって効率的にやるか、速くやるか、間違いを少なくするかということに使うだけだ。

一方、仕事となると、問題発見や問題解決、創造性、チームを引っ張っていくためのマネジメントやリーダーシップなどが入ってくる。

これはまさに、手足よりも頭を使う行為である。

私達が何かをしようとすれば、必ず壁にぶち当たる。

そのとき、これまでと同じやり方を繰り返すのが作業をする人。

その問題点を発見し、解決方法を模索し、さまざまな形でアプローチし、壁を乗り越えるのが仕事をする人、だといえる。

内田氏の「仕事」と「作業」の違いの定義によると、日本のサラリーマンの大部分は作業しかしていないことになる。


2012年5月11日 (金)

29歳でクビになる人、残る人/菊原智明

29 会社という組織は不思議で、仕事ができる人がクビになり、たいして仕事ができない人が出世したりする、妙なところなのだ。
 疑うのならば、あなたの周りをよく見渡してみてほしい。《どうしてあの人が部長をやつているんだろう?》と不思議に思う人が、1人や2人いるはずだ。その反対に、能力も高く仕事ができる人が出世コースから外れ窓際になり、いつの間にか会社を去っていくこともある。会社とは、そんな理不尽がまかり通ってしまう場所なのだ。

会社という組織では、能力があれば出世するとは限りない。

能力がバツグンで、仕事のできる人に限って、会社を辞めていくということはよくある。

逆に能力が人並みであっても、仕事ができなくても出世していく人がいる。

本書によると、そのような人の特徴は3つあるという。

一つ目は、誰もが嫌がる仕事を積極的にやる人。

二つ目は、自分にも人にもプラス思考だという人。

そしてもう一つは、みんなから好かれる行動をとっている人。

一番わかりやすい例で言えば、クレーム対応に率先して手を挙げられる人。

誰もが嫌がるなか、「私がやりますよ」と言ってくれる人は、たとえ仕事ができなかったとしても、信頼される。

また、人の話を気持ちよく聞いたり、プラスの面を見つけてくれたりすることで周りの人好かれ、自分のファンにしていく。

こうした行動の積み重ねが仕事の評価にプラスされていく。

逆にどんなに仕事ができても、次のような人は、会社という組織の中ではうまくいかなくなる。

ひとつは、自分を過信している人。

二つ目は、人に対して感謝の気持ちをもっていない人。

そして、最後に、一社会人として、人として、正しい行動がとれない人。

これらは、少なくとも日本の会社では当てはまる。

昔、山本七平の著書に、欧米の会社は「機能集団」であるのに対して、日本の会社は「運命共同体」だと記してあったことを思い出す。

まさに「運命共同体」であるが故に、その和を乱す者は、結局はその共同体から排除されるということであろう。

良いか悪いかは別にして、これが会社という組織なのだ、ということであろう。


2012年5月10日 (木)

白洲次郎 日本を復興させた男/須藤孝光

Photo 「君たち商工官僚は、何かというと産業行政をお題目のように唱えるが、これからは輸出行政があって産業行政がある、という建て前にものごとの考え方を改めなくてはいかん。重要なのは輸出マインドだ。食糧や石炭をアメリカから買うためにも、外貨を獲得する輸出を積極的に推進する役所が必要だ。だから商工省をそっちのほうに持っていく」。
 「マインドだけで輸出はできません」。
 永山も思わず熱くなった。
 「日本でつくっているような粗悪な品を、果たして買ってくれる国があるでしょうか?戦前は植民地相手にそういう商売も成り立ちました。ですが、そんな都合のいいマーケットはもはや存在しないのです。まずは国内産業を振興しながら技術を高めていって、初めて貿易行政が成り立つ水準に追いつけるのじやありませんか」。
 「だから役人は馬鹿だというんだ」。
 「なんですって」。
 「産業を振興しながら技術を高めるんじゃない。先に貿易にかなう技術水準を示して、それに見合うように産業を育てるんだ」。
 「そんな乱暴なことをして、生き残れる産業がありますか」。
 「生き残れるよう指導するのが、役人のつとめじゃないか!」・・・・・・この人なら本当に商工省を叩き漬しかねない。
 そう感じながらも、永山は一方で目を開かれる思いだった。

戦後、商工省を解体し、経済復興の原動力となる「通商産業省」を設立した白洲次郎。

上記は商工省の若手、永山との対話の場面だが、ここに官僚的な発想と白洲の発想の違いが表れていて面白い。

永井の考え方は、非常に常識的である。

まず国内の産業を復興させ、技術を高め、国際競争力を高めてから、競争に打って出るべきだと。

ところが白洲の発想は全く逆。

つまり、先に貿易にかなう技術水準を示した上、それに見合うように産業を育てるのだ、と。

少々乱暴な考え方のようだが、民間の力を最大限引き出すには、これが一番よいやり方だ。

秀才型の人物の多い官僚はこのような発想ができない。

あくまで官僚は、積み上げ型の発想が中心。

確実だが、そこにはリスクを取るという発想はない。

一方、白洲の発想はリスキーで大胆なように感じるが、それなりに理に適っている。

戦後の日本にはこのような器の大きい人物がいた。

それに比べ、今はどうも人物が全体的に小粒になってしまったような気がする。

2012年5月 9日 (水)

「バカ上司」その傾向と対策/古川裕倫

Photo バカ上司も二つのパターンに分けることができます。
 一つは、姿勢が間違っていることを自覚していない人たち。これをバカ上司=「B上司」もしくは「BJ」としましょう。先ほど言ったような、部下からの説明を聞こうとしない上司のほかにも、部下への説明は不要と思っている、上司としての責任を分かっていない、自分の上ばかり見ている・・・・・・など、自分のバカに気がついていない人たちです。
 もう一つは、姿勢が間違っていることを自覚しているくせに、知らん顔してそれを直そうとしない大バカ上司です。これをウルトラ・スーパー・バカ=「USB」と命名します。
 USBとは、パソコンと周辺機器をつなぐ規格の一種ですが、USBメモリーなどに採用されて普及しています。職場でウルトラ・スーパー・バカとは言えないでしょうから、USBとでもしておけば、当の本人は気がつかないでしょう。

私も今でこそ、独立し、幸いなことに上司のいない立場だが、会社勤めをしていた約20年間は、必ず上司という存在がいた。

どんなに出世しても、社長にでもならない限りは必ず上司がいるものだ。

そしてよい上司とめぐり合うことは稀だといってもよいだろう。

多くの場合、何か問題を持つ上司と遭遇するものだ。

本書は、その上司を3つに分類している。

1つ目は、暗い、いばる、ゴマするなど、主に「性格」に問題のある「イヤな上司」。

2つ目は、決断力や記憶力のような業務遂行「能力」に問題のある「ダメ上司」。

そして3つ目が、責任を取とらないなどという仕事への「姿勢」に問題のある「バカ上司」。

中でも一番やっかいなのが3つ目の「バカ上司」であるとする。

さらに、この「バカ上司」も、自分の姿勢が間違っていることに気づかない単なる「バカ上司」=BJと、

自分の姿勢が間違っていることに気づいていても変えようとしない「ウルトラ・スーパー・バカ」=USBに分類されるという。

いずれにしても、どんなタイプの上司であろうとも、できる限り上司のせいにしない「自責」の姿勢が大事なのではないだろうか。

どんな上司にあたろうとも、それを自分の成長のための肥やしにするくらいのしたたかさがあってもよいと思う。

2012年5月 8日 (火)

若者はなぜ正社員になれないのか/川崎昌平

Photo しかし、僕がY社に電話をすることはなかった。
 そして、僕の就職活動はそのすぺてを終了した。

 この帰結を矛盾と感じる人もあるかもしれない。「じゃあ、お前はいったい何のために就職活動をしたんだ?」「無職がつらいと冒頭で書いていたじゃないか」「普通の生活を手に入れたいという願いはどうなったんだ!」と。そうした意見を承知のうえで、誤解を覚悟しつつまとめの一文を用意するとすれば、僕はこう書くしかない。「変わろうと行動した結果、僕は変わらない今を選んだ」と。(中略)
 しかし、だからこそ、僕は全力で就職活動を行ったと胸をはることができる。もし妥協をしたとしたら・・・ぼくはY社に就職しただろう。

本書は、大学を出た後、日雇いバイトで稼ぎつつネットカフェに寝泊りするという生活を続けてきた男が、一念発起、正社員の身分を手に入れるべく行った就職活動の記録である。

しかし、最終的に著者は、就職しない道を選ぶ。

正直、著者が何を言いたいのかよくわからない。

また、何のためにこの本を書いたのか?

まったく理解に苦しむ。

著者がいっているように、妥協の結果が就職なのだろうか?

私はそうは思わない。

どんな職業であっても、どんな会社であっても、就職したということは、一歩足を踏み出したということではないだろうか。

そのように受け止めることができないところに問題があるように感じる。

2012年5月 7日 (月)

ブランド帝国LVMHを創った男 ベルナール・アルノー、語る

Lvmh これからの時代、精神的な充実を求める声が一段と高まり、物質主義は後退するでしょう。企業も例外ではなく、もはや購買欲や物質的満足を満たすだけでは顧客を呼べません。成功するには、それ以上のものが必要です。利潤の追求だけにこだわらず、新しい目標を設定することが生き残る条件になります。人々の生活に意味を与えること、例えば人道的支援を行うブランドを買うことで、消費に意味を与えることが重要です。それができるのは、キャッシュ・フローと四半期毎の業績だけを追い求めるアメリカ型の巨大多国籍企業の模倣から脱した企業だけだと思います。

ベルナール・アルノーは、ルイ・ヴィトン、ヘネシー、クリスチャンディオールを筆頭に欧米40以上のブランドを傘下におさめ、年商1兆円を超える国際企業グループLVMHのCEO。

その、ベルナール・アルノーが、自らの生い立ちから、私生活、LVMH社の創設にから現在に至るまでの経緯、そしてビジネスにおける哲学から今後の戦略までを率直に語っている。

ここではっきりと語っているのは、これからはアメリカ型の巨大多国籍企業の模倣から脱した企業だけが生き残るということ。

本書は、2003年の著書だが、この時すでに次の時代を予見しているのは見事だ。

確かに今、世界で、アメリカ型のモデルが破綻しそうになっているのをかいま見ることができる。

「物質主義は後退する」

「人々の生活に意味を与える」

「人道的支援を行うブランドを買うことで、消費に意味を与える」

これらすべては今まさに起こっている、または起ころうとしていることである。

アメリカの経営者とはまた違った視点で経営を考えているところが非常に新鮮である。

2012年5月 6日 (日)

会社は変われる!/魚谷雅彦

Photo  「ドコモという会社は最初は嫌いだと思っていました、社長になどなりたくなかった」(中略)
「なぜって、成功体験しかない会社だからですよ。社員が廊下の真ん中を歩いていて、お客さまが端っこを歩いている。ドコモは、そんな傲慢な会社になってしまっていたんだ。
  もっとも、こういう会社にしてしまったのは、自分たちの責任でもある。技術さえあれば何でもできると考えて、ここまで来てしまった。そして、いま、なんとかしなければならない大きな壁にぶつかっている」
  でも、と中村社長は続けます。
「何より社員の諸君に、ほんとうはとても素敵な連中が多いんですよ。
  若い社員が将来の夢をもてるようにするためにも、会社をいま変えないといけない。
  社長として、次の世代につないでいくためにいま変革をやらなければいけないと決意しているんですよ。」

著者、魚谷氏は、日本コカコーラでジョージアや爽健美茶などを成功させ、日本人として26年ぶりに同社の社長についた伝説のマーケター。

本書はその魚谷氏が、2007年7月から2010年6月までの3年間、ドコモの「特別顧問」としてマーケティング変革を推進した変革の軌跡が記されている。

上記は、魚谷氏がドコモの社長と初対面したとき、中村社長が語った言葉。

この言葉から感じられるのは、現状に対する強い危機感、そして改革への強い決意である。

改革が成功するかどうかは、この二つがあるかどうかにかかっているといっても過言ではない。

会社を改革するというのは大変なことである。

多くの障害や妨害に遭遇する。

抵抗勢力も現れる。

何度も挫折を味わう。

順調にいくことなど稀。

そんな中で改革を進めていかなければならない。

その中で決め手になるのは何か?

トップの現状への強い危機感と改革への強い決意である。

これがなければ、どんなに外部から優秀なコンサルタントを雇っても、改革は失敗する。

逆にこれさえあれば、改革は半分は成功したようなものだ。

あとは臆せず、ブレずに進めていけばよい。

それほどトップの影響力というものは大きいものだ。

2012年5月 5日 (土)

3週間続ければ一生が変わる/ロビン・シャーマ

3 あらたな習慣を身につけるには約21日かかります。でも、ほとんどの人は、ポジティブな生活の変化をつくりだすことを最初の2、3日であきらめてしまいます。古い行動を新しい行動に変えるときにはつきものの、ストレスや苦痛に耐えられなくなるのです。
 新しい習慣は、新しい靴に似ています。最初の2、3日は、あまり履き心地がよくありません。でも、3週間くらいたつと慣れてきて、第2の皮膚のようになるでしょう。(中略)
 イギリスの詩人、ジョン・ドライデンは、
 「はじめは人が習慣をつくり、それから習慣が人をつくる」
 といっていますし、イギリスの小説家、ヴァージニア・ウルフは、
 「習慣だけが、骸骨のように人間の体躯をささえている」と書いています。
 ですから、習慣に引きとめられるのではなく、前進させてもらうようにしてください。
 古代ローマ時代の作家、プブリウス・シルスは、
 「習慣という帝国はなるほど強大だ」
 という、時代を超越したことばを残しています。

よい習慣を作ることの大切さを多くの人が力説する。

にもかかわらず、ほとんどの人は、そのことを認めるものの、実行している人は稀。

三日坊主という言葉があるように、古くから、よいとわかっていても難しいのが、続けることである。

本書によると、それは、わたしたち人間は、変化に抵抗し、現状を維持するように、遺伝子的にプログラムされているから。

恒常性として知られる状態は、時間とともに自然に進化するもので、それによって、わたしたちの祖先はつねに変化する状態のなかで生き延びることができた。

問題は、もっと望ましい可能性があるときでも、そのメカニズムはものごとの現状を維持しようとするほうに働くこと。

だから、新たな習慣を身につけ、さらに高いレベルの生活へ移るのをさまたげる重力を克服するのがむずかしいのだという。

ナルホド、このようなメカニズムが働いていたのか、と、妙に納得してしまった。

ただ、いずれにしても、人生の質は、良い習慣によってほぼ決まるといってもよい。

あきらめることなく、地道にコツコツと取り組むことだろう。

2012年5月 4日 (金)

渋谷で働く社長の告白/藤田晋

Photo ある日、オックスプランニングセンターの社長と偶然帰りの電車で一緒になりました。
 将来社長になりたいと思っていた私は、社長が手に持っていた本が気になりました。
「社長、その本最近いつも読んでますけど、面白いんですか?」
「これか?この本は凄いよ。でもお前はまだ読むな。頭でっかちになったらいけないからな」
 その本は『ビジョナリー・カンパニー』。
 読むなと言われればどうしても読みたくなるのが人の心情。私は次の日には国連ビルの裏手にあった青山ブックセンターに行って購入してきました。
 一気に読み、衝撃を受けました。私も将来、ビジョナリー・カンパニーをつくろうと考えました。
 この本には、時を超えて生存しつづける企業とは何か、ということが書き記されています。
 経営者のカリスマ性が重要なのではなく、企業そのものが究極の作品であることが書かれています。
 社長という仕事には憧れない。でもソニーやホンダのような会社は、人々の生活や社会に大きな影響を与えている偉大な会社です。就職活動をする若者にとっても憧れの存在です。
 そんな会社を自らの手でつくり上げよう。
 右肩上がりの経済成長は終わりを迎え、就職氷河期とかリストラとか元気のない社会になっている。そんな世相を吹き飛ばすような、希望の星となるような会社をつくり上げよう。
 過去の栄光にすがるのではなく、自分たちの手で新しい時代に新しい会社をつくり上げよう。
 自分の夢であり目標がはっきり設定された瞬間でした。
〈おれは「21世紀を代表する会社をつくる」〉
 これは現在に至るまで、そしてこれからも、変わらぬ私の人生における目標となりました。

本書は、サイバーエージェントの現社長、藤田氏の創業の動機から、会社の立ち上げ、東証マザーズ上場、ITバブル崩壊等が赤裸々に記されている。

一見派手に見えるIT業界にあっても、成長し続けるのは並の努力ではない。

それを支えたのは、藤田氏の原体験とも言える〈おれは「21世紀を代表する会社をつくる」〉という強い思いだったのではなかろうか。

何かを始めた時、順調にいくことは希なこと。

大抵、大きな壁にぶつかり、押しつぶされそうになってしまう体験を誰もがするものだ。

ましてや、ベンチャー企業を立ち上げ、さらにその企業を永続させるということになれば、創業10年後残っている企業はほとんどないというから、過酷を極める。

そんなとき、そのまま押しつぶされてしまうのか、それとも、それに耐え、乗り越え、次のステップにいけるかどうか、

決め手になるのは、「思い」の部分のような気がする。

やはり、はっきりとした原体験をもっている者は強いということではないだろうか。

2012年5月 3日 (木)

御手洗冨士夫「強いニッポン」

Photo 私の好きな言葉に「Whatever is, is reasonable」というのがある。
「いま存在するものには、いかなるものでも存在理由がある」という意味だ。この言葉の通り、いま、どこかの国で存在している物事は、すべてに存在理由がある。日本の価値観や実情からみると、とんでもないことで、「全くムダ、間違っている」と思うことでも、その国では存在理由があるのだ。まず、その点から理解しなければならない。日本的な文化や伝統の物差しだけで否定するのではなく、比較文化論的にそれを吸収し、現地を日本流に直すのではなく、自分から現地流に動ける人間になる。
これも、「真の国際人」の条件である。

「グローバルスタンダード」ということが盛んに叫ばれるようになってきた。

しかし、だからと言って、日本の社会の価値観や文化などを無視し、例えば米国流の仕組みを無理やり入れようとすれば、混乱を起こすだけだ。

もちろん、アメリカにも参考にすべき点は数多くある。

特に民主主義の考え方はアメリカのほうが断然進んでおり、日本はまだまだ幼稚だ。

ただ、たとえば、日米の経営手法を比較して優劣を論じることなど、不毛だ。

よく「ここは日本なのでアメリカのようなやり方は合わない」とアメリカ式をすべて否定する人がいるが、これなどその典型例。

これは日米のどちらが優れているという問題ではない。

経営は合理性を追求するものだが、それはいっさいのムダを省き、最高の効率を求めることに尽きる。

そのうえで、米国では米国社会に合った経営をすべきだし、日本では日本の社会に合った経営をすればよい。

そもそも経営には、グローバルな部分とローカルな部分があるのではないだろうか。

技術、科学、などは世界標準で動くが、人心にかかわることはローカルな問題だ。

そこでは、その国の文化や慣習に合わせることが、最も合理的だ。

日本人の大半にはいまでも企業に対する帰属意識があるし、企業内労組も経営と協調関係にある。

ほとんどの企業で続く終身雇用も、労使の信頼関係や社員の忠誠心を支えている。

そうした信頼関係があるから、社内のコミュニケーションもよくなる。

しかも、長い間勤めるので、「会社に悪いことをしてはいけない」という自制心が、新入社員のときから働く。

これらは明らかに米国とは違うし、もちろん中国とも違う。

そして、これら日本独自の企業への帰属意識や終身雇用、労使の協調関係は、それらが生まれた歴史的背景というものがある。

それを「グローバルスタンダード」という言葉で論じても意味がない。

それらは、それなりの存在理由があるのである。

大事なことは、頭からものごとを否定するのではなく、御手洗氏が言っているように、「いま存在するものには、いかなるものでも存在理由がある」と考えることでなないだろうか。

そこから、新しい解が生まれるような気がする。

2012年5月 2日 (水)

さよなら!僕らのソニー/立石泰則

Photo 大賀氏は、創業者の盛田昭夫氏が亡くなった1999年以降、自分の後継者選びは間違っていたのではないかと疑問に思うようになっていた。そして2001年頃までには「失敗だった」と反省するようになったという。
 その後悔の念が募ったためか、大賀氏は出井氏に対する不満をソニー内部だけでなく、社外でもしばしば口にするようになった。
「盛田さんはウォークマン、私はCD。だったら、出井君は社長になってから、どんなソニーらしい商品を世の中に出したのか。何も出していないじゃないか。僕が認めるソニーらしい商品を出さない限り、僕は出井君を(ソニーのトップとして)認めない」この発言には、大賀氏の思想が象徴的に表れている。
 それは、大賀氏が普段から社員に口を酸っぱくして説いた「プロダクト・プランニング(商品企画)」の重要性、大賀氏の言葉を借りるなら「消費者の琴線に触れる商品」の開発と合わせて考えるとさらに鮮明になる。(中略)
 大賀氏にとって、ソニーはまずエレクトロニクス(エレキ)・メーカーであり、トップは「ソニーらしい」商品の企画を推進し、開発現場に製品化させ、そして商品をヒットさせて初めてその責務を果たせたと言える。つまり、消費者の琴線に触れる「ソニーらしい」商品を市場に送り出せないトップなど、ソニーには不要だということである。

今回の決算で、パナソニック、シャープ、ソニーといった日本の家電メーカーは軒並み巨額の赤字を計上した。

中でもソニーの迷走は目に余る。

かつて、ウォークマンに代表される「技術のソニー」ブランドはなぜかくも凋落してしまったのか。

それを解くカギは大賀、出井、ストリンガーと続く経営陣の知られざる暗闘にある。

経営の失敗がいかに企業ブランドに影響を与えるか、その恐さが見えてくる。

かつてソニーは「らしさ」に過剰なほどにこだわり続けた会社であった。

それは創業時の会社設立趣意書に記されている。

「真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」や、

「不当なる儲け主義を廃し、あくまで内容の充実、実質的な活動に重点を置き、いたずらに規模の大を追わず」といった文言そのものの会社であった。

それが、大賀から出井に経営をバトンタッチしたあたりから、おかしくなってくる。

そして、ストリンガーに経営権が移ったときそれは決定的になる。

今のソニーは、もはや、かつて私たちが知っている独創性にあふれたソニーではない。

「らしさ」を失ってしまった企業は、かくも無惨になってしまうのかといった感じである。

ソニーで起こっている経営問題は決して他人事ではない。

多くの企業が今、問われていることでもある。

2012年5月 1日 (火)

言われた仕事はやるな!/石黒不二代

Photo それにしても、たとえ完壁であったとしても、言われた仕事を成し遂げることだけやっていたとしたら、モティベーションは続かない。言われた仕事ではなく好きな仕事をする、好きな仕事をするほうが成果も上がるし効率もいい。自分が作った仕事であればコミットメントも強い。自分がやりたいことを通すということは、自己責任が伴う。誰かのせいでと言ういい訳は通用しない。そんな集合体ができれば、さぞかし強い組織になるだろう。
 だから、言われる前に動け。走っている人を立ち止まらせることのできる人は少ない。

著者は、34歳でスタンフォード大学に入学、シリコンバレーで起業し、ネットイヤーグループの創業に参画し、現在女性社長として活動している。

本書のタイトル「言われた仕事はやるな」の意味は、わけのわからない暴走を許すという意味ではない。

ルールがない社会は単なる無秩序でしかない。

ルールのない会社は目標が見えなくなる。

同じように、自分自身にルールがなければ自分の自由度も計れなくなってしまう。

そうではなく、ルールを守った上で、自分の主義主張を通す、

自分が正しいと信じるならルール自体を変えていくことに参加する。

結局は、みんなが納得しなければ、自分の自由は通らないのだから。

それが組織の論理である。

ある面、言われたことをやるのは楽だ。

しかし、それでは進歩がない。

モチベーションもあがらない。

結果、成長しない。

しかし、言われたことをやらないためには、人一倍の努力が必要だ。

ルールの中で120%以上のパフォーマンスを出すことが要求される。

「言われた仕事はやらない」のは決して楽なことではない。

そして、そのような仕事の仕方をすべきだ、というのが本書の主張である。

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