« 昭和史 戦後編 1945-1989/半藤一利 | トップページ | ビジネスの〝常識〟を疑え!/遠藤功 »

2013年9月22日 (日)

スタンフォード教授の心が軽くなる先延ばし思考 /ジョン・ペリー

Image 先延ばしやは、やらないといけないことを先延ばしにする。この欠点とされている性質も、そうする意義があれば利点に変わる。私の言う「意義ある先延ばし」は、「先延ばしにするからといって何もしないわけではない」という考え方が前提となる。何かを先延ばしにしていながらほかのことも何もしない、という人はほとんどいない。庭いじりをする、鉛筆を削る、棚の模様替えをするときのための図を描くなど、無意味ではない何かしらのことはする。なぜそんなことに手をつけるのか? そうすれば、それよりも重要な用事をやらずにすむからだ。仮に、何本かの鉛筆を削る以外にやることがなくなれば、どんな力を持ってしても鉛筆削りに取りかからせることはできない。その反面、たとえ難しく時間のかかる重要な用事であっても、それ以上に緊急性や重要度の高いことをせずにすむのであれば、進んで手をつけようとする。

先延ばしは、すぐにやる必要のあることを後回しにする悪いクセだと考えられている。

ところが大事なことを先延ばしにしても、代わりにそれほど重要でない用事を片づけていることが多い。

この事実を逆手にとってやらないといけないことを片づけるようにすれば、その過程で何かを先延ばしにすることは「意義ある先延ばし」となる。

終わらせたい用事を重要度順に並べたリストがあるとすると、上のほうには緊急性や重要度が高そうな用事が並ぶであろう。

でも、下位にくる用事にも終わらせるだけの価値はある。

それらに取りかかれば、上位を占める用事に取りかからずにすむ。

リストの上からではなく、自分に適した優先順位で用事に取り組めば、先延ばしやも立派な一市民となれる、というわけだ。

この事実を知って、本書の著者ジョン・ペリー、は、先延ばしはほかの用事をたくさん終わらせるための意義ある行為だと考えるようになり、以来、先延ばしグセとうまく付き合えるようになったという。

著者は、先延ばしを称賛しているわけではない。

その証拠に、先延ばしグセを改めるための方法論をいくつも紹介している。

ただし、それをやったとしても、それで先延ばしグセが直るわけではない。

人間のクセは、そうは簡単に変わるものではないのである。

だったら、先延ばしグセを、どうしても直さなければならない欠点としてとらえるのではなく、むしろ上手につきあっていったほうが精神衛生上もよいのではないかという発想である。

先延ばしグセは欠点に数えるものだが、欠点のない人間はひとりもいない。

欠点について思い悩むことに時間を費やすくらいなら、欠点を受け入れて付き合っていくほうがいい。

言葉を換えて言えば、「欠点」と見るか「個性」と見るか、の違いだろう。

« 昭和史 戦後編 1945-1989/半藤一利 | トップページ | ビジネスの〝常識〟を疑え!/遠藤功 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

« 昭和史 戦後編 1945-1989/半藤一利 | トップページ | ビジネスの〝常識〟を疑え!/遠藤功 »