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2012年6月28日 (木)

お客様の「特別」になる方法/小阪裕司

Photo  ある牛乳宅配を営む店での話である。
  この店ではある日、発注ミスによって、コーヒー牛乳を通常の十倍も仕入れてしまった。
  賞味期限の短い商材ゆえに、このようなときは通常なら叩き売りをして、残りは廃棄処分するしかない。しかし店主はそう考えず、代わりに顧客にDMを送った。
  その見出しには、こうあった。

冷蔵庫を開けると、そこにはそびえ立つコーヒー牛乳がドッカーンと山

  そして、やや冗談交じりに、発注ミスをした自分たちを助けて欲しいと訴えた。
  すると顧客から続々と注文が入った。中には一度買った上で、賞味期限ぎりぎりに再び買いに来た人がいたほどだった。
  しかし相手は今、牛乳の宅配を受けている人たちだ。この短期間に大量のコーヒー牛乳を買う必要はないだろう。にもかかわらず彼らは続々と購入し、ついには十倍のオーダー分が完売してしまったのである。
  ここで生じた購買動機、「買いたい」の気持ちは、何なのだろうか。
  ここでの購買動機は、コーヒー牛乳に対するものではない。最終的にその商品を買う行動は同じだが、動機はコーヒー牛乳が飲みたくなったからではない。
  顧客は彼らを助けたくて商品を買ったのだ。それはある顧客の次の言葉に表れている。
  「世話になっているから力になりたかった」

ビジネスは人をどのように定義するかで随分と変わってくる。

多くの人は、そもそも人は利己的な生き物だと考える。

人は常に自分の利得の最大化を図って行動するという前提があり、ビジネスの世界においては特に、それによって経済合理的な行動をすると考える。

同じ商品なら価格の安い店で買う。

それは、人が常に自分の利得を最大化する方向に動くから。

それが人間の基本的な性質なのだとすると、人間は元来利己的な生き物のように思える。

しかし、反面、世の中には自分の身を犠牲にして人を救おうとしたという美談もある。

表記の発注ミスをしたコーヒー牛乳の例では、店主を助ける義務などないのに、助けるために買い物をするという行動がとられている。

これは「自己犠牲」とまでは言えないかもしれないが、少なくとも自分の経済的な利得を最大化する行動とは逆の行動であることは確かだ。

もしかすると、人の中には元来「利他性」があるのかもしれない。

利他的行動をすることが人の生得的なものであるとすれば、ビジネス現場においても売り手と買い手の関係は変わるかもしれない。

「いかに相手から分捕るか」ではなく「いかに相手の得にもなるか」を考えるようになる。

もちろん自分の得も考えるが、そればかりを考えるのではない。

そういう関係になれるはずだ。

お客さんが何かをしてあげたくなる「特別な存在」になればいいのである。

ビジネスがうまくいかないのは、お客さんにとって利他的行動をしてあげたい「特別な存在」になっていないからなのかもしれない。

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