« はじめての宗教論左巻/佐藤優 | トップページ | カリスマのつくり方/戸矢学 »

2012年9月 5日 (水)

まず動く/多胡輝

997375090x 昔、私が見たテレビに、大変傑作なものがあります。それはある会社の話で、この会社には特別室というものがあり、そこには碁からマージャン、将棋、トランプなど、ありとあらゆる遊び道具がそろっています。そして、この部屋の勤務を命じられた者は、一日中好きなことをして遊んでいていいということなのです。
 ところが、この部屋にも、一つだけやってはいけないことがあります。それは「仕事」です。なにをしてもいいが、仕事だけは、たとえ一秒たりともしてはいけないというわけです。
 さて、この部屋の勤務を命じられた人たちはその後どうなったかということです。じつは最初のうちこそこんな勤務ならいつまででも大歓迎とばかりに楽しくサボッていましたが、そのうち仕事がしたくてたまらなくなったのです。
 人間には、誰でも自己実現の欲求があります。自分を、自分のため、社会のために役立て、向上させたいという基本的な欲求があるのです。このドラマは、人間がその基本的な欲求を一時的に完全に断った場合どうなるかをよく示しています。自己実現の欲求は人間の基本的な欲求ですので、それを完全に断たれた時に、より強くこの欲求に目覚め、やる気を起こす結果になるわけです。

人は何のために働くのか?

誰もが一度は考えたことのある命題である。

まずまっ先に思いつくのが「食べるために働く」ということ。

確かに人間、金がなければ生活していくことはできない。

そして金を得るためには資産家でないかぎりは働く必要がある。

素直な答えだと思う。

しかし、有り余る金を持っていてもなお働く人がいる。

何のためなのか?

それは働くことによってしか得られない何かがあるから。

では、それは何なのか?

著者は、それは人間に自己実現の欲求があるからだと言っている。

「働いて社会のために役立ちたい」「人に喜ばれたい」「夢を実現したい」、これら全て、自己実現の欲求がその根っこにある。

このことで思い出すのが、「日本でいちばん大切にしたい会社」で紹介された日本理化学工業の話し。

この会社の障害者雇用率は7割。

そのきっかけになったのは、50年近く前のある出来事だった。

当時、大山社長(当時は専務)は障害者を数人雇用していたが、一つだけわからないことがあった。

どう考えても、会社で毎日働くよりも施設でゆっくりのんびり暮らしかほうが幸せなのではないかという疑問である。

なかなか言うことを聞いてくれず、ミスをしたときなどに「施設に帰すよ」と言うと、泣きながらいやがる障害者の気持ちが、はじめはわからなかった。

そんなとき、ある法事の席で一緒になった禅寺のお坊さんにその疑問を尋ねてみた。

するとお坊さんは

「そんなこと当たり前でしょう。幸福とは①人に愛されること、②人にほめられること、③人の役に立つこと、④人に必要とされることです。

そのうちの②人にほめられること、③人の役に立つこと、そして④人に必要とされることは、施設では得られないでしょう。

この三つの幸福は、働くことによって得られるのです」

と教えてくれたという。

普通に働いてきた大山社長にとって、それは目からウロコが落ちるような体験だった、と語っている。

働くということに多くの人は人生の半分以上の時間を費やす。

その意味では「何のために働くのか?」、それぞれ自分なりの答えを持つべきではないだろうか。

それだけで働くことがもっと楽しくなるような気がする。

« はじめての宗教論左巻/佐藤優 | トップページ | カリスマのつくり方/戸矢学 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: まず動く/多胡輝:

« はじめての宗教論左巻/佐藤優 | トップページ | カリスマのつくり方/戸矢学 »