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2012年6月 6日 (水)

運命の人(四)/山崎豊子

Bt000014260900400401_tl 部屋で電話が鳴っていた。受話器を取り上げると、昔から懇意にしている琉球新聞の論説委員からだった。
 「久しぶりですね」
 と応答すると、
 「旭日新聞一面トップに大スクープが!沖縄返還協定に謳われていた軍用地の復元補償費四百万ドルの米側支払いが、実際には弓成さんが見抜いておられた通り、日本側の肩代わりであったことが、米公文書で証明されたのです」
 昂った声で知らせた。
 稲妻に打たれたような衝撃が、全身をはしった。
 「もしもし、弓成さん」
 「・・・・・・」
 「つい勢い込んで、前後の脈絡もなくすみません、旭日新聞によれば琉球大学の教授が助教授だった頃までの三年間、ジョージ・ワシントン大学に客員研究員として赴任中、米国立公文書館で沖縄返還協定についての極秘ファイルを発見されていたことが解ったのです、その中に復元補償費を日本側が肩代わりするという密約文書があったそうなんです。
 仔細は紙面をファクシミリで送信します、後程、コメントを戴きに参りますのでよろしく」
 と云うと、慌ただしく電話を切った。(中略)
 三枚目のファクシミリの記事に、政府見解として現外務大臣がなお「密約はなかった」とコメントし、かつての当事者である吉田も、議事要旨にシュナイダーともども名前の頭文字でサインしているにもかかわらず、「確かにサインは私のものだ、ただシュナイダー公使とそのような話をした覚えはない」と平然と否定している。
 職務上知り得た秘密情報は、墓場まで持っていくというのが外務官僚の美学らしいが、国家の情報は誰のものかという意識に欠け、三十年近く経った今なお旧態依然とした秘密主義には、呆れるばかりだった。

2000年、米国立公文書館保管文書の秘密指定解除措置で、当時の密約の事実を示す証拠文書が発見される。

外務省機密漏洩事件から30年近く経っていた。

しかし、密約当時、実務責任者の外務省アメリカ局長で、密約文書に署名した吉田(吉野文六がモデル)は、米公文書が見つかってもなお否定し続ける。

政府も今だに否定を崩していない。

いつも思うことだが、

政治家や官僚は何のために仕事をしているのか?

誰のために仕事をしているのか?

と問いたくなる。

国民のために仕事をしているのではないのか?

国民の生命と財産を守るために仕事をしているのではないのか?

どうもそうではないらしい。

彼らがいつも考えるのは、自分の属する組織と自分自身の保身。

発想がいつも内向きである。

そしてそれは、当時も今も全く変わっていない。

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