油断/堺屋太一
「これから、石油輸入が三割減ったという仮定で、日本の受ける影響を、時系列で追います。つまり、日本への石油輸入を減少せしめる事件が産油国側で発生した日、即ちD-0デーからの変化を、十日刻みで見ていくことにします」(中略)
「百四十日目」を告げた直後だった。みな、はじかれたようにそちらを見た。
「あの地図の上に出ている赤い点は何ですか」
「失礼しました、言い忘れました」
佐和子は声の調子を変えずに、ゆっくりと答えた。
「あれは、発生する死亡者の数を地域別に予測したものです」
「死亡者!」
驚きの声が一斉に起こった。ITV拡声器からも同じ叫びが伝わった。
「一点千人となっています。全国累計は図の右下の数字で示されています」
その数字はすでに二十万八千を超えていた。(中略)
佐和子の全く変わらぬ声が、ついに「二百日目」を告げた。
左の表の欄は全部埋まった。GNPは23。産業別欄に一桁のものがいくつもあった。
右側の図は、もはや日本列島の形を保っていなかった。各府県の生産を示す白い四角形は斑点のようにばらまかれ、赤い点ばかりが目立った。その下にはもっと恐ろしい数字があった。死亡者数三百万人。
「二百日間に、三百万人の生命と、全国民財産の七割が失われるでしょう」
佐和子の低い声が会議室を賑わせるほどによく聞こえた。
小宮の横で、大河原鷹司がうめいた。
「太平洋戦争三年九ヶ月と同じ被害だ・・・・・・」
元通産官僚、堺屋太一氏の書いた近未来小説。
もし、中東から石油が来なくなったら、日本はどうなるかといったシナリオを小説化したもの。
本書は1975年刊なので、今から35年以上まえのものだが、全く古さは感じさせない。
細かい数字は現在とは違っている部分はあるが、日本のエネルギー基盤の脆弱性は全く変わっていないと言ってよい。
上記は、石油輸入が三割減ったらどうなるかをシミュレーションしている場面。
本書は小説だが、そこに出てくる数字は実際のものを使っているという。
そしてそこで描かれる図は、身の毛もよだつようなもの。
たった二百日足らずで三百万人もの命と何百年もかけて近代化してきた文明が音を発てて崩れ落ちていくという。
石油輸入が止まるということは、単に生活が不便になるとかいう問題ではない。
ちょっと我慢すればなんとかなるというものではない。
生死の問題なのである。
国家の存亡の問題なのである
311以降、原発問題がにわかにクローズアップされてきているが、今後日本のエネルギーはどうするのか、ここは感情的に流されるのではなく、正確なデータを基に、しっかりとした方向性を出して欲しいものである。