ファーガソンの薫陶/田邊雅之
「彼はユナイテッドのスタッフを完璧に把握している。実際、自分がクラブに来た頃に働いていた、20年も前にいた職員の名前も今でも全部覚えているんだ。
そればかりじゃない。彼は取材や遠征、チャリティーイベントなんかでも膨大な数の人に会う。会ったのは後にも先にも一回きりで、周りのスタッフが全員名前を忘れているような相手でも、パッと名前を思い出してファーストネームで話しかけることができるんだ。あれには本当にたまげるよ」
ファーガソンの記憶力の良さは、若手選手の発掘や育成にも活かされる。マンUの一員に名を連ねる人間であるならば、それが10代前半の少年であっても名前を覚えてしまうのである。
この効果は計り知れないものがある。名前を呼んでもらった人間は「あのファーガソンが覚えていてくれた」と感動し、自然と好意を抱くようになるからだ。自分の〝シンパ〟を地道に増やしてきたことが、類まれな長期政権を支える一つの要因になっていることは間違いない。
プロサッカーチームの監督ほど非情な世界はない。
結果を出さなければ、ファンから野次られ、マスコミからはたたかれる。
契約期間中であっても解雇されることなど日常茶飯事。
まして名門人気チームの監督となればそのプレッシャーは相当なものだろう。
ところが、ファーガソンは26年間、名門マンチェスター・ユナイテッドを率いてきた。
結果も出し続けてきた。
プレミアリーグ優勝12回、FAカップ優勝5回、チャンピオンズリーグ優勝2回など、輝かしい成績を残している。
競争の激しいこの世界では異例である。
どこにその秘訣があったのか。
非情に興味深い。
ヨーロッパのトップクラブを率いる監督は、2つのタイプに大別することができる。
円滑な人間関係を築くことを重視する〝調整型〟と、強烈なカリスマ性で組織をまとめていく〝カリスマリーダー型〟だ。
ファーガソンは後者のタイプだと言われている。
マンチェスターユナイテッドといえば、スター軍団である。
能力の高さと引き換えに、エゴの強さも人並み外れている選手たちに、チームに対する忠誠心を持たせ、まとめ上げるのは相当なカリスマ性がなければ不可能である。
しかし、カリスマ性だけで、すべてを説明するのは間違っている。
スーパースター軍団をまとめあげるには、カリスマ性だけでなく、選手をなだめすかしながらうまく気分を乗せていく調整能力も必要になるはずだ。
ファーガソンは選手だけでなくスタッフ一人一人の名前も完璧に覚え、タイミングよく声をかけるという。
また「戦力外」とされた選手に対する配慮も忘れない。
多くの場合、用済みとなった選手は一方的にクラブから解雇通知をつきつけられ、二束三文で適当なクラブへ叩き売られると相場が決まっている。
だがファーガソンはそのようなやり方をよしとしない。
彼はまず選手に「君は戦力外になった」というクラブ側の決断を包み隠さず伝えながら、相手の意向を聞く。
そして相手が移籍に合意した場合には、給料面はもとより、家族のことまで考えながら転職先を探すという。
だからファーガソンには敵も多い代わりに、味方や信奉者も多い。
このようなところがファーガソンがマンUという名門スター軍団を率いて結果を出し続けてきた秘訣だったのではないだろうか。
« 医者に殺されない47の心得/近藤誠 | トップページ | 日本人を操る8つの言葉/デュラン・れい子 »
コメント