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2012年7月 8日 (日)

人に認められなくてもいい/勢古浩爾

4569801188 わたしは、世間価値に準拠しながら、ある種の不可避性に促されて、自分の「意味」は自分でつくる(あるいは見出す)しかないと考える。なんのために生きるのか、なぜ働くのか、自分とは何者か、という問いは偽の問いであるとわたしは考えている。だが、どうしても考えてしまうのなら、自分がその「意味」を見出す(つくる)ほかはない。画一的な答えはない。自分だけの「意味」をもつことは、世間価値に従うよりも、逆に生きやすいかもしれない。そのほうが明らかに自由度が高いのだ。
 自分だけの「意味」が見つからなければ、わたしたちは生きていくことができないか。そんなことはない。「共我」だけで生きていくことができる。いくつかの承認がこの場所で叶わないからといって、あるいは一時的に叶わないからといって、あきらめる必要はない。別の場所がある。別の時間もある。この言葉がいい。

 人生とはやり直しのできない一筆書きのようなものだと思う。一度描いてしまった線は修正がきかない。できるのはその先をさらに描き続けることだけだ。たとえ予期せぬ手先のぶれで意図とは違う方向に筆が走ったとしても、そこから思いもよらない未来が開けることもある。(笹本稜平『還るべき場所』文藝春秋)

「認められたい」

これは誰もが内側にもっている欲求である。

人からほめられればうれしいし、自分のやったことを評価されればうれしいもの。

また逆に、バカにされると腹が立ち、無視されると落ち込む。

「私は人に認められるために生きているわけではない」と強がってみたところで、心は感じ、頭は考える。

これが人間が人間である所以であるが、同時にこれが人間の幸であり不幸のもとでもある。

そして、「承認欲求」があまりにも強いと、結果として、他人に振り回され、ある時には自分のやりたくない行動をすることになる。

自分がなくなってしまう。

でも本当に人は認められなければ生きていけないのだろうか。

そんなことはない。

自分なりの生きる意味と目的を持ち、自分なりの内なる価値観をしっかりと確立していけば、違った生き方ができるはずである。

「人生とはやり直しのできない一筆書きのようなもの」

心に残る言葉である。

でも、そうであるからこそ、しっかりと自分なりの足跡を残していく生き方をしていきたいものである。

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