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2013年2月27日 (水)

コミュニケーション力/齋藤孝

Photo コミュニケーションとは何か。それは、端的に言って、意味や感情をやりとりする行為である。一方通行で情報が流れるだけでは、コミュニケーションとは呼ばない。
 テレビのニュースを見ている行為をコミュニケーションとは言わないだろう。やりとりする相互性があるからこそコミュニケーションといえる。
 やりとりするのは、主に意味と感情だ。情報伝達=コミュニケーション、というわけではない。情報を伝達するだけではなく、感情を伝え合い分かち合うこともまたコミュニケーションの重要な役割である。何かトラブルが起きたときに、「コミュニケーションを事前に十分とるべきであった」という言葉がよく使われる。一つには、細やかな状況説明をし、前提となる事柄について共通認識をたくさんつくっておくべきであったという意味である。もう一つは、情報のやりとりだけではなく、感情的にも共感できる部分を増やし、少々の行き違いがあってもそれを修復できるだけの信頼関係をコミュニケーションによって築いておくべきであった、ということである。

コミュニケーションということばは頻繁に使われる。

ところが、使っている本人が本当にその意味を正確に捉えているかというとあやしいものである。

ここで齋藤氏はコミュニケーションとは「意味」と「感情」をやりとりする行為である、と説明している。

「意味」と「感情」、おそらくこの二つの要素をつかまえておけば、コミュニケーションの中心を外すことはないであろう。

コミュニケーションを情報伝達の手段と捉えている人もいる。

だったら、メールで十分である。

いやむしろ、メールの方が記録に残るので、後から、言った、言わない、ということが起こらない。

ところが、コミュニケーションの問題は、メールで相手に伝えたつもりになっていることから起こることが多い。

なぜなら、メールでは感情は伝えられないから。

情報という言葉は、感情の次元をあまり含んでいない言葉だ。

情報伝達としてのみコミュニケーションを捉えると、肝心の感情理解がおろそかになる。

人と人との関係を心地よく濃密にしていくことが、コミュニケーションの大きなねらいの一つだ。

したがって感情をお互いに理解することを抜きにすると、トラブルのもとになる。

仕事上のやりとりで、一見、情報だけを交換しているように見えるときがある。

そういった状況でも、感情面に気を配ってコミュニケーションしている人とそうでない人とでは、仕事の効率や出来・不出来に違いが出る。

人間は感情で動くものだ。

情報交換をしているときでも、同時に感情面での信頼関係を培うことのできる人は、仕事がスムーズにいき、ミスもカバーしやすい。

トラブルが修復不可能にまでなるときには、必ずと言っていいほど感情の行き違いがある。

コミュニヶーションカとは、意味を的確につかみ、感情を理解し合う力のことである。

この点はしっかりと押さえておきたいポイントである。

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