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2012年6月20日 (水)

反逆者たち/保阪正康

4484002159 田中のその一生を貫くものは、作家の佐江衆一が評する「馬鹿正直なまでの一途さと無垢な人柄」だった。私もその語のとおりだと思っており、さらにそのうえ、田中は己れを捨て、救民のためにその生涯を使い、そして自らは官位栄達を求めることなく、ほとんど野垂れ死にの状態だったことをつけ加えてもいいだろう。このような人物をどのていど歴史の中にかかえこんでいるかで、それぞれの国の歴史の重さが違う。近代日本の歴史において、このような人物を数多くかかえこんでいれば、歴史の重みは増すと思うのだが、残念ながら日本にはそういう人物はそれほど多くない。この国の歴史にふくらみがないのはそのせいだといってもいいであろう。
 もし田中のような真っ正直で救民の意志をもつ人物が、近代日本のなかに百人単位で存在していたなら、次代の者は胸を張って先達の歴史を語ったことだろう。

本書では、江戸時代から昭和期までの10人を選び、彼らがなぜ「反逆の道」を歩んだのか、その時代背景と心情を解析している。

ただ、読み進んでみて感じたのは、彼らは自ら進んで「反逆者」となったわけではないということ。

あの時代で反逆者となるということは、常軌を逸する精神と肉体の苦痛や迫害が待ち受けているということを意味する。

誰も好き好んでこのような道を選ぶことはないだろう。

ただ、彼らは自らの信念や生き方を曲げなかったので、図らずも反逆者の道を歩むことになってしまったのである。

表記の田中とは、田中正造のこと。

日本初の公害事件と言われる足尾銅山鉱毒事件を告発した政治家。

権力を自らの意思で捨て、天皇の直訴を行い、体制側からは狂人扱いされながら、農民救済を願い抵抗を続けた。

田中正造に代表されるように、多くの場合、彼らは生まれてくるのが早すぎたのである。

早すぎた故に、時代は彼らを受け入れることができなかった。

時代が彼らに追いつくのは、彼らの出現から数十年たってからであった。

しかし、歴史をひもとくと、歴史の曲がり角には、必ずといって良いほど、反逆者が出現する。

反逆者は歴史に深みと味わいを与えている。

それは本質的に、反逆者は時代に迎合しない人たちだからである。

そう考えると、現代の日本はどうだろう?

時代に迎合する人たちばかりではないだろうか。

改革や革新が言葉だけで終わってしまうのも、このようなところに原因があるのかもしれない。

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