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2013年7月22日 (月)

テレビが政治をダメにした/鈴木寛

Photo  1922年にアメリカのジャーナリスト、ウォルター・リップマン(1889~1974)が書いた『世論』の中で「世の中がマス化して、関係範囲が広くなってくると、複雑になってくる。要するに大衆民主主義になり普通選挙が始まると、人々は世の中が複雑で、分からないこと自体が不安になる。そのとき、分かった気になりたい。それが本当であれ本当でなかろうとどうでも良くて、分かった気になりたい。そうしたとき、世に流通しているステレオタイプというものを信じれば、分かった気になれる。そういう状況下で、ステレオタイプが蔓延する」というような指摘をしていますが、視聴率至上主義のテレビの特性がまさにこの指摘に当てはまります。論調の中で、ステレオタイプなYESとNOだけをテレビは取り上げて、視聴者も分かった気になってしまうのです。

テレビの本質は映像にある。

言葉で説明しようとすると複雑になってしまうものを、映像を見せることによってリアル感が生まれ、分かりやすくなり、インパクトが生まれる。

またそのようなものでなければ視聴率が取れない。

一方、政治家の役割とは、複雑な世の中の課題に優先順位を付けること。

多くの人の利害がからみ、多様で多岐にわたる選択肢がある複雑な課題の中から、この国にとって現在に必要な解決策の優先順位を提示し、進めていくことである。

白とも黒ともはっきりとしない優先順位になることだって往々にしてある。

多くの人間が関わり、この国を動かしているわけだから、そう簡単にはYES、NOではくくれないことばかり。

TPP、消費税、社会保障等、みんなそうである。

何かを決めれば、得をする人もいれば、損をする人もいる。

それでも矛盾や葛藤を抱えながら苦渋の決断をしなければならない。

本来ならば政治家が、どのような背景で、どのような議論を行ない、決断したのかを報道するべきなのだろうが、そのようなプロセスの部分は分かりにくいため、テレビの編集ではカットしてしまう。

つまり、本来の政治家の役割と視聴率至上主義のテレビの特性には相容れないものがあるということ。

本来、ジャーナリズムは、「こういう見方がある」「ああいう見方がある」と多様な視点を拾い上げていくことであろうが、特に日本のテレビにその機能は希薄である。

大事なことはそれを前提にテレビを観る必要があるということであろう。

でも多くの国民はそうではない。

逆に言えば、今の国民のレベルがテレビのレベルだと考えてもよいのかもしれない。

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