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2013年9月の30件の記事

2013年9月30日 (月)

ザ・ファシリテーター/森時彦

Imageca6cbkvv「社長が変えようとしても、なぜ、会社は変わらなかったのでしょうか?」
 かすれた声が円陣の中から聞こえてきた。声に多少のためらいがあった。
「いい質問だね。コンサルタントを雇って戦略を打ち出しても、組織を変えても、詳細な財務分析ができるシステムを構築して問題点を洗い出し、毎週レビューしても、私が命令しても、組織のどこかで行動が止まってしまうのだよ。『組織の慣性力』とでも言うのかな、いままでのやり方から抜け出てくれない。社長の私が言ったからといって、なかなか変わらない」

ファシリテーションについて、物語形式で解説しているのが本書である。

ファシリテーションは単なる会議を上手く進めまとめるスキルではない。

「人と人とのインタラクション(相互作用)を活発にし、創造的なアウトプットを引き出すもの」と著者は定義している。

チームが課題を共有し、効果的に考えを交流させ、創造的な答えを導き出す。

動機が内存化し、自発的で活力に溢れた行動が生まれる。

1+1が2以上になるようなポジティブな化学反応が現れる。

これが、優れたファシリテーションの効果である。

会社という組織は感情を持つ人間の集まりである。

〝感情を持つ人間〟というのがネックで、それゆえに指示命令だけでは動かない。

どんなに優れた戦略を選択しても、会社が変わらないのはそのためである。

人と人との相互作用を活性化させるには、人間関係につきまとうさまざまなマイナスの感情、不必要な遠慮や配慮を排除し、積極的なプラスの感情が出てくるようにする必要がある。

またチームが同じ波長で思考するための納得性のある議論のフレームワークを提供し、効率的なグループ思考を促すことも必要だ。

そのための一つのスキルが、ファシリテーションである。

なかなかこの本に書かれているように上手くはいかないのだが、これはなんとしても身につけたいスキルの一つである。

2013年9月29日 (日)

トヨタ生産方式でドラッカーの『マネジメント』を読み解く/岩月伸郎

Imageca0vh2jr『ともに働く者、特に部下に対しては、真摯であるかどうかは二、三週間でわかる。無知や無能、態度の悪さや頼りなさには、寛大たりうる。だが、真摯さの欠如は許さない。……彼らはそのような者をマネジャーに選ぶことを許さない』

ドラッカーはマネージャーに求める資質の第一に「真摯さ」をあげている。

でも、真摯さとはなんだろう。

ドラッカーマネジャーが真摯であることの証明は、部下に認められることによってのみ可能だという。

ドラッカーの言う『ともに働く者、特に部下』が、上司であるマネジャーに対して「あの人は、本当に真剣なんだ」「一生懸命なんだ」「そういう意味で誠実なんだ」と納得してくれなければならない。

どうすればそれが可能か。

マネジャーがともに現場に身を置いて同じ環境を共有、体験することから始まるのではないだろうか。

現場に身を置いて事実を共有することで、初めてマネジャーの指し示す方向や、そのマネジメントのありようや人間性が理解される。

現場も見ないで想定だけで方向づけをしたり、解釈をそこへ下したりしていても、マネジャーとしての役割が務まるケースはあるだろう。

しかしそれでは真摯さを、ともに働く者や部下に分かってもらうのは難しい。

現場を共有して初めて、部下は「この上司は、このマネジャーは真剣でかつ誠実だ」と認め、「まあ、能力は別にしても」などと思いながらもついてくるものだ。

「トヨタ生産方式」の生みの親、大野氏は、役員になっても現場を歩くことをやめなかった。

そして、「今君はどうして道具を持ちかえたんだ」と、気づいたことはその場で手取り足取り指導したという。

現場の社員にとって雲の上の人が、真剣に指導してくれる。

これが部下が認める「真摯さ」なのだろう。

「トヨタ生産方式」はとにかく徹底した現場主義で現地現物を大事にする。

ある意味、ドラッカーの真摯さを実践する仕組みが「トヨタ生産方式」だと言えよう。

2013年9月28日 (土)

日米開戦の真実/佐藤優

Imagecaqqnfm1 自分の所属する国家・民族が誤った道を選択したと考えた知識人がとる行動は、大きく二つに分かれる。
 第一は、自分だけが正しいと考え、それにあくまでも固執するタイプだ。積極的に政治運動や抵抗運動に従事するか、あるいは自分の小さな殻にこもってしまうかという点はそれほど重要でない。自分にとっての真理や信念を絶対視するという思考の形に特徴がある。革命家はこのような思考形態をとりやすい。
 第二は、同胞が間違いを犯すならば、自分だけそこから逃れようとするのではなく、国民と共に誤った道を進む中で軌道修正を図るというタイプだ。保守的知識人の思考の形である。大川は明らかにこの系統に属する。

本書は大川周明が著した『米英東亜侵略史』を佐藤氏が解説したもの。

大川周明という名前を聞いて、その人物像がすぐに思い浮かぶ人はほんとどいないと思う。

私もその一人なのだが、東京裁判の初公判で、東条英機元首相の禿頭を後ろからポカリと叩いた背の高い老人といわれ、「ああ、あの人か」とピンときた。

著者によると、大川は腹の底から法廷をバカにしていたという。

戦勝国の裁判官による「公正な裁判」などというのは作り話だという心理が、初公判へのパジャマ姿での出廷や東条英機の禿頭を叩くというパフォーマンスにつながった。

暴力を背景に真相の究明を装うような法廷を根源的に批判するためには、法理論に基づいた反論よりも、法廷を悲喜劇の劇場にする方が効果がある。

大川は初公判で法廷を悲喜劇劇場にすることに成功したと述べている。

大川はA級戦犯として法廷にたったわけだが、彼は元々反米主義者でなかった。

大川の首尾一貫した立場は反植民地主義である。

大川はアジアを植民地支配から解放するためにイギリスと戦うことは不可欠で、不可避と考えたが、対米戦争についてはできるだけ避けようとしていた。

しかし、一旦、開戦の火蓋が切られた以上、「自分はこの戦争に反対だった」というような傍観者的態度をとることは大川の信念に反していた。

困難で、勝算が低い戦いでも、一旦始まった以上は死力を尽くし、その中で知識人としての自己の果たすべき役割を大川は真剣に考えた。

これはなかなかできることではない。

これは企業活動に置き換えると、よくわかる。

自分が働く企業で意に沿わない方針が決まった場合、どのような行動とるか、ということである。

あくまで自分の意見に固執し、非協力の立場を貫くか、

あるいは、いったん決まった以上は、それに全力で協力し、その中で、間違っている部分は徐々に修正するような動きをするのか、という選択である。

企業活動そのものから考えれば後者の方が上手くいくであろう。

でも、前者を選ぶ社員が多いのまた事実である。

2013年9月27日 (金)

震度0/横山秀夫

Imagecayr168x まさか。
 静江が不破を殺した••••••?
 部屋の空気が極度に張り詰めた。
 「見えないこともない、です」
 冬木は言った。そして身構えた。
 全員の視線がこちらに向いていた。
 あまりに多くの感情を含んでいて、そのすべてを読み取ることは難しかった。
 瞬時、冬木は長官になった自分の姿を見た。
 「記者たちには連絡済みです。不破課長は今朝、風邪を拗らせて急性心不全で死亡した――もはやこれは動きません」
 誰も何も言わなかった。
 音を消したテレビ画面に神戸の惨状が映し出されていた。
 震度——0。
 N県警の本部長室はそうだった。

この小説の登場人物はすべてN県警の幹部である。

本部長、警務部長、警備部長、刑事部長、生活安全部長、交通部長。

そして、それぞれが自分の出世や定年後の天下り先の確保など、自分の保身しか考えていない。

それが部下の失踪と阪神大震災という事件・事故を通して浮き彫りになるようなストーリーである。

阪神大震災が起きたその朝、700キロ離れたN県警で不破警務課長が失踪する。

本部長以下幹部らはそれぞれに手がかりとなりそうな情報を調べるが、保身や対抗意識から駆け引きや情報戦の応酬に陥ってしまう。

そして、これと同時進行する形で、阪神大震災の全容が徐々に明らかになっていく。

テレビから流れてくる死者・行方不明者数の報道は、数十人から数百人、数千人と日を追うごとにどんどん膨れ上がっていく。

一方、失踪事件の方は、捜査が進むにつれ、不破課長の妻が殺したのでは、という疑惑が浮かび上がる。

この事実が世間に公表されたらN県警の信頼は失墜する。

幹部らは事実のもみ消しに躍起になる。

阪神大震災の方は、結局、震度7という未曾有の大震災だったことがわかってくる。

ところが、N県警の幹部連中は、大震災どころではない。

だからN県警内は震度0なんだと。

この落差、なんとも皮肉なタイトルである。

この小説を読んでいて、井上陽水の「傘がない」のあるフレーズが思い浮かんだ。

〝都会では自殺する若者が増えている。けれども問題は今日の雨、傘がない~〟

自分にとって問題なのは目の前の困った現実なのであって、世間の問題など、ハッキリ言って関係ないのだ、といった意味だろうか。

普通に生活する一個人であればそれでもよいが、警察幹部がこれと同じ感覚だと大問題だと思うのだが。

でもこれが現実なのかもしれない。

2013年9月26日 (木)

失敗の本質/野中郁次郎・他

Photo ガダルカナル島での正面からの一斉突撃という日露戦争以来の戦法は、効を奏さなかったにもかかわらず、何度も繰り返し行なわれた。そればかりか、その後の戦場でも、この教条的戦法は墨守された。失敗した戦法、戦術、戦略を分析し、その改善策を探求し、それを組織の他の部分へも伝播していくということは驚くほど実行されなかった。これは物事を科学的、客観的に見るという基本姿勢が決定的に欠けていたことを意味する。(中略)
 これに対して、米軍は理論を尊重し、学習を重視した。ハルゼー麾下の米第三艦隊参謀長ロバート・B・カーニー少将はレイテ島攻略を前にして次のように語った。
「どんな計画にも理論がなければならない。理論と思想にもとづかないプランや作戦は、女性のヒステリー声と同じく、多少の空気の震動以外には、具体的な効果を与えることはできない。」

大東亜戦争において、日本は悲惨な敗戦を味わった。

そして、それに関連する様々な本が書かれている。

多くは、国力に大差ある国々を相手にどうして日本は無謀にも戦争を始めたのか、という内容のものである。

対して、本書はむしろ、なぜ敗けたのかという問いの本来の意味にこだわり、開戦したあとの日本の敗北を決定づけた各作戦での失敗、すなわち「戦い方」の失敗を扱っている。

そして、これは現在の企業経営にもそのまま当てはまることが多い。

企業経営とは、ある面、利益を最大化するための合理性と効率性を追求するものである。

そして軍隊もまた、勝つための合理性と効率性を追求するものであるはずである。

何しろ、国の命運が、そして人の生死が関わってくるのだから。

ところが、日本軍は、戦争に勝利するというその組織的使命を果たすべき状況において、しばしば合理性と効率性とに相反する行動を示している。

つまり、日本軍には本来の合理的組織となじまない特性があり、それが組織的欠陥となって、大東亜戦争での失敗を導いたと見ることができる。

日本軍は初戦の真珠湾攻撃では勝利したものの、ミッドウェー海戦では敗北し、その後は敗北につぐ敗北。その間、敗北の原因を分析することもなく、同じ失敗を繰り返し続け敗戦に至る。

組織のなかでは合理的な議論が通用せず、状況を有利に打開するための対策も立てられない。

大東亜戦争中一貫して日本軍は学習を怠った組織であった。

日本軍のなかでは自由闊達な議論が許容されることがなかった。

情報が個人や少数の人的ネットワーク内部にとどまり、組織全体で知識や経験が伝達され、共有されることが少なかった。

作戦をたてるエリート参謀は、現場から物理的にも、また心理的にも遠く離れており、現場の状況をよく知る者の意見がとり入れられなかった。

したがって、教条的な戦術しかとりえなくなり、同一パターンの作戦を繰り返して敗北するというプロセスが多くの戦場で見られた。

そして戦局が厳しくなると、挙げ句の果て、全軍突撃を敢行する戦術をとるという愚かしさ。

およそ日本軍には、失敗の学習をし、合理的な対策を立てるというリーダーシップもシステムも欠如していたというべきであろう。

一方、米軍の戦闘展開プロセスは、まさに合理性と効率性の追求にほかならなかった。

太平洋の海戦において一貫して示されたアメリカの作戦の特徴の一つは、たえず質と量のうえで安全性を確保したうえで攻勢に出たことである。

数が明らかに優勢になるまでは攻撃を極力避け、物量的に整って初めて攻勢に打って出ている。

これはある合理的な法則に基づいて作戦をたて、実行するという意味で極めて演繹的なアプローチであるといえる。

そう見てみると、日本の敗戦は単なる物量の差だけではなかったということがわかる。

日本軍の持つ組織的欠陥が敗北を招いたのである。

そして、問題は、この旧日本軍の体質のままの企業が、今も多く存在しているということである。

本質的に日本人は戦前も戦後も、そして現在も、ほとんど変わっていないということは言えるのではないだろうか。

2013年9月25日 (水)

2100年、人口3分の1の日本/鬼頭宏

Imagecahzrs9p 今後45年間で労働生産性を1・8倍に上げるには、年率1・3%の上昇が必要である。もし実現できれば、今後の人口減少下で、05年の国民経済の規模を55年まで維持し続けることが可能になる。過去を振り返ってみれば決してあり得ない水準ではない。

日本は人口減少社会へと突入した。

推計によると、2055年には日本の人口は8993万人になるという。

ピークを記録した2007年の総人口1億2777万人から、約3800万人が減る計算だ。

それより先の推計はなお不確実になるものの、2105年にはさらに半減し、4459万人にまで減るという参考値も発表されている。

この2055年の8993万人という数字は、1955年の総人口とほぼ同水準だという。

問題は、このように人口が減少した場合、現在の生活水準を維持できるかどうかということである。

いまと同じくらいの生活水準を保つためには、人口一人あたりのGDPを維持すればいいという考え方と、GDP全体の規模を維持するべきだという考え方の二つがある。

まずは前者から検証すると、労働生産性を年率0・5%の割合で50年間上昇させなければならない計算になる。

これは必ずしも無理な水準ではないだろう。

次に後者の考え方、現在と同じ水準のGDPを総量で維持すると仮定すると、

求められる労働生産性の上昇率は1・2%になる。

現在、日本の労働生産性はOECD加盟33ヵ国中22位、先進国のなかでは最下位に甘んじている。

産業別に見ると、製造業はまずまずだがサービス業では特に順位が低い。

サービス業はアメリカの半分以下である。

裏を返せば、産業全体の生産性を上げてアメリカの水準に追いつくことができれば、GDPは現在よりも1・5倍程度上昇する。

OECD加盟国中トップのルクセンブルクの水準に近づけられれば、1・8倍にもなる。

この数字、今後の技術革新等を加味して考えれば、決して不可能な数字ではない。

人口減少社会だと言って、決して悲観することはない、ということである。

2013年9月24日 (火)

歴史を精神分析する/岸田秀

Photo もし当時の日本を支配していたのが、軍部官僚ではなく、政治の延長として軍事力を用いる非官僚的な軍国主義者、すなわち、彼我の軍事力のバランスを冷静に検討し、作戦の合理性を重視する軍国主義者であったとすれば、日本は戦争に突入していなかったかもしれないし、突入しても傷の浅いところで早目に切りあげていたかもしれない。

日本があの悲惨な戦争に突入したのは軍部の独走による、というのが一般的な理解である。

しかし、著者は、軍部官僚と軍国主義者とは区別して考える必要がある、という。

官僚は国民のことよりも自分たちの組織を守ることを第一に考える。

ところが、その道のプロと言われる人たちは、合理的にものごとを考えるものだ。

日本があの戦争を始めたのは、軍部官僚が国民のことを見ておらず、自らの組織を守ることしか考えていなかったからだ、

もし、判断の主体が軍国主義者であれば、この戦争は勝てる戦争かそうでないかを冷徹に分析し判断するであろう。

合理的に考えるならば、あの戦争はどう考えても勝てる戦争ではなかった。

戦争のプロである軍国主義者は勝てない戦争はしない。

と、いうのである。

これは面白い見方だが、的を得ているように思える。

2013年9月23日 (月)

ビジネスの〝常識〟を疑え!/遠藤功

Photo トヨタは昔から、部長の下にひとつのユニットとして課長、係長、担当者を置き、課長が係長を次の課長に、係長が担当者を次の係長に、という具合にそれぞれ自らが責任をもって育て上げるというのが不文律になっていた。
 ところが、ここにきて海外展開が加速化し、人材を海外に送り出す必要性が増したため、階層の中抜けが起こりはじめている。課長―係長―担当者という縦系列が維持できなくなり、過去のようなきめ細かい人づくりができなくなりつつあるといわれている。こうしたことが近い将来、現場の品質の劣化につながるのではないかと危惧されているのだ。
 トヨタの場合、意図的にフラット化しようとしたわけではないのだが、人材不足が結果的に一部の組織の階層を間引いてしまったというわけだ。

本書は2007年に刊行されたのだが、まさにこれから2年後、米国における大規模リコール、トヨタバッシングが起こる。

この時、豊田社長は、リコールの原因として「人材育成が、経営拡大のスピードについていけなかった」ことを挙げた。

本書に書いてあることがそのまま起こってしまったのである。

ピラミッド型の階層的組織は、情報伝達や意思決定に時間がかかりすぎる。

迅速で柔軟な企業運営には、できるだけ階層の少ない文鎮型のフラットな組織のほうが望ましい。

これが、現在の組織論における一般的な常識だろう。

たしかに組織がフラットになれば、経営トップと現場の間にバイアスがかからず情報のやり取りができ、意思決定はスピードアップする。

企業が以前に比べ格段に変化の激しい環境に置かれていることを考えれば、すばやい意思決定、すばやい伝達ができることが経営にとって有利に働くのは間違いない。

では、フラット化はいいことずくめなのかといえば、必ずしもそんなことはない。

フラットな組織ゆえの弊害だってあるのだ。

まず、組織の縦系列が弱いフラットな組織では、部下の面倒をみながら人を育てるということがきわめて難しくなる。

それから、階層的組織に比べひとりの人、ひとつの部署が管理する範囲が広がるので、隅々まで目がゆき届きにくくなって不祥事が発生したりしやすい。

これらの長所と短所を考え合わせると、少なくとも技能やノウハウの伝承、それに人を育てることが重要なモノづくりの現場には、従来の階層型組織のほうが向いているといえる。

少なくとも、階層的組織よりフラットな組織のほうが優れているという一方的な思い込みは危険である。

重要なのは、一般に常識と思われている考え方を鵜呑みにせず、時には否定してみることである。

常識と思われていることをあえて疑ってみる。

そして最後は自分の頭で考え抜く。

これに尽きるのではないだろうか。

2013年9月22日 (日)

スタンフォード教授の心が軽くなる先延ばし思考 /ジョン・ペリー

Image 先延ばしやは、やらないといけないことを先延ばしにする。この欠点とされている性質も、そうする意義があれば利点に変わる。私の言う「意義ある先延ばし」は、「先延ばしにするからといって何もしないわけではない」という考え方が前提となる。何かを先延ばしにしていながらほかのことも何もしない、という人はほとんどいない。庭いじりをする、鉛筆を削る、棚の模様替えをするときのための図を描くなど、無意味ではない何かしらのことはする。なぜそんなことに手をつけるのか? そうすれば、それよりも重要な用事をやらずにすむからだ。仮に、何本かの鉛筆を削る以外にやることがなくなれば、どんな力を持ってしても鉛筆削りに取りかからせることはできない。その反面、たとえ難しく時間のかかる重要な用事であっても、それ以上に緊急性や重要度の高いことをせずにすむのであれば、進んで手をつけようとする。

先延ばしは、すぐにやる必要のあることを後回しにする悪いクセだと考えられている。

ところが大事なことを先延ばしにしても、代わりにそれほど重要でない用事を片づけていることが多い。

この事実を逆手にとってやらないといけないことを片づけるようにすれば、その過程で何かを先延ばしにすることは「意義ある先延ばし」となる。

終わらせたい用事を重要度順に並べたリストがあるとすると、上のほうには緊急性や重要度が高そうな用事が並ぶであろう。

でも、下位にくる用事にも終わらせるだけの価値はある。

それらに取りかかれば、上位を占める用事に取りかからずにすむ。

リストの上からではなく、自分に適した優先順位で用事に取り組めば、先延ばしやも立派な一市民となれる、というわけだ。

この事実を知って、本書の著者ジョン・ペリー、は、先延ばしはほかの用事をたくさん終わらせるための意義ある行為だと考えるようになり、以来、先延ばしグセとうまく付き合えるようになったという。

著者は、先延ばしを称賛しているわけではない。

その証拠に、先延ばしグセを改めるための方法論をいくつも紹介している。

ただし、それをやったとしても、それで先延ばしグセが直るわけではない。

人間のクセは、そうは簡単に変わるものではないのである。

だったら、先延ばしグセを、どうしても直さなければならない欠点としてとらえるのではなく、むしろ上手につきあっていったほうが精神衛生上もよいのではないかという発想である。

先延ばしグセは欠点に数えるものだが、欠点のない人間はひとりもいない。

欠点について思い悩むことに時間を費やすくらいなら、欠点を受け入れて付き合っていくほうがいい。

言葉を換えて言えば、「欠点」と見るか「個性」と見るか、の違いだろう。

2013年9月21日 (土)

昭和史 戦後編 1945-1989/半藤一利

19451989 所得倍増計画は十二月二十七日、あっさりと閣議決定されます。以後三年間の経済成長率は年平均九パーセントを保つように努力する、という大方針は二日後に大々的に発表され、池田さんは独特のダミ声で言いました。
「日本国民の所得はアメリカ人の八分の一、西ドイツの三分の一。この所得を倍にします。つまり国民の一人ひとりの月給を二倍にするのです」
「私はウソを申しません」
 もっと詳しく言えば、国民総生産を今の十三兆円から倍の二十六兆円にする。昭和三十六年(一九六一)から四十五年(一九七〇)までの十年間にこれを達成する。そうすれば国民所得も約十万円から二十万円に、つまり月給が二倍になるというわけです。
 ホントかよオイ、そんなことができるはずないじゃないか、とも思ったものの、まさにこれは日本の高度経済成長の幕開けとなり、皆がここを出発点に走りはじめました。

戦後の日本の高度成長のキッカケの一つに、池田内閣の「所得倍増計画」がある。

昭和35年のこと。

GNP(国民総生産)を毎年8.8パーセント上げていくと、十年後には2.3倍になる。

すると必然的に国民の月給は一人当たり1.9倍になるというもの。

ただ、実際は池田内閣ができたからいっぺんに経済成長がは じまったわけではなく、すでに昭和28年頃からある種の高度成長時代に入っていた。

朝鮮戦争の特需もあり、日本人の労働力はぐんぐん増してきて、昭和30年くらいには国民の生活はすでにかなり裕福になっていた。

そこへ池田内閣の「所得倍増計画」である。

この後、東京オリンピック、新幹線、万博に象徴される高度成長時代が到来し、日本は豊かになっていく。

国の政策を受けて、各企業は、「政府の後押しがあるならば」とさらにハッスルしする。

設備投資をもっと進めるようになる。

生産を上げるための設備投資によって生産が上がればさらに投資するというかたちで生産力をどんどん膨らませていく。

国民も、月給が二倍になるというのでマイホームへの夢を膨らませはじめる。

労働組合も、それまでのようにギスギスした闘争ばかりやっているのではなく、給料もどんどんベースアップしていくに違いないというので、かなり穏やかになっていく。

これらのことを振り返ると、国のトップが明確なビジョンを示すということがいかに大事かということがわかる。

そして、リーダーに求められることも、これなのだろう。

2013年9月20日 (金)

昭和史 1926-1945/半藤一利

19261945 何がこの事件の後に残ったのか。簡単です。松本清張さんに『二・二六事件』という大著がありますが、その結論で述べている言葉が一番適しているかと思います。「(これ以後の日本は)軍部が絶えず〝二・二六〟の再発(テロのこと)をちらちらさせて政・財・言論界を脅迫した。かくて軍需産業を中心とする重工業財閥を(軍が)抱きかかえ、国民をひきずり戦争体制へ大股に歩き出すのである。(日本の国がここでがらっと変わるのですが)この変化は、太平洋戦争が現実に突如として勃発するまで、国民の眼にはわからない上層部において、静かに、確実に進行していった。
 

日本が太平洋戦争に突入した経緯を見ていくと、二・二六事件がターニングポイントになっていることがわかる。

二・二六事件は皇道派の青年将校が起こしたとされている。

北一輝の『日本改造法案大綱』に影響され、

日本の貧しい窮状を救うためには、「改造なくして繁栄なし」

天皇をかつぎ、憲法で定められているところの大権を発動して、軍部が政治や経済をがっちり押さえてやらなければだめなんだと本気で考え出す。

こうして昭和11年2月26日に二・二六事件が起こるわけだが、

松本清張が言うとおりで、これ以後の日本はテロの脅しがテコになって、ほとんどの体制が軍の思うままに動いていくことになる。

戦争に反対した政治家も結局、軍に押し切られてしまう。

また当時のマスコミも軍を後押しするような形を報道が目立ち、国民をあおる。

こうして日本は太平洋戦争に突入するわけだが、一つの流れができてしまうと、歯止めがきかなくなり、マスコミも世論も一方に偏ってしまうという傾向は今の日本にもある。

その意味では、日本人は昔も今も全く変わっていないと言えるのではないだろうか。

2013年9月19日 (木)

黒の回廊/松本清張

Photo_2 それだけではない。女性一行の間には、こんどの事件がまたとない経験のように思われ出した。殺人事件のある観光団などというものが、そう滅多にあるものではない。その団体に参加していたというだけで自分自身にとって将来の語り草にもなるのである。だれもが今後この観光団の旅をつづけてもわが身に同じ災難がふりかかってくるとは思わなかった。自分だけは安全であり、災厄の局外者であり、傍観者だと信じて疑わなかった。してみれば、平凡な団体旅行をしているよりも、このほうがはるかにミステリアスであり、刺戟的であった。未解決の殺人事件ほど神秘的で戦慄的で、また或る意味で耽美的なものがあろうか。なかには『悪の華』を書いたボードレエルの「一行の詩」(芥川龍之介の遺作)を感覚的に連想した文学女性も、少数だがあったにちがいない。
 とにかく、彼女らはこれに参加していることに俄かに価値感をおぼえ、意義を重要に考えるようになった。生涯に一度あるかないかの経験をのがすてはなかった。返金の要求者も脱落の希望者も、次第に声を絶ってしまった。

 

女性だけの25日間ヨーロッパツアー旅行が企画される。

女性だけというのがミソで、出発するや、女同士の牽制や見栄の張り合い・嫉妬が交錯し、さまざまなトラブルが発生する。

警察沙汰も発生する。

そして、ついに、スコットランドで殺人事件が起こる。

面白いのは、このときの女性たちの反応である。

かえって旅行から戻った時の話のタネになるとみんな喜んだということと、

自分だけは大丈夫だろうとみんな思ったということ。

それぞれ自分のことしか考えていないということか。

もしかしたら、これが著者の女性観なのかもしれない。

ストーリー自体は謎解きものなのだが、違った面でこの小説の面白さを感じた。

2013年9月18日 (水)

オレたちバブル入行組/池井戸潤

Photo 「オレは基本的に性善説だ。相手が善意であり、好意を見せるのであれば、誠心誠意それにこたえる。だが、やられたらやり返す。泣き寝入りはしない。十倍返しだ。そして──潰す。二度とはい上がれないように。浅野にそれを思い知らせてやるだけのことさ」

ご存じ、テレビドラマ、半沢直樹の原作本。

TBSとしては久々のヒット作。

「やられたらやり返す」「十倍返し」という威勢のいい言葉が主人公の口から発せられる。

本書を読んでみて、「なぜ、こんなに人気が出たのか?」と考えさせられた。

一つ、言えることは、この小説の主人公、半沢直樹は銀行員らしくない銀行員であるということ。

そして、おそらくどこにもこんな銀行員はいないであろう。

ストーリーは勧善懲悪の世界。

非常に分かりやすい。

主人公はあくまで正しく、敵対する人物はいやらしく描かれている。

どこにもいないキャラだから、「いたらいいな」という願望も加わり痛快さが加わる。

閉塞感漂う現代だからこそ、このようなキャラが受けるのではないだろうか。

逆に、どこにもいないキャラだからこそ無い物ねだりで人気が出ているとも言えよう。

2013年9月17日 (火)

黒革の手帖(下)/松本清張

Photo スリッパをひきずって入る足音が新しく入ってきた。真上の照明燈がいちどきに光を増し、太陽のようになった。
「先生。出血量は一二〇〇CCくらいだそうです」
 婦長が医者に報告した。
「ああそう」
「血圧は高い方が六十三です。低い方はわかりません。脈搏は百二十。かなり微弱です」
「ああそう」
「輸血の用意をさせています」
 医者の顔が元子の真上に来た。白のキャップ、白の手術衣だが、まだマスクはしてなかった。
 元子は眼を凝らした。医者もじっとこっちを見つめている。
 楢林院長だった。含み笑いをしている。
 横から婦長の顔が加わった。中岡市子の長い顔だと知った。
 元子は叫び出した。
「助けて! わたしはこの二人に殺される!」
 悲鳴が密室の手術室いっぱいに響いた。

この小説の最後は、主人公元子がお金をだまし取った者たちの罠にはまってすべてを失い、流産し、

運び込まれた病院で治療にあたる医師と看護師は、実は過去お金をだまし取った相手だった、というもの。

悪の限りを尽くした女の最後はハッピーエンドという訳にはいかないということだろうか。

何となく納得させられるエンディングである。

でも、実際はどうなのだろう?

悪の限りを尽くしてそのまま生涯を終える悪いヤツは世の中にゴロゴロしているような気がする。

2013年9月16日 (月)

黒革の手帖(上)/松本清張

Photo「この黒革の手帖を国税局に提出しますと」
 原口元子は、顧問弁護士が複写を読み終ったのを見て云った。
「架空名義の預金者たちが迷惑されるばかりでなく、東林銀行は大蔵省銀行局からの受けが悪くなりましょうね。また東林銀行はこんな自粛を申し合せた全国銀行協会に迷惑をかけることになりますわ。先生もご承知のように、大蔵省では架空名義預金や無記名預金が脱税の逃げ場所と睨んで廃止したいのですが、預金の減少をおそれる銀行協会は自粛を口実に抵抗しているんですからね」
 顧問弁護士は、老眼鏡をはずし、サックにおさめながら、沈黙した支店長と次長にゆっくりと云った。
「こっちの負けだね、支店長。原口くんの条件をまるごと呑むしかなさそうですよ」
 支店長の唇の端は痺れたようになっていたが、しばらく思案するようにうつむいたあと、諦めたように云った。

松本清張の悪女モノの小説。

主人公、原田元子は、銀行の目立たない年増の行員だったが、勤務中、架空預金口座を手帖に転記し、それを脅しの道具に使う。

横領した金額は7568万円。

これをもとに元子は銀座でバーを開業し、そのママになる。

そもそもやっていることは悪いことなのだが、読んでいると、なぜかこの悪女に感情移入し、ついつい応援したくなる。

面白いものだ。

逆に言えば、これが小説を読む意味なのだろう。

つまり客観的に見れば、銀行のカネを横領することは悪いことなのだが、小説という形にすると、単なる善悪ではなく、違った角度からものごとを見ることができるということ。

私たちは世の中で起こっていることを単純に善悪で判断しようとする傾向が強い。

特にマスコミの論調はこれがほとんどだ。

しかし、実際には、世の中で起こっていることは単純に善悪、白黒で割り切れない事柄が多い。

多面的な見方を養うという意味で、小説を読むメリットは大きいのではないだろうか。

2013年9月15日 (日)

2013年、日本型人事は崩壊する!/佐藤政人

Photo つまり、「2013年度からは60歳になっても厚生年金が受給できなくなる」のです。これがいわゆる2013年問題です。2013年度以降は「60歳定年を機に完全リタイア」したくても、「収入がないと生活できないから夢の〝年金暮らし〟は無理だ」という人が増えてくるでしょう。
 ちなみに1985年の改正で、60歳から64歳までに受給するのは厚生年金の特別支給分という位置づけになっています。特別支給という形を残すことで、65歳までの引き上げが徐々に進められているわけです。そして、2025年度からは65歳になるまで何も受給できなくなるのです。

今年から特別支給の年金の報酬比例部分の引き上げが始まった。

今年と来年は61歳からの支給、

以後、2年毎に年齢が1歳刻みで引き上げられ2025年には、65歳からでないと年金は支給されない。

問題は、仮に社員が60歳で会社を退職すると、無収入の期間ができてしまうこと。

そのため、国は改正高齢法を施行し、65歳までの雇用を義務付けた。

これはこれまで60歳定年を前提に作られていた人事制度を根本から変えなければならないということ。

日本型人事制度の特徴は、年功序列、終身雇用と言われていたが、

特に年功序列については、おそらく維持できないであろう。

ではどんな制度にすればよいのか?

今、これが多くの会社の重要課題になっている。

これは私自身の仕事でもあるので、しっかりと取り組んでゆきたい。

2013年9月14日 (土)

「反日」包囲網の正体/水間政憲

Photo(アナウンサー)「われわれ日本国民は、われわれに対して犯された罪を知っている」
(声)「われわれは、罪を犯した軍国主義者たちが誰かを知っている」
 複数の声「誰だ、誰だ、誰がやったんだ」
(アナウンサー)「まあ待ってください。これから三十分の間に名前をお教えします。犯罪の事実もお教えします。事実をもとに皆さん一人ひとりが結論を出し、日本の犯罪人に対する皆さんの審判を下してください」
 (音楽)
(アナウンサー)「この番組は日本の全国民に戦争の真実と戦争に至る出来事をお伝えするものです。暗闇に光を当てる、あなたのための番組なのです」

上記抜き書きは、ラジオ放送『真相はこうだ』の冒頭部分。

『真相はこうだ』は週1回放送され、『真相箱』へと続く。

『真相はこうだ』のドラマ形式に代えて問答形式とし、真珠湾攻撃、南京事件、バタアン死の行進などに関する聴取者の質問に、連合国側資料をもとに回答していった。

著者は、この『真相はこうだ』『真相箱』が戦後の日本人の意識形成に大きな影響を及ぼしたと述べている。

戦後の大混乱で、衣食住にも事欠く一般国民にとって、ラジオ放送は唯一の娯楽であった。

『真相箱』および相前後して放送された『真相はこうだ』『質問箱』の内容は、水が乾いた砂に吸い込まれるように、一般国民の心に浸透していった。

一般国民の意識形成に一番影響力をもつのは、言うまでもなく放送である。

まして、当時はラジオ放送以外の娯楽がない時代である。

『眞相箱』は日曜日午後8時からのゴールデンタイムの放送とし、前後を物語、放送劇、音楽、演芸などで固めていた。

いかに多くの日本人がこの番組に耳を傾けていたか、想像するのは容易なことである。

著者は『眞相箱』とは、1946年当時、日本人を洗脳するために用いられたラジオ番組だと断言しているが、あながち言い過ぎではないような気がする。

2013年9月13日 (金)

なぜ、シマウマがトップ営業マンなのか?/加納光

Photo 彼らは、生まれながらにして「営業の才能」を持った「天才型の人」ではありません。
 努力と工夫で「トップの座」を手に入れた苦労人ばかりです。その全員が、口を揃えていうのは「売ろうとするほど売れない!」ということばかりでした。
 さらに、彼らはこんなことまでいい出しました。

「お客様は、とにかく売りつけられる臭いに敏感です。
 それは、シマウマがライオンに狙われるくらい怖いことです
 セールスマンは、お客様と同じシマウマじゃなければいけません。
 ライオンの臭いがする人は、絶対に断られてしまうんです。
 断られるセールスマンは、ライオンの臭いがするんです。」

昔「販売は断られた時から始まる」というタイトルの本があった。

E.G.レターマンというアメリカのトップセールスマンが書いたベストセラーなのだが、

実際には、セールスは断られたら、もう、おしまいである。

実は、セールス関係の書籍には、このようなものが多い。

かつて私も、セールスの仕事に長年携わってきたので、トップセールスマンの書いた本を随分読んだことがある。

正直言って、内容は普通の人にはまねできないことである。

いわば、本人の自慢話。

「俺はこんなに凄いことをやってきた、どうだ、お前たちには真似できないだろう・・・」

と、いった感じである。

そして、世の中に定着しているトップセールスマンのイメージもそれである。

しかし、実際には、口下手で、気が弱く、押しの弱いトップセールスマンが非常に多い。

そんな彼らは、決して人前で話したりしない。

本を書くこともない。

そもそも、そんなことをするのが大嫌いな人たちなのだから。

本書はそのような普通の人がトップセールスマンになるにはどうすればよいのか、そのノウハウをまとめたものである。

世の中に出回っている常識と、実態は随分違うものである。

2013年9月12日 (木)

キャリアノートで会社を辞めても一生困らない人になる/野津卓也

Photo 価値観とは、あなたが生きていく上で、また仕事をしていく上で、大切にしている判断や意思決定の基準のことである。そして、「PI=自分らしさ」を形成している源であるとも言える。
 人は無意識のうちに、人とは違う行動をしていることがあるが、それは、あなたが過去の経験や学習によって培われた価値観から自然と行っているのである。

多くの場合、人が仕事を選ぶ場合、まず考えるのは給料面であろう。

ハローワークに行って、まず求人票の給料面に目がいく人がほとんどではないだろうか。

しかし、著者の経験によると、給料が多い、少ない、という待遇面に惑わされて、自分の価値観に合わない仕事をした結果、うまく自分らしさを発揮できず、組織にもうまく順応できず、悩んで、やむなく退職してしまったという事例が多いという。

今、年金制度に不安がある中、多くの人にとってライフキャリアを構築することは、重要な課題となった。

大事なことは自分らしいキャリアを築くということ。

そのためのキーワードは「価値観」だという。

自分の価値観を正しく再確認して、その価値観に合ったライフキャリアを構築することが大切である、と。

そしてライフキャリアを構築するには、PI(パーソナルアイデンティティー)、つまり「自分らしさ」が欠かせない。

なぜならライフキャリアは、一生涯という長い時間軸で考え、構築するものだから。

その長い行程で積み上げていく個々のキャリアは、関連性のない職業や経験の羅列ではなく、目指すべきライフキャリア目標につながるものでなくてはならない。

ライフキャリア目標という一生涯の目標を成し遂げるためには、行動や言動に一貫性があることが大切。

そのためにPIが必要。

PIがない人は、行動や言動がブレやすく、他者の影響を受けやすい。

それでは自分らしいライフキャリアの構築など不可能だ、と述べている。

その意味では、これからの時代、会社に自分の人生を丸投げするような生き方は、もっともリスクの高い生き方だと言えよう。

2013年9月11日 (水)

私はなぜ80歳でエベレストを目指すのか/三浦雄一郎

80  階段を10歩登るのが苦しい80歳の老人が、半年後にエベレストのてっぺんに立つ。それができると他人に説明できる根拠は、ありません。
 まあ、何とかなるだろう。今までだって何とかなってきたのだから。ただ、そう思うだけです。

80歳でエベレスト登頂に成功した三浦氏。

本書は、著者が登頂する前に書かれた本。

とうぜん、成功するかどうかもわかっていない。

しかも、心臓の手術を受けた後で、体調は最悪の状態。

にも関わらず、心はワクワクドキドキの状態だったという。

まるで遠足に出かける前の子供のように。

どうしてそんなにも明るく、ポジティブでいられるのか。

著者は明るくポジティブでいられる理由は、目標があるからだと言っている。

目標を達成できるかどうかではなく、目標を持つこと自体に意味があるんだと。

目標を持つことがいかに大事なことか。

それは著者の生き方がそのものが証明していると言えよう。

2013年9月10日 (火)

継続は、誰も裏切らない/内藤誼人

Photo 努力を継続するうえで、もっとも大切なことは、努力に価値を見出すことである。そういう意識改革をすることである。努力することがバカらしいとか、面倒くさいとか、そういうネガティブな意識を持っていると、そもそも努力しようという気持ちが失われてしまうからだ
 人間は、自分が価値を見出せることしか、熱心にできないのだ。

何か一定のスキルを身につけようとしたり、あるいは成果をだそうと取り組む場合、ネックになるのは、どれだけ継続できるか、ということである。

一つのことを継続できれば、たいていのことは成就することができる。

逆に言えば、継続できれなければ、何一つものにすることができないということ。

まさに〝継続は力なり〟である。

でも、なぜ継続できないのだろう。

一つの原因は、継続することに、努力することに価値を見いだしていないからだと著者は述べている。

「努力するなのなんて、カッコ悪い」

「泥臭いのは、スマートな僕には似合わない」

「努力なんかしたって、どうせうまくいかないよ」

このような意識を持っている人は、果たして努力を継続することができるだろうか。

努力をバカにする人は、辛い努力などできるわけがない。

ものごとを継続できない人は、まず意識改革から始める必要があるということである。

2013年9月 9日 (月)

危機の指導者 チャーチル/冨田浩司

Photo エド・マローは、大戦中アメリカCBS放送のロンドン特派員として活躍した著名なジャーナリストである。「こちらロンドン」で始まり、「おやすみなさい。そして幸運を(Good Night,and Good Luck)で終わる彼のラジオ放送は、欧州の戦局を米国の家庭に生々しく伝えた。
 そのマローは、チャーチルの戦争への貢献を評して、「(彼は)英語を動員して、戦場に送り出した」と述べたが、彼が戦時中に行った幾多の演説が人々の記憶に残る最も印象深い貢献であったことは間違いない。

政治には、平時における政治と危機におけるそれとの二つがある。

平時の指導者に求められる最も重要な資質は、資源配分の技術である。

この面におけるチャーチルの技量は、上の下か、中の上といったところであろうか。

しかし、危機の政治においては、彼は疑いなく超一級品であった。

何よりも、チャーチルにとって危機において国家を指導することは、常に人生の目的であり、運命であるとすら考えていた。

一定の年齢以上の英国人にとって、チャーチルの演説は戦時の記憶と共に特別の意味を持っている。

チャーチルの原稿の準備に費やす時間と手間は尋常なものではなかった、という。

彼自身、このプロセスについて、

「私は、さっさと作文をしたりしない。文章のスタイルと構文には最大限の手間をかける。私は、文章が光り出すまで磨きをかける」と述べている。

原稿の用意ができると、それを徹底的に暗記し、何回もリハーサルを行う。

演説の直前には四六時中予行演習を行っていたらしい。

しかし、数々の演説があれほどまでに国民の共感を生んだ理由を単なる演説技術の問題に帰することは適当ではない。

内容面で二つの特徴がある。

第一は、目的意識の明確さである。

チャーチルの演説は、何故闘うのか、そして正義はどちらの側にあるのかを疑問の余地なく明示する。

第二は、チャーチルの演説が生み出す歴史的共感である。

彼の演説を聞くとき、国民は自らが歴史の一部となったことを自覚せざるを得ない。

演説の中に、歴史上のエピソードや偉人の言葉が絶妙に散りばめられていた。

昨日、2020年オリンピックの東京開催が決まった。

直前に行われた日本のプレゼンを見て、やはり言葉の力は大きい、と感じた。

これも決めての一つとなったのだろう。

言葉を大切にしていきたい。

2013年9月 8日 (日)

なぜ日本は〈嫌われ国家〉なのか/保阪正康

Photo  一九四一年十二月八日の真珠湾奇襲攻撃の時、日本は通達なしにこれを行った。在米日本大使館が、本国から届いた宣戦布告の通知の翻訳に手間取り、アメリカ側に外交打ち切り文書を手渡したときにはすでに真珠湾攻撃が行われていたのだ。
 アメリカは最後の最後まで平和を望んだのにもかかわらず、日本は通告なしに真珠湾を攻撃したとのアリバイ工作であったが、これがルーズベルトやハルの考えていた以上に、アメリカ人の怒りに火をつけたわけである。
 当時、海軍の駐在武官としてワシントンにいた実松譲の証言によると、アメリカ時間の十二月七日の夜、日本がアメリカを奇襲攻撃したという臨時ニュースが流れた。するとワシントンの日本大使館に何万人もの群衆が殺到し、
「日本人は汚い!!」
 と怒声を浴びせたり、石を投げつけたりした。この時に「汚い日本人=ダーティ・ジャップ」というイメージが、アメリカの庶民の隅々まで行き渡ったのである。

日本人は他国からどのように見られているのか?

おそらく中国人と韓国人からは嫌われているのだろう。

でも、それ以外の国からはどう見られているのか?

そのことを考える上で、一番大きな影響を及ぼしているのは、太平洋戦争の記憶である。

21世紀に入った今日でも、それぞれの国の中に、太平洋戦争が様々な形で影を落としている。

それが、今日の日本人観にも大きな影響を与えている。

今では同盟国となっているアメリカであっても、その国民の記憶の奥底にはあの真珠湾攻撃のとき植えつけられた「ダーティ・ジャップ」のイメージが影を落としている。

彼らにとって太平洋戦争の敵国である日本は、野蛮で残酷な民族で構成されている国というイメージが占めていることが多い。

私たちは、太平洋戦争当時と今とでは日本人は大きく変わったということは実感している。

しかし、日本人と会ったことのない高齢者の間にあるイメージは、太平洋戦争当時から固定化してしまっていると考えられる。

今でも戦争の記憶は影を落としているのである。

私たちは、日本人が体験した太平洋戦争をもっと複眼的に、巨視的に考える必要がある。

太平洋戦争を通じて作られた日本のイメージの歪みをゆっくりと時間をかけ払拭していく努力をしていかなければならないと言えよう。

2013年9月 7日 (土)

日本はなぜ開戦に踏み切ったか/森山優

Photo 要するに、陸軍にとって、対米戦は海軍がやってくれる戦争だった。東条が対米戦を主張できたのも、他所の仕事という認識だったからである。しかし、海軍は対米戦に自信がないと公式に言うことは出来なかった。対米戦を名目に多くの予算と物資を獲得してきた経緯に加え、九月の御前会議では外交交渉が成立しなければ開戦に踏み切ることをも明言していたからである。戦争が不可能と言えば、海軍の存在意義が失われる。
 つまり、陸軍も海軍と同じように、自分以外の組織の犠牲によって問題を解決しようとしたのである。もし陸軍が対米戦を自らの戦争と自覚して中国で失う利害と同じ地平で考えることができたなら、撤兵という苦渋の選択を行ない得たであろう。そして海軍が大陸の利害と陸軍との関係を自らの対米戦と同レベルの問題として捉えることができたなら、その主張に説得力が増したに違いない。しかし、現実には、両者ともに自らの利害に立てこもる姿勢をとった。
 

日本はなぜあの時、無謀な対米戦に踏み切ったのか?

多くの日本人の理解は、「軍部の暴走」であろう。

「軍部」は、日本を悲惨な戦争に引き込んだ「悪」として表象されてきた。

最終的にハル・ノートにより、中国とインドシナからの日本軍と警察の撤収を突きつけられ、日本は海戦に踏み切ったのだ、と。

でも、戦争の結果を知っている今の私たちの立場から 見れば、中国からの撤兵問題でアメリカと折り合いがつかなければアメリカに戦争を仕掛けるなど、愚の骨頂でしかない。

確かに、日本は日中戦争に多額の予算を投入し、日露戦争を超える戦死者も出していた。

手ぶらで帰る訳にいかないと思うのは人情である。

しかし、アメリカと戦って敗れれば、中国大陸の利権を失うなどというレベルでは済まない。

起こりうるリスクと利害得失を天秤にかければ、対米戦という結論が出るはずはない。

ところが、最大の問題は、日米戦と中国からの撤兵を天秤にかけて判断する政治的主体が、日本のどこにもなかったことである。

結局、組織的利害を国家的利害に優先させ、国家的な立場から利害得失を計算することができない体制が、対米戦という危険な選択肢を浮上させたと言えるのではないだろうか。

でも、当時の意思決定のシステムは単なる昔話で片づけられるのだろうか。

今もその体質は引き継がれているような気がするのだが。

2013年9月 6日 (金)

捏造だらけの中国史/黄文雄

Photo 中国外務省の秦剛副報道局長は、定例の記者会見でこう言った。「歴史上、中国は一度も他国を侵略したことはない。有史以来一貫して平和国家だった」
 たいてい中国外務省出版の国際関係の書物は、どの国とも「友好関係」以外にない。中国外務省の主張によれば、中国の人権はアメリカの五倍以上尊重されている。もちろんこの「五倍」以上の数字もきわめて中国的だ。
 中国で流行しているこういう諧謔がある。
  アメリカ人「アメリカでは、嘘つきは弁護士になる」
  日本人「日本では、嘘つきはマスコミ関係者になる」
  中国人「中国では、いまだ一人も嘘をついたものはいない」
 中国人というのは、考えていることと、口で言っていることと、やっていることは違うもので、そこで「建前と本音」を使い分けるのも巧みである。

著者によると、日本人と中国人とでは子供の教育に大きな違いがある、とのこと。

日本人はたいてい「嘘つきは泥棒のはじまり」だと叱るのに対して、

中国人はほとんどが外に出たら「騙されるな」と丁寧に注意をする。

それは中国社会では、買物にしても値切らないと損をするだけでなく、騙されてニセものを買って帰ることも多い。

だから、「騙されるな」というのは、そういうような人間不信の社会から生まれるもので、古代からの「伝統文化」ともいえる、というのである。

本書のタイトルは「捏造だらけの中国史」となっているが、

捏造が中国の伝統文化となっているとすら言える。

これらを考えると、中国の政治家やマスコミの発言を真に受けないほうがよいということになる。

それらの言葉の奥に何が働いているのか、と、読みながら聞く必要があるということであろう。

最近よく出てくる「正しい歴史認識」という発言も、

それは中国が決めた歴史認識である。

日中が共有する歴史教科書の作成の動きもあるにはあるが、

それはあくまでも中国の意向を尊重ということでしか不可能だから、日本がいくら努力しても日本の意向通りにできるものではない。

中国の常識から考えれば、中華思想をやめ、従来の「正しい歴史認識」を放棄することはないだろう。

中国は絶対善であり、絶対無謬である自負を放棄することもないだろう。

むしろ日本としては、そのような前提の上で、上手につきあう以外にないのではないだろうか。

2013年9月 5日 (木)

歴史認識を問い直す/東郷和彦

Photo それでは、いかにして「対話」による正常化をなしとげるのか。
 私は、日本側から言うべきことは、一つだと思う。
「前提条件をつけずに話しあいましょう」
 別の表現で言うならば、お互いに、自分が言いたいことは全部言いあう、すなわち、「相手の言いたいことは全部聞く」ということになる。
 外交では、自分の意見を主張するのは当然である。しかし、外交の本義は、相手の言うことを徹底的に聞くことから始まる。
 現在の日本では、戦後の外交実施の過程で、相手の言うことばかり聞き、自分の言うべきことを十分に言ってこなかったという国民的な印象がある。当たっているところもあれば、当たっていないところもあると思う。しかし その結果、相手の言うことを聞くということがいかに大切かという外交の本義が、ほとんど聞かれなくなっている。
 逆接的に聞こえるかもしれないが、日本は今こそこの外交の本義を正面から思い起こさねばならないと思う。
 なぜなら、外交の失敗の後には、戦争があるからである。

今、日本と中国、韓国との間がおかしくなっている。

両者ともネックになっているのは領土問題である。

お互い引くに引けない問題であるというのはわかるのだが、

問題はそれによってお互いのトップがいまだに会っていないということ。

対話の道が閉ざされているということ。

これが一番の問題。

著者の言う通り、外交の失敗は戦争である。

威勢のいいことをいっても、戦争になれば多くの命が失われる。

誰もそんなことは望まないはずである。

歴史を見てわかることは、やらなくてもよかった戦争があまりにも多いということ。

日本が対話の道を開こうとしても相手が拒否したらどうしようもないのだが、

それはそうとして、日本としては対話を再開するためにあらゆる努力をするべきだろう。

なぜなら、外交の失敗は戦争なのだから。

2013年9月 4日 (水)

韓国併合への道 完全版/呉善花

Photo 日本と韓国は戦争をしたわけではないので、日本に戦後賠償責任は生じない。しかし日韓は、日本による「補償」の観点から交渉を進め、一九六五年に日韓経済協力協定を締結して国交正常化をなしとげた。反日主義とは直接には関係ないが、歴代韓国政府は反日主義政策をとってきたために、一貫して日本からの経済援助の実態を国民に告知してこなかった。韓国の経済成長に果たした日本の貢献度は、他国とは比較にならないほど高いものだったにもかかわらず、大多数の国民がそのことを知らされてこなかったのである。

呉善花氏といえば、先日韓国で入国拒否されたことが話題になった。

確かに、数々の著書で韓国にとって耳の痛いことを述べており、本書でも同様である。

ここでは1965年の日韓経済協力協定について述べている。

韓国は、1965年の日韓国交正常化に伴う日本の資金協力がはじまったことによって、急速な経済成長をとげていった。

援助の内訳は、有償2億ドル、無償3億ドル、民間の経済協力が3億ドル以上、合計8億ドル以上である。

当時の韓国の国家予算は3億5000万ドル、外貨準備高は1億3000万ドル、貿易赤字は手持ち外貨を大きく上回る2億9000万ドルだった。

当時の韓国にとって、8億ドルという金額がいかに大きなものだったかがわかる。

韓国はこの援助によって、朝鮮戦争で破壊された漢江鉄橋の復旧事業を皮切りに、港湾浚渫事業・鉄道整備等のインフラ整備を行なうことができた。

1966~75年の韓国経済成長に対するこの日本の援助資金の寄与率は、20パーセントと高い数字を示している。

ところが、このことは韓国の国民にはほとんど知らされていない。

最近は日韓併合時の日本企業による徴用者の賠償請求を韓国最高裁が認めるという判決がでた。

1965年の日韓経済協力協定を無効とする驚きの判決である。

ここまでくると韓国は法治国家とは言えないということになるが、事実そうなのであろう。

最近、よく韓国の為政者や国民から出てくる「歴史を忘れた民族に未来はない」という言葉。

どうやら韓国に最も当てはまることばのようだ。

2013年9月 3日 (火)

会社の老化は止められない/細谷功

Photo_4 人間と同様、会社は生まれた瞬間から老化が始まる。さらにいえば、会社の営みを一言で表現すれば、「老化との戦い」ということもできるだろう。それは会社という生命体が持っている「不可逆性」、つまり変化は一方通向で後戻りができないという性質による。例えば「ルールや規則は増える一方」「顧客意識は薄まる一方」「目的意識の希薄化は進行する一方」というように、会社の老化は一方通行の不可逆プロセスとして進行していく。

仕事の関係で、様々な企業を訪問する。

中には、創業からかなりの年数を経ている企業もある。

そのとき感じることは、本書で述べるところの「老化現象」がいたるところに現れているということ。

たとえば、目的意識が希薄になった結果、「手段の目的化」が起こっている。

手段は目的より具体的で目に見えやすい。

本来、会社全体が目指していることを実現するための手段であった「組織」が、いつの間にか自己目的化して、みずからの組織を最適化するためだけに動き始める。

一部の問題社員を規制するために作られた規則やルールが目的化して、大多数の「善良な社員」の足かせになってしまう。

クリエイティブワークが失われ、ルーチンワークが幅を利かしていく。

クリエイティブワークを「攻め」とするならば、ルーチンワークは「守り」である。

いずれも企業にとっては大事な仕事であることは間違いないが、企業にとっての生命線となり、他社と差別化するための付加価値を生み出しているのは圧倒的にクリエイティブワークであることは間違いない。

ところが「手段が目的化」し、見えやすいものに流れるという思考停止の状態は、クリエイティブな仕事の割合を減らす方向に一方通行で流れていく。

その結果、クリエイティブな仕事の割合を減らす方向に一方通行で流れていく。

予算・ノルマの達成、社内での評価といった目に見える「金と数字」のみが重要になる。

イノベーターは活躍の場がなくなるばかりか会社の老化が進行するとともに閉塞感を覚えるようになる。

この状態を放置すると、イノベーターは会社を去り、ルーチンワーク型人材のみが残る。

ますます会社の老化が進化していく。

こんな企業が生まれてくる。

いや、大部分がそうなのではないだろうか。

このような負のスパイラルを脱することが多くの企業に求められていくのではないだろうか。

2013年9月 2日 (月)

組織に負けぬ人生/日下公人

Photo そうした日本軍の中にあって今村均が率いる軍団だけは、この南寧でもジャワでもラバウルでも常に全軍的な勝利をつかんでいることは、いろいろ幸運な事情があったとしてもやはり注目すべきことだと思われる。その原因としては、今村均の指揮が常に合理的・現実的で、余計な美学をふくむ割合が少なかったことがやはり大きいと思われる。

旧日本軍の中で名将と呼ばれた今村均がいた。

その人柄、エピソードは今日でも旧占領国の現地住民だけでなく、敵国であった連合国側からも称えられている。

かつて、日本人は状況が困難になるとその合理的な解決を考えるよりも、とかく精神的・抽象的になり神がかり的な〝純粋の美学〟と〝破滅の美学〟に逃避するところがあった。

戦争が敗戦つづきで勝利の見込みが遠くなった頃にはこうした純粋の美学や破滅の美学は一層勢力を拡大していった。

兵士が兵器に敬礼させられたり、追いつめられるとすぐに全軍を挙げたバンザイ突撃を敢行した。

海軍では艦長が艦と運命を共にして死ぬという美学があった。

零戦その他の搭乗員も、飛行機と運命を共にするのが美とされパラシュートをつけない風習があった。

こうした日本軍の体質に対して、今村均は相当異質である。

まず、彼は勝つことを第一に考え、そのために必要なことのみを合理的に追求して思考を組み立てていった。

個人的・心情的な潔さとか晴れがましさなどは二の次、三の次にしてひたすら全軍の勝利を実現しようとする。

究極の目的を見失わないのは一軍を指揮する将軍の大事な資質である。

それができない上級管理職はすぐに局部的な損得や他人の評判などを気にして、大局観を失い〝純粋の美学〟に頼って、結局は〝破滅の美学〟へと歩を進めることになる。

これは企業経営でも同じことである。

旧日本軍と同じような体質をいまだに保持している企業が多く存在する。

経営の業績が悪化すると、精神主義がやたらに目立つようになる。

その結果、ますます傷口を広げ、企業はおかしくなっていく。

究極の目的をどんな時にも見失わず、局面局面はあくまで合理的・現実的に判断していく。

これは多くのリーダーに求められていることではないだろうか。

2013年9月 1日 (日)

「数字」で考えるコツをつかめば、仕事の9割はうまくいく/久保憂希也

Photo_4「この本はよく売れています!」という表現と、「この本は8万部売れています!」という表現では説得力がまったく違います。「よく売れる」という表現では、どれだけ売れているのかわからないため、説得力に欠けてしまうのです。
「この本は8万部売れています!」という表現と、「この本は発売たった3週間で8万部売れています!」という表現はどうでしょうか。数字で期間を明示しただけで説得力はより増します。
 よく「発言に説得力がないようで、自分の意見がいつも通らないんです」と悩んでいる人がいますが、発言に具体的な数字を加えるだけで、説得力は増します。

数字で考える、そして数字で説明する。

これはビジネスパーソンにとって必須のスキルである。

相手に説明したのに伝わってなかったということがよく起こる。

いろんな原因が考えられるが、一つの理由は相手が間違って受け止めてしまうということがある。

たとえば、「すぐに返事を下さい」と相手にいった場合、

相手によって「すぐ」という言葉の意味が違う。

ある人にとっては「10分後」かもしれないし、他の人にとっては「今日中」ということかもしれない。

場合によっては「1週間以内」かもしれない。

このようなギャップを防ぐには数字を使うことである。

「1時間以内に返事を下さい」といえば誰もが同じ内容で受け止めてくれる。

多くの食い違いはこのようなちょっとしたことからきている。

ただ、何でもかんでも数字を使えばいいかというと、それは明らかに間違っている。

では、どんな場面でどんな風に使えばいいのか? 

これがまさに「コツ」である。

数字を使うことによるメリットを理解し、必要なときに必要なタイミングで使えばよいのである。

数字を使うことによるメリットは、

数字を共通言語とすることで、組織内・対外的に共通認識を持てる、

計画や目標に数字を組み込むことで、現実とのギャップを認識できる、

数字を使うことで説得力が増す、というもの。

これらのメリットをよく理解し、必要な時に必要な形で使う。

これがコツというものであろう。

そして何よりも大事なことは、数字に対する苦手意識を排除するということだろう。

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