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2013年2月24日 (日)

世に棲む日日(二)/司馬遼太郎

Photo 松陰はうなずき、ふたたび顔を伏せて高杉の文集を読んだ。
 やがて顔をあげ、最初にいったことばは、高杉が終生わすれられぬところであった。
「久坂君のほうが、すぐれています」
 と、いうのである。
 高杉は、露骨に不服従の色をうかべた。
 (おもったとおりだ)
 と、松陰はおもった。
 人を見る目が異常にすぐれている松陰は、この若者が、裏へまわってここへ入ってきた最初から、尋常でない男がやってきたという感じがした。ふてぶてしいというわけではないが、渾身にもっている異常なものを、ところどころ破れてはいても行儀作法というお仕着せ衣装で包んでいる。それも、やっと包んでいる。
ーー奇士が、二人になった。
 と、松陰はおもった。
 「松下村塾の目的は、奇士のくるのを待って、自分(松陰)のわからずやな面を磨くにある」
 と、かねて友人たちに洩らしている自分の塾の目的にみごとにかなった人物が、久坂のほかにいま一人ふえたという思いが、松陰をひそかに昂奮させている。
 しかし松陰は、高杉のような自負心のつよい男は一度その「頑質」を傷つけて破らねばならぬとおもった。文集をみると、明倫館ではなるほど秀才かもしれないが、学問や素養はまだ当人が気負っているほどには至らず、たしかに久坂に劣る。むしろ久坂に対する競争心をあおると、かならず他日、非常の男子になるとおもった。

上記は高杉晋作と吉田松陰との初対面の場面。

松陰は高杉をひと目見てその才能を見抜くが、その発せられた言葉は裏腹なものであった。

「久坂君のほうが、すぐれています」

これは高杉の異常なほどの負けず嫌いな性格を知った上での一言であった。

しかし、これほど高杉を発奮させることばはなかったろう。

その後、高杉は猛烈に勉学に励むことになる。

よく、人をみて法を説け、というが、

人の性格や能力をよく見極めて、最適な言葉を使う、

この能力が松陰にはあったようだ。

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