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2012年7月10日 (火)

スローキャリア/高橋俊介

Photo キャリアという山は富士山のように、麓にいるときから頂が見えているわけではないから、あの頂上に立つのは何歳で、そうすると五合目は何歳で通過すればいいなどという計算も、当然成り立たない。
 登山口には木々がうっそうと生い茂り、頂上どころかどちらに行けば、目的の山があるのかすらわからないのがキャリアのスタートだ。しかしそこでじっとしていても、進む方向はいつまでたってもわからないから、とりあえずこっちだというあたりをつけて歩き出さなければならない。
 道を間違え引き返したり、崖から落ちて怪我をしたり、遭難の危機にあったりしながら、それでも歩みを続けていれば、突然視界が開け、めざす山の頂きが目に飛び込んでくるときが必ずある。
 しかしそれでようやく頂上に辿り着き、やれやれと周囲を見渡した瞬間、その山の後ろにさらに別の山があって、自分が登りたかったのは実はそっちの山だったということに気づくかもしれない。そうしたらまた一からやり直しだ。
 そういう試行錯誤を繰り返しながら、いつの間にか自分のやりたいことに近づいていくのである。
 兎にも角にも、最初の一歩をまず踏み出すことだ。

自らのキャリア形成について、多くの人が関心を持つ時代になってきた。

本書は、上昇志向のあまり強くない人はキャリア自律にどう向き合う必要があるのか、という著者の問題意識から生まれている。

世の中、強烈な目的意識をもって計画的に経験を重ね、キャリア形成をしていく人がいる。

たとえば、メジャーリーガーのイチローは小学校の作文で既にプロ野球選手になって活躍することを書いている。

自分で長期的な目標を設定し、達成するための計画を綿密に立て、日々の努力を積み重ね、一つ一つ階段を登ってゆくことによって、やがては自分の夢を実現する。

誰もが憧れる生き方だ。

ところが、実はそのような人は少数派。大部分は、むしろそれほど目的意識がはっきりしているわけではなく、なりたい自分も実はよく分からない。

自分が何に向いているのかもよく分からない。

でも、キャリア形成は大切だと思っている、という人たちである。

ではそのような人のキャリア形成とはどうあるべきなのか?

ここで高橋氏は、キャリア形成を登山にたとえている。

山の麓にいるときには、富士山の頂上は見えない。

しかし、そんな状態でもあたりをつけて、まずは一歩を踏み出してみる。

そのようにして歩き続け試行錯誤していると、ある瞬間、パッと視界が開けることがある。

頂上への道筋がはっきりと見えることがある。

そうしたら、まずは頂上を目指して一心不乱に歩けばよい。

しかし、頂上にたどりついたら、もっと魅力的な別の山の頂上が見えることがある。

「ああ、自分の登りたかった山は富士山ではなく、実はあの山だったんだ!」と。

だったら、そちらに向かってまた一歩を踏み出せばよい。

結局、自律的キャリア形成とはそのようなものなのだという。

これは本質をついている。

例えば十年後にこのような自分になろうと計画的にキャリアを積み重ねたとする。しかし、十年後にそのキャリアは無用になっているかもしれない。

今のような変化の激しい時代は、大いにあり得る話しである。

自分のやりたいことだってそうだ。最初から自分のやりたいことが明確な人はそれほど多くはいない。

でも、何かをやっている内に、ふと「自分のやりたかった仕事はこれだったんだ!」と、感じる瞬間がある。

その感覚を大切にすることだ。

多くの人は、目の前に与えられた仕事に懸命に取り組んでいるとき、その仕事の面白さを感じ、また自分の向き不向きに気づくもの。

かつてサッカー日本代表の監督をつとめたイビチャ・オシムは「走りながら考えよ!」と選手たちに言った。

単純だが、上昇志向のあまり強くない人のキャリア自律は「兎にも角にも、最初の一歩をまず踏み出すこと」、これが一番のポイントだと言えるかもしれない。

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