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2012年8月 5日 (日)

白い巨塔(三)/山崎豊子

4101104352 一体、何をしたというのだろうか、初診した患者の死の経緯について正しい証言をした者が大学を追われ、事実、患者の診療に誤りを犯した者が、大学の名誉と権威を守るという美名のもとに、大学のあらゆる力を結集してその誤診を否定し、法律的責任を逃れて大学に留まる、何という不条理であろうか、しかし、これが現代の白い巨塔なんだ、外見は学究的で進歩的に見えながら、その厚い強固な壁の内側は、封建的な人間関係と特殊な組織によって築かれ、里見一人が、どう真実を訴えようと、微動だにしない非情な世界が生きている――。里見の眼に激しい怒りとも、絶望ともつかぬ光が波だった。

財前は患者側の遺族から訴えられる。

裁判は、明らかな誤診事件にもかかわらず医師側勝訴、患者側敗訴のどうしようもない非情な結果となる。

患者側の証人として立った里見は、大学病院を追われる。

組織の前に個人の力というものがいかに無力なものなのか、思い知らされるような結末となる。

しかし、世の中でこんなことは掃いて捨てるほどある。

正しい者が最後は勝つ、と言いたいのだが、現実は違うのである。

そのことを著者は「白い巨塔」というタイトルに集約させたのではないだろうか。

「外見は学究的で進歩的に見えながら、その厚い強固な壁の内側は、封建的な人間関係と特殊な組織によって築かれ、里見一人が、どう真実を訴えようと、微動だにしない非情な世界が生きている」、と。

ところが、この小説、これで終りではない。

まだ、第4巻、5巻と続くのである。

このことを著者はあとがきでこのように述べている。

『ところが、この小説の判決について、多くの読者の方々から「小説といえども、社会的反響を考えて、作者はもっと社会的責任をもった結末にすべきであった」という声が寄せられた。作家としては既に完結した小説の続きを書くことは、考えられないことであった。しかし、生々しく、強い読者の方々の声に直面し、社会的素材を扱った場合の作家の社会的責任と小説的生命の在り方について、深く考えさせられた。』、と

そのようないきさつから、続編として『続白い巨塔』の執筆に取りかかった、という。

確かに、ここで終わった方が、作者の当初の意図をストレートに訴える結末になっているのだが、

一方、一つの読み物として考えると、やるせなさや怒りのみが残るような感じがもする。

個人的にはここで終わった方がこの小説に重さを与えるような気がするのだが・・・

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