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2012年7月20日 (金)

陸軍士官学校の人間学/中條高

Kds272653_l「われは専まりて一となり、敵は分かれて十とならば、これ十を以てその一を攻むるなり。すなわち、われは寡にして敵は衆なり。能く寡を以て衆を撃てば、すなわち吾がともに戦う所の者は約なり」(『孫子』)

 要約すると、次のようになります。
「同じ兵力で戦う場合を考えると、自軍の全兵力を一つの部隊に集中させ、敵軍を十個の部隊に分散させ、その一つをもっぱら攻めれば、それは敵の十倍の兵力で叩くことになる。自軍の全兵力が敵軍の全兵力に比べて小さくても、その小さい兵力で敵軍を倒すことができるのは、局面の戦闘において自軍の兵力が一つに結集し、相手を分散させ、その一つを攻めれば相手を上回ることになるから勝ち得るのである」
 たとえば、百人の軍勢で三百人の敵軍と戦っても、まともに当たれば勝ち目はありません。しかし、敵軍を十個に分けて、一隊につき三十人の小軍にする。それに対して、自軍の百人で攻めるよう作戦を立てれば、衆寡逆転して勝利を収めることができるというわけです。 ものは考えようです。自分よりも強大な敵と戦う時こそ、知略を働かせ、自らの優位性を高めよ、と『孫子』は教えています。
 そして、死地に陥っていたアサヒを不死鳥のごとく蘇らせたスーパードライこそ、一点集中の知恵から生まれた不世出のビールといっても過言ではないのです。

一時、シェアが10パーセントを割り込み、倒産寸前まで追い込まれたアサヒビール。

本書の著者は、陸軍士官学校生として戦争を体験し、戦後はアサヒビールの営業本部長として「アサヒスーパードライ」作戦で陣頭指揮をとった中條氏。

氏は、当時、アサヒを救うのはもはや兵法しかないと思い、兵法こそがアサヒ全社員の向かうべき道筋を「再生」の一点に合わせる、唯一無二の方策であると考え、それを実践していったという。

「兵法」と聞くと、何やら軍国主義的で血なまぐさいものという印象を持つかもしれない。

しかし、兵法は戦争を奨励するものでもなければ、残酷なものでもない。

古今東西、あらゆる戦いを制するための知恵が詰まった、「勝利への教科書」が兵法なのだという。

まさに、戦いの勝敗がそのまま自分や同志の生死に直結する時代に編み出された、「究極の知恵」といえる。

これをビジネスに応用し、的確に実行に移すことができれば、負けるはずがないと著者は言う。

表記の孫子の言葉は、戦力を一点に集中させることの重要性を説いている。

そして、この一点突破を具現したのがスーパードライによる起死回生の戦略だった。

「辛口・ドライ」と銘打ったスーパードライが、ヒットを生むのかどうかなど、実際のところ誰にも分からなかった。

それでも樋口社長は、迷うことなく巨額の設備投資に踏み切り、スーパードライを徹底的に市場へと投入していく。

結果、スーパードライは、爆発的ヒット商品となる。

「必要なカネは惜しまない」というのが、樋口流経営術の基本。

氏は誰よりも市場の動向を見据え、先手先手の投資を行うことができた人物だった。

数字にこだわりつつも、大胆な選択と集中をやってのけた樋口社長の手腕は、見事としかいいようがない。

「選択と集中」という言葉は多くの経営者が使う言葉だが、それを大胆に実行できる経営者はそう多くはいない。

逆に言えば、これをいかに大胆に実行できるかどうかが、経営者としての器なのかもしれない。

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