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2012年10月の31件の記事

2012年10月31日 (水)

転落弁護士/内山哲夫

Photo 弁護士は、スマートで格好いい仕事でも楽してもうかるボロイ仕事でもありません。むしろ、実に泥臭い、それも、とてつもなく責任の重い肉体労働なのです。そのうえ、誘惑の多い仕事で、常に転落の危険に付きまとわれているのです。
その理由は、弁護士の仕事が、裁判所や検察庁や警察署といった、善良なる一般市民には無縁の役所に土俵が設定されているからです。つまり、これらの役所の“お得意さん”は、ヤクザ、高利貸し、ブローカーといった裏筋の連中で、弁護士は、好むと好まざるとにかかわらず、彼らとかかわりを持つことになるのです(彼らの依頼を受けなくても、彼らを相手に交渉したり訴えたりしなければなりませんから)。そして、こうした裏筋の連中は、自分の代理人である弁護士を意のままに使おうと思って、札束の誘惑や甘い女体のにおいなどのわな民を仕掛けてくるのです。

本書は、元弁護士の転落の半生の記録である。

どのようにして道を踏み外し、実刑判決を受け、塀の中の生活を送るようになったのか、

そして、出所してからの誘惑の数々。

それらを赤裸々に綴っている。

この自伝を書くことになった経緯が興味深い。

恩師である弁護士から、「最近、道を踏み外す弁護士が多いので、それがどれほど惨めなものか、その転落記を書いてほしい、これこそが、君の、一般社会と法曹界、そして、君がかって勤めていた警視庁に対する最高の償いだ」と勧められたからだという。

弁護士というと、非常にステータスの高い仕事という印象が強い。

エリートで、格好良くって、もうかる仕事だというのが普通の人が弁護士に対して抱いているイメージである。

ただし、今は随分とこの事情が変わってきている。

司法制度改革で、毎年、司法試験合格者3000人を目指すとされている。

今のところ、その目標は達成されていないが、それであっても、今、弁護士の急増により、食えない弁護士が増えてきている。

それこそ、「司法試験には受かったものの」という訳である。

そうするとどうなるのか?

一つ、懸念されることとして、悪の道に走る弁護士が増えるかもしれないということ。

著者によると、転落した弁護士ほど惨めなものはないという。

弁護士が不祥事起こして転落すると、

事件屋になって悪事の片棒を担いでますます転落していくか、

無気力な隠居生活に入るか、

ホームレスになるか、

電車に飛び込んだり首をつったりしてこの世とおさらばしてしまうかだという。

弁護士の世界も外側から見るのと、内側から見るのとでは大きな違いがあるということであろう。

2012年10月30日 (火)

下山の思想/五木寛之

Photo 私たちは山頂をきわめた。そして、次なる下山の過程にさしかかった。そして突然、激しい大雪崩に襲われた。下山の過程では、しばしばおこりうることだ。
 そのなかから起ちあがらなければならない。そして歩み続けなければならない。しかし、目標はふたたび山頂をめざすことではないのではないか。
見事に下山する。安全に、そして優雅に。
そのめざす方向には、これまでとちがう新しい希望がある。それは何か。

登山は下山してはじめて完成する。

頂点にたどり着いたら次は下山しなければならない。

そして山は登るより下る方が難しい。

五木氏は今の日本のおかれた状況を下山にたとえている。

高度成長期、バブルと頂上を目指し、今回、東日本大震災を経験した日本は、今度は上手に下山しなければならない、と。

私はこのような主張が出るたびに複雑な心境になる。

確かに経済成長は人を本当に幸せにするのか、というと、必ずしもそうは言えない。

ブータンの例を見れば分かる、あの国の国民は95%が幸せと感じているではないか、と言う人もいる。

それに比べ、日本は毎年3万人が自殺している、これで幸せな国と言えるのか、と。

では、本当に日本はこれ以上、経済成長しなくてもいいのか?

成長を追わなくなったら、自殺は減るのか?

格差はなくなるのか?

みんなが幸せになるのか?

私にはどうしてもそうは思えない。

かつて、日本の子供たちは学力競争で疲弊し病んでいる、かわいそうだ、と「ゆとり教育」を導入した。

その結果、子供たちは幸せになったのか?

残念ながら、そうはならなかった。

今、学校の教育現場はいじめ、学級崩壊、学力低下等、問題山積である。

競争を放棄すれば幸せになるとは限らないのである。

同様に、日本が経済成長を目指さないと幸せになれるのかというと、私にはどうしてもそうは思えない。

ただ、同じ頂上を目指すにしても、その登り方はこれまでとはちがったやり方もあるかもしれない。

その点では、もっと柔軟に考えるべきだろう。

2012年10月29日 (月)

怒る企画術!/吉田正樹

Photo ビジネスマンは、よくメモを取れとか、ノートを活用しろとか言われます。でも僕は、メモもノートも要らないと思っています。
 メモというのは、「とりあえず書いておこう」という“棚上げ”でしょう。そんな「保留」を増やすよりは、アイデアはすぐ自分なりにアレンジして、形にしてしまいましょう。単なる備忘録のためのメモでは、あまり意味はない。いいアイデアは、気になって気になって仕方がない。本当に名案なら、アイデアのほうで自分を放してくれません。

本書の著者、吉田氏はフジテレビの『爆笑レッドカーペット』『笑う犬の生活』等を企画した名プロデューサー。

ヒットにつながる企画は奇抜な発想や面白いアイデアが決め手になる。

では、どのようにしてアイデアを生み出し、どこから発想を得ているのか?

面白いことに、吉田氏の場合、メモは一切とらないという。

メモは棚上げだ、と。

それよりも空想しろと。

これに似たようなことをAKB48の生みの親、秋元康氏も言っていたことを思い出す。

一方、とにかくマメにメモすることを勧めるクリエーターもいる。

どうも世のクリエーターは、メモをこまめにとる人と全くメモをとらない人と、大きく二つに分かれるようだ。

どちらが正しいということでなく、要はそれぞれ発想のスタイルがあるということではないだろうか。

ただ、一つ、どちらにも共通しているものがある。

それは、必ずアウトプットにつなげているということ。

つまり、いかに自分なりのインプットとアウトプットのサイクルが回る仕組みを作り上げるか、これがポイントだということではないだろうか。

2012年10月28日 (日)

青年社長(下)/高杉良

Image 天狗になってたまるか!

 店頭公開の一年前からワタミを大変かわいがってくださっている恩人からの声が間接的に届いた。
 「ワタミが天狗になっている」
 これはシャレで言っているのではなく、天狗、つまり増長し、日々の努力を怠り始めているということである。(中略)
 株主様よりアンケートが届いた。
 「次の料理を頼もうとしても、お店の人がいない。追加の料理や飲み物を頼むことができない。この値段なら、このサービスでも、しょうがないのか。」
 “この値段でこんなサービスが受けられるなんて!”この言葉こそがわれわれが追求している言葉である。“この値段ならしょうがない”の言葉は、我々の存在さえも否定する。

上記は店頭公開した後、渡邉社長が社員に向けて書いたメッセージ。

「“この値段でこんなサービスが受けられるなんて!”この言葉こそがわれわれが追求している言葉である。“この値段ならしょうがない”の言葉は、我々の存在さえも否定する。」

この言葉の中に、渡邉社長の社員の仕事に対する要求の高さがあらわれている。

優れた経営者に共通することがある。

それは、社員に高いレベルの仕事を要求するということ。

そこには「これ位でいい」とか「しょうがない」という妥協の姿勢はない。

「限界ギリギリまで」または「限界を超えて」という姿勢を要求する。

しかし、社員は経営者が要求するような仕事をしてくれないことも多い。

なぜなら、社員にとって大事なのは仕事ではなく自分の家族であり、自分自身というのが本音の部分。

だから、経営者から高いレベルの仕事を要求されても「そんなことを言ったって」とつい言いたくなる。

では、そのような社員を動かすには何か必要か。

それは言葉である。

優れた経営者は、社員を鼓舞し引っ張っていく自分の言葉を持っている。

そしてその言葉に力がある。

この辺りが、優れた経営者とそうでない経営者との違いではないだろうか。

そしてこれは企業の経営者だけでなく全ての分野のリーダーに共通して言えるもの。

リーダーとはその率いる人々に対してあえて無理と思えることを要求し、それを言葉で鼓舞し引っ張る存在だと言えよう。

2012年10月27日 (土)

青年社長(上)/高杉良

51tbsgtqqcl__aa278_pikin4bottomrigh 国や人種は違っても、人間は老いも若きも、男も女も、食事をしているときにはほんとうにに楽しいし、幸せだと思うんです。キエフのホテルのレストランや、ロンドンのパブや、パリのカフェ、ローマのパブ、ニューヨークのライブハウス・・・・・・。いろんな場所でいろんな人と仲良くなりましたけど、必ず食事、飲食が介在しているんですよねぇ。飲食は人を幸福にしてくれます。だから外食産業を通して、多くの人々と出会い、ふれあい、安らぎの場所を提供できたら、どんなにすばらしいことか。そう考えて外食産業を起こしたいと考えたんです。

本書はワタミフードサービスの創業者、渡邉美樹氏の創業から東証2部上場までを描いたノンフィクション。

全て実名で書かれている。

渡邉氏は、まだ小学生だった頃、父親の会社の倒産を味わい、大人になったら社長になると決意する。

大卒後、佐川急便のセールスドライバーで事業資金を貯め、「つぼ八」のフランチャイズ店をはじめ、お好み焼き店「唐変木」やサントリー系の居酒屋「白札屋」を次々と出店する。

渡邉氏の著書「夢に日付を」で述べられているように、夢に向かってやるべきことを決め、一つ一つ実現していく。

実際、その行動力やエネルギーはどこから来るのであろうか。

一つは子供の頃、父親の経営する会社が倒産したという体験。

もう一つは、上記抜き書きにあるように、大学卒業後、北半球の旅をしたときの体験ではないだろうか。

事業を興すことは大変なことである。

想定外のことがどんどん起こる。

実際、ほとんどの起業家が3年以内に夢破れ失敗する。

その中で、起業に成功し、さらに上場を果たすには何が必要なのか。

それは「何のためにこの事業を興すのか?」という志、原体験というものではないだろうか。

そして、これは多くの成功した経営者が共通して持っているものである。

2012年10月26日 (金)

心にナイフをしのばせて/奥野修司

Photo「あいつをめちゃめちゃにしてやりたい」みゆきさんは、兄を殺したAが弁護士になっていると聞いたとき、ほとばしる憤懣を従妹の明子さんに涙で訴えた。みゆきさんにはめずらしく、半狂乱のようだったという。
 驚いた明子さんは電話口で必死になだめたが、みゆきさんの興奮はおさまらなかった。
一人の命を奪った少年が、国家から無償の教育を受け、少年院を退院したあとも最高学府にはいって人もうらやむ弁護士になった。一方のわが子を奪われた母親は、今や年金でかろうじてその日暮らしをしている。にもかかわらず、弁護士になったAは慰謝料すら払わず、平然としているのだ。みゆきさんでなくても釈然としない。
 「一人の命を奪いながら、国家から無償の教育を受け、知りたいことをいくらでも知ることができ、あったこともなかったことにできて、最高じゃないですか」みゆきさんは精一杯の皮肉を、涙とともに吐き出した。

1997年、兵庫県神戸市須磨区で発生した当時14歳の中学生「少年A」による『酒鬼薔薇事件』は私たちに衝撃を与えた。

ところが、そこからさかのぼること28年、似たような事件が起こっている。

1969年春、横浜の高校で入学して間もない男子生徒が、同級生である「少年A」に首を切り落とされ、殺害されたという事件だ。

10年に及ぶ取材の結果、著者は驚くべき事実を発掘する。

殺された少年の母は、事件から1年半をほとんど布団の中で過ごし、事件を含めたすべての記憶を失っていた。

ところが犯人「少年A」はその後、大きな事務所を経営する弁護士として地方の名士となっていたのである。

彼は謝罪を求める被害者の母親や妹を拒絶する。

確かに、少年法第六十条に、〈少年のとき犯した罪により刑に処せられてその執行を受け終り、又は執行の免除を受けた者は、人の資格に関する法令の適用については、将来に向って刑の言渡を受けなかったものとみなす〉と定められている。

少年の犯罪は「前歴」となっても「前科」にはならない。

「前科」とは、刑事公判によって有罪判決を受けたことを意味し、犯行当時十五歳のAは、当時の少年法第二十条〈十六歳に満たない少年の事件については、これを検察官に送致することはできない〉という規定から、もとより刑事処分を科されることはなかった。

この条項によって、Aの過去につけられた殺人者という犯罪歴は、少年院を出た時点で漂白され、国家によって新たな人生の第一歩を約束されるのである。

しかし、間違ってはいけない。

国家によって「前科」は消されても、犯罪の事実は消えないのである。

そして、その犯罪によって息子を奪われた両親、兄を奪われた妹にとって、時間は「あの時」から止まったままだ。

少年の時に殺人を犯した「少年A」はその後、弁護士になった。

これをある人は、りっぱに「更生」したという。

しかし、被害者の心を置き去りにして自分だけのうのうと生きていくことが果たして更生といえるのだろうか?

読後、何かやるせない、釈然としない思いが残る一冊である。

2012年10月25日 (木)

日本力/伊藤洋一

Photo  実は、「不況」とか「リセッション」の持つ意味合いは日本と海外とではかなり違う。それについてはすでに説明したが、ギャップに悩まされたのは海外から来たジャーナリストたちである。彼らの困惑ぶりを見ながら筆者の心に去来したのは、「日本人はそもそも成長のペースから失業率のレベル、それに所得など、様々な面で自分たちの基準線をバブルの頃に上げすぎてしまったのではないか」、自分たちで「不況という言葉を弄びすぎているのではないか」「自ら悲観論にとらわれすぎているのではないか」という反省である。
 日本人の悲観論は、世界から見ると今、むしろ不思議に思われているのではないか。筆者は海外に行けば行くほどそう思う。そして、日本人が悲観論を述べている間にも、通貨の国際的評価が表れる外国為替市場で円が基調的に強いのを見れば、また日本の対外収支が黒字を続けているのを見れば、日本の悲観論がおかしな方向を向いていることは一目瞭然である。

今の日本を語る場合、その主張は大きく二つに分かれるような気がする。

一つは、日本は危ない論。

日本はもうすぐ借金が1000兆円に達する。

円高で輸出企業は競争力を失っている。

少子高齢化で、これから人口減少、縮小社会に入る。

今のままではギリシャのように破綻する・・・。

と、いった内容。

もう一つは、日本の未来は明るい論。

そして、本書は、後者に分類される。

日本は、海外で「クールな(かっこいい)国」として繰り返し取り上げられている。

産業として広い裾野を持ち、国の総合力の強さを示す自動車をはじめとして、日本製のさまざまな商品が世界を席巻している。

加えて、日本が生み出すポップカルチャーも、いま爆発的に、世界に波及しつつある。

「Japan is cool」、というわけだ。

どちらが正しいということでなく、要するに両面があるということであろう。

大事なことは、このような状況におかれた日本は、これからどのようなビジョンを持って生きていくのかということではないだろうか。

2012年10月24日 (水)

つっこみ力/パオロ・マッツァリーノ

Photo  日本の新聞では、投書する人の住所・氏名・職業・年齢の四点セットが欠かせません。
 「東京都山田太郎会社員三五歳」てな情報が必ず載ってます。日本のみなさんはなんの疑問も抱かず受け入れてますが、これは世界の常識ではありません。海外の新聞や雑誌は、投書した人の名前と居住地しか載せません。「ジョン・スミスニューヨーク」みたいな。もちろん、自己申告があれば、べつですが、たいていは内容に関係のある場合だけです。たとえば、小児科医がこどもの病気に関する投書をする場合とか。

新聞の投書欄に、投書する人の住所・氏名・職業・年齢を載せるのは日本だけだということ。

正直、このことは初めて知った。

おそらくこれ以外にも、日本人が当たり前と思っていることで、世界からみたら非常識なことが多くあるのだろう。

考えてみたら、新聞に自分の意見を投書するにあたり、その人がどんな職業に就いているかなどということは関係ないはずである。

本来、意見交換する場合、その意見の内容が問題となるのであって、その人の肩書きは関係ないはずである。

つまり、欧米人が「どんな意見を述べるか」を重視するのに対し、

日本人は「どんな人が述べているのか」に注目するということであろう。

だから、会社を退職した人が新聞に投書する場合、「無職」とは書かず「元なになに」という肩書きを書く。

「元教師」「元警察官」「元○○社役員」・・・とか、

無意識のうちに自分を権威付けしたいという思いが働いているのではないだろうか。

2012年10月23日 (火)

会社で生き残れる人 辞めさせられる人/高井伸夫

Photo「金曜日の午後六時半を回った頃の、ある銀行での出来事です。
机に向かっていた支店長が、ふと顔を上げ、三十代半ばの部下に、『佐藤君』と、声を掛けました。
するとまさしくその瞬間、部下の行員は支店長の用件は聞かずに、反射的にこう答えました。
『支店長、今日は、ちょっと…』」たったこれだけの話です。
部下の行員は、「支店長、今日は、ちょっと」の一言で、支店長の次の言葉を一方的に遮断してしまったわけです。会話を成立させずに終わらせてしまったわけです。
つまり、人間的な触れ合いなど煩わしいと思って、それを拒否したということです。

使用者側の弁護士として活躍する高井氏が、会社側から見た必要とされる人材、辞めさせたいと思っている人材について述べている。

私自身の経験から言っても、会社側がもっとも問題を感じている人材は、上記抜き書きにあるようなコミュニケーション能力の欠如している人材である。

多くの仕事はチームで行う。

そのためには、やはりチームワークは不可欠である。

そしてチームワークを構築するための一番ネックになるのはコミュニケーションである。

これがうまく行かないとチームはチームとして機能しない。

当然、成果も出ない。

ところが、最近困ったことに、この肝心のコミュニケーション能力が欠如している社員が増えてきている。

さらに問題として深刻なのは、「だったらそんなケシカラン社員はやめさせればいい」とはならないということ。

これから益々若い人材が不足するであろう企業としては、その程度の社員であっても辞めさせてしまったらそれこそ人材はいなくなってしまうという現実がある。

なにもなだめすかして使う必要はないのだが、やはりそのような半人前を一人前に育成することが企業に求められているような気がする。

今日的な問題だが、これについては具体的な対策を考えていく必要があるだろう。

2012年10月22日 (月)

異質のマネジメント/竹内弘高、石倉洋子

Photo「日本では、人事考課とか年次昇給査定とかは上司が行なう。その結果を本人に伝え、なぜそういう評価をするか、についての説明をする習慣がない。欧米においては、そうすることが一般的である。
またよい点、悪い点を具体的に言わなければならない。したがって、仮に査定は年に一度しか行なわないとしても、常に査定の対象になる人の仕事ぶりのよい点、悪い点をメモしておく必要がある。また直すべき行動については、その都度注意し、それについても記録しておくべき。いざ査定という時に、いきなり低い評価をする、ということは避けるようにすべき」(コニカ・石河)
「信賞必罰。特に気をつけねばならぬことは、心情あるいは感覚的に昇格、昇給をしてはならない点である。必ず、何が昇格、昇給のポイントであったか、をはっきり説明する。要は『上げてやるのだから文句はないはずだ』的な発想はタブー。うやむやであると毎年それを期待され、中期的にマイナス効果」(NEC・山藤)

本書は、日本企業26社の中で国際マネジャーとして選ばれた431人の提言をまとめたもの。

日本のマネジメントは、本書のサブタイトルにもなっている「日本的同質経営」という言葉に象徴される。

「同質」であることが前提になっている。

つまり、

「こんなことは言わなくてもわかるだろう」

「察してほしい」

「空気を読め」

という言葉に代表されるように、相手にはっきりとしたことばで説明しないことが当たり前のこととされている。

それがもっとも表れるのが、人事評価の場面。

仮に部下が昇給する場合であっても、

「あなたのどの行動がどのように評価されて今回これだけ昇給する」とはっきりと言わないことが当たり前とされている。

部下もはっきりとした説明を上司に求めない。

稀に上司に説明を求める部下がいると、

「あいつは理屈っぽい」とか「昇給するんだからそんな細かいことはいいだろう」となる。

これは日本企業の悪い伝統だ。

これは「言わなくてもわかってくれるはずだ」という相手に対する甘えである。

日本の企業にも良い点はあるのだが、この点に関しては欧米のやり方が正しい。

近年、クローバル化ということが盛んに叫ばれるようになってきている、

全てを欧米に合わせる必要はないが、良い点は率直に認め取り入れることが必要ではないだろうか。

2012年10月21日 (日)

マクドナルドの研究

Ek0065047 日本マクドナルドというと割安な商品を提供して「デフレ下の勝ち組」というイメージがあるかもしれない。しかし、実態は異なる。「百円マック」といった低価格商品の導入を除けば、原田体制下の8年間で一度も値下げしたことがない。むしろ6回値上げしているのだ。かつて店舗の賃借料などに応じて地域別価格を導入することで話題になったが、実は値下げした店舗がなく、全店が値上げの対象になったことは有名な話だ。
 百円マックや割引キャンペーンなどで店舗に消費者を呼び込み、「ビッグマック」や過去話題になった「メガマック」など単価の高い商品の購入につなげる。こうした戦略で単価はかつてより上昇している。低価格戦略をとっているようにみせながら、単価をうまく引き上げ利益率を高めているところに同社の強さの秘密がある。

業績好調の日本マクドナルド。

本書のサブタイトルは「原田マジック〝最強〟経営の真髄」となっているが、これはマジックなどではなく、キチンとした戦略に基づくものであることがわかる。

マックというと、「安い」「早い」ということが思い浮かぶが、現在のマックは少なくとも安くはない。

原田氏は、すでに定着した「安い」というイメージをうまく利用しながら、徐々に売上単価の上昇を図っている。

気が付いたら、マックは安くなかったと消費者は後で気づく。

でも、意外とおいしかった、と新たなイメージを持つようになる。

これにより、リピート客が増える。

これが「マジック」と言われるゆえんであろう。

原田氏が2004年に社長になってからの8年は日本マクドナルドを創業した藤田田時代の企業風土の解体だった。

藤田時代は社員の誕生日には花を贈ったり、社員旅行をしたり、いわゆる家族主義の経営モデルだった。

ところが1990年代後半から既存店売上高が低下。

そのような中で社長として招かれたのが、原田氏だった。

アップルからヘッドハンティングされた事で、「マックからマックへ」と報道された。

原田氏はまず年功序列を廃止し、成果給に移行。

同時に藤田時代の役員はほぼ一掃し、米本社の支持の下、抵抗勢力を抑え込んだ。

今や原田氏のワンマン経営に揺るぎない。

日本マックの好調は、優れた経営者がいれば会社は変わるのだ、ということの証明だといえよう。

2012年10月20日 (土)

サムソンの戦略的マネジメント/片山修

Photo 「サムスンでは、上司が朝6時半に出社するから、自分も6時半に出社するとか、上司が土日も出勤して働いているから、自分も土日に出勤するとかいう話を聞くことがあります。サムスンの社員は、その働き方についていく。かつての日本の猛烈サラリーマンを彷彿とさせますが、いまの日本人にそんな働き方ができるのでしょうか。おそらくムリでしょうね。
しかし、それ以前の問題として、いまの日本企業に、サムスンと同じ働き方をする必要があるのかどうか…」
 日本企業は、現在、業績が振るわない。右肩上がりの昇給は過去の話だ。前述したように、役員報酬を見ても、韓国に比べると断然低いといわれている。
しかし、それでも、日本に留学したり、キャリアを築く過程において日本で生活した韓国人のなかには、このまま日本に残りたいという人が少なくない。なぜか。
韓国は、競争が厳しすぎる、テンションが高すぎて生きづらいというのだ。
日本は、韓国のような急速な経済成長はもはや期待できないが、成熟社会を迎え、韓国に比較して、社会的なテンションは緩い。

サムソンはどうしてあんなに強いのか?

日本企業とどこがどのように違うのか?

そんなことを考えながら本書を読んでみた。

サムソンが躍進したのは、もちろん優れた戦略があるというのも事実。

しかし、戦略は真似することができる。

事実、サムソンは日本企業の戦略を真似て成長してきた。

かつて日本でも、旧松下電器産業は、“二番手商法″の名人といわれた。

“マネシタ電器″と揶揄されたものだ。

たとえば、ソニーが夢のある新商品を開発すると、松下電器は、同じような商品を開発し、ソニーよりも安く販売するなどした。

当時、ソニーは試験台に使われたことからモルモットだといわれた。

サムスンは、日本メーカーをモルモットに、次々とデジタル版“二番手商法″で市場を奪っていった。

まさしく韓国版“マネシタ”である。

しかし、これらは戦略なので、日本企業もまた真似すればよいだけの話。

むしろ、これは日本人は真似できないだろうな、と感じたのは、そのモーレツな働き方である。

サムスンでは、入社後1年で1割、3年以内に3割弱の社員が辞めていくといわれる。

本当に優秀な人しか生き残れない。

サムスン内は猛烈なテンション社会。

超成果主義といえる。

これはサムスンに限らず、韓国企業全体にいえること。

韓国社会において、人生の最高のサクセスストーリーは、大企業のエリートとして活躍すること。

だが、それが本当に人生の成功なのか?

その働き方が幸せなのかが疑問視されつつあるという。

これまでの価値観が、揺らぎつつあるという。

超テンション社会の韓国は、多くの自殺者を生んでいる。

日本の自殺者は、98年以降、13年連続で3万人を超えたが、韓国の自殺率の高さは、割合でいえば日本を上回るとされる。

サムソンの社員はたとえて言えば「短距離走」をしているイメージ。

それに対して日本企業の社員は「長距離走」。

結果的には長い距離を走れる。

勝負は長い目で見なければわからない。

2012年10月19日 (金)

上司力 18の心得/酒巻久

Ek0051679  ドラッカーは働く者に高い自己規律を求めたことで知られ、それを説くのにギリシャの彫刻家フェイディアスの逸話を好んだ。
 あるときフェイディアスは、アテネのパルテノンの屋根に建つ彫像群を完成させ、会計官に請求書を送った。だが会計官は「彫像の背中は見えない。誰にも見えない部分まで彫って請求してくるとは何事か」と言って支払いを拒否した。これに対してフェイディアスはこう言った。「そんなことはない。神々が見ている」(『プロフェッショナルの条件』ピーター・F・ドラッカー著/上田惇生編訳)。
 この逸話の意味するところは「働いてお金をいただくからには、誰も見ていないからといって絶対に手抜きなどしてはいけない。良心に従い、真摯に向き合うべき」ということだ。

プロフェッショナルとアマチュアとの違いは何だろうか?

プロフェッショナルは、自分の中に非常に高い規範を持っている。

仕事に対して真摯に向き合うことによって、自分の内側から生まれてきた高い要求レベルを持っている。

彼らにとって、人が見ている、見ていないは関係ない。

自分の内なる要求レベル対して自分の仕事の達成度はどの程度なのかということを問題とする。

一方、アマチュアは、人が自分をどう見ているかが最大の関心事。

逆に言えば、人が見ていないところでは手抜きをする可能性が高い。

人が見ていなければ、ねじを4回回さなければならないところを3回で終えてしまう。

その場合、その時は見た目はそれほど変わらないであろう。

しかし、それはやがて何らかの形で表面化する。

不良品という形で表面化することもある。

最近、品質に定評のある大企業であっても、不良品が発生する頻度が高まってきたように感じる。

社員がアマチュア化してきたということではないだろうか。

2012年10月18日 (木)

これでいいのだ/赤塚不二夫

Photo  満州で口惜しい思いをしたことがある。
  学校から矢田口の家へ帰る途中、山を切り開いた道がある。両脇には鬱蒼たる松が生えているようなところだ。5、6人の友達とそこへさしかかったとき、後ろから大きな音を轟かしてオート三輪がやってきた。運転していたのはぼくたちが、“辻のおにいちゃん”と呼んでいた青年だ。
 そのオート三輪がぼくらの横で止まった。
「みんな乗れ!」そう言われてぼくたちは、われ先にオート三輪の荷台へ乗ろうとした。ところが辻のおにいちゃんは、「ああ、満州はダメだ!」と、ぼくだけ乗せてくれなかったのである。こんなに口惜しいことはなかった。この男にぼくはさらにもう一度、口惜しい思いをさせられたことがある。
 大和郡山は金魚池が多いが、辻のおにいちゃんのところにも金魚池があった。池の周りにさまざまな道具を入れておく小屋があった。ある時、ぼくたち3,4人がその小屋の屋根に乗って遊んでいると、辻のおにいちゃんがやってきて、「そこに乗ったらあかん、みんな下りてこい!」みんな下りて行くと、「どうして小屋に乗るんや!」と言いざま、ぼくだけ殴られた。ブワーッと鼻血が出た。泣いて家へ帰ったが、悪戯をして全員が殴られることには慣れていた。しかし、みんなで同じことをしたのに一人だけこんな仕打ちを受けたことに、ぼくはいいようのない屈辱を覚えた。
 ちっきしょう、今に見てろ!この気持が狂おしく出口を探した。それが手塚治虫の漫画に出会ったとき、
 ようし、ぼくは漫画家になってやるぞ!
 という気持につながっていく。

先日、他界した俳優、大滝秀治が最期に手にした本が赤塚不二夫の「これでいいのだ」だったということから興味がわき読んでみた。

特に印象的だったのが、赤塚氏の少年時代のエピソードの数々。

赤塚は満州国熱河省に生まれ、6人兄弟の長男として育つ。

後に「バカボンのパパ」のモデルとなった父親は、憲兵やスパイとして僻地で宣撫工作を行う特務機関員をしていたという。

10歳の時、第二次世界大戦が終戦し父親は終戦直前に赤軍によってソビエト連邦へ連行され、裁判にかけられることとなる。

残された家族は母の故郷の奈良県大和郡山市に引き揚げた。

とにかく子供時代の赤塚は赤貧という言葉がピッタリの生活を送っている。

苦労に苦労を重ねた少年時代だが、「おそ松くん」の「チビ太」は近所にいた3歳の子供がモデルになっているなど、その頃の体験がマンガの中にも数々盛り込まれている。

おそらく漫画家、赤塚不二夫の原点がここにあるのだろう。

子供の頃の貧しさ、悔しさ、劣等感、屈辱感をバネにしたエネルギーが漫画家、赤塚不二夫をつくったといっても良いのではないだろうか。

世の中で何か事を為す人物は強烈な原体験をもっていることが多いものだが、赤塚にとっては、これが原体験なのではないだろうか。

人間いつかは死ぬ。

でも最期に「これでいいのだ」と言える人生を送りたいものだ。

2012年10月17日 (水)

プロセスにこそ価値がある/村山昇

9784840146173  将棋で数々のタイトルを勝ち取っている羽生善治さんは次のように言います。

「同じ情熱、同じ気力、同じモチベーションで持続することができる人が、一番才能がある人じゃないかと思っているのです。奨励会の若い人たちを見ていると、手が見えると言うのですが、一つの場面でパッと発想が閃く人がたくさんいるのです。しかし、だからといって、そういう人たちが全員プロになれるかというと、意外にそうでもないのです。逆に、そういう一瞬の閃きとかきらめきのある人よりも、見た目にはゆっくりしていて、シャープさはさほど感じられないが、でも確実にステップを上げていく人、ずっと同じスタンスで将棋に取り組むことができる人のほうが結果として上に来ている」──羽生善治・今北純一『定跡からビジョンへ』(文藝春秋)

 これは結局、一つのことを飽きることなくやり続けられる才能が最も重要であるという指摘です。なぜなら、その才能は他のもろもろの才能をも伸ばし、中長期にわたって自分を想う方向へ導いていくおおもとになるものだから。

仕事は最終的には結果を求めるものである。

どんなにがんばっても結果が出なければ売り上げや利益には結びつかない。

そのため、「結果がすべて」という考え方をする人が多い。

一方、プロセスが大事だ、という考え方をする人もいる。

ただ、いろんな人の話を聞いたり、書かれた本を読んでみると、成績のあまり芳しくないひとに限って「結果がすべて」という考え方をする人が多いように感じる。

結果を出している人は意外と「プロセスが大事」だという。

「しっかりとしたプロセスを踏んでいさえすれば必ず結果はでる」と。

上記抜き書きは羽生善治氏の言葉だが、やはりプロセスの重要性を説いている。

ただ、「同じ情熱、同じ気力、同じモチベーションで持続すること」など簡単にできることではない。

逆に言えば、このレベルでプロセスが持続できているのであれば、結果は自ずから出るのだろう。

羽生氏が言った言葉のなかで「持続」という言葉は重要である。

同じ続けることでも、「持続」と「惰性」はまったく違う。

「持続」とは、「今日よりは明日、今年よりは来年」と坂道を一歩ずつ上ること。

一方、「惰性」は坂道を漫然と転がること。

人は傾斜の負荷に逆らって上っていくときに、いろいろな力がつく。

坂の傾斜に身を任せてただ転がっているだけでは、力がつくどころか、あらぬ方向へ落ちていってしまう。

続けることは大事だが、どのようなレベルで続けるかを考えるべきなのだろう。

2012年10月16日 (火)

現実を視よ/柳井正

Isbn9784569806921  その昔、賑わいを見せていたその地方都市は、1960年代に起こったエネルギー革命の変化の波にさらされることになる。主力エネルギーが石炭から石油に移行したあおりを受けて、炭鉱は瞬く間に閉山に追い込まれた。
 炭鉱労働者で成り立っていた町からは、徐々に住民が去っていき、小学校も廃校。やがて町全体が消えてなくなった。閉山によって、その都市の人口は激減した。
 山口県宇部市。私の生まれ故郷である。
 当時中学生だった私のクラスからも、何人もの同級生が町を出ていった。 成長しなければ、即死する――。
 社会の変化は、あるきっかけによって唐突に起こる。そして成長から見放されることは、すなわち「死」を意味する。私は身をもって、その事実を学んだ。
 これこそ、私の原体験である。

本書は、日本に対する警告の書である。

ファーストリテイリングの会長兼社長、柳井氏は、このまま日本が変わらなければ、3年後にギリシャと同じように破綻すると警告する。

「日本はもう成長をめざさなくていい」という人がいる。

「それほど豊かにならなくても、そこそこの生活ができればいいじゃないの」と。

しかし、それは間違っている。

今のようなグローバル化した世界では、成長しないことイコール「死」である。

「そこそこの生活」すらもできなくなってしまう。

これが現実だ。

経済成長をせず、いったいどうやって生きていくのだろうか。

この国には1億2500万の人間を食べさせていける資源などない。

だから日本人は必死に働き、知恵を絞って付加価値を生み出し、競争に勝ち抜いてゆかなければならない。

いまだにそれなりの暮らしができているのは、過去の蓄積がかろうじて残っているからにすぎない。

しかし、その蓄えも、もうすぐ尽きようとしている。

昨日、ソフトバンクが米国の「スプリント・ネクステル」を買収することで両社が合意したと発表された。

これでソフトバンクは携帯電話会社で世界第3位に躍り出ることになる。

なぜ、こんな冒険をするのか?

それは現代のビジネスはどの業界でも、世界ナンバーワンでなければ儲からない構造になっているからである。

ナンバーツーやナンバースリーはそこそこ儲かり、それ以下はなかなか儲からない。

だからソフトバンクの孫社長はリスクをとってスプリント・ネクステルを買収することを決断したのであろう。

柳井社長のファーストリテイリングもまた世界で「圧倒的なナンバーワン」を目指しているという。

今、世界で成長著しい会社には一つの特徴がある。

それはオーナー経営者が即断即決しているということ。

サムソンもあれだけの世界的な企業に成長したのもオーナー経営者の早い決断と実行力によるところが大きい。

日本も一番勢いのあったのは、松下幸之助、本田宗一郎、井深大といったオーナー経営者が経営の実権を握っていた時代である。

それに比べ、多くの日本の大企業、サラリーマン社長が多すぎる。

2012年10月15日 (月)

死体は切なく語る/上野正彦

Photo  「闘病中はあれほど痛がり苦しんだのに、死に顔は穏やかだったですよ」
 と家族が安堵の顔を浮かべながら話すことがあるが、厳密には穏やかなわけではない。たしかに残された家族は救われた思いになるだろうが、それは単なる死後に起こる筋肉の動作にほかならないからだ。
 死亡して神経系統が麻痺すると、筋肉の緊張が解けるので、苦しんだ顔も、悲しい顔も、笑った顔も、普通の穏やかな顔になる、そういう体の仕組みになっているのだ。
 それが穏やかな死に顔の医学的な意味だ。

著者は三十年にわたる監察医時代、二万体にも及ぶ検死を行ったという。

法医学は、映画のフィルムを逆回転していくようなものだ、と言う。

考古学と法医学はよく似ている。

考古学は、発見された土器とか鉄器、石器といったものから古代の生活状態を推理する。

同様に、法医学は、死体から、生きているときの状態と、どのようにして死に至ったかを推理する。

死体を見たとき、監察医は、感情を抜きにしてあくまで医学的な見地で分析する。

だから「穏やかな死に顔」も医学的には筋肉の現象の一つとなる。

ただ、家族が愛する肉親の死に立ち会ったとき、死に顔が穏やかだったというのは、せめてもの慰め。

何となく救われたような気持ちになるのは人の常ではないだろうか。

確かに、医学的な見地からいえば、これは神経系統が麻痺し筋肉の緊張が解けた結果の現象。

でも、それだったら尚更、神様は人の命を召されるとき、周りの人の悲しみが和らぐように、そのように人を創られたのだと思いたい。

人は誰もが死ぬのだから。

2012年10月14日 (日)

官僚に学ぶ仕事術/久保田崇

Photo  実際、官僚の多くは読書家です。そして、この読書家の傾向はポジションが高くなるにつれて顕著になります。課長クラスともなれば、日常業務は黙っていても課長補佐・係長以下で処理されるため、大きな方向性の指示や、決裁するだけで事足ります(もちろん、例外的に陣頭指揮を執るケースもありますが)。
 それでは、定型業務が決まっていない課長は日中、どのような仕事をしているのでしょうか。その1つが読書です。実際、本を山のように席に積んで読書にふけっている課長を目にすることもあります。官僚の仕事は政策作りですが、政策立案に当たっては、担当分野の大学教授や業界の経営者などの専門家と、議論をする機会も多いので、読書を通じてその分野の知識のインプットを図ることは大いに意味があります。

本書では、中央省庁の現役キャリア官僚が、霞が関で培ってきた仕事術について紹介している。

「最小のインプットで最良のアウトプットを実現する霞が関流テクニック」とサブタイトルにあるように、官僚が優秀であり、多くの仕事をこなしていることは確かにその通りであろう。

だが、本書を読んでいて、素朴な疑問が沸いてきた。

それは「法律を作るのは国会議員の仕事じゃないの?」

「小学生の頃習った『三権分立』ってどうなってるの?」という疑問である。

官僚に与えられているのは「行政権」であり「立法権」ではないはず。

しかし、国会議員が自ら法案を起案することはほとんどない。

確かに最後に決めるのは国会議員なのだろうが、法案のほとんどを占める内閣提出法案を官僚が作成するのはもちろん、議員立法も多くは官僚のサポートに依拠している。

つまり日本の法律は現状として官僚の意のままに作られていると考えてよい。

かといって今の国会議員に立法能力はないのではないだろうか。

結局、官僚依存にならざるを得ない。

「脱官僚」が掛け声だけに終わるのは当たり前である。

官僚が優秀であることは認めるが、この官僚依存の仕組みが変わらない限り、日本は変わらないのではないだろうか。

2012年10月13日 (土)

「個力」を活かせる組織/太田肇

Photo  そして成果が測定される単位が小さければ小さいほど、大きなモチベーションが生じる。
 それを裏づける実験結果もある。フランスの農業技術者だったリンゲルマンは、ロープを引っ張る力が個人とチームとでどのように変化するかを実験した。その結果、一緒に引っ張る人数が増えるほど一人当たりの引っ張る力は低下し、七人で引っ張ったときには一人で引っ張ったときの七六%、十四人で引っ張ったときは七二%になった。
 また別の実験では、四人で引っ張ると三人分、八人で引っ張ると四人分以下の力しか発揮されなかった。これらは単純な仕事についての実験であるが、人間の心理的メカニズムを表すものとして興味深い。人数が増えるほど個人の影響力は低下するため、手抜きやさぼりが生じやすいのである。

これは「集団的手抜き」といわれる現象。

組織を作る上での難しさがここにある。

例えば10人の人が集まって仕事をすれば、10人分の仕事ができるかといえばそうではない。

「自分がやらなくても誰かがやってくれるだろう」という心理が働くからである。

では、こうならないためにはどうすればよいのか。

集団ではなく、個々のパフォーマンスを測定するようにしたら、という考えが生まれる。

つまり、人間は集団になるとどうしても手抜きをする。

だったら、個人の成果を正しく測定し評価すれば、個々のパフォーマンスは最大化されるはずだ、という仮説である。

ところが、実際にはそうはうまくいかない。

どうしてなのだろう。

それは、集団的手抜きに慣れきってしまった人に、いきなり「今度からあなたの成果を評価することにします」といったらどうなるのか、を考えてみるとよく分かる。

多くの人は抵抗感を覚えるだろう。

成果主義がうまくいかない原因の一つもここにあるのではないだろうか。

問題は、個々のパフォーマンスが明らかになったとき、それをどのようにフォローしマネジメントしていくのか、ということ。

これがなければ、成果主義はマイナスに働く。

多くの企業の例がそれを実証している。

ただし、成果主義が良いか悪いかは別にして、社員のパフォーマンスを最大化させることは企業にとっての最優先課題である。

本書の著者、太田氏が言うには、人が意欲的に働くためには次の三つの価値が重要だと述べている。

第一は、夢を実現したり目標を達成できること。

第二は、仕事のプロセス、とくに自律性や選択の機会が備わっていること。

第三は、生活の安定が保たれていること。

これらが満たされてはじめて人は意欲的に働くという。

問題は、これらのことを組織の中に仕組みとしてどのように組み込むかということであろう。

2012年10月12日 (金)

官僚の官僚による官僚のための日本!?/宮本政於

Photo  たとえば、こんな表現がよく使われるのです。
 「前向きに」という言葉は、「積極的に」とか「建設的に」との意味で、お役人は相手に希望をもたせる場合に用います。でも本音は「なにもしない」ことなのです。
 また、「鋭意」とは「熱心に」ですが、これも物事に大きな進展はないことを百も承知のうえで、とりあえず批判を避けるためにこうした文言を使用するのです。
「検討する」は、「調べ考える」わけですから、誠実な公僕は言葉どおり検討するのみにとどまるでしょう。ようするになにもしないわけです。
 さらに「慎重に」とくれば、慎重を期するあまり、動きがとれなくなることにつながり、やはり結論は何もしないことなのです。
 「十分に」は、事態の解決まで十分すぎるほど時間がかかり、風化した時点ではじめてきわめて微細なる変化が可能だと言っているのです。
 「努める」は努力は認めてほしいが結果は保証の限りではない、との意味です。
 「配慮する」も、取りあえず案件について考えてはみるが、結局は未決裁書類箱の底の肥やしにしかなりませんよ、という意味なのです。
 官僚の文言がいったいどのような意味があるのか、そのお勉強をしてみましょう。
 たとえば、官僚の口からこんなことばを聞いたらどう解釈すべきでしょうか。
 「この問題につきましては、前向きに、鋭意、検討させていただきます」
 「本件に関しましても、慎重かつ十分に、配慮に努める所存でございます」正しい解釈はいとも簡単です。
 「我々は、なにもいたしません」なのですから。

本書は、厚生省を内部批判したとして、懲戒解雇処分になった宮本氏が、ワシントンのナショナル・プレス・クラブやアメリカ国会図書館での講演に招かれ語った内容を収録したもの。

ここでは官僚用語について解説している。

国会答弁でもく使われる「前向きに」「鋭意に」「配慮する」といった言葉。

これらは結局は何もしないという意味だと。

国会での答弁が具体的にどのようになされているのか。

官僚は前日のうちに、議員から質問を入手する。

そして念入りな答えを用意する。

国会で答弁する場合のマニュアルが存在する。

文書で存在しているマニュアルではなく官僚の頭の中にきちんと植えつけられたマニュアルである。

それには次のようにある。

責任の所在は不明確にすべし。

現状維持を旨とすべし。

政治家の肥大化したプライドを傷つけないようにすべし。

のらりくらりと質問をはぐらかしながらも、聞いている側からは誠意があると映るような答弁であるべし。

こうしたポイントを押さえた上で、官僚は国会を進行させるためのシナリオをつくる。

何も決まらないはずである。

2012年10月11日 (木)

「弱い」日本の「強がる」男たち/宮本政於

Photo 役所における「なんとなくみんなで集まり、仕事場で酒盛りがはじまる」雰囲気とか「みんな同じでありましょう」という考えは、錯覚を共有させるための儀式である。さらに、集団としての最大公約数となる会話にどっぷり浸かるということは、「みんな同じ」でありたいという集団ヒステリー的症状から抜け出させないための手法でもあるのだ。
 この「なんとなくみんなで集まり、仕事場で酒盛りがはじまる」雰囲気が、定時に退庁することを著しくむずかしくしている原因である。帰りたいと思っている人も、こうした無言の圧力がのしかかってくると、なかなか行動できなくなってしまうのだ。そこで、無言の圧力を言葉に表現してみよう。
 「オレたちは何も好き好んで残って、つまらない話にあいづちを打っているのではない。まわりが自己犠牲の態度を示すのはよいことだ、そう言っているから、どうでもいいような話につき合っているのだ。
 だれもこんなつまらない会話につき合いたいと思うわけがない。早く帰ったほうがよいに決まっている。でもそこを我慢することで集団としての一枚岩とすることができる。それが、お前は我慢の一つもしないで、早く帰ってしまう。自分勝手もはなはだしい。自分の時間を満喫しようとするなんて、けしからん」
 これが日本的集団主義の真髄なのだ。でも集団にどっぷり浸かっていると、集団主義の問題点を見ることはできない。いや問題点が見られないように、全員を錯覚の世界に引きずり込むのだ。

本書の著者、宮本氏は自らのことを「在日日本人」と言っている。

ニューヨークで長期間、精神分析の教育と医療にたずさわってきた宮本氏は友人の誘いで帰国し、厚生省の医系技官として働くことになる。

役人勤めをはじめた宮本氏は、アメリカの日本人ビジネスマンのようにカルチャーショックにあってしまったという。

問題は二つの点に集約されていた。

一つは残業、もう一つは長期休暇の問題。

たった二週間の休暇、しかも比較的ヒマな時期で仕事に支障を来さないようにとバックアップまでたのんでいても、長期休暇などとるべきではないと言われる。

重要な仕事が残っているわけでもないのに、みんなと一緒に残業するのが当然だという圧力をかけてくる。

その根底には、自らを犠牲にしてまで「滅私奉公」をする人が賞賛されるという日本独特の風土がある。

上記抜き書きは、定時の終業時間が過ぎると、仕事場で酒盛りが始まり、それからまた残業が深夜まで続いた、というお話。

夕方6時以降は仕事場が酒場に変わり、夜はお酒を飲みながら仕事をするのが当たり前、そういう習慣ぐらい驚いたものはなかったと述べている。

そう言えば、霞が関のビルは夜中まで明かりが灯っている。

「みんな夜遅くまで大変だな~」と思っていたら、これが実態だったとは。

お役所がこんな非効率的な働き方をしていて、一方でサービス残業撲滅をとなえても、なくならないはずである。

2012年10月10日 (水)

ブラザーの再生と進化/安井義博

Photo 「二十一世紀委員会」のそれぞれのチームでは、ブラザーの進むべき方向性をめぐって、非常に熱心な議論が交わされた。その結果、三つのチームが出した結論は、私としてはある程度予想していたことだが、それぞれがまったく違うものだった。
 どう違ったのか。簡単に言うと、五十代のチームは、ミシンやタイプライターや家電などで過去に成功体験がある世代である。それだけに、その成功体験が災いしてか、安定を望むところがあって、やはり考え方が極めて保守的で、危機意識も薄く、現状肯定型の「改善」を提案した。(中略)
 それに対して、四十代のチームは、過去の成功体験もあるが、これから十年、二十年を過ごす会社の将来に対する危機意識も持っていて、競争力を失った事業の整理を中心とする現状打破型の「改革」を唱えた。(中略)
 そして、最も危機意識が強かったのが三十代のチームである。(中略)
 もともと若い人たちは感度が優れていて、社会の変化や環境の変化に敏感である。それだけに、当時のブラザー工業が置かれた状況に対する危機意識は非常に強く、現状破壊型の創造的「革新」路線を打ち出してきた。具体的には、不採算事業からすべて撤退し、情報機器関連事業だけに経営資源を集中すべきだというものだった。
 全体的にはやはり最も年代が若い三十代チームの結論が一番革新的だったが、四十代チームの結論の中にも、部分的には三十代チームより革新的な意見も含まれていた。そこで私は、三十代と四十代の双方の意見を採り入れた中間型を採用することにし、それに基づいてさらに議論を重ねてもらい、「二十一世紀のビジョン」(十年後のブラザーのあるべき姿)と題する最終答申を出してもらうことにした。

私が子供の頃、ブラザーといえばミシンだった。

しかし、今のブラザーにかつてのミシンメーカーの面影はほとんどない。

現在、ブラザーの主力商品はファックスやプリンターである。

それは創業から現在に至るまで改革に改革を重ねてきた証でもあろう。

何回も新規事業を立ち上げては頓挫し、撤退、そしてまた新たな事業の立ち上げ、と、これを繰り返してきている。

この改革のエネルギーはどこからきているのだろう。

その意味で、21世紀に向けてのビジョンを立てたときの話しは興味深い。

著者はこのとき、50代、40代、30代の3つのチームを立ち上げ、それぞれに改革案を出させたという。

出てきた内容は、50代チームからは、現状肯定型の「改善」案

40代チームからは、現状打破型の「改革」案

30代チームからは、現状破壊型の創造的「革新」案、だったと言う。

結局30代と40代のチームの中からいちばん革新的なものを採り入れビジョンとして完成させたという。

このことから言えることは、やはり革新は若い世代から出てくる可能性が非常に高いということ。

しかし、現状はどうだろう?

日本の国家や企業のリーダーは、ほとんどが60代70代。

50代のリーダーが選ばれれば若いと言われる。

改革や革新が掛け声だけで、なかなか進まないのも、こんなところに原因があるのかもしれない。

2012年10月 9日 (火)

「リーダーの条件」が変わった/大前研一

Photo 私はこれまで経営コンサルタントとして、数多くの優れたリーダーたちを間近で見てきた。その中には、パナソニックの松下幸之助さんやソニーの盛田昭夫さん、ヤマハの川上源一さん、オムロンの立石一真さんといった日本を代表する企業経営者も含まれている。しかし、現在の経営環境やスピード感に照らし合わせてみれば、彼らもまた“平時”のリーダーだったのかもしれない。いま求められているのは、よりアグレッシブで、よりスピーディで、より戦闘的なリーダーシップである。日本にはそういう人は育たない、と言う人もいるが、私はそうは思わない。歴史的に見れば、戦国時代の武将、明治維新とそれに続く近代国家建設の時代には、「CKD型」のリーダーが何人も出現している。

大前氏は、リーダーには「TAM型」と「CKD型」に分かれると述べている。

「TAM型」とは「トンネルの出口の明かりを目指す」型のリーダー、

つまり、かすかに見えている出口の方向を示し、それを目指して実行するリーダーを表す。

「TAM」とは、「トンネル」の頭文字の「T」、「明かり」の「A」、「目指す」の「M」から取った造語。

一方、「CKD型」とは「チリの鉱山落盤事故からの脱出」型のリーダー、

つまり、入口も出口もわからない状況で新たな解決策を生み出すことのできるリーダーを表す。

「CKD」とは、「チリ」の頭文字の「C」、「鉱山落盤事故」の「K」、「脱出」の「D」から取った造語。

そして、東北大震災以降、日本の求めるリーダー像は「TAM型」から「CKD型」へと明らかに変わったと述べている。

これまで、日本企業では、当たり前のことを粛々とこなす社員が重宝された。

上司の言うことをよく聞く人間は、さらに上司に引き立てられて出世していく。

結果として、多くの企業トップには、従来のルールを真面目に守って、最も業績を伸ばした部門の責任者が就いていた。

従来の延長線上で光る存在、いわば「トンネルの出口の明かりを目指す」つまり「TAM型」の人材が活躍し、昇進するパターンである。

しかし、近年、企業の求める人材像が明らかに変わってきた。

奇しくも、東日本大震災がそのことに気づかせてくれたといってよいのではないだろうか。

誰かが言っていたように「天の声」というつもりはないが、

このピンチをチャンスに変える取り組みはしっかりとしていく必要があるのではないだろうか。

2012年10月 8日 (月)

ラーメン屋 vs. マクドナルド/竹中正治

Vs_2  ビッグ・ビジネスは大きな興行収入を目標に掲げなくてはならないので、市場の最大公約数的な需要・好みを対象にして製作される。それを繰り返していれば、必然的にパターンのマンネリ化や標準化に陥る。これはマクドナルド的ビジネス・モデルでアニメを製作したらどうなるかを想像すれば判ることだ。米国に長く住んだことのある日本人ならみな感じることだが、マクドナルドの成功は米国の食文化の貧困と表裏一体である。
 その世界への普及は、米国ジャンクフードのグローバル化に他ならない。
 ところが日本のアニメや漫画には、「ラーメン屋的供給構造」が根強く残っている。
 最大公約数の需要(好み)よりも、製作者が自分らのセンスにこだわって、多種多様なものを創出、供給している。従って、ひとつずつのビジネス規模(売上)は小さいが、多様でユニークなものが供給される。その結果、意外性や驚きのあるものが多く、面白い。

日本とアメリカのビジネスモデルの違いは、マクドナルドとラーメン屋のビジネス展開の仕方に象徴的にあらわれていると著者は述べている。

確かにマクドナルドが多少の味の違いがあるものの、基本的に同じ商品を世界中に提供しているのに対して、

日本のラーメン屋の味は千差万別、それぞれ特徴がある。

味噌ラーメン、醤油ラーメン、豚骨ラーメン等、様々な種類があると同時に、同じ味噌ラーメンであっても、その味は店によって様々。

中にはチェーン展開し全国区となっている店もあるが、それであってもグローバル化にはほど遠い。

しかし、そのような小規模かつ多様性が逆に多くのファンをつかんでいると言っても良い。

これは日本のアニメや漫画にも言えること。

ディズニーが最初から世界展開を視野に入れて作られているのに対して、日本のアニメや漫画は元々はオタク文化に近い。

個人の好みやこだわりをアニメや漫画という形で表現している。

それがたまたま海外でも人気がでたということであって、最初からグローバル展開を狙って作られたものではない。

このことはこれからの日本はどのようにすれば生き残っていけるのかということを考える上でヒントになりそうである。

2012年10月 7日 (日)

聞く力/阿川佐和子

9784166608416  でも城山さんのどこが、聞き上手なのだろう。
 城山さんは私の前で、鋭い突っ込みや、こちらがドキッとするような質問はなさいませんでした。ただひたすら、「そう」「それで?」「面白いねえ」「どうして?」「それから?」と、ほんの一言を挟むだけで、あとはニコニコ楽しそうに、私の世にもくだらない家庭内の愚痴を、穏やかな 温かい表情で聞き続けてくださったのです。
 「そうか!」私は合点しました。聞き上手というのは、必ずしもデーブ・スペクターさんのようにビシバシ切り込んでいくことだけではないのかもしれない。相手が「この人に語りたい」と思うような聞き手になればいいのではないか。こんなに自分の話を面白そうに聞いてくれるなら、もっと話しちゃおうかな。あの話もしちゃおうかな。そういう聞き手になろう。

長年、テレビや雑誌でインタビューアーとして活躍している著者が、聞き方のコツについて述べている。

特にテクニック的なことはそれほど書かれてはおらず、むしろインタビューに臨む心構えや姿勢、そしてそこから学んだこと、有名人のエピソードといった内容が中心となっている。

その中で、インタビューのコツのようなものをつかんだきっかけとして、作家、城山三郎氏との対談を挙げている。

著者は対談が終わって振り返ったとき、話し手である城山氏より聞き手である自分の方がしゃべりすぎてしまったことに気づく。

インタビューとしては失敗。

しかし、何故自分はそんなに気持ちよくしゃべってしまったのだろうと考えたとき、

城山氏の雰囲気や表情、自然な相槌が相まってついしゃべりたくなってしまった、

こんなところにコツがあるのでは、と思ったと同時に、気持ちが楽になったという。

テレビや雑誌では様々なインタビューアーが登場する。

ゲストよりも自分の方がしゃべってしまう聞き手、

鋭い突っ込みをする聞き手、

すべて笑いに結びつけようとする聞き手、

ゲストを怒らせることによって本音を引き出そうとする聞き手、

そのスタイルは様々。

大事なことは、「これでなければ」と決めつけることなく、楽に続けられる自分なりのスタイルを発見し、身に付けることではないだろうか。

2012年10月 6日 (土)

吉野家の経済学/安部修仁、伊藤元重

Photo 伊藤 よく冗談でありますよね。運動会のときかなにかに、じゃんけんに負けた一人が、みんなの分のハンバーガーを買い出しに行く。ハンバーガー・ショップに行って、「チーズバーガーを100個下さい」と頼んだら、窓口のお姉さんが「こちらでお召し上がりですか?」(笑)。そういう話は吉野家にはないんですね。
安部 いやいやありますよ。他人事じゃない。要は、マニュアルの背後にあるものを、どこまで理解させられるかということだと思うんです。そのためには、店内でも頻繁にミーティングみたいなことをやるし、社内報ならパート・アルバイトもみんな見ますから、そこでフィロソフィを訴えていく。
伊藤 マニュアルを補ってやる。
安部 そうなんです。特にマスコミの人たちなんかは、マニュアル弊害論とかマニュアル非人間論みたいなこという。「ないほうがいい」というオール・オア・ナッシングの議論になりやすいんです。
伊藤 そうですねえ。
安部 でも、僕は究極の選択でいうと、こう考えるんです。マニュアルがあるためにサービスが過剰になって、それこそ幼児が来ても店員が敬語で話しかけるようなことがあるかもしれない。でも、マニュアルがあることによる過剰のほうが、ないことによる不備よりも、お客さんからすれば、まだ納得いくんじゃないか。敬語をまったく使えない若者なんて、ざらにいるわけですから。そんな店員に不愉快な思いをさせられるよりは、まだましですよね。もちろん、マニュアルに支配されているような運用になってきたときに、そこを調整していく努力は、年がら年中やっていないといけないと思いますけどね。

本書は吉野屋の安部社長に経済学者の伊藤氏がインタビューする形で記されている。

本書が出版されたのは今から約10年前だが、今も基本とするところは全く変わっていないように感じる。

ここで安部社長はマニュアルの重要性について述べている。

全国に何百とチェーン店をもつ吉野屋にとって、二通りの意味で有効な道具だと。

一つは、なんにも知らない初心者に対して、手順とか動作とか適正ボリュームを箇条書きにして、効率よく教えられるという点。

もう一つは、名人の磨き上げたコツ、というのを伝承してゆくために。

それによって、自分で生み出そうとすれば半年かかるものを、一ヵ月に短縮できる。

そして、マニュアルは作っただけで終わらせるのではなく、ミーティングなどで相互学習し、その背後にあるものをいかに理解させるかが重要だ、と。

確かにマニュアルというと非人間的で、「マニュアル人間」という言葉に代表されるように、何も考えない人間を作ってしまうと、否定的な印象を与えてしまいがちだが、

要は、それを是非論でとらえるのではなく、それだけでは非人間的になってしまいがちなマニュアルを、いかに血の通ったものに昇華させていくかが重要だということだろう。

吉野屋ではマニュアルを管理運営しているのは営業部と人材開発部。

いかにマニュアルを重要視しているかということがこんなところにもあらわれている。

2012年10月 5日 (金)

IBMを世界的企業にしたワトソンJrの言葉/トーマス・J・ワトソン・Jr

Ibmjrjjr  会社の成功と失敗を分かつ本当の違いをたどっていくと、社員のすばらしい活力と才能をどれほどうまく組織が引き出すか、という問題に行きつくことがとても多いと私は思う。社員が一致団結する目的を見出すために会社が何をするか。多くの競争相手や競争相手との違いがあるなかで、会社はどうやって社員を正しい方向に保つのか。
 さらに、時代の変化とともに生じる多くの変化のなかで、どうすれば共通の目的と正しい方向感覚を維持できるのか。(中略)
 そこで私の持論を述べよう。
 一つめは、生き残って成功を収めようとするあらゆる組織には、すべての方針と活動の土台となる健全な信条がなくてはならない。
 二つめは、会社の成功にとって最も重要な要素を一つだけあげると、その信条を忠実に固守することである。
 三つめは、変遷する世界からの試練にうまく対応するためには、企業はその一生を移ろううちに、その信条以外、自らのすべてを変える覚悟をしておく必要があるということである。

本書が初めて出版されたのは1963年、

半世紀前のことである。

しかし、本書で述べられている内容は、古さを全く感じさせない。

むしろ、今日でも十分に通用することが記されている。

上記抜き書きで著者が言っていることは、

まず、社員の活力と才能を引き出せ、

これが会社の成功のカギである。

そして、そのために健全な信条を持て、

さらにそれを忠実に固守せよ、

しかし、信条以外は大胆に変える覚悟を持て、

ということ。

この言葉のごとく、IBMは信条を守りつつ、ある時には大胆にビジネスモデルを変え、何度も危機を乗り越えてきた。

そして、今なお世界のトップ企業である。

時代を超えてその言葉の正しさを証明してきたとも言える。

経営の原理原則というものは、時代を超えても変わらないものだといえるのかもしれない。

2012年10月 4日 (木)

総理の器量/橋本五郎

Photo  ともあれ、日米の首脳同士が友情で結ばれた効用は、確かにあった。ブッシュの前のクリントン政権時代は、アメリカは日本に対して「あれをやれ、これをしろ」と、厳しい要求を突きつけてきた.特に経済問題はそうだった。ところがブッシュの時代になると、風当たりは目に見えて和らいだ。
 これはアメリカの高官に聞いたのだが、下からは同じような対日要求を上げていたのだという。ところが、ブッシュのところでそれらがみんな止まってしまう。日本に要求すれば、「親友」の小泉が困るからだ。自国の利に適うことも、あいつのためにがまんしよう。
 国益をかけた外交も、所詮人間臭い所業であることに変わりはなかった。イラク戦争支援の是非が大きくクローズアップされる小泉政権時代の日米関係だが、こうした目に見えない部分での小泉の貢献は、率直に認めるべきだろうと思う。

読売新聞の政治記者として長年歴代の総理を間近で見てきた著者の総理列伝というべき書。

中でも一番著者の評価が高いのが中曽根首相。

対して小泉首相に対する著者の評価はそれほど高くない。

ただし、強い日米関係を築いたという点では中曽根首相と小泉首相とは共通点がある。

中曽根首相は、レーガン大統領とロン・ヤスと呼び合う関係を築き上げた。

一方、小泉首相も、訪米したときにはブッシュ大統領からテキサスにある自分の牧場に招かれ、特別扱いされた。

そして、この個人的な関係が日米関係にもプラスに働いたのは明らか。

一国のトップといえども結局は人間であるから、個人的な好き嫌いが国と国との関係にそのまま反映されるのはいわば当然のことなのかもしれない。

政治には「理」と「情」の両面が必要だといわれる。

ここ数年、民主党の外交がうまくいかないのも「情」の部分を無視し「理」の面だけで外交をしようとしているからではないだろうか。

2012年10月 3日 (水)

日韓親考/黒田勝弘

Photo  一九九四年、ソウル中心部を流れる漢江にかかる橋が突然、崩壊する事故があった。橋げたが途中ですっぽり落ち、走行中の車が川に転落し多数の死傷者が出た。特異な事故で内外で話題になった。
この時、耳にした話が印象深く記憶に残っている。
 漢江を見下ろす住宅街で事故現場をながめながら、住民たちが意見をいい合っていた。
 そのとき、さる年寄りが「橋が落ちるなんて何てことだ。日帝時代にできた橋は今もちゃんとしているのに、われわれが最近つくった橋があんなザマとは……」といったところ、そばにいた若者が「おじいさん、それは違うよ。日帝時代がなければわれわれはもっとちゃんとした橋をつくれたんだ。日帝時代があったせいであんな橋しかつくれないんだよ……」といい、口論になったというのだ。
 このシーンは、韓国における歴史認識の現状と、世代によるその違いを象徴していて興味深い。
 つまりこれは、日本統治時代の経験がなく反日教育で育った若い世代は日本時代については全否定であり、むしろ現在の韓国社会の悪いことやマイナス現象は逆に日本支配のせいだと思っているということだ。これに対し、日本の統治時代を経験した年配世代は日本支配は韓国に「いいこともした」と思っているし、それなりにいいものを残したと考えている、という筆者の「仮説」を図式的に物語ってくれる事例なのだ。

本書が書かれたのは日韓ワールドカップが行われた時期、つまり10年位前のこと。

当時と比べ日韓関係は改善に向かうどころか、最近ますます悪化してきているわけだが、

日本人から見ると、「なぜあんなに感情的になるのだろう」とつい思ってしまう。

特に反日感情は、上記エピソードに象徴されるように、日本の統治時代を経験した年配世代よりも、むしろその時代を体験したことのない、若い世代の方が強いように感じる。

その最大要因が反日教育である。

逆に考えれば、国づくりにおいて教育がいかに重要かということを物語っているといえよう。

良きにつけ悪しきにつけ、日本、中国、韓国の若者の行動は、その国の教育の成果なのだから。

国を建て直すのもまずは教育からということもうなずける。

2012年10月 2日 (火)

チャイナクライシスへの警鐘/柯隆

Photo  お祭りには、人々のストレスのはけ口という役割がある。日本のお祭りを見ても、地元の人間が大勢集まって、お酒を呑みながら話をし、お神輿を担いで大騒ぎをする。
 そして、また来年の開催を誓い合う。それは明らかに、社会におけるストレスのはけ口になっているはずだ。
 ところが中国では、毎年、定期的に行なわれるようなお祭りがなくなった。それがなくなると、イレギュラーなハプニングをお祭り騒ぎに仕立ててしまうといったことが頻繁に起こる。
 たとえば、1999年にアメリカ空軍がユーゴスラビアのベオグラードにある中国大使館を誤爆したことがあった。そのとき、中国国内では反米デモが繰り広げられたが、当時の反米デモにしても、決して反米意識の強い中国の若者が扇動したということではなかった。お祭り気分で、生卵やゴミをアメリカ大使館に投げつける競争をしていたというのが実態だった。
 小泉元首相が靖国参拝したときもそうだ。上海と北京を中心に反日デモが行なわれ、日本の大使館や総領事館、日本資本のレストランなどに石や卵が投げられたが、参加者の顔は笑っていた。笑いながら投石をする、そのどこが反日デモなのだろうか。実際、日本の報道機関が、そのデモのリーダーの家に取材に出向いたところ、そのリーダーが、外では日本の家電製品の不買運動を主導していながら、自宅では日本の家電製品を使っていたというジョークのような話もあったくらいだ。
 この建前と本音をどうとらえればよいのか。それは、結局のところ「お祭りだった」という一言で片付けることができそうだ。

反日デモとは中国人にとってお祭りだった、というのは興味深い。

そもそもお祭りというものは農村における豊作祈願がその根底にある。

中国でも昔は日本と同じように、地域ごとに様々なお祭りが行われていた。

ところが、共産主義では、お祭りを否定する傾向にある。

いや、お祭りというより、神様のような、目に見えない存在である何かを全く受け入れようとしない。

それは旧ソ連のスターリンもそうだった。

したがって共産主義の国では、お祭りというもの自体がどんどん廃れていく。

そうすると人々はストレスのはけ口を他の何かにもっていく必要が出てくる。

そのお祭りに代わるストレスのはけ口が反日デモだというのである。

本書を読んでゆくと中国という国が様々な矛盾を抱えた国であることがよくわかる。

政治家や官僚の腐敗、貧富の格差、大気汚染、土壌汚染、少子高齢化、等々、問題山積である。

これらの問題から来るストレスが反日デモとなってあらわれているということはよく理解する必要があるのだろう。

2012年10月 1日 (月)

そうだったのか!中国/池上彰

Photo  毛沢東は、奪権闘争のために、紅衛兵運動を全国に展開させることにしました。この年の八月十八日、全国から100万人もの紅衛兵を天安門広場に集め、謁見したのです。
 紅衛兵の代表として北京師範大学付属女子中学の生徒が壇上に上がり、紅衛兵と染め抜いた赤い腕章を毛沢東の左腕につけました。
 紅衛兵たちは、手製の毛沢東バッジを胸につけていました。これをきっかけに、全国民が、毛沢東バッジを胸につけるようになるのです。(中略)
 嘘のような本当の話もありました。紅衛兵たちは、交通信号にも文句をつけたのです。
 紅(赤)は革命のシンボルであり、「進め」を表すはずなのに、交通信号で赤が「止まれ」なのはおかしいと主張しました。都市の交通整理の警察官の横に立って、「赤信号は進めの合図だ」と主張したものですから、交通は大混乱。多数の交通事故を引き起こす結果になりました。最後には周恩来総理が出て、「信号表示は世界共通だ」と説得して、ようやく収まりました。

最近の尖閣諸島問題で、日中関係は過去最悪の状態に陥っている。

日本人の一人として、中国に進出した日本企業の店や工場が破壊、略奪されているのを見て、決して良い気持ちはしない。

ただ、ここはあまりに感情的になることなく、現実をしっかりとみる必要がある。

大事なことは、過去日本と中国はどのような関係があったのか?

また中国という国は、どのような歴史があり、今日に至ったのか?

そのような視点から、今を見ることではないだろうか。

そのようなことから手にとったのが本書だが、入門書として非常に分かりやすかった。

特に毛沢東の大躍進政策から文化大革命、そして現在の社会資本主義に至るまでの流れがわかりやすく書かれている。

上記はその中の、文化大革命の中で起こったエピソード。

世界共通の「信号の赤は止まれ」なのはおかしいと主張する紅衛兵。

嘘のような本当の話し。

しかし、これは今の中国を象徴しているような気がする。

少なくともこのような感覚を持っている国なのだという認識はしっかりと持った上で上手につきあう必要があるのではないだろうか。

お隣の国で、つきあいたくないからと言って、引っ越しをすることはなどできないのだから。

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