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2012年10月18日 (木)

これでいいのだ/赤塚不二夫

Photo  満州で口惜しい思いをしたことがある。
  学校から矢田口の家へ帰る途中、山を切り開いた道がある。両脇には鬱蒼たる松が生えているようなところだ。5、6人の友達とそこへさしかかったとき、後ろから大きな音を轟かしてオート三輪がやってきた。運転していたのはぼくたちが、“辻のおにいちゃん”と呼んでいた青年だ。
 そのオート三輪がぼくらの横で止まった。
「みんな乗れ!」そう言われてぼくたちは、われ先にオート三輪の荷台へ乗ろうとした。ところが辻のおにいちゃんは、「ああ、満州はダメだ!」と、ぼくだけ乗せてくれなかったのである。こんなに口惜しいことはなかった。この男にぼくはさらにもう一度、口惜しい思いをさせられたことがある。
 大和郡山は金魚池が多いが、辻のおにいちゃんのところにも金魚池があった。池の周りにさまざまな道具を入れておく小屋があった。ある時、ぼくたち3,4人がその小屋の屋根に乗って遊んでいると、辻のおにいちゃんがやってきて、「そこに乗ったらあかん、みんな下りてこい!」みんな下りて行くと、「どうして小屋に乗るんや!」と言いざま、ぼくだけ殴られた。ブワーッと鼻血が出た。泣いて家へ帰ったが、悪戯をして全員が殴られることには慣れていた。しかし、みんなで同じことをしたのに一人だけこんな仕打ちを受けたことに、ぼくはいいようのない屈辱を覚えた。
 ちっきしょう、今に見てろ!この気持が狂おしく出口を探した。それが手塚治虫の漫画に出会ったとき、
 ようし、ぼくは漫画家になってやるぞ!
 という気持につながっていく。

先日、他界した俳優、大滝秀治が最期に手にした本が赤塚不二夫の「これでいいのだ」だったということから興味がわき読んでみた。

特に印象的だったのが、赤塚氏の少年時代のエピソードの数々。

赤塚は満州国熱河省に生まれ、6人兄弟の長男として育つ。

後に「バカボンのパパ」のモデルとなった父親は、憲兵やスパイとして僻地で宣撫工作を行う特務機関員をしていたという。

10歳の時、第二次世界大戦が終戦し父親は終戦直前に赤軍によってソビエト連邦へ連行され、裁判にかけられることとなる。

残された家族は母の故郷の奈良県大和郡山市に引き揚げた。

とにかく子供時代の赤塚は赤貧という言葉がピッタリの生活を送っている。

苦労に苦労を重ねた少年時代だが、「おそ松くん」の「チビ太」は近所にいた3歳の子供がモデルになっているなど、その頃の体験がマンガの中にも数々盛り込まれている。

おそらく漫画家、赤塚不二夫の原点がここにあるのだろう。

子供の頃の貧しさ、悔しさ、劣等感、屈辱感をバネにしたエネルギーが漫画家、赤塚不二夫をつくったといっても良いのではないだろうか。

世の中で何か事を為す人物は強烈な原体験をもっていることが多いものだが、赤塚にとっては、これが原体験なのではないだろうか。

人間いつかは死ぬ。

でも最期に「これでいいのだ」と言える人生を送りたいものだ。

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