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2012年7月 6日 (金)

杯(カップ)緑の海へ/沢木耕太郎

Photo ビールを呑みながら、私は先日アン君にした質問をチョンミさんにもしてみることにした。もし日本が一次リーグを突破して韓国ができなかったら、韓国ではどういう反応が起きるだろう、という例の問いだ。
 チョンミさんが答える前に、アン君の、どうして日本ができて韓国にできなかったか大議論が巻き起こるだろう、という意見を伝えた。すると、チョンミさんは、こう言った。
「それ以前に、日本に対する言い知れない憎しみが生まれそうな気がして怖い。議論はそうした感情が少し薄れてから起きるのではないでしょうか」
 そして、アン君とまったく同じ質問をされた。
「もし、その逆のことが起きたら、日本の人はどんな風に反応すると思いますか」私はアン君に対してしたのと同じ答えをした。すると、日本人を比較的よく知るチョンミさんも、そうかもしれませんね、と同意してくれた。(中略)
 私は代表チームというものについて考えていた。
 代表チームとは何なのか。ひとことで言ってしまえば、国を背負って他国と戦うチームということになる。だが、かつて日本ではサッカーの代表チームが本当の意味での「日本代表」だったことはなかった。サッカー・ファンという一部の人の代表でしかなかったのだ。むしろ、ある時期までの「日本代表」は、バレーボールの代表チームだったかもしれない。
 ある種目の代表チームが真の「日本代表」になりえているかどうかは、託されているものの大きさに関わっている。代表チームのユニフォームを着ていれば「日本代表」になれるというわけでもないのだ。しかし、この十年で、日本においても、サッカーの代表チームがようやく「日本代表」になりかけてきた。
 だが、国を代表するということになれば、歴史の長さからいっても、託されているものの大きさからいっても、サッカーにおける韓国の代表チームには及ばない。まさに、韓国の代表チームは、日本を打ち負かすことによって、真の代表チームになっていったのだ。
 代表チームは、勝つことでその国の人々に大きなものをもたらす。しかし、同時に、負けることでさらに大きなものを失わせることになる。この、負けることで大きなものを失う経験なしに、その国を代表するチームにはなれないように思われる。日本の代表チームは、一九九三年のドーハで、ほとんど初めて、負けることでどれほど大きなものを失うのかということを人々に示しかけた。
 サッカーの日本代表が真の「日本代表」になるためには、勝つことでなく、負けることによって失う経験を、まだ何度も繰り返さなくてはならないのかもしれない……。

 

本書は2002年日韓W杯の観戦記である。

沢木氏の約一ヶ月に渡る日韓サッカー渡航のドキュメンタリー的作品に仕上がっている。

沢木氏は単なるサッカーの試合だけでなく、それを観る日韓の人々の感覚の違いについても述べている。

サッカーの韓国代表は、単なるサッカーチームではない。

国を背負っている、まさに「韓国の代表」。

対する日本は、サッカーの日本代表チームではあっても、「日本の代表」ではなかった。

双方では背負っているものが全く違うのではないか、と述べている。

その負っているものの違いは、試合に負けた時の選手の姿に如実に表れる。

今でも覚えているが、日本代表チームが決勝トーナメントの第1戦でトルコと当たり負けた時のこと。

負けた日本の選手たちの表情は静かなものだった。

泣いている選手もいたが、ピッチに崩れ落ちたまま立ち上がれないというような選手はひとりもいなかった。

ところが、同じトルコに3位決定戦で破れた韓国選手の多くはピッチに倒れ込んだ。

その他、セネガルにゴールデンゴールで敗れたスウェーデンの選手は、試合が終わり、セネガルの選手たちがダンスを踊っているさなかにも、ピッチに倒れ込み、あるいはうずくまったまま立ち上がれない選手が何人もいた。

スペインにペナルティーキック戦の末に敗れたアイルランドの選手もそうだった。

それに比べたとき、日本の選手たちのクールさは際立っていた。

何か不完全燃焼の感があったことを今でも思い出す。

早いもので、あれからもう十年が経った。

今のサッカー日本代表は、本当の意味での日本の代表になったのだろうか。

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