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2012年6月10日 (日)

東電OL殺人事件/佐野眞一

4101316333 渡辺さんのやったことは、自分を『物』にしてしまうことです。突き放したいい方をすれば、金銭を媒介にして性器の摩擦を行なったんですから。この事件は本質的に非常に危険な要素をはらんでいます。普段みんなが隠していることを、ストレートすぎる形でつきつけたわけですからね。ですから、渡辺さんは、自分たちがふだん心の底のどこかで望んでいても社会的規制が働いてできなかったことをやってくれたという意味で、『黒いヒロイン』なんです」
 最後に、昼は東電エリート、夜は売春婦という言葉で彼女を括り、彼女の二重人格性だけをとらえようとする世間の論調に私は組しません。この事件と彼女の内面をずっと追及していくと、私には、彼女はむしろ「自己同一化」に向かってまっしぐらにつき進み、その結果、「自爆」したという印象の方がずっと強いんです。
 「彼女のみならず、現代人はみな多重人格化しています。学校、家庭、会社など、その場その場での役割を演じきることに重点を置いています。コンパートメント・メンタリティ、つまり列車のコンパートメントのような、別々の部分自己を演じながら生きているわけです。従って、かつてE・H・エリクソンがいった『自己同一性』など必要とされずいまの世の中ではむしろ、そんなものを獲得したら生きにくいとさえいえます。
 その中で、彼女はどこでも人格をかえずに一貫性をもって生きたといえるのではないでしょうか。ある意味で古風とさえいえます。例えば、売春をする場所も円山町と決めたら、一度もかえなかったわけですからね。一本気といえば実に一本気です。その一貫性に関しては、私は価値観が多様化し拡散化する一方の世の中や、多重化する人格をよしとする風潮に対して、彼女が敢然と挑戦状を叩きつけているような感じさえします」

先週、東電OL殺人事件で無期懲役の2審判決が確定したネパール人の元飲食店従業員ゴビンダ・プラサド・マイナリ受刑者について、東京高裁は再審開始の決定をした。

こんなことから本書に興味がわき、読んでみた。

確かに、本書に記されている、綿密な取材から出てきた様々な事実から考えると、有罪にするのは無理だと感じる。

そして、それ以上に考えさせられるのは、この事件の被害者、渡辺泰子という女性についてである。

東電の女性エリート社員が、夜は売春をしていたということから、事件当時は週刊誌をはじめとして、興味本位の記事が数多く出回っていたように記憶している。

しかし、それらの記事は彼女の心の闇の部分を言い当ててはいなかった。

その意味では、精神科医、斎藤学氏の言葉は興味深い。

上記は、著者がインタビューしたときに語られた斎藤氏の言葉。

斎藤氏によると、彼女をあのような行動に駆り立てたのは「二重人格性」ではない、

むしろ「自己同一化」に向かってまっしぐらにつき進んだ結果だったのだ、と。

現代は、自己同一化をとことん追求しようとすると、生きにくくなる社会。

だから、私達はある面、ごまかし、ごまかし、生きている。

つまり、多重人格化しているのは、むしろ私達の方なのだ、と。

もし、自己同一化をとことん追い求めると、彼女のような生き方になるかもしれない、と。

確かに、本書に記されている彼女の性格は、生真面目で几帳面である。

東電という男社会の中で、管理職まで上りつめ、将来エコノミストになりたいとも希望していたという。

その一貫性の一つとして、売春という行為があったのだろうか?

斎藤氏の答えがそのまま、彼女の心の闇に光をあてきったとは思わない。

しかし、彼女の誰にもみせなかった心の暗闇の一部をかいま見たような気がした。

そして、私には、それだけで十分だと思った。

おそらく、彼女の本当の心の闇の部分は、同じように魂を深く病んだ人間にしか見えないのではないだろうか。

そんな気がする。

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