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2013年1月30日 (水)

ビッグデータの衝撃/城田真琴

A55747391ba50982a6710a0fc05af898 企業が分析力を生かしきれないのは、実は分析手法とも、データの量とも、分析技術とも関係がない。(中略)つまり分析重視への転換を妨げるのは、企業でごく普通にみられる次のような症状である。
・『ウチでは昔からこうしてきた』という『常識』が幅をきかせ、その正当性が検証されない。
・経営陣がデータや事実の裏づけのない意思決定をしても、批判されない。むしろヒラメキ型のリーダーの方がもてはやされる。
・分析のスキルを備え、データの山から宝を掘り出そうとする人間がいない。何も思いつかないとき仕方なくやるのが分析だとされ、しかも専門知識をもたない人間が取り組んでいる。
・『そのアイデアはよいか悪いか』よりも『それをいったのは誰か』が問題にされる。

膨大なデータを分析し、価値ある洞察や知見を得ようとする取り組みは「ビッグデータ」と呼ばれ、注目を集めている。

ビッグデータとは、既存の一般的な技術では管理するのが困難な大量のデータ群である。

ビッグデータの活用という点で、長い歴史を持つのがアマゾンに代表されるイーコマース企業。

アマゾンで本を買うと、大量の購買履歴をもとにしたデータ分析により「この商品を買った人はこんな商品も買っています」と表示される。

従来は、このようなことは経験豊富な販売員が行なっていたのだが、これをコンピュータが自動でできるようにしたという点で非常に画期的なものである。

将来予測を行うためには、膨大なデータから有用なルールやパターンを発見する必要があるがこれはIT抜きには考えられないこと。

逆に言えば、ITの進化があって初めてビッグデータの有効利用が叫ばれるようになったといえる。

ビックデータの活用という面では、まだまだ入り口のところに立っているにすぎない。

そして、この宝の山を掘り起こすのに、一番の障害になるのが、上記抜き書きに記されたようなことである。

『ウチでは昔からこうしてきた』という『常識』や『それをいったのは誰か』が問題とされる組織、

そのような組織風土が一番の障害になってくるような気がする。

技術の壁を乗り越える前に組織の壁を乗り越える必要があるということであろう。

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