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2013年1月 6日 (日)

竜馬がゆく(五)/司馬遼太郎

Photo 高杉は、革命家としての天才は、おそらく幕末随一であったであろう。
 幕末には、竜馬をはじめ、西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允(桂小五郎)など、雲のごとく人物が出たが、かれらは革命期以外の時代に出ても使いみちのある男どもだが、高杉晋作は、革命以外には使いみちがないほどの天才であった。
 もし平和な時代に高杉がうまれていれば、飲んだくれの蕩児として近親縁者の厄介者になったまま、世を終えたかもしれない。
 政治、軍事の才がある。
 それも革命期の政治、軍事で、それ以前やそれ以後の日本では役にたたない。
 いわば、明治維新をおこすためにうまれてきたような男であった。

幕末は、竜馬以外にも多くの優れた人物が登場する。

「和を以て尊しとす」という言葉に象徴される、調整型リーダーが日本の特徴だとしたら、戦国時代や幕末には、それとは異質のリーダーが出てきている。

中でも高杉晋作は特異だったと著者は述べている。

高杉は革命期の政治、軍事以外役に立たない人物ということで特異性がある。

おそらく平時であれば、高杉のようなリーダーは出てくることはなかったと考えられる。

いやむしろ、「出る杭は打たれる」の言葉のごとく、頭角をあらわす前につぶされていたであろう。

幕末という時代が高杉というリーダーを輩出したと言ってもよい。

時代が変わり目には高杉のような特異な人物があらわれる。

その意味では、今の日本も、時代の曲がり角に来ているのではないだろうか。

今のこの時代だけに通用するリーダーで出てきても不思議ではない。

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