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2013年1月20日 (日)

象徴の設計/松本清張

512mubiezxl__aa278_pikin4bottomrigh 明治15年1月4日、宮中御座ノ間に大臣、参議並びに諸官がならんでいる前で、大山参議兼陸軍卿は天皇から勅諭を受けた。有朋は、その横に侍立していたが、肥った大山が巻物を両手で受取った瞬間、彼の眼は感情が一時にこみ上がって潤んできた。
 これで軍隊は天皇に直結し、天皇は幕藩時代の君主の位置にあって、殉死的な「忠義」を強制することができる。かたちの上では、天皇が軍隊を私兵的に直接指揮するのである。統帥権の発生であった。これによって初めて参謀本部長が、陸軍卿の上奏を経ずして、直接天皇に単独発言する意義が充実したのである。

陸軍卿山県有朋は近衛兵が反乱騒動を起した竹橋事件にショックを受ける。

事態を重く見た有朋は、軍のより一層の近代化を進めるため、軍人の軍人たる心構え、すなわち「軍人勅諭」を作るよう西周に命じる。

特に問題にしたのは、西洋には精神の拠り所としてキリスト教の「神」があるのだが、日本にはその対象が曖昧であるという点であった。

そこで有朋が考えたのは、天皇を西洋のキリスト教の「神」に替わるものとするというものだった。

そして天皇を兵卒の忠義信仰の対象とするなら、この関係を直接的な結びにしなければならない。

そこにおいて初めて中間の「政府」が消失して「天皇」に対する「恩」の観念が生れる。

直接的な従属関係を形成するには、天皇を軍隊の直接上官のかたちにしなければならない。

これが「統帥権」の基礎となる考え方となる。

通常、「軍」は「政府」の決定・命令のもとに動くものだが、「統帥権」では「天皇」と「軍」を直接結びつけ、「政府」と同列に置く。

歴史を振り返ると、この「統帥権」が軍の暴走を招く大きな要因となっている。

どうして日本特有の「統帥権」という考え方が発生したのか?

そのルーツを知る意味では、非常に参考になる本である。

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