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2012年6月の30件の記事

2012年6月30日 (土)

なぜうつ病の人が増えたのか/冨高辰一郎

4779060265  私は単なる思いつきでSSRIが導入されるとうつ病患者が増えると指摘したわけではない。実はSSRIが市場導入されると、うつ病患者やメンタル休職者が爆発的に増加するという現象は、日本以外の先進国で繰り返されてきた社会現象なのである。他の先進国よりSSRI導入が約10年遅れた日本で、今同じ現象が起きている、と伝えたいだけなのである。
 SSRIの発売は、抗うつ薬の選択肢が一つ増えるだけでは終わらない。SSRIの発売は、どの先進国においても、うつ病患者の急激な増加を引き起こすのである。

今、日本では右肩上がりにうつ病患者が増えている。

厚生労働省の調べによれば、1999年からの6年間で、病院に通院するうつ病患者数が約二倍に増えた。

現在日本で通院しているうつ病患者は100万人を超えたと言われている。

ある病気の患者数が6年間で二倍に増えるということは、医学的にはかなり稀な現象だという。

現役精神科医である著者は、その原因はSSRIの導入にある、と主張する。

実際、これを読んだとき、「これは一種のトンデモ本かな?」と思ってしまった。

ところが、様々な各国の客観的データをみてみると、SSRIの導入とうつ病患者の増加が驚くほど一致しているのである。

SSRIとは簡単に説明すると、これは従来のTCA(三環系抗うつ薬)をひな型に作られた抗うつ薬の一群。

日本以外の先進国では、SSRIが1980年代終わりに導入された。

そして、これら先進国では、SSRI発売開始後、うつ病受診者が急増するというグローバルな現象が起きている。

日本では他の先進国より約10年遅れ、99年に市場導入された。

そして、やはり99年からわずか6年間でうつ病患者が二倍に増加している。

真偽の程は明らかではないが、一考に値するのではないだろうか。

2012年6月29日 (金)

コンビニでは、なぜ8月におでんを売り始めたのか/石川勝敏

4594054668  アナタは驚くかもしれませんが、「お盆をすぎたらおでんを売れ!」というのは、コンビニ業界ではもはや常識になっているのです。
 おでんはもともと冬の食べものだったのに、なぜ?
 コンビニのおでんは、本格的な寒気がやってくる毎年10月末から11月上旬、東京や大阪で木枯らし1号が発表されるころが、売上が大きく伸びる時期でした。
 気温で言えば18℃を下回るころです。この傾向は今も変わっていません。
 つまり、おでんは「寒さを感じたときに売上が伸びる」食べものなんです。
 そこで気温変化をもっと詳しく調べると、たとえば東京では一年のうち8月上旬に気温上昇のピークが来て、その後は翌年の1月下旬まで徐々に気温は下がっていくことがわかります。
 お盆をすぎたころ(8月下旬)には最高気温、最低気温ともに下がり始め、多少のばらつきはあるにせよ、体感的には昨日よりも今日の方が涼しく(寒く)感じる日が多くなっていくわけです。
 おでんは「寒さを感じたときに売上が伸びる」食べものなので、昨日より今日が涼しく(寒く)感じるようになるお盆すぎは、たとえ夏であっても「おでんを食べたい!」というからだからの欲求が芽生える時期なのです。
 コンビニで8月におでんの販売がスタートした一番の根拠は、この気候の変化(気温が下がり始める)にあります。
 毎年8月末には最高気温で27度を下回る日が出現します。この日を境にして人は皆、夏の終わりを感じ、秋から冬へとからだも気持ちも切り替えるのです。そんなときに、目の前におでんがあったなら――「わ、おでん、久しぶり!買っちゃおう」となるのです。

著者は「現代人のからだはいまだに江戸時代のままである」と本書で言っている。

たとえば、江戸時代の人は早起きだった。

電気がなかったから、それこそ日の出とともに起き、日の入りとともに寝るという生活だった。

元来、人間というのはそうしたライフスタイルが普通なのである。

今のような自然の摂理に反するようなライフスタイルになったのは、長い人類の歴史から見れば、ほんの一瞬でしかない。

現代人はそのことにもっと謙虚であるべきだ。

食べものについても、同じようなことが言える。

人類の永い歴史の中で刷り込まれたDNAというものがあるのである。

もし、ビジネスを行う人も、からだの内側から発する声にしっかりと耳を傾けたなら、今、何を人々が食べたいと思っているのかがわかるはず。

それを店頭に並べれば必ず売れるはずだ、と。

たとえば、客観的な気温のデータだけをみれば8月下旬の気温は高い。

だが、からだの内側の声は「寒い」と叫んでいる。

だったら「おでん」売れるはず。

そんな仮説が成り立つ。

そして、実際にその通りになる。

そう考えると、究極のマーケティングとは、きわめて人間的でアナログ的なものになってくるのではないかということが言えそうである。

2012年6月28日 (木)

お客様の「特別」になる方法/小阪裕司

Photo  ある牛乳宅配を営む店での話である。
  この店ではある日、発注ミスによって、コーヒー牛乳を通常の十倍も仕入れてしまった。
  賞味期限の短い商材ゆえに、このようなときは通常なら叩き売りをして、残りは廃棄処分するしかない。しかし店主はそう考えず、代わりに顧客にDMを送った。
  その見出しには、こうあった。

冷蔵庫を開けると、そこにはそびえ立つコーヒー牛乳がドッカーンと山

  そして、やや冗談交じりに、発注ミスをした自分たちを助けて欲しいと訴えた。
  すると顧客から続々と注文が入った。中には一度買った上で、賞味期限ぎりぎりに再び買いに来た人がいたほどだった。
  しかし相手は今、牛乳の宅配を受けている人たちだ。この短期間に大量のコーヒー牛乳を買う必要はないだろう。にもかかわらず彼らは続々と購入し、ついには十倍のオーダー分が完売してしまったのである。
  ここで生じた購買動機、「買いたい」の気持ちは、何なのだろうか。
  ここでの購買動機は、コーヒー牛乳に対するものではない。最終的にその商品を買う行動は同じだが、動機はコーヒー牛乳が飲みたくなったからではない。
  顧客は彼らを助けたくて商品を買ったのだ。それはある顧客の次の言葉に表れている。
  「世話になっているから力になりたかった」

ビジネスは人をどのように定義するかで随分と変わってくる。

多くの人は、そもそも人は利己的な生き物だと考える。

人は常に自分の利得の最大化を図って行動するという前提があり、ビジネスの世界においては特に、それによって経済合理的な行動をすると考える。

同じ商品なら価格の安い店で買う。

それは、人が常に自分の利得を最大化する方向に動くから。

それが人間の基本的な性質なのだとすると、人間は元来利己的な生き物のように思える。

しかし、反面、世の中には自分の身を犠牲にして人を救おうとしたという美談もある。

表記の発注ミスをしたコーヒー牛乳の例では、店主を助ける義務などないのに、助けるために買い物をするという行動がとられている。

これは「自己犠牲」とまでは言えないかもしれないが、少なくとも自分の経済的な利得を最大化する行動とは逆の行動であることは確かだ。

もしかすると、人の中には元来「利他性」があるのかもしれない。

利他的行動をすることが人の生得的なものであるとすれば、ビジネス現場においても売り手と買い手の関係は変わるかもしれない。

「いかに相手から分捕るか」ではなく「いかに相手の得にもなるか」を考えるようになる。

もちろん自分の得も考えるが、そればかりを考えるのではない。

そういう関係になれるはずだ。

お客さんが何かをしてあげたくなる「特別な存在」になればいいのである。

ビジネスがうまくいかないのは、お客さんにとって利他的行動をしてあげたい「特別な存在」になっていないからなのかもしれない。

2012年6月27日 (水)

なぜ宗教は平和を妨げるのか/町田宗鳳

51hyfpawhdl__sl500_aa300_  しかし、ほんとうに恐ろしいのは、〈狂い〉を核心に秘める宗教というよりも、それを利用しようとする人間の狂気じみた欲望である。いずれの宗教にも、自分たちは同じ神(真理)を信じる同胞であり、その神への忠誠を貫くために異教徒を、いかなる手段によってでも排除しなければならないと煽動するデマゴーグがいるものだ。
 その人物あるいは組織のほんとうの動機は、まったく宗教的なものではなく、自己中心の権力志向にほかならない。自分たちの権力を防衛し、拡大するために、他人を誹謗中傷することに全力を傾ける。
 極端な場合には、平然と大量殺人すらやってのける彼らこそ、本物の魔物であると言わざるを得ない。人間性の中の〈狂い〉が最悪の形で顕現してきたような人物には、宗教の中の〈狂い〉をわが身に引き寄せることのできる不思議な能力がそなわっているものである。

歴史が始まって以来、戦争のなかった日は一日たりとない。

必ず世界のどこかで戦争という名の紛争が起こっている。

そして、宗教に端を発した戦争が多いのもまた事実である。

しかし、宗教そのものは人と人との争いを勧めてはいない。

むしろ、ほとんどの宗教は愛や慈悲、赦しをうたっている。

では、どうして、そのような宗教が戦争の原因となってしまうのか。

著者は、厳密な意味でいえば、百パーセント純粋な宗教紛争は、まず一つも存在しないと思ってよいという。

むしろ、宗教を利用して、自らの目的を達成しようとする輩がいる、これが問題なんだ、と。

それらの紛争は、特定の人々によって宗教という衣装をまとわされているだけで、その衣装をはぎとってみれば、まったく別な姿が見えてくる。

宗教を利用しようとする者は、まずその正体を見せることがない。

誰よりも神に従順な信仰者の仮面をかぶっていたり、高邁な社会正義を唱える政治家であったりするから、大衆はそれと知らずに、彼らに鼓舞されるままに、武器をとって戦場に向かい、みずからの命さえ投げ出そうとする。

宗教を利用する者の仮面は、きわめて緻密につくられているから、その正体を見破ることは、そう容易なことではない。

そのような煽動者に従う者も、魔物に踊らされている自分の愚かな姿に気がつけば、誰も銃口を他者に向けたりはしない。 

わからないから、盲目的に従うのである。

そう考えると、マスコミで報道されている世界中のニュースがいかに表面的なものであるかがわかる。

宗教戦争とよばれているものの背後にどのような力が働いているのか、そこを見ていく必要があるということであろう。

2012年6月26日 (火)

ミカドの肖像/猪瀬直樹

4094023127   「東京は世界一の大都会で、無数の人間がひしめきあってあくせく働き、同じく無数の車がせわしげにクルクル走り回っています。ところがその真ん中に、濠と森に囲まれたなにもない場所があるんですね。そのなかは空虚そのものです。日本ではすべてが、あたかも、この空虚なシンボルの周りを回転しているかのようです。おそらく日本人にとって、この空虚な中心があるかぎり、生活は緑につつまれ、清水に恵まれ、が可能なのでしょう」
 とても、的確な分析だと感心して聞いていました。日本人は世界中から非難されるほど働きつづけますが、それは、あなた(グレゴリー)の指摘する空虚な中心があるせいなのだろうと思うのです。しかし、その空虚な中心と、同じ比重でそれに対応したものがきっと心のなかにあるのです。
  「えっ? どこにあるとおっしゃいましたか」
 日本人の心のなかに、東京のど真ん中にあるのと同じ空虚があるのですよ。

1980年代に結成されたロックバンド〝MIKADO〟のグレゴリー・ツェルキンスキーは、日本の印象をこう語っていたという。

これは意外と、日本人の本質をついているかもしれない。

たまに日本を訪れた外国人が日本を見た印象が、日本で生まれ日本で育った日本人よりも、日本についての俯瞰的像を描くことに優れている場合がある。

特に日本人にとって天皇の存在は、わかっているようでわからない。

一様、象徴天皇という位置づけにはなっているのだが、それが意味することはイマイチわからない。

天皇は、われわれ日本人にとってどんな存在であり、どんな影響を及ぼしているのだろうか。

たとえば政治家が行う政策は、何らかの形で日常生活に影響を及ぼす。

今日衆院本会議で可決した消費増税法案などは、どんなに政治に関心がなくても私たちの日常生活に増税として形で影響を及ぼす。

ところが普通の日本人にとって、天皇という存在は、自分の日常生活とは全く関係ないところに存在する。

だから、日常生活とまったく関わりのない天皇について関心のないほうがむしろ自然であろう。

では、天皇は私たち日本人にとって全く無関係であり、無影響なのであろうか。

ところが、ある外国人には私たち日本人の活動が、あたかも「空虚な中心」の周りをクルクルと、とにかく忙しそうに走り回っているように見えたという。

おそらく問題の所在は、天皇について関心があるとかないとか、ふだん気にかけているとかいないとか、そういうことではないのだろう。

欧米の大部分の国は、キリスト教という精神的基盤がある。

彼らの国づくりは、それに基づいているところが多分にある。

そんなことが常識として存在する彼らにとって、日本人が特定の宗教をもたないにもかかわらず、あたかも何かの規範が存在するがごとく規律がとれているのは不思議でしょうがないのではないだろうか。

そして、その基盤となっているのが天皇の存在だと考えるのは、当然の論理の帰結なのかもしれない。

そして、それは、もしかしたら、日本人も気づいていない本質をついているのかもしれない。

2012年6月25日 (月)

知的勉強法/齋藤孝

Photo  井上陽水さんが「普段はビートルズばかり聴いていて、ビートルズだけは異常に詳しい」とインタビューに答えているのを読んだことがあります。その時、そんな大物一点豪華主義勉強法があるのだと驚きました。もちろん、陽水さんは好きで聴いていただけでしょうが、結果的に優れた勉強法になっていたと思います。
  周知のように、井上陽水が作る音楽はビートルズとはかけ離れていますが、しかし、おそらくビートルズからあらゆる要素を得ているのではないでしょうか。コード進行から詞とメロディの絡み、シャウトのしかたに至るまで全てを吸収した上で、自分の中のマイ古典となっているのでは、と推測します。ビートルズが理解できたなら、そこには多彩な要素がぎっしり含まれていますから、さまざまな場面で引っ張り出せるはずです。それは知識というより、自分の体の中で骨や血をつくる栄養素として染み込んでいるような気がします。そこまで体に染み込ませられるのは、やはり対象自身が魅力的だからです。

現代は、学校教育で学んだ知識だけでは、過酷なビジネス社会では生き残ることが難しくなってきている。

学校を卒業した後も、働きながら何らかの学びを続けていかなければ、やがては粗大ゴミのように世の中から捨てられてしまう。

こんな社会がよいか悪いかは別にして、やはり自分の身は自分で守っていかなければならない。

そんな中、著者は、自分なりの勉強法を持つことを勧めている。

本書では、様々な「○○勉強法」が紹介されているが、

表記の文章は、その中の一つ、「大物一点豪華主義勉強法」からの抜粋。

大物一点に絞り、徹底的にエキスを吸収する方法は、合理的かつモチベーションの継続にもつながるような気がするので、これだったら私にも適用できそうな気がする。

ところで、井上陽水が「ビートルズ」なら、私にとっての大物は誰なのだろうか。

ちょっと考えてみても良いような気がする。

2012年6月24日 (日)

トヨタ生産方式を創った男/野口恒

9880563433 「自働化」「ジャスト・インタイム」のほかに、トヨタ生産方式の基本的な考え方として、「ムダをなくす」「ムダの排除」「七つのムダ」という「ムダ」と「カイゼン」という言葉がある。意外なことにこの二つの言葉の意味を表現する適当な英語や中国語もない。
 「やはり同じく中国から招待をうけて向こうに行った時、作り過ぎのムダやムダの排除についていろいろ二週間ぐらい講演したのですが、どうも向こうの通訳が日本語のムダという言葉を翻訳しているように思えなかった。そこで通訳の人に『ムダ』というのは中国語でどう表現するのか聞いてみたら、『浪費でしょう』という。日本語のムダと浪費とはニュアンスが大分違う。そこで『ムダ』に相当する言葉はないのかと聞いてみると、彼は『浪費という言葉があります』という。それなら、二週間私が一生懸命話していたことはみんなムダだったのかといったら、彼は笑っていましたがね」と大野はいう。
 「改善」というのも日本独特の言葉で、これを翻訳できる適当な英語がない。あえて探せば「インプルーブメント」という英語があるが、これは「改良」という意味であり「改善」とはニュアンスが違う。大野によれば「改善」と「改良」とは意味が全く違うという。
 「改善」は頭(智恵)を使ってよくすることであり、それに対して改良はおカネを使ってよくすることである。あまりに高価で、優秀な機械を導入すると、生産現場では改善のための創意工夫、改善意欲がそがれてしまう恐れもある」

トヨタ生産方式の生みの親、大野氏。

彼が中国で講演したとき、中国には「ムダ」に該当する言葉がないことを知ったという。

また「カイゼン」に該当する英語もないという。

これは新しい発見である。

言葉がないということは、そのような文化がない、実体がないということ。

たとえば昔読んだ「甘えの構造」という日本人論の本があった。

その著者土居氏によると、「甘え」という言葉にあたる英語はないということであった。

そこから土居氏は「甘え」ということについて、論理を展開していくわけだが、

それと同様に「ムダ」と「カイゼン」について英語や中国語にそれに該当する言葉がないという。

以前、「モッタイナイ」という言葉が世界中に広まったことがあった。

この言葉もやはり日本の文化から生まれた言葉で、日本独特のものなのであろう。

そう考えると、日本独特の文化や習慣、ものの考え方は随分あるのではないだろうか。

そして、それはそのまま日本の強みにもなり得る。

経済がグローバル化している現代、

単にモノを大量に安く生産するだけでは生き残れない時代になってきた。

今こそ、このような日本独特のものにもっと目を向け、独自のものを創り出すべきときではないだろうか。

ここに日本が生き残るヒントがあるような気がする。

2012年6月23日 (土)

100円のコーラを1000円で売る方法/永井孝尚

4806142395 「たしかに、値引きをしないで売れるのが一番だと思いますけど、そんなことって、世の中あるんでしょうか?」
 与田はいつものニヤリとした笑みを浮かべて説明した。
「たくさんありますよ。たとえばコーラなんてそうですね」
「え? コーラ?」久美には何のことだかわからない。「コーラって、ディスカウントストアでそれこそ1缶50円とか60円くらいで箱売りしているじゃないですか。値引きして売っている典型的な商品だと思いますけど──」
「たしかに、ディスカウントストアでは、ね。でも、同じコーラが1000円で売っていたとしたら、どうですか?」
 久美は口を大きく開ける。
「1000円!? それって、特別製のコーラか何かですか?」
「違いますよ。中身はディスカウントストアで売っているコーラと同じ液体です」
 久美は信じられないとばかりに首を振った。
「そんなコーラ、いったい誰が買うんですか?」
「この前、大阪に立ち寄ったときに、私が買いました」
 久美は思わず与田を見つめて、(澄ました顔をしているけど、この人、やっぱり変だ。きっと騙されたんだわ。かわいそうに)とひそかに同情の念を抱いた。
 与田はそれを見透かしたかのように、「もしかして新手の詐欺にあったんじゃないか、って思っていますね? でも、リッツカールトンが、お客さんを騙すことはないと思いますよ」と言った。
「え? リッツカールトンって、あの超高級ホテルですか?」
「そう。ルームサービスで頼んでみたんですよ。1035円でした」
「でも、普通のコーラですよね」
 与田はニヤッと笑う。「普通に売っているコーラです。でも、今までの人生で、最高に美味しいコーラでした」
 与田が言うには、部屋でルームサービスに電話すると「15分お待ちください」と言われ、最適な温度に冷やされ、ライムと氷がついた、この上なく美味しい状態で、シルバーの盆に載ったコーラがグラスで運ばれてきた、とのこと。
「この美味しさなら、1035円は安いと思いました。でも、中身はディスカウントストアで50、60円で売っているコーラと同じ液体なんです。面白いですよね」

本書は、物語形式でマーケティングのイロハについて、わかりやすく説明している。

タイトルにもなっている「100円のコーラを1000円で売る方法」とはどういうことなのか?

それは決して、消費者をだまして売るということではない。

コーラがもたらす提供価値を追求していけばその解答が得られる。

つまり、コーラというモノを売るのか、コーラを飲むことによって得られる心地よい体験を売るのかということ。

前者は、際限のない価格競争に巻き込まれる。

一方、後者は、価格競争とは無縁の世界である。

おそらく、リッツカールトンに1035円のコーラを値引いてほしいという人はいない。

つまり、同じコーラの液体であっても、価格競争とは無縁の世界もあるということ。

なんでこんなことが可能なのだろうか?

コーラという液体そのもので差別化しているのではないことは明らかだ。

ディスカウントストアで売っているのは、コーラという液体そのもの。

同じような商品を他でも売っているので、お客さんは値引きを求めてくる。

だから徹底的にコスト削減を図る。

規模の大きい会社ほど、大量仕入れで原価を安くできるので、有利になる。

一方、リッツカールトンが売っているのは、心地よい環境で最高に美味しいコーラを飲めるという体験。

この体験は他では得られない。

だから顧客は値引きを要求しない。

むしろ1000円のコーラでも、高い満足が得られる。

日本は今だデフレから脱却できずにいる。

もちろん、消費者にとってモノが安く買えることはうれしいこと。

しかし、この値引き競争、もう限界に来ている。

企業は自社の商品やサービスで「誰にどんな価値を提供するのか」を真剣に考えるべきではないだろうか。

2012年6月22日 (金)

ソニーの法則/片山修

Photo   盛田さんとのいちばんの思い出といえば、やはり飛行機のなかでなんですが、「飛行機が落ちたら、どうするか?」という問いに端を発して、宗教論争をしたことがあるんです。お互い熱くなって、延々やりました。そのとき、盛田さんは、「君ね、やっぱりそれはその人の運命だから、乗った飛行機が落ちたら、その人が落ちる運命にあっただけのことだよ」といったのです。私は、「ああ、いい答えだなあ」と、しみじみ思いました。その何とも潔い答えが、当時の私の心にしみ込んだのを、いまだに覚えていますよ。
  盛田さんという人は、そういう潔さを持った人ですから、ビジネスの面でも、気持ちのいいスピード感がありました。周りの状況が変わったら、さっと戦略を切り換える。これはいかんと思ったら、すみやかに撤退して次を考える。そういうときのスピードが、ものすごく速い。
  かつて、盛田さんは、大きなビルを建てて半年もしないうちに、つぶしてしまったことがあるんです。まだ本社ビルが木造だった時代、木造の建物の裏に、新しいビルを建てた。そのピカピカの真新しいビルを、本当に壊してしまった。「盛田さん、何でそんなもったいないことをするんですか」と、私は聞きました。すると、「いや、君ね、あのビルは失敗作なんだよ。人間、誰しも失敗はするもんだから、失敗したときはスピードでカバーすればいいんだよ」といって、平然としていました。その言葉は、本当に強烈でした。

本書は、ソニーの現職、OB、若手からトップまで、年齢、性別、職種の異なる14人へのインタビューから構成されている。

様々なエピソードの中で、一番多く登場するのは、やはり創業者の井深大氏と盛田昭夫氏についてである。

表記のエピソードは盛田氏についてのもの。

少々乱暴な面もあるが、ものすごいスピード感である。

やはり経営のトップはこのくらいのスピードと決断力、そして潔さが必要なのだろう。

この当時のソニーは、日本の企業でありながら、まったく日本的ではない。

ソニーのトップは、おとなしく神輿に乗っているようなタイプではなかった。

自分で考えて、自分で動いて、何かひらめいたものがあると、自分で何でもつくってしまう。

そんな人たちばかりだった。

井深氏はその急先鋒で、天才的な直観力をもって、ソニーをグイグイ引っ張っていった。

そして盛田氏も持ち前のセールスマンシップとバイタリティーでソニーを世界的な企業に成長させた。

恐らくそれがソニーのDNAなのだろう。

しかし、本書の書かれたのは、1998年。

今から、10年以上も前のこと。

今もそのDNAは受け継がれているのだろうか?

最近のソニーをみると、ソニーらしさが失われてしまっているように見えてならない。

2012年6月21日 (木)

日本軍のインテリジェンス/小谷賢

4062583860 この種の問題で有名なのは、台湾沖航空戦における戦果誤認であろう。台湾沖航空戦とは1944年10月12日から16日まで行われた日米間の航空戦であり、この戦いで日本側航空戦力は大打撃を被ったわけであるが、大本営は現場からの報告をそのまま鵜呑みにしてしまい、空母19隻(本作戦に参加した米空母は17隻)、戦艦4隻を撃沈、撃破と発表、日本中を勝利に沸かせたのであった。もしこの戦果が本当であれば、西太平洋における米空母部隊はほとんど壊滅したことになるが、実際に撃沈された空母は1隻もなく、この過大な戦果は現場の未熟な搭乗員の報告と、それを受け取る指揮官が確認作業を怠ったことによるものであった。
 これに対して特情部の通信傍受記録や戦況報告によると、敵空母、戦艦はともに健在であることが明らかであった。さすがに第二航空艦隊司令長官、福留繁中将をはじめとする中央の幕僚たちはそこまでの大戦果を真に受けていなかったが、それでも空母4、5隻は撃沈したと考えていたようであり、そのような判断から引き続き、日米の艦隊決戦と位置づけられていた捷一号作戦を発動、その結果、日本海軍はレイテ沖で壊滅的な損害を被ることになるのである(中略)
 このような作戦部と情報部の意見の相違は、終戦が近づくにつれてピークに達する。作戦部は台湾沖航空戦に見られたような前線部隊からの過大な戦果を基に日本に侵攻してくる米軍の戦力をはじき出し、情報部は通信情報や米側の公開情報を基にインテリジェンスを生産していたため、つねに情報部の判断は作戦部よりも米軍の規模を大目に見積もることになる。しかし情報部の情勢判断は、軍の士気に影響するという理由から受諾されなかった。
 また情報部が、神風特攻隊による戦果報告などを控えめに算出すると 作戦参謀からは以下のような批判が出てくる。
 情報部の奴等は、作戦の現場にいたわけでもなく、戦果の実際を見たのでもないのに、作戦部隊の報告を無視するような戦果を云々するのはけしからん。

これはいわゆる「大本営発表」と言われるもの。

「太平洋戦争で、日本は情報戦に破れたのだ」とよく言われる。

たとえば、日本が完敗し米国が大勝を博した典型的な例としてミッドウェイ海戦がある。

米国海軍は日本側の暗号通信を傍受し解読して、日本軍の作戦計画の全容を事前に知り尽くして待ち伏せ攻撃をかけた。

これに対して、日本側は敵の所在も全くつかめぬままに猪突猛進し、米軍に翻弄されるのみであった。

これによって、太平洋の戦局は米国側有利へと転じて行く。

山本五十六連合艦隊司令長官の戦死もまた、日本海軍の暗号を解読した米軍の待ち伏せ攻撃によるものであった。

ただ、日本軍は情報収集を全くしていなかったわけではない。

むしろ太平洋戦争当時、日本は暗号解読など優れたインフォメーション解読能力を持っていた。

ではなぜ日本軍は情報戦に敗れたか。

著者は、一つの原因として作戦と情報の機能の分離がなされていなかったことにある、としている。

日本軍においては、作戦と情報の機能が明白に分化されなかった。

情報部の立場の弱さが作戦部による情報の政治化を容易にしてしまった。

情報部は日本陸海軍の指揮命令系統の中で、非常に弱い立場にあった。

また陸海軍の組織においては、情報と作戦・政策間の境界が曖昧であった。

作戦部門が自分たちで情報を扱い出すことによって、情報部の存在意義を否定してしまうことになってしまった。

そこに問題がある。

日本軍最大の弱点はインテリジェンス意識の欠如にあった。

そして、これは現在も全く変わっていない。

情報の軽視、歪曲、政治的利用は今も様々な形で存在する。

「大本営発表」は今も行われている。

2012年6月20日 (水)

反逆者たち/保阪正康

4484002159 田中のその一生を貫くものは、作家の佐江衆一が評する「馬鹿正直なまでの一途さと無垢な人柄」だった。私もその語のとおりだと思っており、さらにそのうえ、田中は己れを捨て、救民のためにその生涯を使い、そして自らは官位栄達を求めることなく、ほとんど野垂れ死にの状態だったことをつけ加えてもいいだろう。このような人物をどのていど歴史の中にかかえこんでいるかで、それぞれの国の歴史の重さが違う。近代日本の歴史において、このような人物を数多くかかえこんでいれば、歴史の重みは増すと思うのだが、残念ながら日本にはそういう人物はそれほど多くない。この国の歴史にふくらみがないのはそのせいだといってもいいであろう。
 もし田中のような真っ正直で救民の意志をもつ人物が、近代日本のなかに百人単位で存在していたなら、次代の者は胸を張って先達の歴史を語ったことだろう。

本書では、江戸時代から昭和期までの10人を選び、彼らがなぜ「反逆の道」を歩んだのか、その時代背景と心情を解析している。

ただ、読み進んでみて感じたのは、彼らは自ら進んで「反逆者」となったわけではないということ。

あの時代で反逆者となるということは、常軌を逸する精神と肉体の苦痛や迫害が待ち受けているということを意味する。

誰も好き好んでこのような道を選ぶことはないだろう。

ただ、彼らは自らの信念や生き方を曲げなかったので、図らずも反逆者の道を歩むことになってしまったのである。

表記の田中とは、田中正造のこと。

日本初の公害事件と言われる足尾銅山鉱毒事件を告発した政治家。

権力を自らの意思で捨て、天皇の直訴を行い、体制側からは狂人扱いされながら、農民救済を願い抵抗を続けた。

田中正造に代表されるように、多くの場合、彼らは生まれてくるのが早すぎたのである。

早すぎた故に、時代は彼らを受け入れることができなかった。

時代が彼らに追いつくのは、彼らの出現から数十年たってからであった。

しかし、歴史をひもとくと、歴史の曲がり角には、必ずといって良いほど、反逆者が出現する。

反逆者は歴史に深みと味わいを与えている。

それは本質的に、反逆者は時代に迎合しない人たちだからである。

そう考えると、現代の日本はどうだろう?

時代に迎合する人たちばかりではないだろうか。

改革や革新が言葉だけで終わってしまうのも、このようなところに原因があるのかもしれない。

2012年6月19日 (火)

オリンピア/沢木耕太郎

Photo   ところで、西田と大江にとっては翌日の表彰式がベルリン大会の棒高跳びにまつわる最後の儀式とはならなかった。彼らにはまだやらなくてはならないことが残っていた。
記録映画を作っていたレニ・リーフェンシュタールから、最後のシーンを撮り直したいので、もういちど跳んでくれないかという要望があったのだ。
  二人は承諾し、カメラの前に立った。
  しかし、それはレニの「その翌日、同じ場所で、同じ高さで跳び直してもらった」という記憶とは掛け離れたものだった。
  西田は言う。
  「だって、考えてもみなよ、次の日はまだ競技が行われていたんだから、いくら夜だといったって、撮り直しなんかできるはずがないよ」これは恐らく西田の方が正しい。単に当事者の記憶だからというだけでなく、客観的に判断して、その翌日に撮り直すことは不可能だと思われるからだ。
  撮り直しの際、レニが出す「そこでバーを引っかけて」とか「今度はきれいに跳んで」といった指示を、西田と大江に通訳したのは三段跳びの田島直人だった。しかし、棒高跳びの翌日には三段跳びの決勝があり、いくら試合後とはいえ、田島には通訳などをしている余裕も時間もなかった。実際に撮り直しが行われたのは、西田が陸上競技の最終日、田島がその次の日と記憶しているが、試合の翌日でなかったという点では一致している。
  さらに西田によれば、撮り直しの場所は「選手村に付属しているグラウンドだった」という。また、レニは三メートル五十くらいで撮ろうとしたが、選手たちが「同じ失敗するのでも、ある程度の高さがないとうまく跳べない」と文句を言い、最終的には四メートルくらいで撮り直したのだという。一度もクリアーしたシーンを撮ってもらえないグレーバーが、俺もきちんと跳びたいと申し入れたが受け入れられなかったともいう。
  このようにして、夜の決勝シーンの撮り直しが済んで、ようやく彼らの棒高跳びは終わったのだ。

ベルリンオリンピックでスタジアムの観客を沸かせた日本人選手として、棒高跳びの西田修平と大江季雄がいた。

彼らは、雨の中、アメリカの三選手と、五時間に及ぶ長く激しい闘いを繰り広げた。

結局、アメリカのメドウスが金、西田が銀、大江が銅に終わったわけだが、

この二人、競技が終わったと思ったら、記録映画の撮影の仕事を依頼されたという。

その映画の名は『オリンピア』

レニ・リーフェンシュタールの作品『オリンピア』は、1936年に催されたベルリン・オリンピックの記録映画である。

『オリンピア』は『民族の祭典』と『美の祭典』の二部から成り、全体では四時間になろうかという大作だが、現在もなお、事あるごとに映画館で上映され、テレビで放映されつづけている。

それは、かって撮られたオリンピック映画の中の最高傑作というばかりでなく、全映画史の中でもベストテンに入る作品だという評価まである。

事実、『オリンピア』が封切られた1938年には、その年のヴェネチア国際映画祭に出品され、グランプリにあたる金獅子賞を受賞している。

一方、あれはオリンピック映画の形を借りたナチスのプロパガンダだったという見方も存在する。

ナチス・ドイツを平和国家だと偽装するための宣伝として、大きな役割を果たしたというのだ。

それによれば、ベルリン・オリンピックはナチスの祭典であり、その祭司がアドルフ・ヒトラー、巫女がレニ・リーフェンシュタールだったということになる。

このように今でも様々な議論のある映画ではあるが、興味深かったのは、その撮影方法。

今だったら「ヤラセ」と批判されるような手法が当たり前のことのように使われているのである。

以前、ヤラセ問題が世間を騒がせたことがあったが、ドキュメンタリーの原点は、案外こんなところにあったのかもしれない。

そもそも、誰かが何らかの対象物を映像に残そうと思った瞬間から、何らかの意図が働くのは、考えてみたら当たり前のこと。

それが本書にあるように「演技」させるという、あからさまな形ではなくとも。

2012年6月18日 (月)

白洲家の流儀/白洲信哉

Photo 祖父母たちは誰も世間に自分の尺度を合わせようとしなかったが、これは正月だけではなかった。僕も妹も、七五三を祝ってもらったことはなかったし、クリスマスもなかった。だからといって子どもの僕は疑問に思うこともなかった。どの家も多かれ少なかれ似たようなものだと思っていたからだ。
 その代わりといっては何だが、特別のことがなくても誘い合って食事に行ったり、各々の家を行き来したりするときは小遣いもくれた。とくに次郎は会えば必ずくれた。
 それぞれが好き勝手に自分の価値観とベースを持ち、それに従って行動していた。悪く言えば頑固でわがままだったのかもしれないが、それが当たり前と思えば気になることなどまったくなかったし、こうした気質は僕の息子にも受け継がれていくだろう。
 我が家には家族写真というものがなく、祖父母たちと撮った記念写真もない。カメラを構えて「こっち向いてください」などと言われても、誰も言うことを聞かないし、ソッポを向いてしまうような人たちばかりだからだ。よく出版社などの人から「祖父母と一緒の写真を貸して欲しい」と頼まれるのだが、一枚もないのでいつも困っている。
 しかし、これが白洲家の白洲家たる所以でありDNAなのだから仕方がない。大事なことは何であれ、自らの考えを、身をもって実践し、世間の常識、慣習、価値観に流されないことだ。したがって、クリスマスを祝いたい人は祝えばいいのだが、少なくとも僕はやらない。

終戦直後、吉田茂の側近としてGHQと渡り合い、「従順ならざる唯一の日本人」と言わしめた白洲次郎。

独自の視点から、忘れられたこの国の美を綴ったその妻、白洲正子。

このところ、この白洲次郎、正子夫妻の生き方に共感する人々が増えている

本書はこの夫婦の孫であり、また文芸評論家・小林秀雄の孫でもある白洲信哉氏が、3人の祖父母から継承した「白洲家の流儀」を記している。

しかし、読めば読むほど、この夫婦は変わっている。

というより、変わっているように見えるといったほうが良いかもしれない。

私達日本人は、とかく周りに合わせたがる。

空気を読み、世間体を気にする。

波風を立てるのを極端に嫌う。

ところが、この夫婦は、そんなことを気にする素振りはまったく見せない。

しかし、どちらが変わっているかと言えば、周りの日本人の方が変わっているのかもしれない。

クリスマスにしても、クリスチャンでもない日本人がなぜ祝うのか?

クリスチャンである欧米人が見たら、「日本人は変わっている」と思うだろう。

つまり、変わっているように見える白洲次郎、正子夫婦は、実は、内なる価値観に忠実に生きようとしたのではないだろうか。

平成の世に生きる私たちが、この夫妻に魅せられるのも、このようなところからきているのかもしれない。

2012年6月17日 (日)

合併人事/江上剛

Bt000014771800100101_tl 日未子は以前、合併企業の役員からこんな話を聞いた。
 「合併ってのは、大変でね。ばかなことをやっていたものさ。以前僕はね、ある部長の下で、次長として働くことになった。もちろんその部長は僕とは別の会社出身さ。するとね、自分の出身会社の上司に呼ばれ、こう言われたんだ。サボれ、なんだったら休んでいい。あの部長の仕事をやりにくくしろってね。おかしいって思ったよ。でも相手は真剣でね。最後にこう言うんだ。お前の人事は俺がみているんだからなってね。それで僕がどうしたかって?そりゃ、僕も我が身がかわいいからね。できるだけサボって、その部長が躓くようにしたのさ。嫌だったけど、仕方ないさ。自分が生き残るためだよ。その部長はついに仕事に行き詰まって失脚したよ。嫌な思い出だね」

今やM&Aは特別なことではなくなった。

明日は我が身と思っている社員も多いのではないだろうか。

本書は、その合併人事によって、振り回されるOLを主人公に、男たちの権力闘争、ポストをめぐる足の引っ張りあい、部下の手柄の横取り、パワハラ等を描いている。

2つの会社が合併すれば、当然、一人一人の社員に旧○○社出身、旧△△社出身というレッテルが貼られ、その見えない力の影響を受ける。

そしてそれは昇進、昇格、異動等、様々な人事に影響を及ぼす。

誰であっても、一番かわいいのは我が身。

合併後の自分の人事が一番気になるところ。

そう考えると、この小説で描かれているようなことが、合併後の社内では起こっているのであろう。

そもそも、M&Aは経営を効率化するために行うもの。

しかし、人は合理性ではなく感情で動く。

M&A後の効率化が、思った程進まないのも、こんなところに原因があるのかもしれない。

2012年6月16日 (土)

決断の本質/マイケル・A・ロベルト

A コンセンサスというのは、参加者が最終決定を理解し、採択された行動方針の遂行に全力を尽くすことを誓い、その計画が全員のものであるとの意識を持ち、その実行活動において進んで他の人たちと協力しようという意思を持つことである。

本書で一貫して述べられていることは、真に重要なのは、意思決定の「結論」ではなく「プロセス」なのだということ。

そして、リーダーが意思決定をするプロセスの中で、メンバーのコンセンサスを得ることはどうしても必要になってくる。

ところが、多くの人は「コンセンサス」の定義を間違ってとらえてしまっている。

コンセンサスというのは全員一致という意味ではない。

まして多数決で決めるということでもない。

意思決定を行うのがリーダーではなく、チームだという意味でもない。

複数の選択肢の要点を取り入れた妥協的解決策を見つけるということでもない。

ある複雑な問題について、全員一致の合意ができなかった場合でも、リーダーはコンセンサスを形成することができる。

実際に、全員一致にあまりこだわりすぎると、メンバーが自分の意見を述べるのに不安を感じるという危険を招きかねない。

またコンセンサスを得ようと努力することは、意見の対立を最小限に抑えるという意味ではない。

むしろ、確固とした持続性のあるコンセンサスを形成しようとするなら、リーダーは意見の対立を促すべきであり、これを避けるべきではない。

どうも、多くの人はコンセンサスの定義を間違って受け止めてしまっているようだ。

そのような間違いに陥らないためにも、上記のコンセンサスの定義をしっかりをおさえておきたいものだ。


2012年6月15日 (金)

一生食べられる働き方/村上憲郎

9987863779 進化できる企業、すなわち生き残れる企業と、進化できずに消えていく企業との違いはどこにあるのか。私は、「モンキートラップを逃れられるかどうか」がその境目だと考えています。
 これはよくできたお話だと思うのですが、猿の手がやっと入るくらいの小さな口の容器にエサを入れておくと、猿がやってきて手を入れて、エサを握る。エサを握りしめた猿の手は容器から抜けなくなる。エサを離せば、手は抜けて逃げられるのに、せっかくのエサを握りしめて離そうとしないばかりに手が抜けなくなり、猿は捕まってしまう。これがモンキートラップで、要するに、成功体験から脱却できないために、かえって身を滅ぼすことの愚を戒めた寓話です。

「モンキートラップ」とはよく言ったもので、確かにそうなってしまっている企業や人は多い。

かつて大成功をおさめた優れた企業であるがゆえに、成功体験を握りしめて自滅していくという例は、枚挙にいとまがない。

すでにDOS/Vが主流になっているにもかかわらずPC-9800シリーズに固執したNEC。

トリニトロンブラウン管の成功体験を手放すことのできず、液晶で出遅れてしまい、韓国サムソン電子に完全にシェアを奪われてしまったソニー。

より大きな視点で見れば、日本経済の基本的な枠組自体が、かつての成功体験を握りしめてモンキートラップに陥っているような気がする。

個人に目を移してみても、モンキートラップに陥っている人は多い。

「おれの若いころは・・・・・・」と、過去の栄光ばかりを自慢する上司。

時代はとっくにソリューション営業に変わってきているのに、「営業は脚だ」と、汗をかくことばかりを部下に押しつける上司。

どこの会社にも、そんな化石人間がいるものだ。

モンキートラップから逃れるには、成功体験を手放すしかない。

「昔はよかった」と懐古するのではなく、「手放すべき成功体験とはなんなのか」という厳しい視点で過去を振り返ってみる必要があるのではないだろうか。

2012年6月14日 (木)

承認とモチベーション/太田肇

4495380214  かつて日本人は仕事に対する意欲が高く、それが日本企業と日本経済の発展の原動力になっていると語られた。ところが近年、日本企業、日本経済の低迷と並行するように日本人の仕事意欲も低水準にあることが各種の調査から明らかになっている。
 たとえば、ギャラップ社が2005年に行った調査によると、仕事に対して非常に高い熱意を感じている日本人はわずか9%にすぎず、14か国のなかでシンガポールとならび最低である。またコンサルタント会社のタワーズペリンが同年に世界16か国の8万6000人を対象に行った調査でも、「非常に意欲的である」と答えた日本人は2%と16か国中最低で、逆に「意欲的でない」と答えた人は41%でインドに次いで多いという結果がでている。ブルーム(Vroom[1964])なども明らかにしているとおり、モチベーションが低ければ当然仕事の業績もあがらない。

かつて、日本人は勤務意欲が高いということを言われ続けてきた。

高度成長期の日本企業の躍進もこのことと無関係ではない。

ところが、近年、その日本人の勤務意欲の低下傾向が著しい。

様々な調査機関のデータがそれを表している。

日本の企業にとって社員のモチベーション回復は喫緊の課題だといえよう。

本書の著者、太田氏は、「承認」と「モチベーション」の関係について、長年研究をしてきた人。

その太田氏によると、理論上、承認がモチベーションを引きだすプロセスは二とおりあるという。

一つは、承認によって自己効力感が高まり、それが内発的モチベーションを高めるというプロセス。

もう一つは、承認によって、努力すれば報われるという期待が高まり、それが外発的モチベーションを向上させるというプロセス。

承認はその両方の動機づけをもたらすと考えられるという。

ここで重要なのは、いずれのプロセスにおいても、自分の能力や成果などについての正確な情報のフィードバックが前提条件になっていること。

裏を返せば、不正確な情報が与えられると効果がないばかりか、逆にモチベーションを低下させたり、精神的にも行動上もさまざまな混乱を招いたりしかねないことを意味している。

「承認」が単なる「褒める」ことと違うのは、あくまで事実のフィードバックでなければならないということ。

そして、これが一番難しい。

しかし、人事に携わる人にとって、「承認」は今後、大事なキーワードになってきそうである。

2012年6月13日 (水)

嶋浩一郎のアイデアのつくり方

4887595301 高度成長期は終焉を迎え、時代は低成長の成熟時代。思うに、高度成長期は成長がある程度保証されたわけですから、やり方さえ決めてしまえば、その決められたやり方の中で仕事をいかに効率よく展開していくのかが、必要とされる技術だったのではないかと思います。
 つまり、高度成長期は「片づけられる人」が活躍できた時代です。
 しかし、今の時代は新しい価値を生み出す、新しいビジネスを考える、そんな時代になっているのだと思います。そんな二十一世紀は「片づけができない人」にチャンスがめぐってくるのではないでしょうか。

博報堂ケトルというクリエイティブ・エージェンシーで働いている著者。

日々、キャンペーンや広告のアイデアひねり出し、それを実現する仕事をしている。

プレゼンテーションの仕方から、企画書の書き方等、アイデアを考え続ける仕事。

そのような極めて創造的な仕事をしている著者が言うには、

情報を既存の方法で整理整頓して考える人より、ちらかった情報の中から、突然変異的に情報と情報を組み合わせアイデアを生み出す人のほうが面白い結果を出すという。

マーケティング的に理詰めで理屈を積み上げていくより、ある日、街中で見かけた小学生の会話が、風呂の中で読んだ雑誌の記事と頭の中で突然結びついて、アイデアが生まれる。

そんな、偶発的な感覚が、実はいいアイデアを生み出す。

一見、関係ないものが結びついたほうが斬新なアイデアが生まれる。

そもそも、アイデアとは、異質の情報が結びついて化学反応を起こした結果生まれるもの。

そう考えると、従来の整理法がかえって創造性を殺すような状況を生み出しているのかもしれない。

2012年6月12日 (火)

ニュースの読み方使い方/池上彰

Photo その際、常に考えるのは、「要するに、どういうことか」ということです。
 たとえばイラクの戦後復興。大人向けニュースなら、「イラクの戦後復興に向け……」という言い方で理解してもらえますが、子ども向けですと、そうはいきません。
 たとえば、こんな表現になります。
 「イラクに対して、アメリカ軍やイギリス軍が攻撃してイラク戦争が起きたよね。その結果、それまでイラクでとても強い力で国民に言うことをきかせていたフセイン大統領がいなくなってしまった。すると、フセイン大統領の命令で動いていた役所も警察もなくなってしまって、国内は大混乱になった……」
 こんなふうに言い換え、文章を補い、ようやく子どもたちに理解されるものになります。「要するに、どういうことか」と常に自分に問いかけをしていると、漠然とわかった気になっていたニュースについて、自分がいかに知らないか、あるいは、実に浅い理解しかしていなかったかがわかってきます。「政権」や「独裁」などの用語を、当たり前のこととして使っていて、それが何を意味するか、考えたこともなかった……ということに気づかされるのです。
 自分はどれだけものを知らないか。それに気づくことで、物事に対して謙虚な気持ちが生まれ、理解するための意欲も生まれます。情報収集に対する情熱は、ここから生まれてくるのだと思います。

池上氏は、いつも「要するに、どういうことなのか」、と自分に問いかけるという。

確かにこれは、有効な方法かもしれない。

物事をわかったつもりになること、これが一番怖い。

物事を、「要するに・・・・・・」と、自分の言葉で分かりやすく説明できないということは、実は、自分がわかっていないということ。

こう考えると、情報に対して謙虚になれるであろうし、また、知識や思考を深めることができるであろう。

しかし、池上氏をここまでにしたのに、「NHK週刊こどもニュース」の果たした役割は大きかったと考える。

池上氏は、国内外のどんな大きなニュースを選び、それをどう料理すれば、テレビを見ている子どもたちにわかってもらえるだろうか。いつも頭を悩ませていたという。

「こどもニュース」という題名ではあるが、視聴者の半数以上は大人。

さまざまな分野の専門家がみていることもある。

そのような、専門家を納得させ、なおかつ子どもたちに理解してもらえる。

そんな内容を、毎週つくり出していくのはいかに大変だったことか。

さらに、放送中、子どもたちは、遠慮なく素朴な疑問を投げかける。

それに即応できるようになるには、相当な準備が必要だったことだろう。

そして、こんな悪戦苦闘の日々の中から、自分なりの情報収集術を編み出してきたのであろう。

よく「仕事が人を育てる」と言う。

池上氏にとって「こどもニュース」がまさにそれだったといえる。

2012年6月11日 (月)

イソップに学ぶ人間社会で大切なこと/竹内靖雄

Ek0041722 隣同士の2匹のカエルがいた。1匹は、道から離れた深い沼で暮らし、もう1匹は道の水溜りで暮らしていた。沼のカエルが水溜りのカエルに、「ぼくのところに引っ越してこないか。そうすればもっと安全に暮らせるよ」と勧めた。しかし水溜りのカエルは、「住み慣れたところから離れたくないね」といって、従おうとはしなかった。そのうちに、このカエルは道を通る車に轢かれてしまった。(中略)
 イソップによれば、この話の教訓は、「くだらない仕事にその日を過ごしているようではやがて身を滅ぼす」ということなのである。道の水溜りのような危険で不安定なところは永住するのにふさわしい場所ではないが、それは仕事でいえば、危険で不安定で、自分の人生を託するに足りない仕事にあたる。
 そんな水溜り並みの仕事にその日を過ごしているようでは、いずれ車に轢かれるか、水溜りが干上がるかして、その人の人生は破綻を迎える。

誰もが子供の頃から知っているイソップ寓話集。

動物やギリシアの神々の愚行をテーマにしながら、実は人間が厳しい競争社会で生きていくための教訓と知恵を教えている。

上記の寓話は、現代のニートやフリーターの問題にも通じる話である。

何も、広くて深い沼で、冷たい水の中を懸命に泳いだりしなくても、手近の浅い水溜りで、好きなときだけ水浴びでもしている方が気楽でいいではないか。

そんなフリーター流の考え方が増えている。

しかし、そんな生き方は、どこかで行き詰まってしまうだろう。

あるいは、今の自分に安住し、なかなか変わろうとしない人を指すのかもしれない。

人間はとかく保守的なものである。

できれば変わりたくないと思っている。

しかし、今は変化の激しい時代、

変わらないことは、衰退を意味する。

しかも、衰退し始めて変わったのでは遅い。

前もってそのことを察知し、変化を先取りしていかなければ、今の時代は生き残っていけない。

いずれにしても、やがて車に轢かれるか、水溜りが干上がるかして破綻を迎えるような生き方はしたくないものである。

2012年6月10日 (日)

東電OL殺人事件/佐野眞一

4101316333 渡辺さんのやったことは、自分を『物』にしてしまうことです。突き放したいい方をすれば、金銭を媒介にして性器の摩擦を行なったんですから。この事件は本質的に非常に危険な要素をはらんでいます。普段みんなが隠していることを、ストレートすぎる形でつきつけたわけですからね。ですから、渡辺さんは、自分たちがふだん心の底のどこかで望んでいても社会的規制が働いてできなかったことをやってくれたという意味で、『黒いヒロイン』なんです」
 最後に、昼は東電エリート、夜は売春婦という言葉で彼女を括り、彼女の二重人格性だけをとらえようとする世間の論調に私は組しません。この事件と彼女の内面をずっと追及していくと、私には、彼女はむしろ「自己同一化」に向かってまっしぐらにつき進み、その結果、「自爆」したという印象の方がずっと強いんです。
 「彼女のみならず、現代人はみな多重人格化しています。学校、家庭、会社など、その場その場での役割を演じきることに重点を置いています。コンパートメント・メンタリティ、つまり列車のコンパートメントのような、別々の部分自己を演じながら生きているわけです。従って、かつてE・H・エリクソンがいった『自己同一性』など必要とされずいまの世の中ではむしろ、そんなものを獲得したら生きにくいとさえいえます。
 その中で、彼女はどこでも人格をかえずに一貫性をもって生きたといえるのではないでしょうか。ある意味で古風とさえいえます。例えば、売春をする場所も円山町と決めたら、一度もかえなかったわけですからね。一本気といえば実に一本気です。その一貫性に関しては、私は価値観が多様化し拡散化する一方の世の中や、多重化する人格をよしとする風潮に対して、彼女が敢然と挑戦状を叩きつけているような感じさえします」

先週、東電OL殺人事件で無期懲役の2審判決が確定したネパール人の元飲食店従業員ゴビンダ・プラサド・マイナリ受刑者について、東京高裁は再審開始の決定をした。

こんなことから本書に興味がわき、読んでみた。

確かに、本書に記されている、綿密な取材から出てきた様々な事実から考えると、有罪にするのは無理だと感じる。

そして、それ以上に考えさせられるのは、この事件の被害者、渡辺泰子という女性についてである。

東電の女性エリート社員が、夜は売春をしていたということから、事件当時は週刊誌をはじめとして、興味本位の記事が数多く出回っていたように記憶している。

しかし、それらの記事は彼女の心の闇の部分を言い当ててはいなかった。

その意味では、精神科医、斎藤学氏の言葉は興味深い。

上記は、著者がインタビューしたときに語られた斎藤氏の言葉。

斎藤氏によると、彼女をあのような行動に駆り立てたのは「二重人格性」ではない、

むしろ「自己同一化」に向かってまっしぐらにつき進んだ結果だったのだ、と。

現代は、自己同一化をとことん追求しようとすると、生きにくくなる社会。

だから、私達はある面、ごまかし、ごまかし、生きている。

つまり、多重人格化しているのは、むしろ私達の方なのだ、と。

もし、自己同一化をとことん追い求めると、彼女のような生き方になるかもしれない、と。

確かに、本書に記されている彼女の性格は、生真面目で几帳面である。

東電という男社会の中で、管理職まで上りつめ、将来エコノミストになりたいとも希望していたという。

その一貫性の一つとして、売春という行為があったのだろうか?

斎藤氏の答えがそのまま、彼女の心の闇に光をあてきったとは思わない。

しかし、彼女の誰にもみせなかった心の暗闇の一部をかいま見たような気がした。

そして、私には、それだけで十分だと思った。

おそらく、彼女の本当の心の闇の部分は、同じように魂を深く病んだ人間にしか見えないのではないだろうか。

そんな気がする。

2012年6月 9日 (土)

急に売れ始めるにはワケがある/マルコム・グラッドウェル

Photo ジンバルドは実験の結果に衝撃を受けた。看守たちが・・・・・・それまでは平和主義者だと自任している者も何人かいたのに・・・・・・たちまち厳しいしごき屋に変貌したのだ。最初の夜から囚人たちを午前二時に起こして腕立て伏せを命じ、壁に向かって整列させ、その他気まぐれな命令を出した。二日目の朝、囚人たちは反抗した。識別番号をはがし、房内に立て籠もった。看守たちは囚人を裸にしたあげく、消火器を噴射してそれに対抗し、反乱の首謀者を隔離房に閉じ込めた。
 「ときどきひどく口汚く、面と向かって怒鳴りつけることもありました」と、ある看守役は回想している。「それも全体の恐ろしい雰囲気の一部でした」実験が進むにつれて、看守たちはますます徹底して残酷になっていった。
 「変化の激しさと速さはとても予測のつくようなものではありませんでした」とジンバルドは言う。
 看守たちは、囚人に自分たちは愛し合っていると互いに言わせ、手錠をかけ、頭から紙袋をかぶせて廊下を行進させたりもした。
 「今のわたしの行動とは正反対でした」と別の看守役は言う。「自分の心の残虐性という点では、まったく常軌を逸していたと思います」
 三六時間後、一人の囚人がヒステリー状態になり、解放しなければならなくなった。さらに四人の囚人が「泣いたり興奮したり、極端な情緒不安定と不安神経症」の徴候を示したので、やはり解放された。
 ジンバルドの心づもりでは、実験は二週間の予定だった。が、六日で切り上げた。

1970年代の初め、フィリップ・ジンバルドを中心とするスタンフォード大学の社会科学者のグループはある実験を行う。

ジンバルドは、大学の心理学部ビルの地下に模擬監獄を作る。

準備が整うと、地元の新聞で実験に参加してくれるボランティアを募る。

75人の応募者のなかから、ジンバルドは、この心理学テストに耐えられる心身ともに健全そうな21人を選び出す。

さらにそのなかから任意に半数を選んで看守役とし、制服とサングラスを与えて、監獄の秩序を守ることが任務だと伝える。

残る半分は囚人役に割り当てられた。

実験の目的は、監獄はどうしてあんなに不快な場所なのか、その理由をつきとめることにあった。

ところが、思いがけないことが起こる。

実験が進むにつれて、看守たちはますます徹底して残酷になっていき、やがて、実験を続けることが不可能な状態にまでなってしまう。

この実験から得たジンバルドの結論は、わたしたちに元から備わっている素質を圧倒してしまうほど強力な特殊状況があるということ。

正常な人間を良い学校と恵まれた家庭と良い住環境から引き離し、目前にある状況の細部を変えただけで彼らの行動を強力に支配してしまうような瞬間がある、ということだ。

このように、すべてが一気に変化する劇的な瞬間を、本書ではティッピング・ポイントと呼んでいる。

本書で取り上げられた事例は多岐にわたっている。

子供番組「セサミ・ストリート」、ニューヨークの犯罪、独立戦争、あるいは商品がどのようにして売れていくかなど、

一見関連がなさそうな事象について、そこから具体的なメカニズムを解明している。

ティッピング・ポイントとは小さなことなのである。

そして、小さなことが、やがて大きな動きを起こす。

このことを知ることは重要だ。

2012年6月 8日 (金)

1秒もムダに生きない/岩田健太郎

1 いろいろ模索した揚げ句、僕は次のような結論に至りました。
 それは、「今一番やりたいことを、やる」です。緊急性があろうが、重要性があろうが、関係なし。そういうことをいちいち吟味することも特に必要ない。そのように考えるに至ったのです。

いかに上手に時間を使うか?

これは永遠の課題なのかもしれない。

そして、このことについて書いてある本は多い。

たとえば、やるべきことを重要度と緊急度のマトリックス表で仕分けして、

まずは、重要かつ緊急なことを優先的に行う、

次に緊急ではないが重要なことを行う、

そして次は・・・、といった具合。

確かに合理的なやり方には違いない。

ところが、著者が言うには、結局のところ「今一番やりたいことを、やる」のが正解だという結論に至ったという。

これは意外と正解かもしれない。

まずは、「やりたいこと」とは何か?

「やりたいこと」と言っても、それは「快適なこと」とは限らない。

人間は快楽を求める動物だが、いつも快楽ばかりを求めているわけではない。

ときには率先して、あえて苦痛を伴う選択をすることだって多々ある。

つまり、「今一番やりたいことを、やる」とは「自分の内なる声に素直になる」ということではないだろうか。

そしてそれは結果的に一番よい選択になっていることが多い。

よく「今、一番食べたいものを食べるのが一番健康によい」という。

つまり、自分の身体に一番良い食物は、自分の身体が知っているということ。

だから、身体に聞くのが正解だという。

これと同様に、一番有効な時間の使い方とは、自分の内なる声に素直になること。

そして、自分の気持ちに素直に行動していれば、それはプライオリティ-リストからそんなに大きく逸脱するものではない。

そう考えると、少し心が楽になる。

2012年6月 7日 (木)

刑事と民事/元栄太一郎

Photo 先ほど、弁護士が奪い合うパイは限られていると述べたが、競争が激しくなれば、当然そのパイを増やそうとする動きも出てくるだろう。仕事を得るために、いままでなら裁判沙汰にならなかったような問題でも、積極的に取り扱おうとする弁護士が増えるに違いない。弁護士が増えれば増えるほど、法的な争いごとに関わる一般人も増える可能性が高いということだ。
 たとえば米国には、80万人から90万人もの弁護士がいるといわれている。総人口は日本の2倍程度なのに、弁護士は30倍から40倍ぐらい存在しているわけだ。あの国が「訴訟社会」と呼ばれるのは、この弁護士人口の多さと無縁ではない。それだけの人数の弁護士が食べていくためには、膨大な件数の訴訟が必要なのである。
 そして、弁護士を必要とする案件は向こうからはやって来ない。日本の弁護士は事務所で依頼人からの連絡を待っていることがまだ一般的だが、米国の弁護士は違う。自ら案件を探し歩かなければ、競争に勝つことができない。
 その典型が、「アンビュランス・チェイサー(救急車の追跡者)」と呼ばれる弁護士だ。
交通事故や爆発事故などが起きると、まるで救急車を追いかけてきたかのようなタイミングで被害者の搬送された病院に現れ、損害賠償請求訴訟の代理人になるべく、その場で本人や家族から委任状を取り付けるのである。
日本の弁護士も、いずれ依頼人を待っているだけでは商売が成り立たない状況になるだろう 自らトラブルや争いごとを見つけ出して、必要に応じて当事者に訴訟を起こすよう勧めたりするわけだ。
 たとえば離婚など、いまはまだ当事者同士の話し合いで決着がつくケースのほうが多いが、そのうち双方に必ず弁護士がつく時代になるだろう。一方が「タダで別れるなんてもったいないですよ」と弁護士にアドバイスされ、高額の慰謝料を請求すれば、相手も弁護士を立てて応戦せざるを得ない。

新司法試験となり毎年2000~3000名の合格者が出ている。

合格者のうち検察官と裁判官になる者は毎年200名程度にすぎない。

残りは弁護士になる。

とすると、合格者が3000人だとすれば毎年2800人前後の新人弁護士が誕生することになる。

つまり、これから10年も経たないうちに弁護士人口が二倍になると予想される。

弁護士が増えるのとは逆に、これから日本の総人口は減っていく。

ということは、限られたパイを、急増する弁護士たちが奪い合うようになるわけだ。

ひところの過払い金バブルもそろそろ収束を迎えようとしている。

そうすると、もしかしたら、法律事務所の大倒産時代が訪れるかもしれない。

業界再編のようなことが起こるかもしれない。

背に腹はかえられなくなって、暴力団や企業などの組織的な脱法行為に加担して「悪の商品開発」に手を染める弁護士も増えるかもしれない。

何のための司法制度改革だったのかと考えてしまう。

少なくとも、アメリカのような訴訟社会はごめんだ。

2012年6月 6日 (水)

運命の人(四)/山崎豊子

Bt000014260900400401_tl 部屋で電話が鳴っていた。受話器を取り上げると、昔から懇意にしている琉球新聞の論説委員からだった。
 「久しぶりですね」
 と応答すると、
 「旭日新聞一面トップに大スクープが!沖縄返還協定に謳われていた軍用地の復元補償費四百万ドルの米側支払いが、実際には弓成さんが見抜いておられた通り、日本側の肩代わりであったことが、米公文書で証明されたのです」
 昂った声で知らせた。
 稲妻に打たれたような衝撃が、全身をはしった。
 「もしもし、弓成さん」
 「・・・・・・」
 「つい勢い込んで、前後の脈絡もなくすみません、旭日新聞によれば琉球大学の教授が助教授だった頃までの三年間、ジョージ・ワシントン大学に客員研究員として赴任中、米国立公文書館で沖縄返還協定についての極秘ファイルを発見されていたことが解ったのです、その中に復元補償費を日本側が肩代わりするという密約文書があったそうなんです。
 仔細は紙面をファクシミリで送信します、後程、コメントを戴きに参りますのでよろしく」
 と云うと、慌ただしく電話を切った。(中略)
 三枚目のファクシミリの記事に、政府見解として現外務大臣がなお「密約はなかった」とコメントし、かつての当事者である吉田も、議事要旨にシュナイダーともども名前の頭文字でサインしているにもかかわらず、「確かにサインは私のものだ、ただシュナイダー公使とそのような話をした覚えはない」と平然と否定している。
 職務上知り得た秘密情報は、墓場まで持っていくというのが外務官僚の美学らしいが、国家の情報は誰のものかという意識に欠け、三十年近く経った今なお旧態依然とした秘密主義には、呆れるばかりだった。

2000年、米国立公文書館保管文書の秘密指定解除措置で、当時の密約の事実を示す証拠文書が発見される。

外務省機密漏洩事件から30年近く経っていた。

しかし、密約当時、実務責任者の外務省アメリカ局長で、密約文書に署名した吉田(吉野文六がモデル)は、米公文書が見つかってもなお否定し続ける。

政府も今だに否定を崩していない。

いつも思うことだが、

政治家や官僚は何のために仕事をしているのか?

誰のために仕事をしているのか?

と問いたくなる。

国民のために仕事をしているのではないのか?

国民の生命と財産を守るために仕事をしているのではないのか?

どうもそうではないらしい。

彼らがいつも考えるのは、自分の属する組織と自分自身の保身。

発想がいつも内向きである。

そしてそれは、当時も今も全く変わっていない。

2012年6月 5日 (火)

運命の人(三)/山崎豊子

Bt000014260900300301_tl 「ま、当分はゆっくり休養するとして、先行き、何らかの目算はついているのかね」
 さらりと話題を変えた。
 「判決のことしか考えていませんでしたので、先のことはまだ・・・・・・」
 「そう・・・・・・、実は副社長が君の将来を心配されていてね、勝訴を勝ち取ったのを節目に、社を離れて君の能力に見合った道を歩んではどうかと・・・・・・」
 猫の首に鈴をつける大役を任された編集局長は、やや腰の引けたもの云いで、弓成を上目遣いに見た。退職を迫る見え透いた態度に弓成は屈辱を覚え、奥歯を噛みしめた。自分がいなければ政治部は廻っていかないと、馬車馬の如く夜討ち朝駆けで働き続けていた職場は、僅か二年もしいなうちに、冷たくなっていた。

第一審で勝訴し職場復帰した矢先、弓成は上司に呼ばれ退職勧奨を受ける。

新聞社といえども、しょせんは民間企業の一つ。

利益が出なければ事業の継続はできない。

記者が社会正義を貫こうとしても、経営陣はやはり事業の永続と発展を考える。

特にこの事件のように、外務省の機密漏洩事件がいつのまにか男女のスキャンダル問題にすり替えられたのでは、新聞社のイメージは落ちるばかり。

販売部数が落ちれば、経営にも影響を及ぼす。

結局はトカゲのシッポきりと相成る。

だが、これと同じようなことは今も形を変え繰り返し行われているのではないだろうか。

たとえば、テレビメディアはスポンサーの気に入らない報道は決してしない。

観ていて、何か裏があるのでは、と勘繰りたくなる報道が多く見られる。

そして当たり障りのないバラエティー番組でお茶を濁す。

本質は同じではないだろうか。

2012年6月 4日 (月)

運命の人(二)/山崎豊子

Bt000014260900200201_tl 言論の府に警視庁が踏み込む寸前だったと聞いて、一同、さすがに黙った。
 「・・・・・・しかし、外務省職員から極秘電文を入手したからと云って、国家公務員法でひっかけるなど汚すぎる、われわれ新聞記者の取材は、聞き出したい情報を知る立場にいる相手なら、運転手、秘書、家族、誰であれ、ありとあらゆる方法で接近する、場合によっては政治家、官僚の机の引き出しから覗いている書類を盗み見たり、引き抜いたりもする位の心意気がなければ、真実に迫る報道はできない」
 「そうだ、偽政者の都合の悪いことは書くべからず、書いた者はこうなると、まさに見せしめ逮捕だ!」
 新聞人の怒りが、渦巻いた。

弓成の逮捕の知らせを受け、新聞社の中は異様な雰囲気に包まれる。

確かに新聞記者の取材は、法律違反スレスレの行為だ。

ただ、それが黙認されているのは、取材される政治家や官僚の側も、それなりに利用価値を認めているから。

おそらく、そこには暗黙のルールのようなものが存在するのであろう。

ところが、ある一線を超えてしまったとき、国家権力は牙を剥く。

事実この後、毎朝新聞(毎日新聞)は「知る権利」をキーワードにキャンペーンを張るものの、結局、権力に屈した形で、弓成記者の依願退職というトカゲのシッポ切りをし、幕引きを図る。

しかし、国家権力というものは、ここまでえげつないものなのか、ということを物語る事件である。


2012年6月 3日 (日)

運命の人(一)/山崎豊子

Bt000014260900100101_tl “沖縄の返還なくして、日本の戦後は終わらない”という名台詞を吐き、全国民を感動させた佐橋総理の公約から既に6年、交渉の道のりは険しく、もはや沖縄返還は、無策を批判されている佐橋総理の延命策とも、今期で引退するに当たっての花道とも云われている。
 冷えたお茶を飲み終り、席をたちかけた時、机の引き出しからはみ出している書類が眼についた。さっき安西審議官が慌ただしく引き出しに突っ込んだ書類の先が一枚、めくれて垂れ下がっている。そこに記されている“LIST C”“NAHA AIRPORT”という文字が弓成の眼を射た。一瞬の躊躇はあったが、その英文の書類を引き抜くと、まさくし沖縄の米軍基地返還予定リストであった。安西は急いできちんとしまい忘れたのではなく、見えるように一部をはみ出させて行ったのではないか・・・・・・。長い付き合いの中で安西は、過去にこういう形での情報伝達をする事が一度ならずあった。それは単に安西の弓成に対する個人的な好意ばかりでなく、外務省の思惑が絡んでいることもあった。

「この作品は事実を取材し、小説的に構築したフィクションである」と冒頭に記載されているが、実際にあった西山事件を想起させる内容である。

西山事件とは、1971年の沖縄返還協定にからみ、取材上知り得た機密情報を国会議員に漏洩した毎日新聞社政治部の西山太吉記者が国家公務員法違反で有罪となった事件。

そしてこの小説の主人公、弓成のモデルは西山である。

ただ、本書を読んで感じるのは、官僚からの情報のリークは上記のような形で度々あったのだということ。

しかし、そんなことで裁判ざたになったりはしない。

なぜなら、情報をリークする側も、それを元に記事を書く側も、お互い持ちつ持たれつの関係だから。

ではなぜ弓成は訴えられたのか。

それはその情報の内容が佐橋総理(モデルは佐藤総理)の引退の花道であったはずの沖縄返還に泥を塗るようなものだったから。

おそらくそのようなことであろう。

政治とはそもそもそんなきれいごとではなく、ドロドロとしたもの。

しかし、そんなことをあれこれ考えていると、「正義とは何か?」と本当に考えてしまう。

2012年6月 2日 (土)

十五億人を味方にする/稲葉利彦

4334975232 一台の自転車が、何十人もの乗客を乗せたバスの前をノロノロと進んでいきます。どんなにクラクションを鳴らされてもなかなか道を譲りません。他人の警笛などには一抹の緊張感も持たないみごとな落ち着きぶりです。
 このような情景を何度も眺めたあげく、私は、この国の人には「自分が世界の中心である」という悟りが訪れているに違いないと思いました。そこで、そのように仮定してみたところ、実にいろいろなことに合点がいったのです。
 例えば「人のじゃまになる」という意識の欠如です。
 エスカレーターを降りたその場所で、立ち止まって話をしたり荷物の整理をしたりする人たちをよく見かけます。うしろから来る人のじゃまもいいところです。どんどん人が降りてきてぶつかりますが、悠然としたものです。
 自分が「世界の中心」であれば、その辞書に「人のじゃまになる」という文字がなくても不思議はありません。

本書は、中国の天津伊勢丹の元社長である著者が、どのようにして天津伊勢丹を中国一の百貨店へと成長させたかが記されている。

「自己中心的である」「自らの非を認めない」「気配りができない」など、中国人に多く見られる思考行動特性から生じる問題に直面しながら、ビジネスを展開させるのは、並大抵なことではない。

特に、中国の考え方を紹介するときに、中華思想ということばがよく使われる。

中華思想とは中国こそが世界の中心であり、他国は従属する存在であるという考え方。

確かに、上記のエピソードにもあらわれているように、中国人の意識の底には「自分」こそが世界の中心だという考え方があるようだ。

中国の政治家の発言を聞いても、また一般市民のコメントを聞いても、「自分が世界の中心」という考え方がにじみ出ている。

日本人から見れば理解しがたく、なんとも傲慢な考え方に映るのだが、中国人にとってはそれが当たり前のことなのだろう。

しかし、今後日本が生き残るためには、中国とうまくつきあっていくことが必要になってくる。

中国で働く日本人ビジネスマンの合い言葉の一つに、「TIC」という言葉があるそうだ。

「TIC」とは、「This is China」の略。

「しょうがないだろう。ここは中国なんだからさ」というような意味。

つまり、中国人とつきあうには、このような割り切り方が必要だということだろう。

これは一つの知恵かもしれない。


2012年6月 1日 (金)

戦略プロフェッショナル/三枝匡

4532191459 良い戦略は極めて単純明快である。逆に、時間をかけ複雑な説明をしないと理解してもらえない戦略は、だいたい悪い戦略である。悪いという意味は、やっても効果が出ないという意味である。
 良い戦略は、お父さんが家に帰って、夕食を食べながら子供に説明しても分かってもらえるくらい、シンプルである。悪い戦略は、歴戦のビジネスマンに一日かけた説明会を開いても、まだもやもやしている。

企業の経営改善には「戦略」が必要だ。

そして、それを実行に移すための具体的「プログラム」が必要だ。

社内の誰もが理解できる「単純な目標」と、その実現を支援してやるための一連の「プログラム」を打ち出すことによって、「目標と現実のギャップ」に橋がかかる。

そうした手法を根気よく繰り返していかない限り、長丁場の経営改善は進まない。

それを支えるためには、組織のなかに「戦略意識」が醸成され、社員が「共通の言語」を喋るようにならなくてはいけない。

大事なことはその「共通の言語」は誰もが理解でき、覚えられる、単純明快な言語でなければならないということ。

例えば、営業マンが何かを売りに行く時にも、同じ現象が見える。

彼らが良い製品を売り込む時の説明は単純明快である。

逆に、時間をかけ複雑な説明をしないと理解してもらえない製品は、だいたい悪い製品である。

ここで言う悪いという意味は、なかなか売れないという意味。

悪い製品であればあるほど、その業界の製品の説明は複雑になっていく。

わずかな差を説明しようとするからである。

これは企業の戦略も共通して言えること。

このことは以前読んだ「ストーリーとしての競争戦略」にも同様のことが書かれていた。

この本の中で著者、楠木氏は「戦略の神髄は 思わず人に話したくなるような面白いストーリーにある」と言っている。

大きな成功を収め、その成功を持続している企業は、戦略が流れと動きを持った「ストーリー」として組み立てられているという点で共通している、という。

戦略とは、必要に迫られて、難しい顔をしながら仕方なくつらされるものではなく、誰かに話したくてたまらなくなるような、面白い「お話」をつくるということ、だと。

これは経営戦略の本質なのかもしれない。

このことから考えると、今の多く企業の戦略はあまりにも複雑すぎる。

うまくいかないはずである。

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