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2012年5月 2日 (水)

さよなら!僕らのソニー/立石泰則

Photo 大賀氏は、創業者の盛田昭夫氏が亡くなった1999年以降、自分の後継者選びは間違っていたのではないかと疑問に思うようになっていた。そして2001年頃までには「失敗だった」と反省するようになったという。
 その後悔の念が募ったためか、大賀氏は出井氏に対する不満をソニー内部だけでなく、社外でもしばしば口にするようになった。
「盛田さんはウォークマン、私はCD。だったら、出井君は社長になってから、どんなソニーらしい商品を世の中に出したのか。何も出していないじゃないか。僕が認めるソニーらしい商品を出さない限り、僕は出井君を(ソニーのトップとして)認めない」この発言には、大賀氏の思想が象徴的に表れている。
 それは、大賀氏が普段から社員に口を酸っぱくして説いた「プロダクト・プランニング(商品企画)」の重要性、大賀氏の言葉を借りるなら「消費者の琴線に触れる商品」の開発と合わせて考えるとさらに鮮明になる。(中略)
 大賀氏にとって、ソニーはまずエレクトロニクス(エレキ)・メーカーであり、トップは「ソニーらしい」商品の企画を推進し、開発現場に製品化させ、そして商品をヒットさせて初めてその責務を果たせたと言える。つまり、消費者の琴線に触れる「ソニーらしい」商品を市場に送り出せないトップなど、ソニーには不要だということである。

今回の決算で、パナソニック、シャープ、ソニーといった日本の家電メーカーは軒並み巨額の赤字を計上した。

中でもソニーの迷走は目に余る。

かつて、ウォークマンに代表される「技術のソニー」ブランドはなぜかくも凋落してしまったのか。

それを解くカギは大賀、出井、ストリンガーと続く経営陣の知られざる暗闘にある。

経営の失敗がいかに企業ブランドに影響を与えるか、その恐さが見えてくる。

かつてソニーは「らしさ」に過剰なほどにこだわり続けた会社であった。

それは創業時の会社設立趣意書に記されている。

「真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」や、

「不当なる儲け主義を廃し、あくまで内容の充実、実質的な活動に重点を置き、いたずらに規模の大を追わず」といった文言そのものの会社であった。

それが、大賀から出井に経営をバトンタッチしたあたりから、おかしくなってくる。

そして、ストリンガーに経営権が移ったときそれは決定的になる。

今のソニーは、もはや、かつて私たちが知っている独創性にあふれたソニーではない。

「らしさ」を失ってしまった企業は、かくも無惨になってしまうのかといった感じである。

ソニーで起こっている経営問題は決して他人事ではない。

多くの企業が今、問われていることでもある。

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