日本の黒い霧(上)/松本清張
既に強大となった日本の急進労働運動もなんとかして食止めなければならない。更に日本のあらゆる機関を一朝有事の態勢に持って行かねばならない。そのためには、自分の手で育成した日本の民主的空気を至急方向転換させる必要がある。それには、日本国民の前に赤を恐れるような衝撃的な事件を誘発して見せる、或いは創造する必要があった。マッカーサーの支持を得たGHQの参謀部第二部はそう考えたであろう。
松本清張が、GHQ占領下の日本の暗部にメスを入れた貴重なノンフィクション作品。
上巻では、下山事件、もく星号墜落事件、昭電・造船疑獄事件、白鳥事件ラストヴォロフ事件、伊藤律事件が扱われている。
いずれの事件も、GHQが重要なカギを握っているところに共通点がある。
上記は下山事件についての記述だが、ここでもやはり、GHQが当時の強大化した労働運動をどのように考えていたかが記されている。
下山事件は結局、自殺か他殺かもはっきりしないまま迷宮入りしてしまうわけだが、清張は他殺説を主張する。
証拠が十分でない中、独自の推理によってグイグイと事件の核心に迫っていく。
分断された事実を結びつけ、点と点をつなぎ合わせるようにして論理を展開していく。
清張が他殺を主張するのは、次のような事実による。
まだ下山総裁の生死の程が分っていない時、東鉄の労組支部の部屋で、東鉄渉外部員の前田某が「今電話が掛かって来たが、総裁が自動車事故で死んだ」と伝えて、みなで喊声を挙げた事実。
下山総裁が失踪する二日ぐらい前から、「下山を殺せ」「下山を暁に祈らせろ」というビラが新宿駅付近に貼ってあった事実。
総裁の失踪前日には、鉄道弘済会の或る青年が、下山殺しの予告電話をうけていたという事実。
GHQが日本支配以来、軍国主義の払拭に、方便として用いた共産党育成方針が思わぬ成果を上げ、日本のあらゆる分野において共産党、またはその同調者が急増したことから、今のうちに何とかせねばならぬと考えていたという背景。
下山総裁の貸金庫の中には、見られて恥かしい物の一つである春画があったという事実。
もし覚悟の自殺ならば、そんな物は必ず持ち出して処分しているであろう。
と、このような事実をいくつもつなぎ合わせ、一つの推理として下山総裁の死はGHQが何らかの形で関わっていると結論づけている。
私が生まれる前の事件だが、最近の推理小説やノンフィクションにはない、骨太で重厚な作品にしあがっており、非常に読みごたえがある。
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