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2012年8月の31件の記事

2012年8月31日 (金)

ビジネスは「非言語」で動く/博報堂ブランドデザイン

Img_bd3 心理学者の吉本武史氏は、勘を「身体的な経験やノウハウがありながら言語化できないもの」だと定義している。つまり、一見すると根拠がないように見えても、実際には非言語領域にたしかな根拠を持っているのだ。なぜだかわからないが胸騒ぎがしたり、この方針で進めるとおそらく失敗するだろうと感じたりするときには、無意識の部分で過去の経験や知識が探索され、無意識の部分で判断を下しているのである。 そこがわかると、経営者が直感や勘をことさら重要視するのにもうなずけるのではないか。
 企業にはさまざまな事情が複雑に絡み合っているし、市場にもまたいくつもの要因が複合的に入り組んでいる。そのすべてを言語化し、論理的に分析して、合理的な判断を下すのはまず不可能に近い。

仕事柄、私は多くの企業の経営者と話をすることが多い。

また、そのために経営者の書いた本を読むことも多い。

そこで共通して言えることは「直感」や「勘」という一見、非合理的、非科学的なことを重視する人が多いということ。

経営が合理性を追求するものだとすると、明らかに矛盾しているように感じる。

ところが、最近はそのことにもある程度の合理性があるのではないかと思うようになってきた。

そもそも「直感」とか「勘」とはなんだろうか。

上記抜き書きによると「身体的な経験やノウハウがありながら言語化できないもの」だという。

つまり、言語化して説明することができないだけで、明確な理由や原因があるものということ。

非科学的でもないし、非合理的でもないのである。

ハーバードビジネススクールのザルトマン教授によれば、人間が言語化して意識できる情報は5パーセント、残りの95パーセントは言語化されない、と言われている。

つまり、人間は、どうして自分が行動したのか説明ができないことがほとんどであるということ。

では説明できないのは、何も原因や理由がないのか?

そうではない、ちゃんとした根拠があるのである。

ただ、言葉で説明できないだけ。

これが「直感」や「勘」の正体である。

だとしたら、もっと「直感」や「勘」を信じて大胆に行動してもいいのかも知れない。

2012年8月30日 (木)

これならわかる!ドラッカー思考/枝川公一

Photo 個人個人にそれぞれのプログラムが与えられている子どもたちの学習グループは、見るものを驚嘆させる。一人の子どもは、一つの科目を二時間続けて勉強し、その間学習速度を変えない。もう一人は、まずはじめに非常に速い速度で勉強し、やがて速度が落ちてくるとか、十五分くらいごとに科目を変えていくとかする。三番目の子どもはゆっくりと始め、だんだん速度をあげ一つの科目を一時間続けるが、つぎの科目は、二、三分だけ何度も何度もやり直す。こういうことだが、結局は、全員が、教科、科目のすべてについて同じことを学んでいる。しかもそれに要する時間もほとんど同じである。「断絶の時代」(1969年)

今、学校の現場ではいじめが問題になっている。

その原因の一つに、画一化した教育システムがあげられるのではないだろうか。

個人には、その人特有の学び方がある。

赤ん坊でも、一歳にならない前にしゃべりだす子がいる一方で、三歳になっても言葉が自由にならない子もいる。

これは、能力の差ではない。

それぞれが言語能力を身につける際の身につけ方が違うからである。

このような違いから個性がつくりあげられていく。

結局は、どちらも同じように話す子どもになっていく。

話すのが遅い子に、急いで言葉を教えても早く話すようにはならない。

今の学校は、子どもの個性をすっかりはぎとってしまっている。

教室に詰め込まれた生徒たちは、同じことを同じリズムで教えられ、一様に吸収することを強いられる。

ともかく、教師の言うとおりにおぼえこまなくてはいけない。

そして、知識をきちんと受け取ったかどうかは、やはり一律に行われる試験で判定される。

同じ問題を同じ時間内に、たくさん解けた生徒が「できる子」として評価を受け、少ししか解けない子は「できない子」である。

まるで解けなかったら「駄目な子」にまで成り下がる屈辱に耐えねばならない。

そしてこれが更にすすむといじめとなって現れる。

違いを受け入れない学校はやがて違いを認めない社会へとつながっていく。

以前テレビを見ていたとき、ある大学教授が「学校をなくしてしまわない限りいじめはなくならない」と言っていたが、案外当たっているのではないだろうか。

社会のシステムは、ここ数年、ものすごいスピードで変わってきているにもかかわらず、学校は全くと言って良いほど変わっていない。

もはや、学校のシステムそのものが、時代に合わなくなってきてしまっているのかもしれない。

2012年8月29日 (水)

孫文/舛添要一

32655844 日清戦争で日本に敗れ、そして康有為らの改革派は上からの改革で潰されたが、大衆の不満は爆発寸前になっていた。その流れに乗じて、1900年、孫文は二度目の蜂起を企てる。現場は恵州、しかし最悪のタイミングで日本の政権が代わり、孫文たち革命軍への武器調達が困難になる。それが致命傷となり、二回目の蜂起は失敗に終わった。
 その後、再び孫文は横浜を基盤にし、およそ三年間活動することになる。そして1903年、再びハワイからアメリカ、ヨーロッパを旅し、大歓迎を受ける。そのときに熱弁を振るったのが「三民主義」である。
 三民主義とは何か。
 孫文は前掲書『孫文選集 第一巻』でこう説明している。
「三民主義とは、人民の、人民による、人民のための、ということであります。この人民の、人民による、人民のための、ということの意味は、国家は人民の共有、政治は人民の共同管理、利益は人民の共同享受、ということであります。このような見解にたてば、人民は国家にたいして共産するだけでなく、すべてのものを共にすることができます。人民が国家にたいし、すべてのものを共にできるようになれば、そのときこそ民生主義の目的が真に達成されたことになり、これこそ、孔子の望んだ大同世界なのであります」

現職の参議院議員である舛添氏が、今なぜ、中国の革命家、孫文について書いたのか?

そのことに興味をそそられて本書を読んでみた。

孫文は何度も革命を企てては失敗しているが、その考え方はの根本に「三民主義」がある。

三民主義とは、民族主義、民権主義、そして民生主義を指す。

三民主義を成し遂げるには、三代の年月がかかるだろうと言っていた孫文だったが、その予測は半分当たっていた。

まずは「民族主義」

「中国の統一」は、第一世代の毛沢東が成し遂げた。

次に「民生主義」

食うに困らない「豊かさ」は、改革開放を推し進めた第二世代の鄧小平がさきがけとなって見事に花開かせた。 

最後に残ったのが、「民権主義」

これは、共産党の一党独裁が崩壊しないかぎり実現できないだろう。

これからの話だ。

しかし、孫文のように長期的に国のあるべき姿を思い描き、そのために活動する人物は、今の中国にも日本にも、いなくなったような気がする。

ある意味小粒になったというか、そんな印象を持ってしまう。

「日本と中国が戦ってはいけない」というのは、孫文の遺言のようなものだった。

そもそも日中関係が安定していないかぎりアジアの安定と平和、繁栄というのは絶対にありえない。

中国人がいくら日本が嫌いでも、日本との貿易をやめるということになれば、中国では潰れる企業がたくさん出てくるだろう。

大切なことは、お互いにナショナリズムを極端に刺激することなく、「着実に経済をよくしていく」ということだ。

これが一番望ましい姿である。

「日本と中国が戦ってはいけない」

アジアの平和と世界の安定は、日本と中国が協力するところにあるのは確かなことだ。

2012年8月28日 (火)

世界は動く/宮内義彦

9784569805351 従来の大量生産型の経済では、ひとたび「右向け右」と経営者が言えば、忠実に右を向いてくれる社員を必要としていました。高成長、生産中心の時代には、そうすることで経済規模の拡大をビジネスチャンスに結びつけることができました。
 しかし、知識社会では、画一的な社員ばかりでは務まりません。従来と違って、これからの企業は多様な人材を求めています。経営者にとっても、社員全員に「右向け右」と言わなければならない場面は徐々に減りつつあります。
 仮に経営者がそう言ったとしても、左や上を向くような社員がいないと生き残れないのが知識社会です。

現代は多様な人材が必要。

多くの経営者はそのように言う。

しかし、これは建前になっていないだろうか。

実際、会社のシステムの中にそのような人材が活躍できる仕組みを取り入れている企業はそれほど多くはない。

多くの場合、右を向けと言えば左を向くような人材は疎んじられる。

特にそれが新人だった場合は尚更である。

そのような新人は、直属の上司にとってはあまりかわいくない存在。

「こいつはなかなか面白いヤツだ」と受け入れてくれる上司はよほど懐の深い、できた上司であって、実際はほとんどいない。

なぜなら、現在の管理職と呼ばれる人たちの大部分は、会社が右を向けと言えば右を向いてきたので出世してきた人たちだから。

忠誠心だけが取り柄といった管理職も多い。

彼らにとって、このようなとんがった人材は異物である。

だから、場合によっては、そのような人材はつぶされてしまう可能性もある。

これは企業が感情を持つ人間の集まりである以上、どうしても起こる問題である。

逆に言えば、このようなとんがり人材が企業の中で活躍できるようになったとき、初めて日本の企業は変われるのではないだろうか。

ただ、そうなるにはまだまだ時間がかかりそうな気がする。

2012年8月27日 (月)

日本人だったアメリカ人が見たおかしな日本/石田卓也

51uztdonxel__sl500_aa300_ アメリカのお寿司は巻き寿司が主流です。私は、日本人の寿司職人は技術を教えようとしない傾向があり、技術は教えられるものでは無く、見ながら学べという職人独自のスタイルがにぎり寿司を主流にしない元凶ではないかと思っています。
 アメリカのお寿司屋はそのほとんどが韓国の人の経営です。日本人から習い、それを他の韓国人に教え、お寿司屋を始めて成功し、どんどん店舗を増やしてきました。しかし日本人は技術を教えようとしないのでお店を増やすのに時間がかかります。それが韓国の人たちに取って代わられる一因ではないかと考えます。

本書では、高校卒業後、アメリカに渡り、貿易、不動産事業をアメリカで起こし成功した著者からみた日本が記されている。

ここでは、日本の職人の世界にある、「見ながら学べ」という職人独特のスタイルについて述べている。

職人の世界だけでなく、日本では、ビジネス、スポーツ、芸術、芸能等、あらゆる世界で「技術は見て盗むもの」という考え方が根強い。

確かに、ひと昔前のように、学ぶ者に社会の底辺から意地でも這い上がってやろうという強い意思と上昇志向があれば、この手法は有効であろう。

事実、日本はそのようにして優れた技術者を輩出してきた。

しかし、今のような豊かな時代になってくると、このような強い上昇志向を持つ人材はむしろ少数派。

この形ではほとんどは脱落していってしまう。

それよりはむしろ、たとえば標準化された技術習得の仕組みを作った方が、全体の底上げが可能になり、結果としてレベルが上がっていく。

また、現代は、ITの進化により、それほどの熟練度がなくても、ある程度のレベルの仕事ができるようになってきているのもまた事実。

日本の会社が非常に優れた技術を持っているにもかかわらず、世界のマーケットでは敗北してしまっているのも、こんなところに原因があるのかもしれない。

2012年8月26日 (日)

指揮官と参謀/半藤一利

20012_100500696_s  このミッドウェイ海戦ほど、過去の名声とか栄光といったものが役立たず、新しい時代に適応できたものが勝利者となることを、見事に示した戦いはない。新しい時代は虚名ではなく、実力あるものの手によってひらかれる。南雲はその選択と決断において指揮官として不適格であり、補佐すべき草鹿もまた、流動する戦局に対応するためにはあまりに不動の信念の持ち主でありすぎた。
 なぜこんなことが起きたのか。日本海軍の人事序列に「軍令承行令」というものがある。そこに原因がもとめられる。
 これは別名ハンモック番号ともいい、兵科将校を主計、機関などほかの兵種将校の上位におき、また兵科将校でも序列がきちんときめられ、抜擢人事は大佐どまり、将官は先任序列に従う、というもの。つまり人物よりも成績、現在の実力よりも過去の軍歴がものをいうシステムだった。

これは硬直化した人事がいかに組織をダメにするのかの典型例である。

当時、大佐以下の先任序列は、考課表というものがありこれによって毎年変った。

緻密な考課表システムと、海軍兵学校卒業成績にもとづくきちんとした序列制度は平時の海軍にあってはまことに有効だった。

これにより、同じ階級、また海兵同期といえども厳正に格差づけられた。

このためにその椅子に少々不適任のものが坐ることがある。

しかし、平時はそれでも十分であった。

チームとしての団結が強く、先輩後輩の規律をよく守り、黙々として与えられた任務に精進することを、海軍は最高の徳目としていたからである。

下級のものはごく素朴に、善意をもって、上級のものに肩入れし押しあげていった。

ちょうど、高度成長期は日本の企業の年功序列がうまく回っていたのと同じである。

しかし、戦時はそのような人事は組織の硬直化を招く。

ミッドウェイ海戦で、新たに編成する第一航空艦隊に、航空にまったく無知の南雲中将をあてたのは、ハンモック番号にしばられた硬直した人事と評するほかはない。

もちろん、この人事のみがミッドウェイ海戦の敗北の原因とは言えないが、少なくともその一因であろう。

今、日本の多くの企業が置かれている状況は、少なくとも平時ではない。

では、人事はどうなっているのだろうか。

もし、昔ながらの内向きな序列制度を維持しているとしたら、その組織はかなりヤバイと言えるだろう。

2012年8月25日 (土)

私はなぜ「中国」を捨てたのか/石平

32291747 実は私が、日本語の「やさしい」という言葉の重要性に気がついたのは、ある中国人の留学生仲間との会話においてである。
 神戸大学留学中のある日、同じ中国・四川省出身の女子留学生Cさんが、私に電話をかけてきた。私のことを信頼できる(?)兄貴と思っている彼女は、自分が付き合っている異性との別れ話について、色々と相談してきたわけである。その時、たいへん面白い現象が起きた。
 私とCさんとは、同じ四川省の出身だから、普段の会話は当然、四川弁で交わされている。その日も当然そうであったが、Cさんが自分の彼氏のことについて色々と語っているうち、次の一言を発したのである。
「我覚得他還是一個很やさしい的人」(私は、彼はやっぱりやさしい人間であると思う)。
 ここで彼女は、中国語で喋っている。実際、この会話の真ん中に挟まれている「やさしい」という日本語の言葉以外は、すべて中国語であった。しかし、中国語で喋っていながらも、自分の彼氏のことを評価して「やさしい人間である」と言う時だけは、彼女は日本語を使った。
 そして私も次のように相槌を打った。
「対! 我也認為他是個很やさしい的人。作為男朋友還是不錯的」(そうだ、僕も彼はやさしい人間だと思う。ボーイフレンドとしては良い方かもしれない)。
 そこで私もやはり、自分の喋っている中国語の中に、「やさしい」という日本語の単語をごく自然に、挟んでいたのである。
 しかし、それは一体何故なのか。
 中国人同士が中国語で話しているのに、どうしてこの一個所だけ、日本語の単語を挟まなければならなかったのだろうか。
 Cさんと喋りながら、従来から日本語の使い方に敏感な私は、やはり不思議に思った。(中略)
「やさしい」という言葉は、そもそも、日本語にしかない独特の表現ではないのか。私たち中国人同士が喋っている中国語、あるいは中国語の方言としての四川弁には、日本語の「やさしい」という言葉の意味を、そのままぴったりと言い表せるような表現が、最初からないのではないか、ということに気がついた。

上記抜き書きは、石平氏が「やさしい」という言葉が日本語にしかない独特の表現だということに気づいたエピソード。

石氏とCさんは、同じ出身地の方言である四川弁で会話していながらも、Cさんの彼氏の「やさしさ」について話す時だけは、日本語の「やさしい」という単語に切り替えなければならなかった。

つまり中国語には日本人の言う「やさしい」に合致する言葉が存在しないということ。

これは非常に面白い視点である。

日本では「やさしい」は日常的に、そして頻繁に使われる言葉である。

それはその言葉を使わないと表現できない事象があるから。

言葉とは、何らかの事象があるので、それを表現するために生まれるもの。

「やさしい人間」は、日本では、むしろどこにでもいるような普通の人間、平均的な日本人像となっている。

だからそれを表現するために「やさしい」という言葉が生まれた。

そう考えると、中国には「やさしい」という言葉を使わなければ表現できないような事象が存在しないのではないか、あるいは非常に少ないケースなのではないかということが考えられる。

あくまで推測だが。

2012年8月24日 (金)

ひと目でわかる日韓・日中歴史の真実/水間政憲

467 我が国に蔓延している閉塞感の根元的な要因は、国民が『朝日新聞』に「クオリティ・ペーパー」としての信頼を寄せていることから派生しています。
 国民は『朝日新聞』を、戦前・戦後・現在まで同じ新聞社だと見ていると思います。ここに、我が国が不幸になった遠因があるのです。『朝日新聞』では、GHQ占領下の一九四五年十一月に、オーナーの村山長挙社長と幹部全員が一緒に退任しましたが、一九五一年に村山氏は会長として復帰しました。
 それが一九六八年、朝日新聞社内で勃発した組合側のクーデターによって、村山長挙氏は退任させられ、明治以来の伝統はここでついえたのです。
 村山氏のあとを引き継いだ広岡知男氏は一九七〇年三月、朝日新聞社の株主総会をすっぽかし、日中覚書貿易交渉日本側代表の一員として一カ月間、中国に滞在していました。
 そして帰国後、広岡知男社長は朝日新聞社の幹部を前に、「中国文化大革命という歴史の証人として、我が社だけでも踏みとどまるべきである。そのためには向こうのデメリットな部分が多少あっても目をつぶって、メリットのある部分を書くこともやむ得ない」(『朝日新聞血風録』稲垣武著)と訓示を述べていたのです。
 そのときの訓示から現在まで終始一貫した、朝日新聞社の基本的な姿勢が、「朝日の知性」を代表していた『朝日ジャーナル』(一九七一年三月十九日号)に宣言してありました。

マスコミの中には「赤旗」のように明らかに左に偏った内容の新聞もある。

ただ、その場合、書いている方も自分たちの立場を明確にしているし、読者も「この新聞の論調は左よりだ」という前提で読んでいるので、それほど大きな問題ではない。

問題は、中立をうたっておいて実は偏った論調になっていたり、一方に肩入れした記事ばかりを掲載する場合だ。

その場合、明らかに読者を欺くことになる。

例えば、朝日新聞は昔から「クオリティ・ペーパー」の代表とされてきた。

ところがその新聞が過去、北朝鮮は理想の国だと宣伝し、連載記事まで載せた。

これに乗せられて、在日韓国、朝鮮人たちは、大挙して北朝鮮を目指した。

多くの人々を騙して死に至らしめたと同じことである。

朝日新聞社の当時の代表的な雑誌、朝日ジャーナルに本多勝一による「南京への道」が連載され、これに連動した朝日は南京大虐殺キャンペーンを張った。

また「従軍慰安婦問題」は、朝日ジャーナルに半年以上に亘って掲載され、それが「慰安婦キャンペーン」へ波及していった。

これらが近年の日中、日韓の問題を深刻化させていることを考えると、マスコミの役割は一体何だろうか?と考えさせられてしまう。

国民がマスコミに求めるのは、正確な情報であり、事実である。

国民の世論を一方に誘導したり、感情的に煽るのはやめてもらいたい。

2012年8月23日 (木)

日本人と戦争/木村譲二

9973178181 本分を忘れた軍人ほど始末に負えない存在はありません。まさに軍人勅諭の「軍人は本分をつくすをもって尊しとすべし」が空文になった瞬間、栄えある皇軍は自己欺瞞におちいったのです。
 いささか低俗な譬えになりますが、ギャンブルにおけるプロとアマチュアの決定的な相違は、カードやダイスを扱う手さばきやカンのよしあしにあるのではなく、勝負の引き際を見定める能力にあるといわれています。プロは勝っていても負けていても潮時を見て、さっさと手を引きます。が、アマチュアは勝っているともっと勝とうとし、負ければ取りもどそうとしてのめりこみ、結局は敗退することになりがちです。
 戦争にもギャンブル的要素が多分にあって、いちばんむずかしいのは戦争のやめ方といわれています。

戦争で一番難しいのはやめ方である。

戦争を何らかの理由で始めた以上、どこかでやめなければならない。

本来、それは、始める前から決めておかなければならない。

日露戦争のときには、その考え方がしっかりとあった。

例えば、日露戦争のとき、当然ながら日本は、ロシアに勝てるとは思っていなかった。

ただし、短期決戦で何とか優勢をたもつことができれば、そのあいだにアメリカか英国に調停してもらって和平に持ち込むことはできるかもしれない、と考えていた。

つまり戦争では勝てなくても、作戦しだいで戦闘に勝つことはできるから、六勝四敗くらいのところでロシアの拡張政策に批判的な米英が調停役を引き受けてくれれば、何とかなるはずだという発想。

もちろん、そのための根回しも手抜かりなくやっいてた。

小村外相は桂首相や元老の伊藤と相談のうえ、米英両国に特使を派遣して、両国首脳に開戦理由の妥当性を説明させ、支持をとりつけるように命じていた。

こうした外交努力が功を奏して、米英両国は終始日本側に立ってくれることになった。

結果、日露戦争は日本の勝利という形で終結する。

一方、同じ日本人でも太平洋戦争では、それがなかった。

政府は軍部の独走を許し、軍部もどのようにして戦争を集結させるか、という計画もなく戦争を始める。

あるのは希望的観測と精神論、感情論ばかり。

結果は悲惨なものとなる。

私たち日本人はこの歴史からしっかりと学ばなければならない。

今、日本は竹島問題、尖閣問題で韓国、中国と揉めている。

毅然とした態度は確かに大事だが、どこかで落とし所を考えているのだろうか。

国のリーダーはこんなときこそ、智恵を使うべきである。

「愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ」とはよく言ったものだ。

2012年8月22日 (水)

フレーム/チェ・インチョル

8181_l アメリカのコーネル大学心理学科の研究チームは、1992年夏季オリンピックを中継したNBCの放送資料から、メダリストたちが競技終了の瞬間にどのような表情をしていたかを観察し、その感情を分析する研究を行なった。
 研究チームは、23名の銀メダリストと18名の銅メダリストの表情の観察を実験の参加者に依頼した。まず競技の結果が決定した瞬間に彼らの感情が「悲痛」に近いか「歓喜」に近いかを参加者に10点満点で評定してもらった。さらに、競技後の授賞式で銀メダリスト20名と銅メダリス15名の選手たちが見せた感情についても同じ方法で評定してもらった。
 分析の結果、競技が終了し、メダルの色が決まった瞬間の銅メダリストの幸福点数は10点満点中、7.1点だった。悲痛よりは歓喜に近い点数である。しかし銀メダリストの幸福点数はたかだか4.8点と評定された。歓喜とはほど遠い感情表現である。客観的に成果を見れば、銀メダリストの方が銅メダリストよりも大きな成果を挙げたことは明らかである。しかし銀メダリストと銅メダリスト本人の実感としては、これとは正反対だという結果が出たのである。授賞式でのメダリストたちの感情表現についても、その結果は変わらなかった。

「フレーム」とは、私たちがどう世の中を見るかを規定している「心の窓枠」のようなもの。

言うなれば、色眼鏡で世の中を見るということだろうか。

人間、物事をみるとき、客観的に見ているつもりでも、そこに必ず主観が入るもの。

上記抜き書きは、銀メダリストと銅メダリストを分析したところ、銅メダリストの方が幸福点数が高かったという実例。

なぜ二位の銀メダリストが三位である銅メダリストよりも満足感が低いのか。

それは選手たちが、自分が収めた客観的な成果を、仮想の成果と比較したから。

銀メダリストたちにとっては、その仮想の成果とは当然金メダルだった。

「あのミスさえしなければ、金メダルを取れたのに」と思うのだ。

最高到達点である金メダルと比較した場合、銀メダリストは自分の成果に失望を感じる。

一方、銅メダリストたちが比較した仮想の成果は、メダルを取れないことだった。

もしミスをしていれば四位に終わってしまうところだったのだから、銅メダルへの満足感が強く、銀メダリストの幸福点数を上回った。

客観的に見れば、より低い成果を収めた銅メダリストの方が、より高い成果を収めた銀メダリストよりも幸福点数が高いという逆転現象が起こった。

つまり、私たちが自分がやったことについて、満足するかどうかは、自分が仮想した成果と比較してどうかということにかかっているということ。

幸福感とか満足感というものは極めて主観的なものだということである。

以前、ブータン国王が来日し、ブータンの国民の97%が幸せに感じているということが話題になったことがあった。

客観的に見れば、日本人の方がはるかに豊かな生活をしているにもかかわらず、意外と幸福感を感じている人が少ないのも、そのような点に原因があるのだろう。

2012年8月21日 (火)

会社員の父から息子へ/勢古浩爾

414s8ro5ezl__sl500_aa300_ わたしは父親としてほとんどなにもいわなかった。ほとんどなにもできなかった。しかし、「父」の心としていつも願っている。どうか、雄々しく、やさしく、強く生きていってほしい。ふたたびいうが、惜しみなく働き、惜しみなく愛し、惜しみなく生きていってもらいたい。きみたちは、わたしの「意味」そのものだ。わたしはまだ生きている。でも、いつか、訣れる。

本書は、会社員として30年以上勤めあげ退職した著者が二人の息子に対して語ったメッセージ。

ただし、あまり偉そうにではなく、大上段に構えるでもなく、むしろいくぶん独り言に近い語り口でつづっている。

このような形の書籍では、もう随分前に出版されたキングスレイ・ウォード著「ビジネスマンの父より息子への30通の手紙」が強く印象に残っている。

もう何十年も前に読んだ本だが、その当時は私自身はまだ結婚をしておらず、当然子供もおらず、

むしろ、「息子」の立場でその本を読んだ記憶がある。

あれから数十年が経過し、今や私も3人の子供の父親である。

ただ、父親になってわかったことがある。

それは、キングスレイ・ウォード氏のような偉そうなことはとても言えないということ。

それほど立派な生き方はしていない自分であることは痛いほどわかっている。

それだけに、「会社員の父から息子へ」は、むしろ読んでホッとする内容だ。

「わたしは父親としてほとんどなにもいわなかった。ほとんどなにもできなかった」

これ、多くの父親にとって本音の部分ではないだろうか。

2012年8月20日 (月)

仕事に活かす! フォトリーディング/主藤孝司

41jq0yuo7ul__sl160_ 本を読むときでも、まずは、「この本にどうもヒントがあるような気がする」「このへんをまずは読んでいくと何か得られるんじゃないか」という自分の直観を重視して、読み進めてみることもおすすめしたい。
 目次を見て探すのでも、本のタイトルから感じ取るのでもいい。自分がなんとなく読んだほうがいいように思うという直観を、そのまま受け入れてみる。それをフォトリーディングしていけば、ますます直観は磨かれるかもしれない。まずは、自分の直観的な考え方を受け入れることを、日常生活でもやってみるといいだろう。
 その発想が、フォトリーディングだけでなく生活全般に応用できれば、さまざまな気持ちの余裕も生まれてくるかもしれない。

私はフォトリーディングをはじめとして、速読術といったものを習ったことはない。

それであっても、1日1冊読んでいるし、1冊読むのに費やす時間は30分から1時間くらいだ。

本書を読んでみて感じたことがある。

それは私の読み方と良く似ているということ。

本書によるとフォトリーディングとは、まず目次、前書き、後書きを読んで全体像を把握する。

本を読む目的を明確にする。

全体をサラッと読んでみる。

興味のわく箇所があったら、その部分だけはしっかり読む。

だいたいこんなところだろうか。

実は、この読み方、私の読み方とほとんど同じ。

私だけでなく、ある程度の量の本を読んでいる人は、おそらく同じような読み方をしているのではないだろうか。

これがフォトリーディングであるならば、わざわざお金を払って修得する必要もないような気がする。

ただ、直感だとか右脳を使って読書することは、他の分野にも応用できるという点は、共感できる部分である。

世の中の偉大な発明のほとんども、偶然から生まれている。

ポストイットは、3Mで糊の失敗作から生まれた。

自動車のタイヤは、グッドイヤーという人が、混ぜてはいけないはずの原料を偶然、混ぜたことから生まれた。

液晶画面も、シャープの研究所で、うっかり不純物を混入してしまった結果、生まれた。

つまり、現代社会で常識と言われているところにばかり正解があるわけではなく、「これがいいような気がする」「何となくこう思う」が正解である場合も多いのである。

直感だとか右脳を使うことの習慣化ということで読書を日常生活の中に取り入れても良いのではないだろうか。

2012年8月19日 (日)

職場砂漠/岸宣仁

41wxuys26ll__sl500_aa300_  労働時間規制を例にとって説明すると、労基法で一日八時間以上の労働をする場合は割増賃金が必要になるが、個人の働き方が多様化している今、どこまで国がこの共通基準をすべての人に適用できるのかが焦点になる。かつて女性の深夜業は禁止されていたが、能力のある優秀な女性がキャリアを積みたいと思っているのに、それを女性だからというだけで国が「午後10時以降は働くな」と言えるのか。
「そうは言い切れない側面がある、これが時代の流れだと考えます。実は、国立大学の独立行政法人化で、私にも労基法が適用されるようになりました。仮に裁量労働制が適用されなかったら私の労働時間も管理されることになりますが、そうなると今度は自由に研究ができなくなります。時間を気にせずに働けるからこそ、私たちの研究活動が成り立っているのです。つまり、私には時間管理は迷惑な規制なわけで、少なくとも同じように迷惑に感じているホワイトカラーには、好きなように働いてもらおうとするのがエグゼンプションなのです。労働法は弱者保護を旨として発展してきましたが、全員が弱者なのかと疑問を投げかけ、いま部分的見直しをかけているわけです」

上記抜き書きは、ホワイトカラーエグゼンプションについての大学教授の発言。

労基法の1日8時間という規制が研究者等のホワイトカラーにはあわないのではないかという内容。

これは全くその通りである。

昔のようにベルトコンベアーの前に労働者が一列に並び、流れ作業で働くのであれば、労働時間規制は必要であろう。

ところが、今、多くの仕事はそうはなっていない。

特にホワイトカラーは、仕事は頭の中でやっているといってもいい。

極端にいえば、職場から帰って風呂に入っているときも仕事のことを考えている人は多くいる。

だったら、その時間は労働時間なのか?

つまり仕事とプライベートの境界線がはっきりしないのがホワイトカラーなのである。

労働時間管理そのものがそぐわない職種と言った方がよい。

そしてそのような仕事が増えてきているという現状がある。

当然、法律が現実に追いついていないわけだから、だったら法律を変えるべきだろう。

数年前、このことが国会で議論されたときのことを思い出す。

ホワイトカラーエグゼンプションは残業代を払わない法律だ、ということばかりが強調され、結局法制化されなかった。

つまり、まともな議論ができないのが日本という国なのではないかと思ってしまう。

2012年8月18日 (土)

現場刑事の掟/小川泰平

41kpxssm24l__sl500_aa300_ わたしは約30年間、現場の捜査に携わり、多くの刑事が捜査をする姿を見てきた。その経験からひとつだけ言えることは、捜査とは感性以外の何物でもないということだ。もちろん、自分が培ってきた経験や、先輩から教わる捜査のイロハ、セオリーなどはもちろん重要だが、本当のところは、捜査はそれだけではうまくいかないのである。こう言ってしまえば身も蓋もないが、刑事としての先天的な才能のようなものも必要なのだ。たとえば、運がないと、うまく捜査を進めることは難しい。ものすごく運のない刑事というのも、悲しいかな、けっこういるものである。(中略)
 事件というものは、被害者や犯罪者を中心として現在進行形で変化する「生もの」であり、決して教科書通りには進まないものなのだ。その点、感性の悪い刑事は流れが悪いと言えるだろう。それは初めから、その事件の捜査が進むべきルートを、自分の頭の中で決めてしまっているからだ。
 言い換えれば、柔軟性がないということになる。そういった刑事は、「普通、こういう事件はこうだな」というように、自分の経験や先輩の話などから頭ごなしに決め付けてしまう。結果、犯人がちょっと違うことをすると、計画が狂ったことで狼狽し、逮捕できなくなってしまう。

本書の著者、小川氏は主に盗犯捜査が担当だったという。

盗犯捜査と殺人捜査には大きな違いがある。

殺人は常習者はそれほどいない。

ところが、窃盗は常習者がほとんどであり、再犯率は100%だという。

つまり盗難事件がおこった場合、その犯人はほとんどの場合、犯罪歴のある人だということ。

捜査もリストアップされた犯罪者リストの中から絞り込むような形。

当然、定型化された捜査の定石があり、科学的な捜査も行われるのだが、それであっても最後は感性の問題だという。

これなど、刑事ドラマなどで対立の構図としてよく利用される題材だ。

科学的な捜査を身上とする刑事と、そんなものは一切信用せず、長年のカンと経験で犯人を追い詰めていく刑事が登場し、対立しながら犯人をつかまえるといったストーリーだ。

実際には両方が必要なのだろうが、最後は感性がモノをいうというのは、現場の刑事の本音の部分なのだろう。

そして、最後は感性がモノをいうというのは、全ての仕事に共通することでもある。

仕事のできる人は、その人独自のマニュアル化できないような独特の感性をもっているものだ。

問題は、その感性の部分をどうやって後に続く者に継承していくのか、ということ。

マニュアル化できない部分であるだけに難しい。

多くの企業がこの問題に直面している。

2012年8月17日 (金)

コミュニケーションは要らない/押井守

25190697_1 映画の企画を考え始めるとき、僕はまず本を探すところから始める。
 この映画では、これだけのことをやろうという目的のもとに、まず書庫に閉じこもって使える本を選定する。一度選定したら、もうそれ以上の本は絶対に使わない。
 とにかく、選定した本の範囲で作品を作ろうと自分自身で決定するのだ。
 選定が終わったら、今度はその本を抱えて仕事部屋に入り、机の上に積み上げる。
 すでにマーカーで塗りつぶされた本もあれば、これから新たにマーカーを重ねる本もある。そして、必要とあらば、積極的に文章を引用する。
 僕の映画で使用する言葉はそのほとんどが、誰かの著作からの引用だ。(中略)
 今の時代に「創る」ということは「選ぶ」ということと同義だと僕は思っている。それ以外にクリエイティビティなんてないとすら思う。
「創る」という言葉の意味が曖昧で、あたかもゼロから何かを生み出すような誤解を招くが、それはすでにある膨大な知的資産の中から、自分の価値観に照らし合わせて必要なものを選んでいるというだけだ。

コミュニケーションの道具は何といっても言葉だ。

この言葉をどのように用いるかがコミュニケーションの優劣を決定づける。

押井氏は映画監督として、言葉を非常に大切にするという。

ところが、映画で使用する言葉はそのほとんどが誰かの著作からの引用だというから驚きだ。

つまりオリジナルなものはほとんどないということだ。

これは意外に感じたものの、一方ではナルホドと思ってしまった。

よく創造とは、ゼロから何かを創り出すことだと考える人がいる。

ところが、クリエイティビティな仕事をしている人に限って、それを否定する。

創造とは、元々あるものを組み合わせて、あたかも新しいものであるかのように見せたり、ほとんどが組み合わせの妙によるものだという。

ただ、その組み合わせに意外性があったり、とんでもないところから結びつけるので、独自性が生まれる。

つまり創造も一つのスキルだということ。

確かな方法論があるのである。

そう考えると、凡人である私が創造的な仕事をするということも、努力によってある程度はできるような気がする。

2012年8月16日 (木)

知らないと恥をかく世界の大問題3/池上彰

32753442 今回の津波、原発事故を海外はどう受け止めたのか。
 海外メディアは、甚大な被害に遇ったにもかかわらず、社会的秩序を守って互いに助け合う日本人の姿を称賛しました。「暴動が起きない」ことに驚いたのです。私たちは「暴動が起きない」と驚いていることに驚いたのですが、それほど私たちが“当たり前”だと思っていることが、実は驚嘆すべきことだったのです。
 地震や津波が起きれば、世界の常識でいえば間違いなく「略奪」や「暴動」が起きます。福島第一原発事故の後、東京から各国の大使館員が関西や自国へと避難しました。実は「略奪や暴動で外国人が標的になるかもしれないから逃げろ」という理由もあったということを、後になって知りました。
 ところが日本人は略奪どころか、避難所に届けられた物資もみんなが譲り合い、われ先にと奪い合うことなど全くありませんでした。
「皆さんで分けてください」と言われたら、見事にこれをやったと世界が驚いた。このところ日本は自信を失うようなことが多いけれど、私たちは捨てたものじゃないと自信を持つべきです。

震災後の日本人の対応に、日本人の良いところと悪いところが如実に現れた。

略奪が起こらず、みんなが助け合った、これは良い面。

一方、責任の所在がはっきりせず、意思決定が遅いため、復興がなかなか進まないというのが悪い面。

私は、この両面が現れた、その根底に日本人の「和」の精神があるのではないかと考える。

日本人は何事においても波風立てることを嫌う。

復興後、みんなが助け合ったのも、その方が波風が立たず、後々まで人間関係がうまくいくから。

瓦礫の受け入れを総論では賛成したものの、いざ自分のところに来るとなると多くの組長が反対したのも、その所属する自治体の和が乱れるから。

責任の所在がはっきりせず、意思決定が遅いのも、誰かがリーダーシップを発揮し、強引に物事を押し進めると、みんなの和が乱れるから。

そもそも、何か意思決定しようとした場合、必ず反対者が出てくるもの。

そのような場合でも、強い意思と決断力で意思決定するのがリーダーというものである。

和の精神と意思決定とは両立しないことが多い。

東日本大震災から1年以上過ぎても、復興の見通しが見えない日本。

動くべき政治家たちは政争に明け暮れ、先送りの構図は変わらないままだ。

しかし、世界は大きく動いている。

特に今年は米国をはじめとして、多くの国でリーダーが交代する年である。

この激動の時代に、彼らは、問題山積の世界をどこへ導こうとしているだろうか。

2012年8月15日 (水)

社員が「よく辞める」会社は成長する!/太田肇

20224_120234962_s  縁日の夜店や地域のイベントで定番になっている金魚すくい。だれでも二度や三度はやった経験があると思うが、金魚をすくおうと焦って網で追いかけると金魚は逃げ回る。だから素人はなかなかすくえない。一方、名人はじっと待っていて、金魚が近づいてきたところをサッと素早くすくい取る。
  人間もそれと同じで、囲い込もうとすると相手は自律性の危機を感じて遠ざかる。あるいは拒否反応を示す。逆に距離をおいて接すると、相手は安心して心を開き、寄ってくるものだ。私はそれを「金魚すくいの法則」と呼んでいる。
  中小企業の経営者の中にも、「社員を人格的に取り込もうという気はないし、人生を背負わされたらこちらがたまらない」と公言し、過度な干渉をしないことで「個人尊重」を実践している人がいる。やはり、その経営者は社員に慕われ、評判も良い。そして社員の定着率も高い。

日本の企業は昔から終身雇用、年功序列をうたっていた。

社員の人生丸抱えという雇用形態が当たり前だった。

これはこれでよい面も確かにあったのだろうが、今はそれが変わってきている。

特に社員のキャリア意識の変化が著しい。

就職はキャリアアップの第一歩。

転職や独立し、さらなる成功を目指す「ステップ型就職」が広がっている。

キャリア志向の強い若者は、今の会社で定年まで勤めあげることにこだわりをもっていない。

今の会社である程度のキャリアを積み、もはやこれ以上この会社では自分のキャリアアップは望めないと判断したら、転職を考え出す。

だから、会社はこれに応えていかなければならない。

会社の中に社員が成長できるような環境を作ることが何よりも大事。

研修制度や自由なコミュニケーションスタイル、そして仕事にも裁量度を持たせる等々、考えることだ。

それと同時に、引用文にもあるように、社員を囲い込もうという意識を変えることだろう。

キャリア志向の強い若者ほど、会社側のそのような意図を察知すると去っていく。

むしろ会社は社員に選ばれる理念、ビジョン、競争力、独自の技術、風土等を作り上げることだ。

もちろん社員も、会社に選ばれる知識、スキル、思考行動特性、人間性等を身につけることが必要になってくるだろう。

つまり、会社と社員はそれぞれ「選び選ばれる関係」を作り上げることが必要になってくるということ。

お互いに選ばれるだけの魅力づくりをする必要があるということである。

2012年8月14日 (火)

危機の経営/畑村洋太郎、吉川良三

4062158035 危機感にせよ危機意識にせよ、いずれも危機を前にして生じるものです。しかし、そのときの感じ方の程度はかなり違います。たとえば、景気の悪化などの困難な状況が訪れたときには、誰もが将来に不安を強く感じます。「この状況がいつまで続くのか」とか「どれくらい我慢すればいいのか」と心配しますが、これはあくまでも危機感のレベルです。
 嵐はやがて去りますが、たとえていうなら、それまでひたすら不安を感じながらただただじっと過ごしているのが危機感のレベルです。ところが、やってきたのが大嵐だったりすると、嵐が去ったときに自分が生きているという保証はありません。場合によっては、避難場所を別に探す必要があるかもしれません。そんなふうに身の危険を強く感じているのが危機意識を持っているレベルで、危機を前にしているのは同じでも、精神状態はまったく違います。
 一言でいえば、「自分は生き残れるのかどうか」と突き詰めて考えるのが、危機意識なのです。

サムソンの役員として10年間、その躍進を支えた吉川氏から見た日本企業は、危機感はあっても危機意識は全くないという。

危機感と危機意識とは違う。

不況という嵐が過ぎ去れば業績は再び回復する、と考えるのが危機感。

一方、好不況に関わらず、今のままでは生き残れない、と考えるのが危機意識。

確かに、今の日本企業のもっている問題は、景気が回復すれば解決するという類のものではない。

もっと根本的、構造的な問題である。

一番深刻な問題は「自分たちには技術がある」という思い込みと奢り。

それは過剰品質につながり、市場の声を聞く耳をふさぎ、変化することを妨げる。

サムソンもかつては今の日本と同じような危機にあった。

実際、世界の市場でサムスンが大きな飛躍を見せ始めるのは、1997年のアジア通貨危機以降のこと。

それまでもサムソンでは戦略の見直しや、あるいはインフラの整備といったものは、かなり早い段階から行われていた。

しかし、それが機能するには、グループ内における危機意識の高まりという意識改革の徹底が必要だった。

それがアジア通貨危機だった。

当時、韓国の通貨の価値やGDPが大きく下がる中でグループが縮小され、大掛かりな人員整理が行われた。

残った社員も大幅な賃金カットを経験し、さすがに「これから先もサムスンはずっと安泰である」とは誰も思えなくなった。

こうして彼らは本物の危機意識を持つようになった。

これを機に改革が一気に進んだ。

では、今の日本企業にはそのような危機意識があるのだろうか。

危機に瀕しているはずの日本の多くの企業は現在、世の中の変化に対処することなく、自社の技術力を信じながら景気が回復するのをひたすら待っているように見える。

そもそも日本の多くの企業が「自分たちは技術力がある」と思い込んでいること自体が、一種の傲慢なのではないだろうか。

どう考えても危機意識は伝わってこない、というのが実感である。

2012年8月13日 (月)

小説 帝銀事件/松本清張

Books そうだ。軍関係の捜査は、どこで消えたのであろう。警視庁主流がラッパを鳴らし全力を挙げて、この方面に立ち向かった筈だ。帝銀事件圏の少なくとも半面が軍関係の捜査だった。あとの半面が平沢である。しかし、軍関係は途中で潰滅し、平沢だけが取り残された。いや、軍関係捜査が壁に突き当たって、捜査陣が潰れようとしたときに、コルサコフ病という、過去のことを忘れっぽい、忘れた部分は嘘で埋める。ほら吹きで話のうまい、怪しげな画描きが、ふらふらと引っかかって来たので安堵した--という印象にならないか。
 ともかく、軍関係の捜査はなぜ消えたか。この全体が分からぬ限り、「帝銀事件」は、ただの「平沢事件」ではなかろうか。

帝銀事件は1948年におこった事件。

銀行の閉店直後の午後3時すぎ、東京都防疫班の白腕章を着用した中年男性が、厚生省技官の名刺を差し出して、「近くの家で集団赤痢が発生した。GHQが行内を消毒する前に予防薬を飲んでもらいたい」と偽り、行員と用務員一家の合計16人に青酸化合物を飲ませ12人を殺害。

現金16万円と、小切手、額面1万7450円を奪って逃走したというもの。

私が生まれる前に起こった事件であり、平沢被告もすでに死亡してしまっているので、このような小説からしか事件のことを詳しく知る術はないのだが、

読んでみて、清張が、平沢被告が無実であるという立場で書いているということを差し引いても、平沢を有罪にする合理的な理由が見出せない。

そもそも、犯行の手口からして、全員に飲ませることができるよう遅効性の薬品を使用した上で、手本として自分が最初に飲み、さらには「歯の琺瑯質を痛めるから舌を出して飲むように」などと伝えて確実に飲ませたり、第一薬と第二薬の2回に分けて飲ませたりと、巧みな手口を用いたこと一つをとっても、平沢が犯人とはなり得ない

こんなこと、薬物についての専門知識がなければ不可能である。

ところが平沢は薬物については全くの素人。

平沢を有罪とする唯一と言って良い根拠は「自白」。

しかし、何日間も拘束され問い詰められれば、やっていなくても「やった」といってしまうのが人間というもの。

しかも、裁判では平沢はその自白を撤回している。

「疑わしきは罰せず」という司法の大原則から考えれば、当然無罪となるべき事案であろう。

普通に考えれば、あの当時、このような薬物の専門知識が必要な犯行が可能なのは、軍関係者である。

捜査も当初は軍関係に集中していたのだが、途中からなぜか、その捜査は打ち切られている。

「何かがあったのでは」と勘繰りたくなってしまう。

ほとんどの関係者が死んでしまっている今となっては、真実は全て闇の中に葬られてしまった形だが。

2012年8月12日 (日)

まずは1社3年働いてみなさい!/樋口弘和

20177_100598263_s そもそも企業はどういう人材に価値を見出すのかという話を、先にしておこう。
「それはやっぱり、営業がうまくて、売上がダントツな人だろう?」
「業務をバリバリこなせる、事務スキルの高い人でしょう?」
 どちらも間違い。
 少々専門的な言葉になるが、企業が求めるのは、自社の組織力を向上させる社員だ。
 組織力を向上させる社員とは、かみ砕いて言えば、仕事を「やりたい」「やりたくない」という価値観で考える以前に、
「自分でできる仕事は何か」
「今やるべき仕事は何か」
 という基準で判断する、バランスの良い考え方ができる人をさす。 
 だから、いくら売上が多くスキルが高くても、こうした発想を持てない人に、企業は社員としての価値を認めない。

今、入社して3年以内に会社を辞めてしまう社員が増えている。

よく言われるのが「離職の七五三」という言葉。

つまり、入社して3年以内に辞める新卒社員の割合が、

中卒は七割、高卒は五割、大卒は三割だということ。

これは買い手市場と言われている現在であっても全く変わらない。

原因の一つは、企業の求める人材像と、新卒社員がイメージとして描いている優秀な社員像が全くずれているということにある。

企業が求めているのは、上記引用文にもあるように、その企業の組織力を向上させる社員である。

ところが、新卒社員が優秀だと思っている社員とはダントツの営業力をもっていたり高いスキルを持っている社員。

とうぜん、そこにはミスマッチがおこる。

特に自分が優秀だと思っている社員ほど、どうしてこの会社はこんなに優秀な自分を評価してくれないのかと、それが離職の原因になったりする。

これは社員も考えを改める必要もあるかもしれないが、企業もそのままでいいのかどうか少し考える必要がある。

というのは、今、日本人だけに限らず、外国人にも同様のミスマッチが起こっているからである。

たとえば高学歴の中国人が新卒で入ってきても、日本の企業は基本的には年功序列なので、それほど高い給料は支給しないし、また、それにあった仕事も与えられない。

彼らには、「3年間はたとえ面白くなくても、我慢して今与えられた仕事をしろ」という言葉は通用しない。

そのため、優秀な外国人ほど、すぐに辞めてしまう。

これが日本式なのだと言えばそれまでなのだが、これから先、どうなのだろう?

本当にこのままでよいのだろうか?

今、多くの企業は新興国に進出しようとしている。

その場合、優秀な外国人を採用できるかどうかは重要な課題となる。

そうなった場合でも、日本式を貫き通せるのだろうか?

根本的にやり方を変えるときがくるのかもしれない。

2012年8月11日 (土)

星野仙一 決断のリーダーシップ/島村俊治

Image  私は長年、スポーツ放送のアナウンサーという仕事にたずさわってきた。その経験から言えることは、優れた選手のほとんどは、ある種のさわやかな決断力を感じさせるものがあったということである。
  もちろん、その現れ方はさまざまだ。話しているときでも、言葉のはしばしにそういう決断力を感じさせるタイプ。逆に、表面はおっとりしていて、どちらかというと優柔不断タイプに見えるが、じつは鋭い決断力を内に秘めたタイプなど。
  これはどうしてか。考えてみると、やはりスポーツというものが、つねに決断を必要とするものだからではないか。もっとわかりやすくいえば、スポーツはつねに「思い切り」を必要とするからではないか。
  試合やレースなど、プレーをするまえに、いろいろイメージを思い描いたり、作戦などを立てて臨むことはあるだろう。だが、いざ始まれば、そういう「思い」を「断ち切って」全力でプレーする。そうしなければ、たぶんいい結果はついてこない。スポーツとは、そういうものだ。
  スポーツ選手たちは、そういうプレーを繰り返すことによって、自然にある種の決断力を身につけていくのだと思われる。

そもそも決断力とは何を意味しているのだろう。

似たような言葉に判断力がある。

では決断力と判断力とはどうちがうのだろう。

それは実行が伴うかどうかではないだろうか。

では実行するためには何が必要なのか。

それは上記の引用文にあるように「思い切り」ではないだろうか。

「思い切り」とは「思い」を「断ち切る」こと。

百パーセント、正しい決断は誰にもできない。

だからつい躊躇してしまう。

しかし、躊躇した状態のままだと物事は何一つ進まない。

そこで必要なのが「思い切り」、つまり「思い」を「断ち切る」こと。

今、ロンドン・オリンピックが行われているが、

どうして私たちはスポーツに熱中するのか。

それは選手たちがそのプレーの局面局面で決断し、行動し、その結果がすぐに表れるからではないだろうか。

今日は早朝からサッカーの日韓戦をやっていた。

結果として日本は負けてしまった。

おそらく試合に負けた選手たちは、それぞれの局面で自分の判断や決断が間違っていたことを悔やんでいることだろう。

「あの時、思い切ってタックルしていれば」

「あの時、不用意なパスを出していなければ」

「あの時、あのスペースに走り込んでいたならば」・・・等々、

正しく判断したが躊躇して決断できなかったことを悔やんだり、

決断そのものが間違っていたことを悔やんでいることだろう。

しかし、そのようにはっきりと結果が出るから成長するとも言える。

はっきりとした結果がでなければ成長する機会も失ってしまう。

つまり早く成長するためには、たとえ間違っていても思い切って決断すること。

決断し続けること、だと言える。

そしてそれはスポーツに限らず、すべてのことに共通して言えること。

スポーツを「決断力」という視点で観るのもまた面白い。

2012年8月10日 (金)

史伝 吉田松陰/一坂太郎

20000_120052793_s なぜ、学問が必要なのか。明日への希望を失いかけている囚人たちに、松陰は懸命になって語って聞かせた。
「人と生まれて人の道を知らず、臣と生まれて臣の道を知らず、子として子の道を知らず、士として士の道を知らず、豈恥ずべきの至りならずや。もしこれを恥ずるの心あらば書を読み、道を学ぶのほか術あることなし」
 学問とは、人間が禽獣と違うゆえんを知るため、人間みずから真の人間となるために行うのだ。朝に道を聞けば、夕に死んでも良いとはこのことなのだと、松陰は説いた。

黒船への密航事件により野山獄に幽囚された松陰。

松陰は、この野山獄を、罪人が教育を受け、更生するための施設に変えようと考える。

そのころ日本では罪人を閉じ込め、苦しみを与える場所が牢獄だと考えられていた。

松陰はこれでは駄目だと考える。

松陰が見るところ、なんの見通しも与えられぬまま永く獄に繋がれることにより囚人は希望を失ってしまっていた。

そこで松陰は獄中教育を行おうと考える。

自らも捕らわれの身でありながらである。

でも松陰はどうして教育が更生に有効だと考えたのだろうか。

それは、「学問とは人間みずから真の人間となるために行うもの」だという信念からきたものではないだろうか。

本来学問とは根本的、本質的なものを修得するために行うもの。

それが後になって生きる力になったり、人を動かす影響力、リーダーシップの元になる信念になるのではないかと考える。

最近は学問というものにあまりにも即効性を求め過ぎているのではないだろうか。

2012年8月 9日 (木)

一流の品格、三流どまりの品格/山崎武也

41inftr98al__sx230_ この世では、どんなものにも利用価値がある。毒でさえも、使い方によっては、効果的な薬となる。自分にとってはマイナスのものであると思っても、どこかにプラスになる要素が潜んでいるはずだ。そこに目をつけて、そこを自分に有利な方向へと解釈し誘導していくのだ。
 そうすれば、はじめは毒であると思ったものも薬へと変えていくことができる。
 仕事の場合は、普通の人には「しない」という選択肢はない。そうなると、つきあっていかざるをえない対象である。いつまでも嫌々ながらつきあっていたのでは、「仕事と仲よくする」ことはできない。
 会社で一日に八時間過ごすとしたら、怠けていても一所懸命にはたらいても、同じ八時間が過ぎていく。怠けるとなると、周囲の人たちにわからないようにとか詰問されないようにとか、いろいろと余分な神経を使わなくてはならない。時間が早く過ぎていくことのみを願っている。それは束縛された時間以外の何物でもない。
 それよりも、嫌だと思う仕事でも、正面からぶつかってみる。仕事とつきあう時間が長くなればなるほど、その仕事とは仲よくなる。慣れてくるのだ。そうなると、徐々に嫌悪感もなくなり抵抗感もなくなってくる。愛着さえも芽生えてくるはずだその仕事が好きになったのである。

一生、好きな仕事をして食べていければ最高。

誰もがそう考える。

しかし、そうならないのが人生。

特にサラリーマンの場合、組織の論理の中で仕事を割り振られるわけだから、当然やりたくない仕事をやることも多くなる。

その場合、サラリーマンには「やらない」という選択肢はない。

だったら、嫌々ながらやるより、いっそのことその仕事と仲よくなり、好きになろう、と著者は言う。

これはハードパンチャーと試合をすることになったボクサーの戦法と似ている。

これはボクシングの中継を見ているとき、テレビの解説者が言っていたことなのだが、

ハードパンチャーと戦うとき、アウトボクシングに徹し、逃げ回るという戦法もある。

しかし、それでもいつかはつかまってしまう。

仮にKOされなくても、勝つことはできない。

それだったら、むしろ懐に飛び込んでみる。

そうすれば、ハードパンチャーであってもフルスイングのパンチは打てなくなる。

逆に、こちらのパンチの当たる確率は高くなる。

勝利が転がり込むかもしれない。

そんなことを言っていた。

嫌な仕事に向き合うのも、これと似ているのではないだろうか。

どうせ嫌な仕事ならば、開き直って全力でぶつかってみる。

全力でやれば良い結果も出るもの。

成果が上がればいやな仕事も楽しくなる。

仕事の幅も広がる。

よいサイクルが廻るようになる。

一流と三流の差は、こんなところに表れるのかもしれない。

2012年8月 8日 (水)

部下を活かす上司 殺す上司/江上剛

Image「人のために仕事をする」とか、「会社のために仕事をする」という人がいる。
 これは誰かに聞いた話だが、人の為と書いて偽りと読む。本当にその通りだと思う。人のために、などというのは偽りだ。会社のためにやりましたというのもそうだ。
「これは会社のためにやっているんだ」と思っていると、後からどんな形にしろ、会社から裏切られることになる。

「人の為と書いて偽りと読む」

これは本当だと思う。

自分が手塩にかけた部下がいたとする。

その部下が何らかの理由で転職してしまったら、おそらくその上司は恨みを抱くことになるだろう。

「あいつのためにあれだけ心血注いで教えてやったのに、裏切りやがって」と。

あるいは、ガックリきて立ち直れなくなってしまうかもしれない。

部下を育てるのも、結局は自分のためだと考えていればそうはならない。

そしてそれは単なる心の持ち方ということで言うのではなく、本当のことだからである。

部下育成の場合、結局一番成長するのは、育てる側の人間である。

それが本当にわかっていれば、「自分の成長のために育てさせてもらっている」という気持ちになる。

そのような思いがあれば、たとえその部下が会社をやめてしまっても、

「いい経験をさせてもらって、ありがとう」という気持ちになる。

そしてそのように心底思っていれば、結果としてそのことを自らの成長の糧とすることができる。

人は経験を積めばそれだけ成長するはずである。

考え深くなり、物事を多角的に考えることができるようになり、心のヒダも深くなり、精神力も強くなる。

もし、そうならないとしたら、それは心のどこかに「人の為に」という偽りの心があるからだ。

その心は人生を浪費させ、成長を阻害する。

「人の為と書いて偽りと読む」

まさに至言である。

2012年8月 7日 (火)

白い巨塔(五)/山崎豊子

4101104379「どのような充分な指示を与えられたのか、ご説明願いたい」
 とっさに、財前は返事に窮しかけたが、
「患者の現在の状態は術後肺炎だが、術前の胸部エックス線写真の陰影は、噴門癌の組織診がたとえ早期癌で、転移なしであっても、百パーセント転移なしという意味ではない、したがって万全の注意は怠らないように、もし転移巣の場合は、二次手術の用意がいるからと、そこまで云いおいて出発したにもかかわらず、受持医がその指示を怠り、患者をして死に至らしめたことは遺憾というほかはない」
 佐々木庸平の死を受持医の責任に転嫁する意図が、はっきりと見て取られた。
「それは嘘です!」
 不意に絶叫するような声がし、柳原が傍聴席から走り出た。廷吏がうしろから制止したが、その手を振りきり、
「嘘です、財前教授の只今の証言は嘘です!」
 蒼白な顔で、唇をわなわな震わせた。関口弁護士は裁判官席へ駈け寄った。
「裁判長! 只今の柳原医師の言葉は聞き逃すことの出来ない重要な内容を持っています、柳原医師を控訴人側の在廷証人として申請し、財前教授との対質を採用願います!」

第一審で敗訴した遺族は捨て身の控訴に出る。

控訴審に備え、財前は最重要証人の柳原に令嬢との縁談や学位をエサに偽証させる。

裁判が大詰めの当事者尋問に入った時、

遺族側弁護士の鋭い尋問で窮地にたった財前は「受持医がその指示を怠り、患者をして死に至らしめた」と柳原に責任転嫁する。

この財前の発言に、これまで良心の呵責に苦しんでいた柳原は耐えられなくなり真実を告白する。

裁判はこれにより一気に遺族側有利に傾き、控訴審は財前教授の敗訴に終わる。

こういった流れで物語は集結に向かう。

しかし、組織の論理によって個人の良心がねじ曲げられることはよくあることではないだろうか。

組織が何らかの反社会的な行いをしていた場合、社員にあらゆる圧力を加えて秘密が漏れるのを防ごうとするもの。

ポストやカネをエサに社員を飼い馴らそうとしたり、逆に左遷や降格という脅しによって発言を封じようとする場合もある。

いわゆるアメとムチによる働きかけである。

しかし、それが必ずしもうまくいくとは限らない。

時々、企業の不祥事が社員の告発によって明らかになることがあるが、これはその失敗例であろう。

ただし、これはおそらく氷山の一角。

ほとんどの場合、社員は組織の論理に逆らえない。

やはり社員には自分の生活があり、養っている家族があるのだから。

長いものには巻かれろという意識が働く。

組織の中で、権力志向の固まりの様な財前や、組織の論理に屈せずに最後まで医師としての良心に従う里見のような人物は少数派である。

大部分は組織の中で良心と保身の板挟みになって苦しむ柳原のような人たちである。

そのような意味で、本書は、組織と個人の関係を考えるには最適の小説。

ベストセラーになったのもよくわかる。

2012年8月 6日 (月)

白い巨塔(四)/山崎豊子

4101104360「只今、江川、中河、瀬戸口の三君を呼んで参りました」
 安西が云うと、始めて教授室へ入った三人は、そのものものしい雰囲気に呑まれるようにぎこちない一礼をした。
 財前は鷹揚に頷き、(中略)
「君たちに用というのは、この度、関西医科歯科大学の系列病院である舞鶴総合病院から、本学並びに本学系列校に医師の派遣を要請して来、特に私の主宰する第一外科には優秀な人材が結集しているとの評価から、三人の医師を要請されたので、慎重に人選を行なった結果、診療成績の優れた君たち三人に行って貰うことに決定した」
 有無を云わさず、人事異動を申し渡した。江川、中河、瀬戸口は一瞬、呆然としてたち尽した。顔面蒼白になった江川は、
「先生、あそこは洛北大学系の病院です、そこへ僕たちを……」(中略)
 退局を命じられることは、一般社会の通念でいえば、新聞の広告欄に、『左記の者、○月×日より当社とは何ら関係ありません、当社の名刺を持って参りましても当社とは何ら関係ありませんので、一切の責任を負いかねます』と告示されることと等しく、医師としては今後、一流大学の医局に勤める道を断たれ、研究の場と将来を失うことを意味していた。それを考えると、さすがの中河と瀬戸口も返す言葉がなかった。
「じゃあ、三人とも納得してくれたわけだな、舞鶴への勤務は十月一日付で発令するから、そのこころづもりでいるように」
 財前は冷やかに命じた。その顔には人事の絶対権を握る者の非情さが露骨に滲み、中河、瀬戸口、江川の三人は、黙って一礼して教授室を出た。

医療訴訟に勝訴した財前は、自分のことをよく思わない者たちに対し、次々報復人事を行う。

封建的で硬直化した組織ではよくあることだ。

遺族側の証人として立った里見は大学病院を追われ、前第一外科教授の東派と思われる研修医たちも次々と地方へ飛ばされる。

そもそも、「人事」という言葉には何となく暗いイメージがつきまとう。

「人事」という言葉から連想される言葉は、「闇」「報復」「不透明」「左遷」「根回し」「派閥」・・・等々、

人事は公平・公正であるべきとよく言われるが、そんなことを信じている人はほとんどいない。

人事は不透明な部分があって当たり前と多くの人が思っている。

しかし、人事の仕事に携わる者の一人として言いたいのは、いつまでもこんなことをやっていたら、その組織は競争社会の中ではやがては淘汰されてしまうということである。

せめて人事異動のときには説明責任を果たすことは最低限やってもらいたいものである。

医療の世界では「インフォームド・コンセプト」という言葉がある。

患者さんに対して説明責任を果たして同意を得るという意味だが、

患者さんに対してできて、どうして自分たちの組織に属する人に対してできないのか。

社員に対してもキチンとした説明責任を果たすというのは人事に携わる者の最低限の責務ではないだろうか。

2012年8月 5日 (日)

白い巨塔(三)/山崎豊子

4101104352 一体、何をしたというのだろうか、初診した患者の死の経緯について正しい証言をした者が大学を追われ、事実、患者の診療に誤りを犯した者が、大学の名誉と権威を守るという美名のもとに、大学のあらゆる力を結集してその誤診を否定し、法律的責任を逃れて大学に留まる、何という不条理であろうか、しかし、これが現代の白い巨塔なんだ、外見は学究的で進歩的に見えながら、その厚い強固な壁の内側は、封建的な人間関係と特殊な組織によって築かれ、里見一人が、どう真実を訴えようと、微動だにしない非情な世界が生きている――。里見の眼に激しい怒りとも、絶望ともつかぬ光が波だった。

財前は患者側の遺族から訴えられる。

裁判は、明らかな誤診事件にもかかわらず医師側勝訴、患者側敗訴のどうしようもない非情な結果となる。

患者側の証人として立った里見は、大学病院を追われる。

組織の前に個人の力というものがいかに無力なものなのか、思い知らされるような結末となる。

しかし、世の中でこんなことは掃いて捨てるほどある。

正しい者が最後は勝つ、と言いたいのだが、現実は違うのである。

そのことを著者は「白い巨塔」というタイトルに集約させたのではないだろうか。

「外見は学究的で進歩的に見えながら、その厚い強固な壁の内側は、封建的な人間関係と特殊な組織によって築かれ、里見一人が、どう真実を訴えようと、微動だにしない非情な世界が生きている」、と。

ところが、この小説、これで終りではない。

まだ、第4巻、5巻と続くのである。

このことを著者はあとがきでこのように述べている。

『ところが、この小説の判決について、多くの読者の方々から「小説といえども、社会的反響を考えて、作者はもっと社会的責任をもった結末にすべきであった」という声が寄せられた。作家としては既に完結した小説の続きを書くことは、考えられないことであった。しかし、生々しく、強い読者の方々の声に直面し、社会的素材を扱った場合の作家の社会的責任と小説的生命の在り方について、深く考えさせられた。』、と

そのようないきさつから、続編として『続白い巨塔』の執筆に取りかかった、という。

確かに、ここで終わった方が、作者の当初の意図をストレートに訴える結末になっているのだが、

一方、一つの読み物として考えると、やるせなさや怒りのみが残るような感じがもする。

個人的にはここで終わった方がこの小説に重さを与えるような気がするのだが・・・

2012年8月 4日 (土)

白い巨塔(二)/山崎豊子

4101104344「じゃあ、里見さんが云いはった断層撮影はしないで、手術をやったわけなの」
 ケイ子は、驚くように聞いた。
「そうだよ、午前中に二つ手術があり、午後からすぐあの手術だったから、そんな暇はないさ、第一、そんな手間をかけなくとも、開腹してみて、胃噴門部以外の他臓器に癌の転移が見られず、手術も成功しているんだから、何も文句がないじゃないか、これで、エックス線写真の読影力は、里見より、僕の方が数段、上だということが新たに立証されたというわけだな、あっはっは」
 財前は、運転手が驚くほど大声を撒き散らして哄笑したが、
「でも、日頃、あんたから聞いている優れた内科医の里見さんが、あんなに断層撮影を要求して来はったからには、やはり何かがあるのやないかしら、手術が成功しても、眼にみえない何かが……」
 ケイ子は、女子医大の中退らしい神経の配り方で云った。

念願かなって教授になった財前は、里見の要求を無視し、断層撮影をしないで患者に手術を施す。

後々、これがもとで遺族から訴えられることになることになるなど夢にも思わず、自分の天才的な手術に酔い、愛人のケイ子にもそのことを自慢する。

人間にはミスや失敗はつきものである。

それ故に、仕事に真摯に取り組んでいる人ほど、慎重に慎重さを重ねて仕事を進める。

ところが、財前にはそのような姿勢はほとんど見られない。

やはり、財前にとって医療行為は自分の野望を果たすための手段でしかないのだろう。

財前は、この後、この手術前の断層撮影をしなかったが故に、患者を急死させてしまった、として遺族に訴えられる。

最後に彼は裁きを受けるのである。

ただ、現実の世界はどうなのだろう?

勧善懲悪という言葉がある。

最後には善は悪に勝つという考え方を表した言葉。

だが、現実は必ずしもそうではない。

むしろ、世の中を見渡せば「悪いやつほどよく眠る」という言葉の方がしっくりくる。

企業という組織の中でも、上ばかりを見ているヒラメ社員の方が出世していく。

同じ支店長であっても、部下の育成や顧客満足に真摯に取り組んでいく支店長より、部下に高いノルマを与え、「営業は結果が全て」と部下を追い込む支店長の方が短期的には成績を上げ出世していくケースが多い。

やがてはそのような人が社長になり、また自分と同じようなタイプの人間を昇進させていく。

こんな会社はいくらでもある。

世の中は理不尽なものである。

今、ロンドンオリンピックが開催されている。

連日、肉体を極限まで鍛えたアスリートたちが一定のルールの元、勝敗を競い合っている。

私たちが競技スポーツに惹きつけられるのも、「強い者が勝つ」「人より努力した者が勝つ」という世界に、ある種のすがすがしさを感じるからではないだろうか。

現実の世界がそうでないだけに。

2012年8月 3日 (金)

白い巨塔(一)/山崎豊子

4101104336「次期教授の問題で、どうして君がそんなに疲れなくちゃあならないんだ、そんなことは東教授と、教授会に任せておけばいいじゃないか」
「任せておけば、僕は、助教授までなりながら、教授になり損ねるかもしれないんだぜ、君だからありのままを話すが、つい半年前までは確かに僕が、次期教授の本命だと自他ともに許していたよ、ところが、この二、三カ月前から東教授の心境に何か変化が起ったらしく、東教授の僕に対する態度には微妙な気配が漂い、僕の次期教授は俄かにあやしくなって来たのだ、肝腎の東教授が推してくれないとなると、僕としては非常に不利になるから、これにたち向うために学内工作はもちろん、同窓会関係の学外工作をしっかりやらなくてはならない、そんなことで僕は疲れてるんだ――」
「いやだな、そういう話は、一人の教授の停年退官が定まり、後任の教授選挙の日が近付くと、その教室は人事の噂ばかりをして、仕事が手につかなくなるとは聞いていたが、他の者の場合ならともかく、君ほどの実力のある者が、どうしてそんなくだらないことに巻き込まれるのだ」
「実力? 教授選挙が実力だけで片付くものなら、僕だってこんなにエネルギーを費やさねばならぬ事前運動などやらないよ、選挙というものは、どんな選挙でも、情実と金がつきものだからね」(中略)
 こともなげに云うと、里見は、
「たとえ、他の学部にそうしたことがあったとしても、医学部の教授選は、人命を預かる医師を育成する医学者の選出なんだから、選出する方も、される方もそこに自ら厳しいモラルが要求されるべきじゃないか」
 咎めるような厳しさで云うと、財前は煙草の吸殻をぽんと灰皿へ放り捨て、「君の云うことは、一々ごもっともでりっぱだよ、しかし、それは君が傍観者だからだ、君だってあと三年で鵜飼教授の停年退官を迎え、次期教授に君がなるか、学外からの移入教授がなるかという立場にたたされたら、少しは考え方が変るだろうよ」
「いや、僕は無理をしたり、妙な画策をしたり、自分の良心を失ってまで教授になりたいとは思わない、自然になれれば、それは幸いなことに違いないが、なれなければ、それだけのことだよ」
 と云うと、里見は、もう財前との会話を終えてしまったように、黙り込んだ。

本書は、言わずと知れた医局制度などの医学界の腐敗を鋭く追及した山崎豊子の社会派小説。

映画化されたり、何度もテレビドラマ化されているので、あらすじは大体把握しているのだが、原作を読んでみたくなった。

この小説には正反対の二人の人物が登場する。

第一外科助教授、財前五郎と第一内科助教授、里見脩二だ。

二人は同窓生であり、またライバルという関係。

財前と里見は共に優秀な医者である。

ところが、その求めているものは全く違う。

財前は野心のかたまり。

天才的な外科手術の担い手だが、注目されない手術にはあまり関心を示さない。

医療行為はあくまで自分の野望を果たすための手段にすぎない。

そして、カネや人脈などあらゆる手を使って教授になろう画策する。

一方、里見は純粋に医学を追求する学究肌の人物。

暇さえあれば研究室にこもり、実験を繰り返し書籍の研究に時間を費やす。

患者に対しても親身に接し、最高の医療を施そうと日々努力を積み重ねる。

カネや権力には全く関心を示さない。

上記はその二人の会話だが、価値観の相違がモロに表れていて非常に面白い。

私は医学界のことはよく知らないのだが、一般の企業の優秀な社員もこれと似たように区分されるのではないだろうか。

つまり、優秀と言われる社員の中にも権力志向の強い社員と仕事志向の強い社員とがいるような気がする。

一方は人よりも早く出世し、より高い地位や権力を握るために仕事を頑張る社員。

かたや、顧客に喜ばれるプロフェッショナルな仕事をしようとして自らを高める社員。

両方とも優秀な社員には違いないのだが、その求めるところは正反対である。

特にこの小説、二人の性格づけが際立っており、組織の縮図を見ているようだ。

これからの展開が楽しみだ。

2012年8月 2日 (木)

創業家物語/有森隆

20062_120211345_s 大正製薬のオーナー・上原正吉は、企業が生き残る道は、同族経営による独裁体制しかないと考えていた。
「同族会社は不都合な会社の代名詞のようにいわれている。しかし私は、頭から悪い会社と決めつけるのはどうかと思う。(中略)同族会社にも長所がある。それは独裁ができやすいということだ。(中略)商売は戦争である。戦争は生命を賭けたものである。どうしても勝たなければならない。勝つためには、即断、即決、即行でなくてはならない」

上記の言葉ほど、世襲・同族企業のメリットを端的に言い表している言葉はないであろう。

今、勝ち組と言われている企業の多くは同族経営による独裁体制を敷いている。

そう考えると、同族経営を単純に「悪」だとは言い切れないような気がする。

同族企業のお家騒動の代表例は、「誰を後継経営者にするか」という問題であろう。

このことが時には骨肉の争いに発展する。

「息子を社長にするのは、いつでもできる。だが、経営者にすることはできない」

ダイエーの創業者、中内功はこんな言葉を遺したという。

けだし名言である。

二代目、三代目への会社継承は、いつの時代でも難しい。

世襲か脱世襲か、創業者は等しく、中内功と同じ悩みを抱えているようだ。

世襲とは、親が持っている地位、財産、職業などを親から子へ、子から孫へと代々受け継ぐこと。

日本では、政治家、外交官、医師、大学教授、芸能人に世襲が広く見られるが、企業社会でも親の七光りによる世襲化がはびこる。

世襲・同族経営のメリットは、常に成果が求められるサラリーマン経営者と異なり、長期的な視野に立って経営ができる点だ。

また、即断、即決、即行が可能なのも同族経営のメリットであろう。

今、サムソンの躍進が著しいが、その強みは何といっても、あれほどの世界的企業であってもその本質は同族経営であるという点であろう。

同族経営であるが故に、スピード感のある意思決定が可能なのであろう。

逆にデメリットは、閉鎖的になりがちな点だ。

社内は、創業家への忠誠を優先させるヒラメ社員ばかりになり社内の空気が澱む。

オーナー社長の周りはイエスマンばかりになってしまう。

これが続くと、やがて社長は裸の王様状態に陥る。

そして社員の積極性と創意工夫を圧殺する経営体質になってしまいがちだ。

世襲・同族経営に失敗した企業は、たいていこのパターンだ。

ただし、忘れてはならないのは、中小企業を中心に、日本の法人の九割近くが世襲・同族経営であるということ。

私が普段接している社長も、ほとんどが同族企業のオーナー社長である。

こうなってくると、同族経営は「良い」「悪い」で語ること自体が意味のないことのように感じる。

むしろ、現状をある程度受け入れて、世襲・同族企業を良い方向に向かわせるにはどうすれば良いのか、という点で考えていく方がよほど現実的であるような気がする。

2012年8月 1日 (水)

微分・積分を知らずに経営を語るな/内山力

20224_120163137_s 微分・積分は「地動説」のコペルニクス、「近代哲学の父」デカルト、弁護士兼天才数学者のフェルマー、「リンゴが落ちる」のニュートン、「知的巨人」とよばれたライプニッツといった近代史上の天才たちが、よってたかって世の中で起きている現象を〝易しく〟して、明日を読めるようにしたものです。
 彼らが考えた「明日を読む」方法は、「昨日までを小さく切って(微分)、それを未来へとつなげていく(積分)」という単純なものです。
 本文にも書いていますが、微分・積分を含めた数学の原点は「いかに単純にするか」です。数学は複雑な現象をいかに単純化するかという学問です。
 数学は、どんどん易しくし、そして単純化していくゲームです。したがって数学の頂点ともいえる微分・積分は、数学の中で「もっとも易しい分野」です。

微分・積分と聞いただけで拒否反応を示す人がいると思う。

いや、私自身がそうだ。

しかし、数字的な裏付けがなければ、人に説明するとき、説得力がないというのもまた事実である。

そんなことから本書を読んでみた。

微分とは変化を知る事、だと理解した。

一定の時間の中での距離の変化、距離を時間で微分すると速度になる。

一定の時間の中での速度の変化、速度を時間で微分すると加速度になる

そして、積分とは微分の逆、微妙な変化の結果を知る事。

早くなったり遅くなったりしながら、ある時間を走った時の距離は、速度を積分すれば出る。

つまり、微分・積分の考え方を理解することにより、数字的な根拠をもって未来を予測することができるようになる、ということである。

本書を読んでみて、わかったようなわからないような、というのが率直な感想。

本書のタイトル「微分・積分を知らずに経営を語るな」というのは言い過ぎだとは思うが、

少なくとも、今の経営は単なるカンと経験ではやっていけないほど複雑になってきているというのは確かなことではないだろうか。

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