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2013年6月23日 (日)

さかのぼり日本史②昭和/加藤陽子

Photo  太平洋戦争中の一九四四年(昭和十九年)五月四日、時の東条英機首相(陸相・参謀総長兼任)が埼玉県にある陸軍航空士官学校を抜き打ちで視察したことがあります。その目的は、『東條内閣総理大臣機密記録』によれば、「士気振作、戦力増強に資する」ためでした。士官たちに気合いを入れるための視察でした。しかしその際、首相は一人の生徒に「敵機は何で墜とすか」と質問したのです。そして、生徒が機関砲でと答えると、首相は言下に訂正しました。「違う。敵機は精神力で墜とすのである」。

東条首相のおそるべき精神主義をあらわすエピソードである。

この発言があった時期は1944年5月。

すでに日本の敗色が濃厚になっていた。

中部太平洋でギルバート諸島・マーシャル諸島の日本軍守備隊を全滅させたアメリカ軍が、西太平洋でもニューギニアを制圧し、トラック諸島も攻略して北上態勢に入り、サイパン島を含むマリアナ諸島へと今まさに迫りつつあった時期にあたる。

つまり日米の国力の差が明らかになり、絶望的な状況に陥っていたとき。

実際、開戦時に真珠湾などで大損害を受けたアメリカが、態勢を急速に立て直して43年に本格的な反攻を開始して以後、太平洋における戦いは終始、アメリカ軍の科学・技術力と物量が日本軍を圧倒する形で進められた。

合理的に考えれば、もはや敗戦を受け入れるしかない。

ところがここで出てきた言葉が「精神力」である。

一国の首相の言葉だけにゾッとするものがある。

この精神主義が日米開戦を踏み切らせ、更に終戦の時期をずるずると引き延ばしたのだろう。

それによってどれだけの人命が失われたことか。

ただ、この精神構造、戦時中に限ったことではない。

今に至るまで、いたるところでこの精神主義が頭をもたげる。

何か大切な局面で物事を判断しようとする場合、できる限り情報を収集し、分析した上で合理性を追求するべきだが、それをせずに「あとは強い気持ちでこの難局を乗り越える」としてしまう。

これは勇ましく聞こえるが、一種の思考停止状態である。

今、体罰やパワハラが社会的な問題になっているが、これも日本人の精神構造と無関係ではないような気がする。

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