100円のコーラを1000円で売る方法/永井孝尚
「たしかに、値引きをしないで売れるのが一番だと思いますけど、そんなことって、世の中あるんでしょうか?」
与田はいつものニヤリとした笑みを浮かべて説明した。
「たくさんありますよ。たとえばコーラなんてそうですね」
「え? コーラ?」久美には何のことだかわからない。「コーラって、ディスカウントストアでそれこそ1缶50円とか60円くらいで箱売りしているじゃないですか。値引きして売っている典型的な商品だと思いますけど──」
「たしかに、ディスカウントストアでは、ね。でも、同じコーラが1000円で売っていたとしたら、どうですか?」
久美は口を大きく開ける。
「1000円!? それって、特別製のコーラか何かですか?」
「違いますよ。中身はディスカウントストアで売っているコーラと同じ液体です」
久美は信じられないとばかりに首を振った。
「そんなコーラ、いったい誰が買うんですか?」
「この前、大阪に立ち寄ったときに、私が買いました」
久美は思わず与田を見つめて、(澄ました顔をしているけど、この人、やっぱり変だ。きっと騙されたんだわ。かわいそうに)とひそかに同情の念を抱いた。
与田はそれを見透かしたかのように、「もしかして新手の詐欺にあったんじゃないか、って思っていますね? でも、リッツカールトンが、お客さんを騙すことはないと思いますよ」と言った。
「え? リッツカールトンって、あの超高級ホテルですか?」
「そう。ルームサービスで頼んでみたんですよ。1035円でした」
「でも、普通のコーラですよね」
与田はニヤッと笑う。「普通に売っているコーラです。でも、今までの人生で、最高に美味しいコーラでした」
与田が言うには、部屋でルームサービスに電話すると「15分お待ちください」と言われ、最適な温度に冷やされ、ライムと氷がついた、この上なく美味しい状態で、シルバーの盆に載ったコーラがグラスで運ばれてきた、とのこと。
「この美味しさなら、1035円は安いと思いました。でも、中身はディスカウントストアで50、60円で売っているコーラと同じ液体なんです。面白いですよね」
本書は、物語形式でマーケティングのイロハについて、わかりやすく説明している。
タイトルにもなっている「100円のコーラを1000円で売る方法」とはどういうことなのか?
それは決して、消費者をだまして売るということではない。
コーラがもたらす提供価値を追求していけばその解答が得られる。
つまり、コーラというモノを売るのか、コーラを飲むことによって得られる心地よい体験を売るのかということ。
前者は、際限のない価格競争に巻き込まれる。
一方、後者は、価格競争とは無縁の世界である。
おそらく、リッツカールトンに1035円のコーラを値引いてほしいという人はいない。
つまり、同じコーラの液体であっても、価格競争とは無縁の世界もあるということ。
なんでこんなことが可能なのだろうか?
コーラという液体そのもので差別化しているのではないことは明らかだ。
ディスカウントストアで売っているのは、コーラという液体そのもの。
同じような商品を他でも売っているので、お客さんは値引きを求めてくる。
だから徹底的にコスト削減を図る。
規模の大きい会社ほど、大量仕入れで原価を安くできるので、有利になる。
一方、リッツカールトンが売っているのは、心地よい環境で最高に美味しいコーラを飲めるという体験。
この体験は他では得られない。
だから顧客は値引きを要求しない。
むしろ1000円のコーラでも、高い満足が得られる。
日本は今だデフレから脱却できずにいる。
もちろん、消費者にとってモノが安く買えることはうれしいこと。
しかし、この値引き競争、もう限界に来ている。
企業は自社の商品やサービスで「誰にどんな価値を提供するのか」を真剣に考えるべきではないだろうか。
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