« 創業家物語/有森隆 | トップページ | 白い巨塔(二)/山崎豊子 »

2012年8月 3日 (金)

白い巨塔(一)/山崎豊子

4101104336「次期教授の問題で、どうして君がそんなに疲れなくちゃあならないんだ、そんなことは東教授と、教授会に任せておけばいいじゃないか」
「任せておけば、僕は、助教授までなりながら、教授になり損ねるかもしれないんだぜ、君だからありのままを話すが、つい半年前までは確かに僕が、次期教授の本命だと自他ともに許していたよ、ところが、この二、三カ月前から東教授の心境に何か変化が起ったらしく、東教授の僕に対する態度には微妙な気配が漂い、僕の次期教授は俄かにあやしくなって来たのだ、肝腎の東教授が推してくれないとなると、僕としては非常に不利になるから、これにたち向うために学内工作はもちろん、同窓会関係の学外工作をしっかりやらなくてはならない、そんなことで僕は疲れてるんだ――」
「いやだな、そういう話は、一人の教授の停年退官が定まり、後任の教授選挙の日が近付くと、その教室は人事の噂ばかりをして、仕事が手につかなくなるとは聞いていたが、他の者の場合ならともかく、君ほどの実力のある者が、どうしてそんなくだらないことに巻き込まれるのだ」
「実力? 教授選挙が実力だけで片付くものなら、僕だってこんなにエネルギーを費やさねばならぬ事前運動などやらないよ、選挙というものは、どんな選挙でも、情実と金がつきものだからね」(中略)
 こともなげに云うと、里見は、
「たとえ、他の学部にそうしたことがあったとしても、医学部の教授選は、人命を預かる医師を育成する医学者の選出なんだから、選出する方も、される方もそこに自ら厳しいモラルが要求されるべきじゃないか」
 咎めるような厳しさで云うと、財前は煙草の吸殻をぽんと灰皿へ放り捨て、「君の云うことは、一々ごもっともでりっぱだよ、しかし、それは君が傍観者だからだ、君だってあと三年で鵜飼教授の停年退官を迎え、次期教授に君がなるか、学外からの移入教授がなるかという立場にたたされたら、少しは考え方が変るだろうよ」
「いや、僕は無理をしたり、妙な画策をしたり、自分の良心を失ってまで教授になりたいとは思わない、自然になれれば、それは幸いなことに違いないが、なれなければ、それだけのことだよ」
 と云うと、里見は、もう財前との会話を終えてしまったように、黙り込んだ。

本書は、言わずと知れた医局制度などの医学界の腐敗を鋭く追及した山崎豊子の社会派小説。

映画化されたり、何度もテレビドラマ化されているので、あらすじは大体把握しているのだが、原作を読んでみたくなった。

この小説には正反対の二人の人物が登場する。

第一外科助教授、財前五郎と第一内科助教授、里見脩二だ。

二人は同窓生であり、またライバルという関係。

財前と里見は共に優秀な医者である。

ところが、その求めているものは全く違う。

財前は野心のかたまり。

天才的な外科手術の担い手だが、注目されない手術にはあまり関心を示さない。

医療行為はあくまで自分の野望を果たすための手段にすぎない。

そして、カネや人脈などあらゆる手を使って教授になろう画策する。

一方、里見は純粋に医学を追求する学究肌の人物。

暇さえあれば研究室にこもり、実験を繰り返し書籍の研究に時間を費やす。

患者に対しても親身に接し、最高の医療を施そうと日々努力を積み重ねる。

カネや権力には全く関心を示さない。

上記はその二人の会話だが、価値観の相違がモロに表れていて非常に面白い。

私は医学界のことはよく知らないのだが、一般の企業の優秀な社員もこれと似たように区分されるのではないだろうか。

つまり、優秀と言われる社員の中にも権力志向の強い社員と仕事志向の強い社員とがいるような気がする。

一方は人よりも早く出世し、より高い地位や権力を握るために仕事を頑張る社員。

かたや、顧客に喜ばれるプロフェッショナルな仕事をしようとして自らを高める社員。

両方とも優秀な社員には違いないのだが、その求めるところは正反対である。

特にこの小説、二人の性格づけが際立っており、組織の縮図を見ているようだ。

これからの展開が楽しみだ。

« 創業家物語/有森隆 | トップページ | 白い巨塔(二)/山崎豊子 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 白い巨塔(一)/山崎豊子:

« 創業家物語/有森隆 | トップページ | 白い巨塔(二)/山崎豊子 »