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2012年6月18日 (月)

白洲家の流儀/白洲信哉

Photo 祖父母たちは誰も世間に自分の尺度を合わせようとしなかったが、これは正月だけではなかった。僕も妹も、七五三を祝ってもらったことはなかったし、クリスマスもなかった。だからといって子どもの僕は疑問に思うこともなかった。どの家も多かれ少なかれ似たようなものだと思っていたからだ。
 その代わりといっては何だが、特別のことがなくても誘い合って食事に行ったり、各々の家を行き来したりするときは小遣いもくれた。とくに次郎は会えば必ずくれた。
 それぞれが好き勝手に自分の価値観とベースを持ち、それに従って行動していた。悪く言えば頑固でわがままだったのかもしれないが、それが当たり前と思えば気になることなどまったくなかったし、こうした気質は僕の息子にも受け継がれていくだろう。
 我が家には家族写真というものがなく、祖父母たちと撮った記念写真もない。カメラを構えて「こっち向いてください」などと言われても、誰も言うことを聞かないし、ソッポを向いてしまうような人たちばかりだからだ。よく出版社などの人から「祖父母と一緒の写真を貸して欲しい」と頼まれるのだが、一枚もないのでいつも困っている。
 しかし、これが白洲家の白洲家たる所以でありDNAなのだから仕方がない。大事なことは何であれ、自らの考えを、身をもって実践し、世間の常識、慣習、価値観に流されないことだ。したがって、クリスマスを祝いたい人は祝えばいいのだが、少なくとも僕はやらない。

終戦直後、吉田茂の側近としてGHQと渡り合い、「従順ならざる唯一の日本人」と言わしめた白洲次郎。

独自の視点から、忘れられたこの国の美を綴ったその妻、白洲正子。

このところ、この白洲次郎、正子夫妻の生き方に共感する人々が増えている

本書はこの夫婦の孫であり、また文芸評論家・小林秀雄の孫でもある白洲信哉氏が、3人の祖父母から継承した「白洲家の流儀」を記している。

しかし、読めば読むほど、この夫婦は変わっている。

というより、変わっているように見えるといったほうが良いかもしれない。

私達日本人は、とかく周りに合わせたがる。

空気を読み、世間体を気にする。

波風を立てるのを極端に嫌う。

ところが、この夫婦は、そんなことを気にする素振りはまったく見せない。

しかし、どちらが変わっているかと言えば、周りの日本人の方が変わっているのかもしれない。

クリスマスにしても、クリスチャンでもない日本人がなぜ祝うのか?

クリスチャンである欧米人が見たら、「日本人は変わっている」と思うだろう。

つまり、変わっているように見える白洲次郎、正子夫婦は、実は、内なる価値観に忠実に生きようとしたのではないだろうか。

平成の世に生きる私たちが、この夫妻に魅せられるのも、このようなところからきているのかもしれない。

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