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2013年6月 4日 (火)

人間の建設/小林秀雄、岡潔

Photo  各人一人一人、個性はみな違います。それでいて、いいものには普遍的に共感する。個性はみなちがっているが、他の個性に共感するという普遍的な働きをもっている。それが個人の本質だと思いますが、そういう不思議な事実は厳然としてある。それがほんとうの意味の個人の尊厳と思うのですけれども、個人のものを正しく出そうと思ったら、そっくりそのままでないと、出しようがないと思います。一人一人みな違うから、不思議だと思います。漱石は何を読んでも漱石の個になる。芥川の書く人間は、やはり芥川の個をはなれていない。それがいわゆる個性というもので、全く似たところがない。そういういろいろな個性に共感がもてるというのは、不思議ですが、そうなっていると思います。個性的なものを出してくればくるほど、共感がもちやすいのです。

本書は日本の近代批評の確立者であり、保守文化人の代表者であった小林秀雄と日本が生んだ世紀の数学者、岡潔との対談。

その対談の内容は、学問、芸術、酒、現代数学、アインシュタイン、俳句、素読、本居宣長、ドストエフスキー、ゴッホ等、多岐にわたる。

よくこれほど広範な話題について深く語れるものだと、ただただ感服してしまう。

ここで二人は個性と共感について語っている。

個性はみなちがっているが、他の個性に共感するという普遍的な働きをもっている、と。

夏目漱石の個性があり、芥川龍之介の個性がある。

個性的であるが故に共感できる。

個性とはそっくりそのまま自分を出すことであり、無理してつくりだすものではない。

そして、そっくりそのままの自分を出しているので私たちは共感できるのだと。

でも、個性ということが言われだしたのは、いつごろからだろうか。

少なくとも漱石や芥川の生きた時代には、個性ということはそれほど言われなかっただろう。

ところが近年になって個性的であれ、ということが叫ばれ始めて、みんなが個性をだそうとするようになった。

それによってかえって個性が失われてしまった。

それは元々個性というものが、ありのままの自分を出すことにより自然と形成されるものであり、無理してつくりあげるものでないため。

そういうことではないだろうか。

確かに漱石や芥川は誰が見ても個性的であり、なおかつ共感できるが、それに比べ、近年の作家にはそれほどの個性は感じられない。

パラドキシカルだが、本質をついている。

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