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2013年1月19日 (土)

吉田茂 ポピュリズムに背を向けて(下)/北康利

51ft2z9io3l__sl500_aa300_ できあがった「憲法改正草案要綱」はその後法文化の作業が加えられ、昭和21年4月17日、「憲法改正草案」として発表される。
 国会に上程された際、与野党問わず多くの議員が無念のあまり嗚咽を漏らしたという。自国の憲法を議決するのに国会議員が涙を流したというのは、世界中でおそらくわが国だけだ。そして日本人は、彼らが抱いた悔しさを今ではすっかり忘れ果ててしまっている。
 吉田がこの憲法をどう思っていたかを知ることのできるエピソードがある。
 新憲法下での第一回総選挙の際、国務大臣の金森徳次郎とともに高知入りした彼は、首相歓迎会に出席した。彼の揮毫嫌いはつとに知られていたので誰も色紙を出さなかったが、相当酒が入っていたこともあって隣で色紙を書いている金森に、「ちょっと色紙を貸してごらん」と手を出すと、さらさらっと何やら書いてそばにいた西村直己高知県知事にぽんと渡した。思わぬ珍事に西村は大喜びである。
 早速手にとってみると、そこには〈新憲法 たなのダルマも赤面し 素淮〉と書かれていた。今回の新憲法はあまりに屈辱的で、思わずダルマも恥ずかしがるような代物だと言っているのだ。〝素淮〟は、イニシャルのSYをもじってつけた彼の号である。

日本国憲法は米国の占領下で作られた。

しかも日本人の手によってではなく、GHQによって作られた。

草案が国会に上程されたとき、国会議員が無念のあまり嗚咽を漏らしたというのもよくかる。

そしてそれ以降、今に至るまで改正されていない。

しかもこれを記念した憲法記念日まである。

他国の作った憲法を後生大事にし、しかもその記念日まで設けてお祝いしている、この感覚。

オメデタイ国民である。

これでは自立できるわけがない。

本来なら、独立国家になったら直ぐにでも改正したとしてもおかしくない。

現に、同じ敗戦国でもドイツは58回も改正している。

もうそろそろ真剣に議論してもよいのではないだろうか。

今の日本人の中で、憲法を変えて戦争をしようなどと考えている者はほとんどいないのだから。

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