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2013年1月 7日 (月)

竜馬がゆく(六)/司馬遼太郎

Photo 竜馬という若者は、その難事を最後の段階ではただひとりで担当した。
 すでに薩長は、歩みよっている。竜馬のいう、「小野小町の雨乞いも歌の霊験によったものではない。きょうは降る、という見込みをつけて小町は歌を詠んだ。見込みをつけるということが肝要である」という理論どおり、すでに歩み寄りの見込みはついている。
 あとは、感情の処理だけである。
 桂の感情は果然硬化し、席をはらって帰国しようとした。薩摩側も、なお藩の体面と威厳のために黙している。
 この段階で竜馬は西郷に、
 「長州が可哀そうではないか」
 と叫ぶようにいった。当夜の竜馬の発言は、ほとんどこのひとことしかない。
 あとは、西郷を射すように見つめたまま、沈黙したからである。
 奇妙といっていい。
 これで薩長連合は成立した。

上記は、薩長連合が成立した瞬間の記述。

著者によると、当時、薩長連合というのは、竜馬の独創的構想ではなく、すでに薩長以外の志士たちの間での常識になっていたという。

薩摩と長州が手をにぎれば幕府は倒れる、というのは、誰もが思っていた。

ただし、誰一人それが実現するとは思っていなかった。

それを竜馬は実際にそのために動き、ほとんど一人で実現させてしまった。

おそらく竜馬の非凡さはこんなところにあるのだろう。

「こんなことができたらいいなぁ」

「これがあったらいいなぁ」

多くの人がこんなことを考える。

しかし、具体的に「あったらいいなぁ」の実現のために、行動に移すことのできる人は百人に一人であろう。

当時、「もし薩摩と長州が手をにぎれば」とは多くの人が思っていた。

しかし、それは両者の過去の歴史をみれば不可能のことのように思えた。

人間は感情で動くものである。

理知的に見える人であっても結局は感情によって物事を決め、判断するものである。

そして両者の感情的なしこりはかなり根深いものがあった。

しかし、この場面で竜馬は「感情」ではなく、「理」によって動く。

竜馬は自分の感情をうち殺し、極めて理知的にことをすすめている。

それによって薩長連合が成立した。

竜馬は人一杯感情豊かな人物であった。

しかし、感情的ではなかった。

「感情豊か」であることと「感情的」であること、

よく似た言葉だが全く違う。

竜馬の言動がこのことを示している。

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