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2013年6月25日 (火)

さかのぼり日本史④明治/佐々木克

Photo 伊藤博文は、優秀な行政の専門家を育て、官僚を重用することによって効率的に国家を運営し、日本の近代化を達成しようとしました。この方針が正しかったことは、明治日本が短期間で近代化を達成した事実が証明しています。これは近代官僚制のプラスの面です。しかし、官僚たちはしだいに、自らの力に酔って特権意識をもつようになり、次いで自分たちの保護者である薩長藩閥政府のほうに傾いて自己保身をはかるようになっていきました。これは、明らかにマイナスの面です。 しかも、近代化を達成したあとも、政府と官僚は離れようとしませんでした。両者がたがいに距離をおいて自立することが理想的なのですが、それを実現することはできませんでした。この点が、近年の政府と官僚をめぐる問題にかかわっていると思います。
 
 

日本の近代化は、官僚の働き抜きには考えられない。

「官僚」という言葉は明治中期以降に用いられている通称で、公文書では用いられていない。

「官」は政府・役所の意味で、「僚」は役人とその仲間を意味する。

官僚がその権力を確固たるものにしたのは伊藤博文の働きによる。

明治政府は近代国家の証である憲法を制定し、立憲君主制国家に生まれ変わる時期を迎える。

このとき伊藤博文は、この新国家を支え発展させるためには不可欠な官僚を保障し、かつ安定的に供給できるような体制をつくろうと考える。

そして自ら起草した大日本帝国憲法にその制度的基幹部分を盛り込み、これが近代官僚の基点になる。

このとき伊藤が構想し望んだ官僚とは、行政の専門家としての官僚だった。

議会や政党に左右されることなく、しっかりと国家を支えていく行政の専門家集団をつくりだそうとした。

帝国憲法を発布した翌1890年に、商法と民法の一部、そして地方行政にかかわる府県制・郡制という国家の基本法が公布されたが、これを作ったのが官僚である。

強い使命感と強烈な自負の念、そして過剰ともいえるエリート意識が同居した官僚というものが、ここに登場する。

政府が官僚を大事にし、重用した結果、官僚たちは「法律をつくったのは自分たちだ、国家の運営に自分たちの力は欠かせないのだ」と自信をもった。

そして特権意識を持つようになる。

確かに日本の近代化に官僚は大きな力を発揮した。

明治日本は、列強のアジア進出という危機的な状況のなかで、近代化を速やかに進めなければならず、そのようなとき、官僚と官僚組織は大きな力となる。

その後も日本は幾度か危機的な状況に陥るが、官僚の力によって何とか乗り越えることができた。

たとえば、内務省は太平洋戦争後のGHQ指令によって解体された。

しかし有能な官僚が残った。

その彼らが戦後復興期や高度成長期に果たした役割は重く大きなものだった。

その意味では、官僚なしでは現在の日本はなかったかもしれない。

しかし問題はそれによって官僚がエリート意識をもつようになったこと。

そして国家や官僚機構ではなく、自分と、所属している組織を守ろうとする意識が強くなっていったこと。

結果として、縦割りの強い組織になり、そのような組織が並んでゆく。

組織は時間がたてば老朽化していく。

時代と共に変革していかなければならない。

今、官僚の間違ったエリート意識の弊害が至るところにあらわれてきている。

政府と官僚が適正な関係にあれば、「官僚依存」とか「脱官僚」などという言葉はでで来ない。

今、日本はある意味、国家的危機に直面している。

今こそ、政治家も、官僚も、国民も意識変革をしなければならない局面に立っているのではないだろうか。

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