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2012年11月 9日 (金)

11のスタンダード/指南役

11 たとえば、20世紀の偉大な芸術家の一人に、パブロ・ピカソがいる。
 「ゲルニカ」に代表される、きわめて前衛的な画風の“キュビスム”を確立した人で有名だが、そんな彼も、青の時代と呼ばれる若き日の作品では、みごとなデッサン力を見せてくれる。なにせ、当時の画家仲間の間でも、若きピカソのデッサン力のレベルの高さは評判だったという。
 つまり、デッサンカという磐石なスタンダードがあったからこそ、ピカソはみごとな個性を開花できたのだ。

 日本が誇る漫画・アニメーション界の二人の天才ーー故・手塚治虫さんと宮崎駿さんにも同じことがいえる。
 あまりに作品のトータルな評価が高いので見過ごされがちだけど、二人とも優れたクリエイターである以前に、優れた“描き手”でもある。
 まあ、素人の僕らから見たら当然そうだけど、同業者から見ても、二人の画力は卓越したレベルにあるらしい。事実、今もジブリの宮崎作品は、監督自身がすべての絵コンテを描いているし、生前、手塚さんはフリーハンドでコンパスのように正確な円を描くことができたという。
「この円が描けなくなったら、僕は筆を折るよ」それが、死の直前までの手塚さんの口ぐせだったらしい。
 そう、個性を主張したり、変化球で奇をてらったりする前に、スタンダードをきっちり身につけようではないか。世の天才たちは、個性的である前に、徹底してそれを極めていたのだから。

個性的であること、オンリーワンであることに価値を求める人は多い。

以前、大ヒットしたSMAPの「世界に一つだけの花」もそのことにひと役かっているのかもしれない。

しかし、それよりも大事なことがある。

それはスタンダードを身につけるということ。

本書は、そのことを様々な例をあげて説明している。

例えば元プロ野球の落合選手。現役時代、落合選手は「練習嫌い」を公言し、マイペース調整を信条としていた。

しかし実は、陰で人一倍努力をしていたのは有名な話。

遠征先のホテルの中庭で、皆が寝静まった夜中に、延々と素振りする落合を目撃したチームメイトは少なくない。

それが証明されたのが、落合が中日の監督になった時。

落合は12球団一の猛練習を選手に課し、それによって常勝チームを作り上げた。

チームが強くなるには練習しかないということを知っていたからであろう。

落語の世界を思い浮かべてみよう。

毎年、いくつもの創作落語が発表されるが、それらが後世に残ることはほとんどない。
結局、今も私たちを楽しませてくれるのは、昔ながらの「古典」である。

古典落語とは、先人たちが何代にもわたって磨き続けてきたもの。

残念ながら、その積み重ねに勝る「創作」はそうそうない。

と、こんな風に、スタンダードを身につけた者が結局、強いということを述べている。

やるべきことをやらずして「オンリーワン」と言ったところで、それは単なる場違いの発言でしかないということであろう。

昨今、ともすれば「個性的」ということが重視される風潮があるが、それらの発言の多くは、本筋を理解していない。

本来、個性的というのは、本筋を理解した者が、その先にたどり着く種類のものではないだろうか。

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