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2013年10月の31件の記事

2013年10月31日 (木)

大研究!中国共産党/沈才彬

Photo  1978年、鄧小平が日本を訪問した際、社長だった松下幸之助とトップ会談をしている。この席で、松下は鄧からの直接要請を受け、中国に積極的に進出していった。パナソニックと社名を変えた今も、松下は中国において最大の日本企業の1つである。にもかかわらず、青島にあるパナソニックグループの工場は破壊された。
 パナソニックグループが狙われた背景には、政治的な意味がある。
 総理大臣だった野田佳彦や、漁船衝突事件の際に国土交通大臣だった前原誠司、尖閣諸島国有化の際に外務大臣だった玄葉光一郎らの政治家は、中国では対中強硬派として知られている。この3人に共通するのは松下政経塾出身者ということだ。松下政経塾に資金提供したのは松下幸之助であり、このことが関連づけられて破壊の標的となったと見られている。

本書の著者は中国人である。

それだけに、中国人がどのように、中国共産党や日中問題等を捉えているかを知るには最適の本である。

例えば昨年起きた反日デモ。

中国に進出した多くの日本企業がその標的になり、その数は約500カ所に及んだ。

その時の様子を写した映像は衝撃的なものだった。

中でも違和感を感じたのは、青島にあるパナソニックグループの工場が破壊されたこと。

鄧小平から請われて松下幸之助が中国に工場を作ったのに、その恩を仇で返すような行為である。

背景には、総理大臣だった野田佳彦や、前原誠司、玄葉光一郎らが松下政経塾出身だったからということだが、こんなこと単なるこじつけとしか思えない。

しかし、これが日本人と中国人とのメンタルの違いなのであろう。

お隣の国で今後も関わらないわけにはいかないのであれば、このような中国人の考え方、思考回路を充分に理解した上で、上手につきあう必要があるのではないだろうか。

2013年10月30日 (水)

アメリカが畏怖した日本/渡部昇一

Photo  ところが、前回述べた「敗戦利得者」によって、その間も「東京裁判史観」が受け継がれた。先ほど、マッカーサーがアメリカの上院で証言したことを紹介したが、その前後の報道は行なわれても、肝心の証言そのものを報じた日本のマスコミはなかった。これは軍事・外交上の機密ではなく、「ニューヨーク・タイムズ」に全文が出ているにもかかわらず、である。
 あの頃、「日本は自衛戦争をやった」というマッカーサーの言葉を知ったら、どれほど日本人が喜び、明るくなったかわからない。それを日本のマスコミは隠したのだ。そして隠し続けている。
 なぜ、隠したのか。それを報道すれば「戦前の日本が悪かった」といってきた「敗戦利得者」たちの間違いを満天下に示すことになるからだ。これは単に恥をかくだけにとどまらない。敗戦後に得た「利得」や「利権」を失うことにもつながる。そういう人たちはマスコミだけではない。学者にもいたし、政治家にもいた。

日本に浸透している自虐的歴史観、このことに大きな役割を担ったのがマスコミと学者たちである。

「戦前の日本は悪かった」と主張して職を得た人たちを、著者は「敗戦利得者」と呼んでいる。

彼らは、自らの利得のために意図的に偏った情報を流し、それによって世論を形成していった。

戦後の日本は「戦前の日本は悪」とする人々がポストを占め、力をもっていった。

そして、一度、「戦前の日本は悪かった」と書いてしまうと、どの新聞も取り消せなくなり、その路線をひたすら進んでいく。

占領期が終わってもその立場は体制として固まり、東京裁判史観を広め、定着させるシステムが形成された。

ところが、戦後のアメリカ占領政策の中心人物だったマッカーサーが、「彼ら(日本人)の戦争に突入した目的は、それゆえ、主として自衛のため余儀なくされたものであった」と1951年5月3日上院の軍事外交合同委員会で証言している。

つまり「この前の戦争に日本が入った目的は主として自衛のために余儀なくされたものである」といったのである。

ところが日本のマスコミはその証言を意図的に隠した。

事実を事実として報道するのがマスコミの役割だとすれば、これは明らかにおかしい。

そしてそのような流れは今も続いているといってよい。

マスコミの報道を鵜呑みにすることが如何に愚かなことであるか、ということである。

客観報道はない、と思って新聞や雑誌を読むのが正しいマスコミ報道とのつきあい方だと言ってよいのではないだろうか。

2013年10月29日 (火)

帝国としての中国/中西輝政

Photo 朝鮮半島をめぐってではあったが、二一世紀の中国の対外姿勢を占ううえで興味深い「水平的な位相」をはっきりと浮上させた出来事が二〇〇二年五月に起こった。瀋陽にある日本総領事館に北朝鮮からのいわゆる「脱北者」が亡命を求めて駆け込んだのに対し(日本では「ハンミちゃん事件」とも称される)、中国の武装警察が日本側の許可を得ることなく総領事館内(いわゆる治外法権が外交特権として認められている)に立ち入り、「脱北者」を連行していった事件である。しかし、全く同じ日に日本総領事館の隣にあるアメリカ総領事館にも脱北者が駆け込んだが、中国官憲はいっさい手出しはしなかったとされる。そして、やや日をおいてではあったが北京の韓国大使館で脱北者が館内に入ろうとするところを中国官憲に連行されそうになり、制止する大使館員と中国官憲との間で乱闘になり「脱北者」が中国側に連れ去られるという事件が起こった。

2002年に起きた、いわゆる「ハンミちゃん事件」はその衝撃的な映像とともに強く印象に残っている。

武装警察が無断で総領事館内に立ち入り、脱北者を連行するなど、言語道断である。

著者によると、この問題に対する中国側の対処と事後処理の相違の中に、中国外交の基本的な対外観の混在がきわめて整理しやすい形で、劇的に浮かび上がっている、という。

まずアメリカに対しては、近代国際法の原理に則って、外国公館の不可侵を忠実に守り亡命脱北者の出国についても人道的見地を重んじるアメリカ側の意向に配慮して処理した。

韓国に対しては、後日、韓国側に正式に謝罪し韓国側と協議のうえ、いわば円満に出国させている。

一方、日本に対してはいっさいの謝罪は行わず、また日本側の抗議を無視してフィリピン政府との直接交渉によってフィリピンへ出国させた。

つまり中国は相手によって国際秩序の基本原則を使い分けているということ。

いわばトリプルスタンダードである。

中国の対外アプローチは、西欧、東アジアの歴史的な「周辺国」、そして日本という三つの対象に、それぞれ別個のスタンダードを適用している。

それが象徴的に現れたのが、脱北者への処理で異なるアメリカ、韓国、日本への扱いであるといえよう。

こうなると、日米安保の重要性が改めて浮き彫りになってくる。

日本の背後にアメリカがいることによって、中国は西欧に対するアプローチ、つまり近代国際法の原理に則って対処せざるを得ない状況に追い込まれている。

ここに中国のジレンマがあるのであろう。

2013年10月28日 (月)

日本人が知らない世界と日本の見方/中西輝政

Imagecat2bwau これはジママーンに限らず、当時のアメリカ・イギリスを中心とした西欧諸国の国際政治学、国際関係論と称する学問の特徴です。ノーマン・エンジェルという有名な平和運動家の言葉を引いて「戦争の原因は、それぞれの人間の心の中にある。人間の心を変えれば、戦争は起こらなくなる」といったりしていまた。
 きわめて幼い精神主義に依拠する議論ですが、国際政治学というのは、実はこんなところから出発したわけです。しかし振り返って日本を見ると、こうした議論をいまの日本では、いまだに相変わらずやっているわけです。戦争は心の中で起こるのだから、そういう悪い心が起こらないように一人ひとりの人間を平和主義的に教育する。それが平和を得る一番大切な方法である。そんな議論です。

「戦争の原因は、それぞれの人間の心の中にある。人間の心を変えれば、戦争は起こらなくなる」という議論。

日本では今もこの種の言葉は度々出てくる。

軍隊を持たなければ、戦争は起こらないというのもその類だ。

ところが、この議論は1920年代の国際政治学の草創期に行われたものだという。

しかし、その考えは、二度の世界大戦を経て成熟し変遷していく。

当然であろう。

戦争は国と国との複雑な関係が絡まって起こる。

好戦的な人が起こすというより、平和主義を掲げていてもやむにやまれず戦争に突入することもある。

誰も戦争を起こしたくはない。

だったら、日本人は歴史をもっとキチンと学ぶ必要があるのではないだろうか。

2013年10月27日 (日)

関東大震災/吉村昭

Photo  関東大震災の焼失図を見ると、東京市の大半は焦土をしめす朱色がべったりと塗りつけられている。が、その中に浅草観音境内、石川島、佃島、神田区和泉町、佐久間町一帯が焼失をまぬがれたことがわかるが、殊に和泉町、佐久間町の地域が、広大な朱色の焼失地域の中で焼け残り地区をしめす白地のままであるのがひどく奇異なものに映る。
 この一区画の焼け残りは、関東大震災の奇蹟とさえ言われた。
 震災後、大焦土と化した東京市の中で、その地域に家並が残されている光景に、人々は驚きの眼をみはった。それは、広大な砂漠の中に出現したオアシスのようだと表現する者さえあった。

1923年に起こった関東大震災。

死者・行方不明 10万5千余。

地震の揺れによる建物倒壊などの圧死があるものの、強風を伴った火災による死傷者が多くを占めたとされる。

そんな中で、和泉町、佐久間町の見事な焼け残りは、好条件に恵まれてはいたが、住民たちの努力によるものであった。

住民たちは、四囲を完全に火に包まれた中で町内にとどまり、火と戦った。

もしも防火に失敗すれば、町内には炎がさかまき、全員焼死することが確実だった。

住民たちは、ポンプ注水すると同時に家屋を破壊し、また数百名の住民は二列縦隊をつくって七個の井戸から汲み上げた水をバケツで手送りし、全力をあげて消火につとめた。

火との戦いは8時間にも及び、その夜の午後11時頃火勢を完全に食いとめることに成功した。

その結果、千六百余戸の家々が東京市の焦土の中で焼け残った、という。

この奇蹟的ともいえる和泉町、佐久間町の焼け残りは、すべて住民の努力によるもので、消防署は防火活動に全く従事していない。

どうしてこんなことができたのか。

原因として、その地域は、江戸時代の大火にも難をまぬがれたという事実が語り伝えられていたので、住民たちの間には焼けぬ土地という信念があった、というのが大きい。

そのためかれらは積極的に火流と戦い、それを阻止することに成功した。

つまり過去の言い伝えからくる成功体験が住民たちを不退転の消火活動へと駆り立てたと言うことができる。

2013年10月26日 (土)

チーズは探すな!/ディーバック・マルホトラ

Photo「きみは考えたことがあるかい?
なぜ変化が避けられないものなのか?
なぜ迷路はこういう形なのか?
なぜ迷路があるのか?
なぜネズミは一生チーズを探し続けなければいけないのか?
そしてチーズが消えているのを見て、
『誰がチーズを動かしたんだろう?』ってね」

世界的大ベストセラーになった『チーズはどこへ消えた?』という本がある。

すぐに読めるし、ビジネスの本質をついているということで、企業研修などでも多く使われている。

この本が明らかにしたのは、

「変化は起こるものだ。

私たちはただすわったまま変化に対して文句を言うこともできるし、 変化の波に乗ることもできる。

変化を恐れてはいけない。変化を受け入れよう。

迷路の中で起こることは、私たちにはコントロールできない。

私たちにコントロールできるのは、変化に対する反応だけだ。」

というもの。

確かに今のような変化の激しい時代で生き抜くには、変化対応していかなければならない。

では、本書はそれを否定するものなのか?

読んでみると、否定というより補足するものといった方がよいような気がする。

そして前提を疑ってみることも必要ではないかと訴える。

確かに、人生の大きな変化になかなか対処できずにいる人々にとって、『チーズはどこへ消えた?』は実に魅力的な読み物だ。

私たちはあの本のおかげで、起こる変化を受け入れる必要があること、変化は自分たちにはコントロールできないということ、前に進んで変化に順応する力をみつける必要があることを学んだ。

しかし、本書はこう訴える。

たとえ、変化への順応が唯一の実行可能な選択肢に思えても、ただやみくもに、熱心に変化を受け入れるだけではいけない。

その前にすべきことがある。

なぜ変化を余儀なくされているのか、

今後の生活を自らの手でコントロールするにはどうすればよいか、

自分たちが追い求めているゴールは正しいかどうか、

他人が設計した「迷路」から脱出するために必要なのは何かを、きちんと理解しなければならない。

つまり、成功や幸福を手にするには、変化に順応するだけでは足りないと訴える。

思い込みに挑戦し、環境を新たに整え、自分自身でルールをつくることが必要だと。

変化に順応するのではなく、変化を創り出すことが必要だと。

そうしないと、一生チーズを探すだけの人生になってしまう、と訴える。

確かに、今の課題になっている、キャリア開発、イノベーション、起業、創造性、問題解決といった分野においても、個人の成長という分野においても、成功に必要なのはまさにそういう能力である。

前提を疑う、という視点を与えてくれる本である。

2013年10月25日 (金)

経営のコツここなりと気づいた価値は百万両/松下幸之助

Photo  経営者というものは、知識は最高でなくてもかまわない。知恵も技術も最高でなくてかまわない。けれども、真実にもとづいて経営をしなければならないという使命感だけはだれにも負けないものをもっていなければいけない。それで皆が働いてくれるのだと思います。
 知識で経営しようとか、技術で経営しようとか、そういうことでは真の経営者にはなれない。一応の仕事はできるけれど、総合の経営の頂点には立てない。

経営のコツというと、何か小手先のことのように捉えがちだが、松下氏の述べていくことは、むしろ本質的なこと。

「真実にもとづいて経営しなければならないという使命感」をあげている。

つまり、経営の能力的なものも、もちろん必要だが、むしろ必要なのは、経営に対する姿勢の部分であるということ。

その経営者の真摯な姿勢を見て、周りのものが感化される。

そうならなければ経営はうまくいかない、ということ。

これはドラッカーの著書によく出てくる「真摯さ」という言葉とも共通するものがある。

経営というものは、手品でも何でもない。

ごまかしでなく、一つひとつキチンキチンと正しくやり、やがてそれで信頼してもらうということに尽きる、と述べている。

今の経営者を見ていると、確かに経営に関する知識は豊富になっているようだが、何か小手先で経営をしているような感をぬぐいきれない。

松下幸之助の言葉、今の経営者こそまさに学ぶ必要があるような気がする。

2013年10月24日 (木)

実践経営哲学/松下幸之助

Photo

 今日の社会には大小たくさんの企業がある。小は個人商店から大は何万人もの人を擁する大企業もある。またふつう、経営というと企業の経営だけがそうみなされるようだが、さらに考えれば、経営には、単にそうした企業の経営だけでなく、お互い個々人の人生経営、あるいはいろいろな団体の経営、さらには一国の国家経営というものまであるといえよう。
 そうしたあらゆる経営について、〝この経営を何のために行うか、そしてそれをいかに行なっていくのか〟という基本の考え方、すなわち経営理念というものがきわめて大切なのである。

今、ブラック企業ことが問題になっている。

中には、言いがかりに近いものもあるが、実際に〝ブラック〟な企業が多いのもまた事実である。

このような企業に共通して言えるのは、〝何のために経営するのか〟〝わが社の存在価値は何か〟という経営理念が不明確になっているということ。

また、立派な理念を掲げていても、それが社長室の額縁に飾ってあるだけで、実態は全く違うという企業も多く存在する。

松下氏が経営者として尊敬されているのも、経営理念を本気になって実践しようとしていたということであろう。

刻々に変化する社会情勢の中で、次々と起こってくるいろいろな問題に誤りなく適正に対処していく上で基本のよりどころとなるのは、その企業の経営理念である。

また、大勢の従業員を擁して、その心と力を合わせた力強い活動を生み出していく基盤となるのも、やはり経営理念である。

だから経営にあたっては、単なる利害であるとか、事業の拡張とかいったことだけを考えていたのでは、やがては行き詰まってしまう。

やはり根底に正しい経営理念がなくてはならない。

そして、その経営理念というものは、何が正しいかという、一つの人生観、社会観、世界観に深く根ざしたものでなくてはならない、とも述べている。

そういうところから生まれてくるものであってこそ、真に正しい経営理念たり得るのであろう。

2013年10月23日 (水)

経営心得帖/松下幸之助

Photo  私は五十五年にわたって、社長なり会長として経営に携わってきました。けれども、私自身はどちらかというと、若いころからあまり体が丈夫ではなく、病気することもしばしばあったりしたため、いきおい、第一線に立って陣頭指揮をとるというより、後方にあって見守るという姿にならざるを得なかったのです。
 それで、たくさんある工場なり営業所へ直接自分が行くこともなかなかできないので、どうしても電話で仕事をすることが多くなります。工場なら工場の責任者に電話をして、最近の状況をきく、あるいは何か問題がないかを尋ねる。問題点があれば、それについてはこう考えたらどうかといったことを話す、というようにしたわけです。もちろん、製品を検討するといった場合は電話ではできませんから、責任者の人に足を運んでもらうこともありましたが、まあおおむね電話だけですませていました。
 そういう姿は、見方によってはまことに頼りないようですが、結果的には、それで終始してきて、成果があがったように思われます。

他界してもう20年以上にもなるのだが、いまだにその関連図書が出されている松下幸之助。

おそらくその言動が経営の本質をついているからなのであろう。

ここで松下氏は自分が体が弱く病気がちであったことが経営にとってはかえって良かったといったことを述べている。

世間には、非常に頑健で、エネルギッシュで、それこそ現場のすみずみまで自分で回って陣頭指揮をとる経営者が少なくない。

それで大いに業績をあげているところもあるのだが、逆の場合もあるようだ。

現場で働いている社員にとって、経営者が現場を見てくれるというのはうれしい反面、そこで小姑のようにアレコレ言われると、やる気は失せてしまうという面もある。

また、いつまでも自分は任されていないのだという感覚になり、自立できなくなってしまう。

その点、松下氏は自分が病気がちだったために、現場に任せる以外なかった。

それが経営をよい方向に向かわせたというのである。

もちろん、社長が自分の目で直接現場を見ることによって、より大きな成果を得られる場合もあるだろうし、「社長が来てくれた」ということで社員の士気もあがるかもしれないので、どちらがいいとは一概にはいえないが、

「社長はこうでなければならない」と決めつけるのではなく、それぞれにあったスタイルがあり、それを確立することが大事だということではないだろうか。

2013年10月22日 (火)

勇者は語らず/城山三郎

Photo 「まちがったのは、アメリカじゃありませんか。省エネ時代だというのに、小型車にまともに取り組もうとしなかった。下請けもふくめて、どれだけ技術や設備の改善をやり、品質管理をやったというのですか。その上、空前の高金利政策。庶民はローンに手が出なくなる。アメリカは、自分で自分の首を絞めたのです。なぜ、それを日本側はいわないのですか」
 別に冬木を責めているわけでもなかったのに、冬木は苦笑すると、ぽつりといった。
「勇者は語らず、さ」

本書は本田技研をモデルにした経済小説。

戦後の自動車産業の戦いの内部を描いている。

登場人物は川奈自工の人事部長冬木と、その下請会社の社長山岡、そして川奈社長。

川奈社長のモデルは本田宗一郎だが、冬木と山岡のモデルははっきりしない。

アメリカに進出した自動車メーカーは最初はポンコツ車扱いだったが、JUST IN TIME、合理化等、様々な改善を積み重ね、やがてアメリカ車を凌駕するようになる。

ところが、その強大な力ゆえに日本車バッシングが高まる。

沈黙を守るメーカー。

その下でより大きな沈黙を強いられる下請け。

移り行く時代の流れに、登場人物とその家族は翻弄されるが、逞しく自分の信念を黙って貫こうとする。

これこそ、まさに「勇者は語らず」だ、と著者は言いたいのだろう。

その構図の中に戦後を生きぬいた日本人の縮図が垣間見える。

2013年10月21日 (月)

トヨタの片づけ/OJTソリューションズ

Ojt  整理・整頓の定義そのものは、きわめてシンプル。次のようなものです。

・整理する=「いるもの」と「いらないもの」を分け、「いらないもの」は捨てる
・整頓する=「必要なもの」を「必要なとき」に「必要なだけ」取り出せるようにする

 トヨタの片づけのすべては、ここから始まります。

整理整頓の定義そのものはシンプルである。

しかし、その意味するところは深く、実行に移していくことは単純なことではない。

整理についていえば、これは「いるもの」これは「いらないもの」と分けていくための判断基準が毎回、問われてくる。

ということは判断基準があらかじめ定まっていないと「いるもの」と「いらないもの」を峻別することができないということ。

だからこそ、思いつきで整理を始めたとしてもうまくいかない。

身のまわりの数々のものを前にし、戸惑ってしまう。

これでは「いるもの」か「いらないもの」か判断できず、結局は何も捨てられなくなってしまう。

整頓についても同じ。

「必要なものを必要なときに必要なだけ取り出せるようにする」というが、

「何が」必要なのか、「いつ」必要なのか、「どのくらい」必要なのか、がわかっているかどうか。

それらを定めていけるかどうかが重要。

それなしに整頓を進めたとしても、モノの適切な置き場所を決めていくことはできない。

結果として、きわめて非効率なモノの配置となり、整頓のための整頓になってしまう。

こう考えると、整理整頓と一言でいうが、そう簡単に実行することはできないものであるということがわかる。

でも、整理整頓をここまで追求するところは、いかにもトヨタらしい。

2013年10月20日 (日)

トヨタの口ぐせ/OJTソリューションズ

Photo  山田はよく、現場の人たちに「6割いいと思ったらすぐやってください」と言っているという。6割というイメージがちょうどいい。
 5割となると確率は半分半分。成功するか、失敗するか、その確率は同じだ。だから、成功させることは難しいと感じてしまう人が多い。
 逆に、「7割いいと思ったら……」「8割いいと思ったら……」でも、しり込みしてしまう人が多い。7割、8割という高い比率になると、「成功して当たり前」のレベルという印象が強く、失敗を恐れ慎重になってしまうためだ。

誰でも失敗が怖い。

失敗が怖いとどうしても、新しいアクションを起こせなくなる。

結果として、同じことの繰り返しになる。

同じことの繰り返しを続けていると、やがてマンネリ化する。

マンネリ化すると、やる気がなくなる。

やる気がなくなると、生産性が落ちる。

生産性が落ちると、他社との競争に負けてしまう。

他社との競争に負けると、売上が落ちる。

結果、会社はどんどん衰退していく。

このような負のスパイラルに陥っている会社が多くある。

では、これを正のスパイラルに変えるためにはどうすればよいのか。

そのためには言葉を変えることである。

やっぱり誰でも失敗することが怖い。

失敗すれば、マイナスの評価をされることもある。

だから、なかなか行動に移せないのが実情。

そこで、現場の作業者に行動を起こさせるような、きっかけや言葉が必要。

「6割いいと思ったらすぐやってください」という言葉。

確かにこれは一歩前に足を踏み出させる言葉だ。

自分がいいと思ったらとにかくやる。

失敗したらすぐやめる。

やめて元に戻せばいい。

失敗した人は素直に「やってみたけどダメでした」と言えばいいし、誰も失敗したことで怒ったりしない。

だからこそ、どんどん動いていける。

こんな風土にするためには、まず言葉を変えることだ。

本書は、トヨタ勤続40年以上の元現場リーダーたちを中心に取材し、「トヨタで口ぐせのように語りつがれている言葉」をまとめ、その言葉の背後にある考え方に迫ろうとしたもの。

どんな会社でも、日々の仕事のなかで「口ぐせ」のように繰り返し使われている言葉がある。

この言葉一つひとつがトヨタの強さをつくっているといっても過言ではない。

2013年10月19日 (土)

食いっぱぐれない「働き方」のテクニック/金子哲雄

Photo 「どうして金子哲雄が、ゴールデンタイムのテレビ番組に出てるんだ?」
「テレビ局のディレクターが、金子哲雄を使う理由がわからない」
「金子哲雄、ウザイ」
 最近、テレビやラジオに出演するたびに、必ずと言っていいほど、ツイッターやインターネットの掲示板がザワつきます。
 男前でもなければ、滑舌がよいわけでもない。滑舌に関しては正直、悪いです。指摘されるまでもなく、わかっています。さらに、前述のように私のことをよく思っていない視聴者も少なくありません。
 それでもテレビやラジオのディレクターは、私を起用してくれます。さらに出版社や新聞社からも、頻繁に声がかかります。
 なぜか……?
 答えは単純です。それは「使いやすいから」です。

1年前に逝去した金子氏の著書。

どうして彼は多くのテレビに出演する売れっ子になったのか?

その答えは「使いやすさ」だという。

たとえば、深夜11時に始まるニュース番組にコメント出演を頼まれたとする。

11時にオンエアされるニュース番組は、コメント撮りが6時台。

オンエアまでは少ししか時間がない。

そんな時「こんなことまで知っているんだぞ」という知識を並べたて、1時間も自論を展開してしまう評論家や専門家がいる。

しかし、番組で使うのはたったの数秒。

となると、1時間も自論を展開されたところで作り手からすると迷惑なだけ。

かえって編集に時間が取られてしまう。

しかも、ディレクターがほしいコメントは、最初から決まっている。

だとしたら、最初からディレクターに「どんなコメントが、何秒で欲しいですか?」と聞いて、ディレクターが望むコメントをきっちり時間内にまとめることが重要。

すると、そのコメントはディレクターが編集する必要のないコメント、業界用語で言う「撮って出し」になる。

取材時間は短い、編集は不要、さらに作り手の意図を汲んだコメント。

時間に追われるディレクターにとっては、これ以上にラクなことはない。

こうなると、金子は「使いやすい」となる。

そして次も使ってもらえる。

つまり見た目や話し方よりも、的外れなことを言わない人であることが、ディレクターにとっては「使いやすい人」=「よいコメンテーター」

このようにして彼は仕事を増やしていったという。

お客様のニーズ、世の中のニーズは何かということを考えていけば、必ずそこにビジネスチャンスがあるということであろう。

2013年10月18日 (金)

逆説の論理/会田雄次

Photo ある友人だが、戦前あまり問題にされない人物を研究したことがある。ここで断っておくが、その人を研究したのは友人が別に識見を持っていたせいではない。全くの偶然からである。ところが彼が研究しているその人物が戦後急に話題となった。(中略)そこでこの若い友人に依頼が来た。彼はそれをひき受け、その本が当った。学会やマスコミで一躍有名になった。彼のいいところは、依頼された時点で変な謙遜や卑下に陥ることなく、不安やひねくれに陥ることもなく、一種のうぬぼれと背伸びした姿勢でこの評価に見栄を張って応じたことだ。つまり、もう少し俺は偉いのだという、悠々とした姿勢をもってである。そしてその努力をした。そうすると「不思議なもので」かれは学者としてもうんと上昇したのである。友人も先輩も彼があそこまで行くとは思っていなかったと驚くほどに。

見栄とは、実際の自分よりもよく見せようとする行為。

これは誰でも持っている。

見栄を持っていると、まともな人間なら必ずそれに達しようと努力をするようになる。

そのことで才能が開発されて行く。

実際は70の実力しかない人が、80点人間のごとく振る舞うとする。

そうすると、周囲もその人を80点人間だと見るようになる。

結果、その人は80点人間になるように努力をするようになるであろう。

人間は、自分の持っているイメージ通りに自分を持っていくという性質がある。

見栄をはるとは、そのメカニズムをうまく利用する行為の一つと言える。

見栄を張るということは、常識的にはあまりよろしくない、ということになっている。

しかし、見栄の効用をうまく利用する生き方もあっていいのではないだろうか。

特に何か壁に突き当たっている人にとって、これは一つの方法のような気がする。

2013年10月17日 (木)

「やりがいのある仕事」という幻想/森博嗣

Photo 仕事というのは、成果を問うものだ。それが殺伐としていると感じるのも素直な感覚で、そのとおり、仕事というものは殺伐としている。少なくとも和気あいあいの場ではない。少しくらい明るい部分があっても良いかもしれないが、それはちょっとした飾りのようなものでし かない。
 同じことを、大学受験で血眼になっている予備校生たちに言ってみると良い。「成果主義で、みんな自分のことでいっぱいいっぱいに見えるが、もっと朗らかで楽しい予備校にするには、どうしたら良いですか?」と尋ねてみよう。たぶん、「煩いから帰ってくれ」と全員から言われるだろう。それは、予備校に通っている若者が、既に、自分の目標をしっかりと認識しているためだ。あんな子供でも、それくらい自覚ができるのである。
 仕事をする大人であれば、自分たちのやっていることの本質がどこにあるのか、まず正しく理解した方が良いだろう。

成果主義というとなにかと評判がよろしくない。

特にマスコミはこれを徹底的に叩く。

しかし、成果を求めない仕事というものがあるのだろうか?

極論すれば、すべての仕事は成果を求められるものである。

それは当たり前のこと。

だとしたら、ことさら「成果主義」と呼ばないで、「当たり前主義」と言えばよいのではないだろうか。

社員に成果を求めると問題になる国、むしろここに大きな問題があるような気がする。

2013年10月16日 (水)

経営パワーの危機/三枝匡

Photo それはね、皆が取り組んでいることに、ストーリー性があるんだ。本人たちは改善のシナリオなんて呼んでいたけど。
 一人の話が、前の人の話と必ずどこかで繋がっているんだな。
 だから聞いていくと、カチカチ山じゃないが何か紙芝居を見ているみたいに会社全体が一つの物語で包まれているようなイメージを受けたんだ。

倒産寸前の会社に派遣された主人公が、再生のために戦う様を物語形式で書かれているのが本書である。

ここでは経営にストーリー性をもたせることの重要性が記されている。

全社的に、短期、長期の話が一つのストーリーで繋がっていて、一人のしていることが全体の絵のどの部分に当たるかが全員に見えているときに、社内のエネルギーは束になる。

会社のあちこちで行われている活動が、トップからミドルまでの全員の頭の中できちんと繋がっており、それが会社全体の長期、短期の展望の中で捉えられている。

それがさらにその下の若い社員の意識をも束ね、結果的に会社全体のベクトルが合ってくる。

こうした状態を作り出すことができれば、会社という人間集団はものすごい力を発揮しはじめる。

逆にいえば、うまくいっていない会社とは、意識の束ねができておらず、社員がそれぞれバラバラになってしまっており、ここに大きな問題があるということである。

2013年10月15日 (火)

仕事は半分の時間で終わる!/津曲公二、清水 茂

Photo わたしたちは、企業向けのセミナーの中で、「掛け持ち」に関するある実験をゲーム形式で試みています。

 A ふたつのことを、掛け持ちで同時に進める
 B ふたつのことを、掛け持ちなしで、ひとつが終わってから次を始める

 それぞれ使った時間を比較してみると、
 Aの「掛け持ち」方式では、ふたつのことが終了するのは15分間でした。ひとつの平均所要時間は7分半という結果です。Bの「掛け持ちなし」では、ふたつが10分弱で終了しました。ひとつの平均所要時間は5分弱です。
 つまり、掛け持ちで作業をすると、掛け持ちなしより5割も余計な時間がかかったことになります。

今、ブラック企業が問題になっているが、そのような企業に共通することは残業が多いということである。

その意味で、残業時間を減らすことは、多くの企業にとって重要な課題だと言えよう。

残業を減らすには、仕事を効率よく進めることである。

本書は、そのためのノウハウをまとめたもの。

例えば、ここで取り上げている「掛け持ち」の問題。

仕事は、「早く始めれば、早く終わる」それが一般的な認識である。

ところが実際には、早く取りかかったものが遅くなり、後から取りかかったもののほうが先に終わった、ということが起こる。

なぜなのか?

その原因は、「掛け持ち」にある。

あれもやらなければ、これもやらなければと手をつけて、どれも中途半端で終わらない。

そんな悪循環は誰しも経験している。

ひとつの仕事が終わってから次の仕事に取りかかるとスムーズに運び、結局両方の仕事が早く終わる。

つまり掛け持ちをしないで、ひとつのことを順番に片づけることによって、「遅く始めても、早く終わることができる」のである。

これ一つを確実に身につけることだけでも、仕事の時間は短縮できるのではないだろうか。

大事なことは、仕事のやり方に対して常識にとらわれ、ある一定の固定概念を持たないことである。

2013年10月14日 (月)

捨てる力/羽生善治

Photo 強くなるためにどのように将棋を学んできたのか。
 自分自身を振り返ると、そのプロセスは至って単純なものです。まずアイディアを思い浮かべる。次にそのアイディアがうまくいくかどうかを調べ、それを検証したうえで試合で実行する。最後に、実践したあとに検証・反省する。そして、また最初に戻る。これの繰り返しでした。

史上初の七冠独占を25歳で成し遂げ、その後も記録を塗りかえ続ける羽生善治。

まさに彼は、成長し続けている、強くなり続けている、といえよう。

その彼は、強くなるために必要なことは、仮説・検証のサイクルを回すこと、と述べている。

何かを考える場合、ただ闇雲にやっても仕方がない。

アイディアを思い浮かべる、つまり仮説を立てることが大事。

ただ、「これを考えよう」というアイディアの段階の前に、準備が必要。

さまざまなデータを調べて物量的なものをひとつずつ積み重ね、「整理整頓」→「取捨選択」→「まとめる」というプロセスを経て、これは使える、使えないということを判断する。

自分の頭のなかで、そういう分類をする。

「使える」「使えない」を理解したうえで「次に何をどうしようか」という、「アイディアを思い浮かべる」段階に入る。

このようなアプローチが仮説を立てる場合に大事なこと、と述べている。

これなどビジネスパーソンがそのまま使える内容である。

むしろ、仮説・検証のサイクルを回すということは、分野に関わらず、一つのことに上達するための共通項なのだろう。

そして、一流とは、これらのことを着実に、そして確実に、日々実行している人のことを指すのではないだろうか。

2013年10月13日 (日)

歴史の真実と政治の正義/山崎正和

Photo じつは歴史というものは、そこからさまざまな虚妄のスローガン、人工的な意味付けを抜いて眺めると、これほど儚く、それゆえに面白く、つまり人間的なものはほかにない。司馬さんが生涯にわたって嫌ったものは歴史主義であって、本来の意味での歴史そのものではなかった。カール・ポパーが言うような、煽情的な歴史思想を司馬さんは拒否し続けたのであり、その無言の表明として「裸の歴史」を眺め続けたのだといえるかもしれない。
 歴史にありもしない目的を与え、その観点から個人に善悪のレッテルを貼り、一つの時代への参加を呼びかけ、しかももっとも残酷なかたちで参加した者を罰するのが、歴史主義である。そして日本の戦後は、戦前に劣らぬほど、政治的な歴史的使命感が社会を支配した時代であった。司馬さんはこの圧倒的な暴力と戦うために、あえて火中の栗をひろって、意味や目的や使命感抜きに歴史を見ようとしたのであった。

歴史は、それをありのまま見ることができれば、これほど面白いものはない。

ところが、その歴史に一定の主義や思想を加味し、それを軸に組み立てようとすると、危険な道具になる。

例えば、司馬氏が青春を過ごした昭和初期という時代は、まことに過酷な歴史主義の時代にほかならなかった。

皇国史観と呼ばれる歴史主義が、学校も家庭もジャーナリズムをも支配していた。

同時代のヨーロッパでも歴史的使命感のヒステリーが狂奔していた。

ナチス・ドイツは二十世紀半ばのドイツを「第三帝国」と呼び、神聖ローマ帝国の歴史的意志の後継者として位置づけた。

さらにその背後には、最大の歴史主義思想というべきマルクス主義の脅威がのしかかっていた。

世界中が右も左も歴史について熱狂し、「歴史をつくる」「歴史に参加する」と絶叫の大合唱を繰り返している時代であった。

これは歴史に対する正しい姿勢ではない。

ありのままを見るから歴史なのである。

そのスタンスをきちんと守って歴史を見れば、これほど教訓に満ちたものはない。

大きな歴史のうねりの中で、人々がいかに生き、動き、考え、生活し、何を守るために戦ってきたのか、

それらはそのまま今に生かすことができる。

ところが、歴史に特定の意味をもたせ、それによって何かの主義や思想を正当化しようとすると、それは危険な道具になる。

歴史はありのままを見るべきである。

大事な視点だと思う。

2013年10月12日 (土)

本質をつかむ思考力/小宮一慶

Photo 本質をとらえるためには、仮説検証を繰り返して、どんどん思考を深めていくことが必要なのです。
 なお、チームで議論をしながら仮説検証するときには、次の3つがキーワードになります。
「なぜ?」
「ほんとう?」
「それから?」
 データを得て仮説検証するとともに、議論の中でこれらの言葉を繰り返し使うことで、問題の本質が深まっていきます。

ITの進化によって、人に求められる能力が明らかに違ってきた。

以前は、豊富な知識があることや高い計算能力が求められる能力だった。

ところが、知識においてはGoogleで何か知りたいことを入力して検索すれば、瞬時に何百万件もの結果を表示してくれる。

誰でも物知りになれる。

計算能力も、人はエクセルの計算能力には勝てないだろう。

つまり、「知識」の時代から「知恵」の時代に変わったということ。

知恵とは、知識を意味あるもの、自分や他人にとって有意なものに変える能力のこと。

その根底にあるのが「論理的思考力」や「ひらめき」といったもの。

つまり「本質をつかむ思考力」である。

これは訓練によってある程度身につけることができる。

それにしても今の学校教育、いまだに知識偏重の教育しかしていないのではないだろうか。

2013年10月11日 (金)

心の野球/桑田真澄

Photo この「気づく」というのは準備をしっかりしていれば身につく。その準備で一番大事なのは努力。努力していない人には、誰も力を貸してくれない。でも、努力、努力、努力を重ねている人は、突然気づけたり、ポーンと突き抜けたりする。
 ある日突然、うまくなる。ある日突然、成果が見える。
 もうだめだ! もうつらい! と思っても、怠けたいという気持ちを抑え込む「努力」があればこそ、成長する。
 これが「成長の法則」なのだ。

174センチというプロ野球選手としては小さな体で23年間現役を続け、通算173勝した桑田氏。

その彼が勧めているのは、超効率的努力である。

自分が長い間プロ野球選手として活躍できたのは努力の賜物である、と。

しかし、同時に野球界にはびこる無駄な努力は否定している。

1000本ノック、

走り込み、

打ち込み、

投げ込み、

すべて選手の体を壊すだけの迷信で意味がないと切り捨てる。

人の体は貯めこむことはできない。

それよりも小さな努力を日々コツコツと重ねること。

そうしてゆけば、ある日突然パッと目が開かれる瞬間が訪れる。

これを体験することが重要だ、と。

スポーツだけでなく、すべての分野で共通して言えることではないだろうか。

2013年10月10日 (木)

イチローに学ぶ「天才」と言われる人間の共通点/児玉光雄

Photo フランスの心理学者、ド・シャームは、人間を二種類に分類している。「指し手」と「駒」である。「指し手人間」は、「自分の運命は自分が支配している」と考えられる。事がうまく運んでいるときはもちろんのこと、たとえ自分が逆境にあるときにも、決してへこたれない人たちのことをいう。
 いっぽう、「駒的人間」は、上司から言われたことだけをこなす人間である。上司にとっては使いやすい人間である。しかし、「駒的人間」に創造性や自主性はまったく期待できない。

「指し手人間」と「駒人間」、面白い分類である。

そしてイチローは「指し手人間」であると著者は述べている。

イチローは、いつも自分から発信していくタイプである。

決して「受け手」のままで終わらない。

「自分を殺して相手に合わすことは、ボクの性には合いません。まして、上からいろいろ言われて、納得せずにやるなんてナンセンスだと思います」

これがイチローの口癖である。

自分の意思で行動を決める。

イチローの生き方の根本にはこれがある。

そして、高校時代の中村監督、プロになってからの仰木監督と、イチローの生き方を認めてくれる指導者がいたことも見逃せない。

会社の中にも、部下を「駒」としか考えない上司がいる。

これでは部下の創造性はまったく封じ込まれてしまう。

日本人は創造性に欠けるとよく言われる。

しかし、責任の大半はリーダーにあるように感じる。

部下の創造性を封じ込めてしまうリーダーに大きな責任がある。

いまだにスポーツの世界では、体罰の問題が出てくる。

体罰とは、暴力によって、選手を「駒」のように動かす手法と言って良い。

しかし、選手や部下を「駒」としてしか扱わないリーダーのもとから、未来のイチローが生まれてくることはないであろう。

2013年10月 9日 (水)

「空気」の研究/山本七平

Photo  「空気」とはまことに大きな絶対権をもった妖怪である。一種の「超能力」かも知れない。何しろ、専門家ぞろいの海軍の首脳に、「作戦として形をなさない」ことが「明白な事実」であることを、強行させ、後になると、その最高責任者が、なぜそれを行なったかを一言も説明できないような状態に落し込んでしまうのだから、スプーンが曲がるの比ではない。こうなると、統計も資料も分析も、またそれに類する科学的手段や論理的論証も、一切は無駄であって、そういうものをいかに精緻に組みたてておいても、いざというときは、それらが一切消しとんで、すべてが「空気」に決定されることになるかも知れぬ。とすると、われわれはまず、何よりも先に、この「空気」なるものの正体を把握しておかないと、将来なにが起るやら、皆目見当がつかないことになる。

日本人は「空気」という言葉をやたらに使う。

「あの場の空気ではそうせざるを得なかった」・・・と。

本書は、そのことに問題意識を持って記述された初めての本であろう。

戦艦大和はなぜ、無謀な出撃をしたのか?

このことの理由として「全般の空気よりして、当時も今日も(大和の)特攻出撃は当然と思う」(軍令部次長・小沢治三郎中将)という発言がでてくる。

何の論理的説明もないのである。

にも関わらず、「空気」という言葉が出てくると、みんな納得してしまうのである。

出撃を当然とする主張にデータ的根拠は全くなく、その正当性の根拠は専ら「空気」なのである。

あらゆる議論は最後には「空気」できめられる。

最終的決定を下し、「そうせざるを得なくしている」力をもっているのは一に「空気」であって、それ以外にない。

これは非常に興味深い事実である。

日本人すべてを、あらゆる議論や主張を超えて拘束している「何か」がある。

その「何か」は、大問題から日常の問題、あるいは不意に当面した突発事故への対処に至るまで、私たちを支配する。

その周囲にいた人びとをも規制し、一定のパターンの行動をとらせる。

それが、おそらく「空気」である。

本書が刊行されたのは1977年のこと。

しかし、36年経った今も、日本人の思考・行動パターンは全く変わっていないということがわかる。

このことにむしろ驚きを禁じ得ない。

2013年10月 8日 (火)

日本人とユダヤ人/イザヤ・ベンダサン

Photo 「生命の安全が何よりも第一である」といえば、「あたりまえだ、そんなことはユダヤ人から聞かなくたって、よくわかっている」と日本人は言うであろう。だが、駐日イスラエル大使館がまだ公使館であったころ、日本人に親しまれたある書記官がつくづくと言った。「日本人は、安全と水は無料で手に入ると思いこんでいる」と。この言葉は面白い。生きるために、水より大切なものはないということは、何も「ユダヤ人から聞かなくたって、よくわかっている」。では、銀座のバーで「おひや」一杯で一万円請求されたらどうであろう。「ジョニ黒ですら一万円なのだから、何よりも尊くかつ不可欠の水が一万円なのは当然だ」とその人は言うであろうか。「冗談じゃない、それとこれとは別問題だ、水一杯で一万円とは何だ、暴利だ、暴力バーだ」と警察沙汰になるかもしれない。

本書は日本人論ブームの火付け役となった本。

著者はイザヤ・ベンダサンとなっているが、山本七平が書いたというのが定説になっている。

この本によって有名になった言葉に「日本人は、安全と水はタダだと思っている」というものがある。

つまり荒野で生活するユダヤ人にとって水は命の次に大事なもの。

だから、ダダでは買えない。

むしろ、お金を出してでも買うもの。

同様に、安全も、お金を払ってでも確保するもの。

それが、幾多の迫害の中で生き延びてきたユダヤ人の常識。

しかし、日本人にはその感覚が全くない。

水も安全もあって当り前のもの。

お金を出して買うなんて、とんでもない、という感覚。

この意識の違い、日本人の意識の根底にあるように感じる。

確かに、自分たちの国を守る軍隊が必要かどうかを大まじめに議論し、いまだに結論が出ない国は、日本をおいて他にないだろう。

「日本民族は、何の苦労もなく育ってきた秀才のおぼっちゃんである」と著者が述べているが、それは当たっている。

2013年10月 7日 (月)

タテ社会の人間関係/中根千枝

Photo どの社会においても、個人は資格と場による社会集団、あるいは社会層に属している。この両者がまったく一致して一つの社会集団を構成する場合はなきにしもあらずであるが、たいてい両者は交錯して各二つの異なる集団を構成している。そこで興味あることは、筆者の考察によれば、社会によって資格と場のいずれかの機能を優先したり、両者が互いに匹敵する機能をもっている場合があることである。
 この機能のあり方は、その社会の人々の社会的認識における価値観に密接な相関関係をもっている。そして、そこにその社会の構造を端的に考察することができる。この点において最も極端な対照を示しているのは、日本とインドの社会であろう。
 すなわち、日本人の集団意識は非常に場におかれており、インドでは反対に資格(最も象徴的にあらわれているのはカースト──基本的に職業・身分による社会集団──である)におかれている。

本書は代表的な日本人論である。

例えば、ここで述べられている「場」を優先する日本人の集団意識について。

人間は、一定の個人を他から区別しうる属性による基準として「場」と「資格」のいずれかを使う。

「資格による」とは、たとえば、特定の職業集団、一定の父系血縁集団、一つのカースト集団などがその例である。

これに対して、「場による」というのは、一定の地域とか、所属機関などのように、資格の相違をとわず、一定の枠によって、一定の個人が集団を構成している場合をさす。

産業界を例にとれば、旋盤工というのは資格であり、○○会社の社員というのは場による設定である。

同様に、教授・事務員・学生というのは、それぞれ資格であり、○○大学の者というのは場である。

日本人が他人に対して自分を社会的に位置づける場合、好んでするのは、資格よりも場を優先することである。

記者であるとか、エンジニアであるということよりも、まず、A社、S社の者ということである。

また他人がより知りたいことも、A社、S社ということがまず第一であり、それから記者であるか、印刷工であるか、またエンジニアであるか、事務員であるか、ということである。

ここで、はっきりいえることは、場、すなわち会社とか大学とかいう枠が、社会的に集団構成、集団認識に大きな役割をもっているということであって、個人のもつ資格自体は第二の問題となってくるということである。

この集団認識のあり方は、日本人が自分の属する職場、会社とか官庁、学校などを「ウチの」、相手のそれを「オタクの」などという表現を使うことにもあらわれている。

ここから日本人の「ウチ」と「ソト」の意識が生まれる。

最近、グローバル化が盛んに叫ばれているが、にもかかわらず中々進まないのは、この日本人の「ウチ」と「ソト」の意識が根底にある。

雇用の流動化が一向に進まないのも同様である。

新聞の投書欄を見ていても、やたら出てくる表現が「元○○会社社員」とか「元教師」とか、そういう表現である。

引退したのであればもう「無職」でいいようなものを、「元○○」と表現するところに、いまだに「場」を意識する日本人の特性が見え隠れする。

本書が刊行されたのは1967年刊のことだが、50年近く経った今も日本人は本質的には全く変わっていないということであろう。

2013年10月 6日 (日)

不格好経営/南場智子

Photo 私は、苦しいときにふたつのことを意識する。
 ひとつは、とんでもない苦境ほど、素晴らしい立ち直り方を魅せる格好のステージだと思って張り切ることにしている。そしてもうひとつは、必ず後から振り返って、あれがあってよかったね、と言える大きなプラスアルファの拾い物をしようと考える。うまくいかないということは、負けず嫌いの私には耐えがたく、単に乗り越えるだけでは気持ちが収まらない。おつりが欲しい、そういうことだ。
 3番目を付け加えるとすれば、命をとられるわけじゃないんだから、ということだろうか。たかがビジネス。おおらかにやってやれ、と。

マッキンゼーのコンサルタントでMBAの取得者だった著者がネットベンチャーを創業する。

それまで経営者にアドバイスをする立場だったものが、実際、自分が経営する立場に立ったとき、何が起こったのか。

それは経営者の前でスマートにプレゼンするコンサルタントのイメージとは全く違う泥臭いものだった。

創業時の失態や資金集めの苦労

一見、華やかに見えるネットベンチャー創業の舞台裏で、実際は失敗の連続。

それでもなおかつ、あきらめず、成功に導いたのは、苦境に対する著者の考え方である。

一言で言えば、プラス思考と楽観主義。

これは、経営者でなくとも、苦境に立ち向かうすべての者に不可欠な心の姿勢ではないだろうか。

2013年10月 5日 (土)

歴史から考える 日本の危機管理は、ここが甘い/上念司

Photo 現在、日本を覆っているのはデフレです。デフレは、日本経済最大の足かせになっています。デフレというのは貨幣現象であり、基本的にモノに対するお金の量が不足することで発生します。であるならば、お金の供給を増やせばデフレは解決します。
 デフレが貨幣現象で、日本銀行がお金の供給を行えばデフレから脱却できるというのは経済学の常識です。事実、2008年のリーマンショックの発生によって世界各国でデフレ発生のリスクが顕在化した時、各国の中央銀行は大量の資産買い入れによる金融緩和を行うことでデフレを回避しました。一方、日本はこの時、金融緩和政策をまったく行いませんでした。この結果、先進国の中で日本だけがデフレに苦しむ状況に陥ったのです。

バブル崩壊以来、日本は失われた20年に突入した。

国民の貯蓄ばかりが増え続け、物が売れなくなった。

問題はデフレである。

デフレを脱するには、マネーの供給量を増やすことである。

単純に考えればそうなる。

でも、政府は、そして日銀はそれをやらなかった。

またリーマンショック以降、日本は円高に苦しんだ。

その原因も単純である。

海外の中央銀行がリーマンショック以降、デフレになったら大変だと大量の通貨を発行したのに対して、日銀は何もしなかったからである。

このとき、他の主要国のバランスシートは2倍や3倍の勢いで拡大した。

為替市場から見れば、円が不足して希少価値が増した。

これこそが、円高の原因である。

現在日本はデフレを脱しつつある。

アベノミクスの効果が徐々に現れてきている。

まだまだ予断を許さない状態ではあるが、それよりも疑問に思うのは、どうしてこのような政策がもっと前にできなかったのかということである。

2013年10月 4日 (金)

7割は課長にさえなれません/城繁幸

Photo 日本はいまも変わらず年功序列の国である。成果主義だなんだといっても、横並びの初任給からスタートし、中高年ほど給料が高い現実は変わってはいない。この制度においては、若いあいだは安い給料で我慢しつつ、40歳を過ぎてからの処遇で報われることになる。
 ちょうど年金と同じと思えばいい。若いあいだはせっせと中高年の功労者を支えてやり、45歳以降は逆に若い後輩に支えてもらう賦課方式である。
 ところが現在、この制度は深刻な機能不全を起こしている。一九九〇年入社の大卒者で課長以上に昇格している人間が、たったの二六パーセントしかいないというデータもあるほどだ(二〇〇七年、読売新聞社大手一〇〇社対象調査)。
 理由は簡単な話で、経済が低成長(年によってはマイナス成長)する時代になったいま、組織自体も大きくならず、デフレ下で売上も低迷する企業がほとんどだからだ。つまり、ポストの数はよくて横ばいとなり、みんなを課長にしてあげるわけにはいかない。

日本的雇用の一つとして年功序列、終身雇用が挙げられる。

統計によると大企業の大部分が成果主義を導入しているようになっているが、実態はこれまでの年齢給を廃止したくらいで、マイナーチェンジでとどまっている。

年功序列を維持するには、少なくとも3つの要件が満たされる必要がある。

第一に、会社は40年間、存続し続けるということ。

第二に、会社の年齢構成が40歳以下の方が多いということ。

第三に、経済が右肩上がりだということ。

ところが、現在、この三つとも崩れてしまっている。

もはや年功序列が維持できなくなっているのは目に見えている。

今、年功序列による弊害が日本全体を覆っている。

正社員と非正規社員の賃金格差、

男性と女性の賃金格差、

雇用の非流動性、

今、日本型雇用が制度疲労を起こし始めている。

国も企業もこのことを真剣に受け止めるべきだろう。

2013年10月 3日 (木)

ハーバード白熱日本史教室/北川智子

Image 私は思い切って切り出した。「サムライのクラス、何か変だと思わない?」すると、一人が「どうして?」と聞いた。「うーん、よくわからないけど、女の人が出てこないから」と答えると、もう一人のクラスメートが同意してくれた。「サムライのクラスが間違っているかどうかはわからない。でも、女性が全然出てこないのは、確かに変だよね。
 そこで、みんなでどんな女性がいたんだろうね、と考えをめぐらせた。架空の人物像を次々想像し、おかしくてたまらなくなった。その日はずいぶん長いことその話題で盛り上がった。
 そして私は、「とにかく Lady Samurai は絶対にいたと思う」と言い張った。みんなも、いただろうね、と笑った。すると、だんだん本気で Lady Samurai の正体が気になっていった。その時のみんなの目は、素敵な光にあふれていた。それは、見たことのない強い輝き、好奇心の光だった。

ハーバード大学で日本史のクラスを担当する著者。

数人からスタートした受講生が現在は250人を超えるまでになったという。

そのキーワードは「Lady Samurai」

それまで、ハーバードで日本史のクラスは「ザ・サムライ」という名前クラスだったという。

始まりは縄文時代で終わりが現代。

授業では、もっぱらサムライ文化を賞賛していく感じ。

たとえば、源義経と弁慶の話。

童顔の義経とがっちりした弁慶。

そのギャップのなかに生まれる闘争心と忠誠心。

並外れた身体能力。

楠木正成のサムライらしからぬ潜伏ゲリラ攻撃。

戦国時代の武将たちに徳川御三家。

明治の志士たちの活躍。

史実よりも伝説。

その伝説を讃えつづけた日本文化を時間順にたどっていく構成になっていったという。

最初そのクラスの受講生だった著者が疑問に思ったのが、どうして女性が登場しないのだろうという素朴な疑問。

彼女は、それを自分の研究のテーマにし、やがてその切り口でクラスを担当するようになる。

一つの気づきにこだわり、それを追求することにより、人生が開かれていく。

本書は著者がいかにしてアメリカで日本史のクラス担当するようになり、成功したかという、ある種の成功物語である。

2013年10月 2日 (水)

毎日4時45分に帰る人がやっているつまらない「常識」59の捨て方/山田昭男

44559 中国の言葉に「先憂後楽」というものがある。
「天下の人びとに先んじて憂い、天下の人びとに後れて楽しむ」という一文を省略したもので、本来は政治をつかさどる人の心構えを説いたもの。
 ビジネスにおける「先憂後楽」とは、まずは相手を喜ばせることを優先させた結果として、自分も一定の成果を手にすること。これは、企業の経営者や社員にも求められる考え方だとわたしは確信している。
 経営者なら、まずはお客さんや社員を喜ばせたり、感動させたりすることを「常に考える」べきだ。社員なら、お客さんや部下をいかに喜ばせるかを「常に考える」べきである。
 それがうまくできれば、一定の儲けや売上げは必ずついてくる。
 儲けや売上げは「後れて楽しむ」ものなのだ。

本書のタイトルにもあるように、毎朝8時半始業で、1時間の昼休みをはさみ、午後4時45分終業、という会社がある。

岐阜県に本社がある電設資材メーカー、未来工業である。

1日の業務時間は7時間15分が基本で、残業禁止はもちろん、仕事の持ち帰りも禁止。

厚生労働省から「日本一休みが多い会社」として表彰されたこともある。

この会社、創業以来49年間、売上目標を立てたことがない。

だが、赤字決算になったことは一度もない。

営業ノルマも成果主義も一切ない。

どうしてこんなことが可能なのか?

その根本にあるのは、「先憂後楽」という考え方。

つまり相手を喜ばせた結果として会社が儲かるのであって、その逆ではないということ。

しかし、世の中の大部分はその逆のことをやっている。

まず売上目標を立て、そのために社員を叱咤激励する。

その結果、残業が増え、社員は疲弊し、強引な営業の結果、クレームが増え、顧客は離れていく。

負のスパイラルに陥る。

挙げ句の果て、世間からはブラック企業と揶揄される。

本書で述べられていることはすべて、ビジネスの基本の部分であって、いわば当り前のこと。

しかし、この当り前のことを当り前にやることほど難しいことはない。

未来工業の事例は、ビジネスの基本を守ることがいかに大事かということを教えてくれる。

2013年10月 1日 (火)

社会的ひきこもり/斎藤環

Photo ひきこもりをはじめとする思春期の問題に対しては、「周囲がどれだけ待つことができるか」が、その後の経過を大きく左右します。したがって家族の基本的な構えとしては、「本人の人格的な成熟を、ゆっくり伴走しながら待ち続ける」ことが必要となります。「焦り」は何ももたらしません。むしろ、慢性的な焦りこそが「ひきこもりシステム」を強化してしまいます。

自分の息子のひきこもりの問題は、いつも私 の心に引っかかっている。

特に留意しなければならないのは、本人は怠けているわけではない、ということ。

「周りが甘やかさず、厳しく接するべき」といったお説教や正論ではけっして解決することはできない。

戸塚ヨットスクールのようなスパルタで直るという単純なものではないのである。

その中で、一番大事なことは「待つ」ことである。

「待つ」というのは、あまりにも消極的な行為のように思える。

しかし、ひきこもりにはこれが一番有効な手法であり、むしろ、これしかないというのが私の認識である。

「待つ」ということはまた、冷静に構えるということでもある。

本人の言動や、わずかな状態の変化に一喜一憂せず、長期的展望を持ってどっしりと構えること。

ひきこもりは簡単には治らないことをまずしっかりと認識すること。

そして、ねばり強く十分に対応を続ければ、必ず改善すると信じること。

この二点が大事である。

本書に「手をかけずに目をかけよ」と書いてあったが、まさにその通りである。

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