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2012年10月 2日 (火)

チャイナクライシスへの警鐘/柯隆

Photo  お祭りには、人々のストレスのはけ口という役割がある。日本のお祭りを見ても、地元の人間が大勢集まって、お酒を呑みながら話をし、お神輿を担いで大騒ぎをする。
 そして、また来年の開催を誓い合う。それは明らかに、社会におけるストレスのはけ口になっているはずだ。
 ところが中国では、毎年、定期的に行なわれるようなお祭りがなくなった。それがなくなると、イレギュラーなハプニングをお祭り騒ぎに仕立ててしまうといったことが頻繁に起こる。
 たとえば、1999年にアメリカ空軍がユーゴスラビアのベオグラードにある中国大使館を誤爆したことがあった。そのとき、中国国内では反米デモが繰り広げられたが、当時の反米デモにしても、決して反米意識の強い中国の若者が扇動したということではなかった。お祭り気分で、生卵やゴミをアメリカ大使館に投げつける競争をしていたというのが実態だった。
 小泉元首相が靖国参拝したときもそうだ。上海と北京を中心に反日デモが行なわれ、日本の大使館や総領事館、日本資本のレストランなどに石や卵が投げられたが、参加者の顔は笑っていた。笑いながら投石をする、そのどこが反日デモなのだろうか。実際、日本の報道機関が、そのデモのリーダーの家に取材に出向いたところ、そのリーダーが、外では日本の家電製品の不買運動を主導していながら、自宅では日本の家電製品を使っていたというジョークのような話もあったくらいだ。
 この建前と本音をどうとらえればよいのか。それは、結局のところ「お祭りだった」という一言で片付けることができそうだ。

反日デモとは中国人にとってお祭りだった、というのは興味深い。

そもそもお祭りというものは農村における豊作祈願がその根底にある。

中国でも昔は日本と同じように、地域ごとに様々なお祭りが行われていた。

ところが、共産主義では、お祭りを否定する傾向にある。

いや、お祭りというより、神様のような、目に見えない存在である何かを全く受け入れようとしない。

それは旧ソ連のスターリンもそうだった。

したがって共産主義の国では、お祭りというもの自体がどんどん廃れていく。

そうすると人々はストレスのはけ口を他の何かにもっていく必要が出てくる。

そのお祭りに代わるストレスのはけ口が反日デモだというのである。

本書を読んでゆくと中国という国が様々な矛盾を抱えた国であることがよくわかる。

政治家や官僚の腐敗、貧富の格差、大気汚染、土壌汚染、少子高齢化、等々、問題山積である。

これらの問題から来るストレスが反日デモとなってあらわれているということはよく理解する必要があるのだろう。

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