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2012年9月18日 (火)

外交官が見た「中国人の対日観」/道上尚史

9784166607679  私は韓国を専門にしたため、若い頃から「歴史問題と外交」について、多くの人と議論をしてきました。その中で本質を突いていると強く印象に残ったのが、あるアメリカの歴史学者の「歴史は記憶に負けるな」という言葉です。
 たとえば戦争で愛する人を傷つけられた、殺されたという「個人の記憶」はあまりに痛切で、相手国に対する強い憎悪、敵愾心に傾いてしまいます。それがナショナルな次元で強化されて「国の記憶」になった場合、危険はさらに膨らみます。自国の正義だけが頭にこびりつき、相手を「悪」とみなす傾向に走り、公平かつ客観的な観点を持ちにくくなる。

今、日中または日韓で起こっている様々な問題。

その根本には「歴史問題」があると言われている。

でも、それは本当に「歴史問題」なのだろうか?

そうではなく「記憶問題」なのではないだろうか?

おそらくどの国も歴史を遡ってみると、加害者であった歴史もあれば、被害者であった歴史もあるだろう。

日本は、中国や近隣のアジア諸国への戦争や植民地支配をしたという加害者としての歴史がある。

同時に原爆の被害者であったという歴史もある。

どちらが強く記憶として残っているかといえば、当然被害者としての記憶であろう。

どの国であっても、戦争による親族の死を語る人に対しては言葉の返しようがない。

しかし「その記憶イコール歴史であり、他の歴史観は間違いだ」となると、それはちがう。

それは個人や集団の記憶であって歴史ではない。

歴史とは相手側からどう見えるかも視野に入れ、厳密で客観的な学術作業に基づくべきものなのだから。

政治的見地や感情で争うものではない。

そもそも「歴史」と「記憶」を混同してしまっているところに問題を複雑にしてしまっている一つの原因があるように感じる。

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