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2013年9月28日 (土)

日米開戦の真実/佐藤優

Imagecaqqnfm1 自分の所属する国家・民族が誤った道を選択したと考えた知識人がとる行動は、大きく二つに分かれる。
 第一は、自分だけが正しいと考え、それにあくまでも固執するタイプだ。積極的に政治運動や抵抗運動に従事するか、あるいは自分の小さな殻にこもってしまうかという点はそれほど重要でない。自分にとっての真理や信念を絶対視するという思考の形に特徴がある。革命家はこのような思考形態をとりやすい。
 第二は、同胞が間違いを犯すならば、自分だけそこから逃れようとするのではなく、国民と共に誤った道を進む中で軌道修正を図るというタイプだ。保守的知識人の思考の形である。大川は明らかにこの系統に属する。

本書は大川周明が著した『米英東亜侵略史』を佐藤氏が解説したもの。

大川周明という名前を聞いて、その人物像がすぐに思い浮かぶ人はほんとどいないと思う。

私もその一人なのだが、東京裁判の初公判で、東条英機元首相の禿頭を後ろからポカリと叩いた背の高い老人といわれ、「ああ、あの人か」とピンときた。

著者によると、大川は腹の底から法廷をバカにしていたという。

戦勝国の裁判官による「公正な裁判」などというのは作り話だという心理が、初公判へのパジャマ姿での出廷や東条英機の禿頭を叩くというパフォーマンスにつながった。

暴力を背景に真相の究明を装うような法廷を根源的に批判するためには、法理論に基づいた反論よりも、法廷を悲喜劇の劇場にする方が効果がある。

大川は初公判で法廷を悲喜劇劇場にすることに成功したと述べている。

大川はA級戦犯として法廷にたったわけだが、彼は元々反米主義者でなかった。

大川の首尾一貫した立場は反植民地主義である。

大川はアジアを植民地支配から解放するためにイギリスと戦うことは不可欠で、不可避と考えたが、対米戦争についてはできるだけ避けようとしていた。

しかし、一旦、開戦の火蓋が切られた以上、「自分はこの戦争に反対だった」というような傍観者的態度をとることは大川の信念に反していた。

困難で、勝算が低い戦いでも、一旦始まった以上は死力を尽くし、その中で知識人としての自己の果たすべき役割を大川は真剣に考えた。

これはなかなかできることではない。

これは企業活動に置き換えると、よくわかる。

自分が働く企業で意に沿わない方針が決まった場合、どのような行動とるか、ということである。

あくまで自分の意見に固執し、非協力の立場を貫くか、

あるいは、いったん決まった以上は、それに全力で協力し、その中で、間違っている部分は徐々に修正するような動きをするのか、という選択である。

企業活動そのものから考えれば後者の方が上手くいくであろう。

でも、前者を選ぶ社員が多いのまた事実である。

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