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2013年11月10日 (日)

欺かれた歴史/斎藤良衛

Photo 「三国同盟の締結は、僕一生の不覚だったことを、今更ながら痛感する。僕の外交が世界平和の樹立を目標としたことは、君も知っている通りであるが、世間から僕は侵略の片棒かつぎと誤解されている。僕の不徳の致すところとはいいながら、誠に遺憾だ。殊に三国同盟は、アメリカの参戦防止によって、世界戦争の再起を予防し、世界の平和を回復し、国家を泰山の安きにおくことを目的としたのだが、事ことごとく志とちがい、今度のような不祥事件の遠因と考えられるに至った。これを思うと、死んでも死にきれない」

松岡洋右といえば、外交官ないしは外務大臣として、日本の国際連盟脱退、日独伊三国同盟の締結、日ソ中立条約の締結など第二次世界大戦前夜の日本外交の重要な局面に関与した人物である。

外務省外交顧問として松岡を支えた著者によると、松岡の国連脱退は本人に取っても不本意なことで、三国同盟はソ連を引き入れてアメリカを牽制し日米戦争を回避するためのものであったという。

これは、松岡が国連脱退を主導し、三国同盟によって日米開戦の原因を作ったとされる一般的な理解とは異にするものである。

松岡は親米と三国同盟とが少しも矛盾しないとした。

この同盟はアメリカを向こうに回して、抗争するためのものでは絶対にないと松岡は考えた。

万一アメリカを敵に回すことになれば、日本が勝てる望みはないということもよくわかっていた。

ドイツを同盟の相手方としたのは、日ソ国交調整の手段とし、日本の威力を増大して、アメリカに参戦を思いとまらせるための外交上の一時の便法にすぎない。

アメリカをヨーロッパ戦争に参加させないようにすることによって、太平洋で向かい合っている日米の二大国間の平和を保ち、ひいて世界の大動乱を予防するのが同盟の目的であるとした。

そして実際、松岡は戦争回避のために奔走する。

しかし、結果として三国同盟は日本を日米開戦に導いた。

政治は結果責任であるということから考えると、やはり松岡の考えは間違っていたと言わざるを得ないのではないだろうか。

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