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2013年12月24日 (火)

あなたが知らない太平洋戦争の裏話/新名丈夫

Photo 「もしも海軍の新しい戦闘機〝烈風〟が、予定どおり一年以上早くできていたなら、戦争はこんなみじめな負けいくさにはならなかったであろう」
 海軍の最後の航空本部長だった和田操中将は、終戦直後、部長室を訪れた私にたいし、長時間にわたって海軍航空部隊の開戦前からの辛苦を語ったのち、こういって身をふるわせた。
「烈風」――これこそは「零戦」よりはるかにすぐれた性能をもち、アメリカの新しい戦闘機を打ち負かし、戦局を一気にくつがえすものとして、日本海軍が最後の期待をかけた戦闘機であった。
 しかも、ほんとうをいえば、「烈風」はマリアナの戦い(昭和十九年六、七月)よりまえに生産されていたはずであった。もしもそうだったら、マリアナを基地とするB29が日本本土空襲をはじめたのは二十年三月だったから、そのまえなら内地の生産も順調にすすんだ。そのうえ、「烈風」への集中生産、その実戦部隊の急速な整備、燃料の確保があれば、たしかに戦局はちがったものになっていただろう。
 それがなんとしたこと、部内の意見の不一致などがたたって、あたら一年以上もおくれてしまったのである。

今、「零戦」が静かなブームになっている。

映画「風立ちぬ」や「永遠の0」の影響だという。

「零戦」は三菱重工業の堀越二郎技師によって設計された。

その同じ技師によって設計されたのが「列強」である。

しかし、「列強」の生産は予定から一年以上も遅れてしまった。

なぜ遅れたのか。

それは日本海軍内部の戦略・戦術に対する考え方の不一致による。

ハワイ攻撃とマレー沖の海戦は、それまで長い間、世界海軍の宿題だった「戦艦か、飛行機か」という問題にたいし、「飛行機の方が強い」という決定的な解答をあたえた。

アメリカはただちに軍備を飛行機中心に切りかえた。

艦隊は一大機動部隊編成へとめざし、航空兵力による基地の前進によって太平洋の渡洋作戦をおこなおうと計画した。

それだのに日本海軍は、古い「艦隊決戦」を考えていた。

「飛行機の戦争」でなく、「大砲の戦争」を夢見ていたのである。

日本海海戦いらいの、猛訓練による「百発百中」で勝利がえられるものと思っていた。

これが「列強」の生産が遅れた原因である。

つまり日露戦争での成功体験を捨てられなかったのである。

過去の成功体験によって変化に対する対応に遅れてしまうことは、企業の戦略を決める時によく起こる。

その意味でも「歴史に学ぶ」ことは大事なことである。

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