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2012年8月 7日 (火)

白い巨塔(五)/山崎豊子

4101104379「どのような充分な指示を与えられたのか、ご説明願いたい」
 とっさに、財前は返事に窮しかけたが、
「患者の現在の状態は術後肺炎だが、術前の胸部エックス線写真の陰影は、噴門癌の組織診がたとえ早期癌で、転移なしであっても、百パーセント転移なしという意味ではない、したがって万全の注意は怠らないように、もし転移巣の場合は、二次手術の用意がいるからと、そこまで云いおいて出発したにもかかわらず、受持医がその指示を怠り、患者をして死に至らしめたことは遺憾というほかはない」
 佐々木庸平の死を受持医の責任に転嫁する意図が、はっきりと見て取られた。
「それは嘘です!」
 不意に絶叫するような声がし、柳原が傍聴席から走り出た。廷吏がうしろから制止したが、その手を振りきり、
「嘘です、財前教授の只今の証言は嘘です!」
 蒼白な顔で、唇をわなわな震わせた。関口弁護士は裁判官席へ駈け寄った。
「裁判長! 只今の柳原医師の言葉は聞き逃すことの出来ない重要な内容を持っています、柳原医師を控訴人側の在廷証人として申請し、財前教授との対質を採用願います!」

第一審で敗訴した遺族は捨て身の控訴に出る。

控訴審に備え、財前は最重要証人の柳原に令嬢との縁談や学位をエサに偽証させる。

裁判が大詰めの当事者尋問に入った時、

遺族側弁護士の鋭い尋問で窮地にたった財前は「受持医がその指示を怠り、患者をして死に至らしめた」と柳原に責任転嫁する。

この財前の発言に、これまで良心の呵責に苦しんでいた柳原は耐えられなくなり真実を告白する。

裁判はこれにより一気に遺族側有利に傾き、控訴審は財前教授の敗訴に終わる。

こういった流れで物語は集結に向かう。

しかし、組織の論理によって個人の良心がねじ曲げられることはよくあることではないだろうか。

組織が何らかの反社会的な行いをしていた場合、社員にあらゆる圧力を加えて秘密が漏れるのを防ごうとするもの。

ポストやカネをエサに社員を飼い馴らそうとしたり、逆に左遷や降格という脅しによって発言を封じようとする場合もある。

いわゆるアメとムチによる働きかけである。

しかし、それが必ずしもうまくいくとは限らない。

時々、企業の不祥事が社員の告発によって明らかになることがあるが、これはその失敗例であろう。

ただし、これはおそらく氷山の一角。

ほとんどの場合、社員は組織の論理に逆らえない。

やはり社員には自分の生活があり、養っている家族があるのだから。

長いものには巻かれろという意識が働く。

組織の中で、権力志向の固まりの様な財前や、組織の論理に屈せずに最後まで医師としての良心に従う里見のような人物は少数派である。

大部分は組織の中で良心と保身の板挟みになって苦しむ柳原のような人たちである。

そのような意味で、本書は、組織と個人の関係を考えるには最適の小説。

ベストセラーになったのもよくわかる。

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