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2014年1月の28件の記事

2014年1月31日 (金)

本当にヤバイ!中国経済/三橋貴明

Photo 新卒者や出稼ぎ労働者など、毎年2千万人を超える国民が新たに労働市場に参入してくる中国では、経済成長率の低下は絶対に避けねばならない。
 特に中国の農村部には、実に1億3000万人を超える余剰労働力が存在すると言われている。これだけの労働者を吸収していくには、「健全な経済成長」では全く足りないのだ。どれだけ不健全で、環境を破壊し、未来をぶち壊したとしても、2桁に近い成長率が必要なのである。さもなければ、中国共産党の唯一の目的と言える「権力の維持」が不可能になってしまう。

中国共産党が権力を維持するためにはどうしても2桁近い成長率が必要になる、と著者は言う。

そうすると、ここ数年7%台に落ちているGDPの意味するのは、危険水域に陥っているということ。

さらに、中国のGDPそのものが信用できない。

これは有名な話だが、中国の各省、各地方政府から報告されるGDPを素直に積み上げると、GDPがとんでもない数値になってしまう。

中央政府が発表する統計数字を大きく上回り、明確な食い違いを見せる。

最近発表された数字もそうなっていた。

例えば、日本の場合、各地方自治体から報告されるGDPを積み上げたものが国のGDPになる。

他の国も同じである。

ところが中国だけがそうではない。

それは各地方政府には目標の数字があり、それを達成しないとその長は更迭されてしまうから。

数字を捏造してでも目標数値を達成したように報告する。

結果、各地方政府を積み上げた数字はとんでもない数字になる。

いくらなんでもそれでは誰が見てもおかしいと思うので、中央政府はその数字を調整する。

その結果が中国のGDPである。

そう考えると、本書のタイトルのように、中国経済は〝本当にヤバイ!〟ということになる。

著者の主張する通りである。

2014年1月30日 (木)

間違いだらけの対中国戦略/富坂聰

Photo 現在、日本が第一に考えなくてはならない視点は、中国の主張がいかに間違っているかをあげつらうことではない。確信的に攻めてくる相手をどう押しのけるかを考えることだ。日本から見た尖閣諸島問題をたとえるならば、深夜のタクシー乗り場で腕力自慢の荒くれ者が横入りをして自分が乗るはずだった車を奪おうとしているといった状況なのだ。
 タクシー1台と領土を比べるのは適当ではないと言われればそのとおりなのだが、便宜的なものなのでそこは無視してほしい。重要なのは深夜であるということ。そこには秩序を維持する警察の目が届きにくいのである。そうした状況下で、自分自身の生活を壊すことなく、同時に問題を上手く解決しなければならないとなれば、瞬時にプラスマイナスを計算しなければならない難しい問題だということがわかるだろう。

テレビにも度々登場する富坂氏の著書。

本書で著者が訴えているのは中国との戦いは宣伝戦であるということ。

特に、世界にどのようなメッセージを発信するかを考える必要があるということ。

過去の戦争を振り返ってみてもわかるように、宣伝力が戦争において勝敗を分ける大きな鍵となったケースは少なくない。

実際、日本のかつての敗戦も、中国の宣伝工作によって国際社会から孤立させられたことに始まっていたことは、いまでは広く認識されている事実である。

そして、今も、中国は安倍首相の靖国参拝を利用し、日本を孤立させようと世界に働きかけている。

日米同盟によってアメリカの庇護を求める日本に対し、中国は「日本はアメリカが守る価値のない国」という価値観を前面に押し出すことによって同盟を突き崩そうとしている。

このとき中国がアメリカ国民を説得する材料としてもち出してくるのが、「日本は自由と民主主義を体現する国ではなく、過去の戦争を心の底では反省していないファシストである」ということ。

つまり、日本はアメリカ国民が血を流してまで守る価値のない国であるということを知らしめようと宣伝戦を展開している。

日本も中国の宣伝戦に対して対抗措置を講じているのだが、重要なことは事実ではなく、国際社会がそれを信じる可能性があるかないか、である。

広い意味で、日本人のコミュニケーション能力が問われているということではないだろうか。

2014年1月29日 (水)

データで読み解く中国経済/川島博之

Photo 25年前に日本が何と呼ばれていたか、覚えている人も多いだろう。〝Japan as No.1〟である。名付けの親はハーバード大学教授であったエズラ・ボーゲルだが、多くの人が、このままの状況が続けば、日本が米国を凌駕する日も近いと思ったものだ。しかし、バブルが崩壊すると、そんな思いはあっと言う間に消え失せてしまった。

飛ぶ鳥を落とす勢いの中国経済だったが、最近ちょっと陰りが見え始めた。

それを見ているとバブル崩壊も近いのではと思ってしまう。

一方、そういわれながらも何とか切り抜けるのではないか、という議論もある。

本書では、データを一つひとつ見ることによって、今の中国がどんな状態に陥っているのかを解きあかしている。

一言で言えば、今の中国の人口構成は25年前の日本とそっくりであるということ。

25年前、日本は〝Japan as No.1〟という本に象徴されるように、飛ぶ鳥を落とす勢いだった。

やがてはアメリカをも追い越すのではないかと本気で思っている人も多くいた。

ところが、その後バブル崩壊が起こり、失われた20年と言われる時代に突入する。

バブル崩壊後に経済が悪化した原因は、大きな目で見れば少子高齢化にあったと見てよいだろう。

年齢構成が25年前にそっくりな中国は、日本を追う可能性が高い。

現在は〝China as No.1〟と呼ばれて飛ぶ鳥を落とす勢いだが、そう遠くない将来に日本と同様に少子高齢化に悩むことになる。

そうなると、経済の面でも行き詰まる可能性が高い。

その結果、日本と同等あるいはそれ以上の政治的混乱に陥る可能性が高い。

そのような国が周辺国や世界に覇を唱えることはできない。

現在、中国は尖閣諸島問題などで日本を刺激しているが、それを過度に恐れる必要はないのかもしれない。

2014年1月28日 (火)

リフレは正しい/岩田規久男

Photo もし日本にFRB(米連邦準備制度理事会)のベン・バーナンキ議長がいれば、日本はデフレから脱却することに成功していたでしょう。そして円相場は適正化されて輸出産業が現在のような苦境に陥り、これほど景気が悪化することはなかったでしょう。

本書の著者は、昨年新しく日銀・副総裁に就任した岩田氏。

2008年のリーマンショック後、アメリカも日本も急激に景気が落ち込んだ。

しかし、アメリカは金融緩和をすることによって、比較的早期に景気が回復した。

一方、日本はそれをやらなかったが故に、景気は回復せず、長期のデフレに苦しんでいる。

違いはFRBと日銀の金融政策の違いだと著者は述べる。

なぜデフレになるのか。

その理由はいたって簡単。

みんながデフレを予想するから。

株価も、みんなが上がると思えば上がる。

みんなが上がると思うから株を買い、買い手が増えれば株価は上がる。

デフレになると株価が下がり、円高になり、所得も下がるので、需要も増えない。

その結果、ますますデフレが進む。

日本は長い間、このような負のスパイラルに陥っていた。

それを変えようとしたのがアベノミクスである。

大胆な金融緩和により、期待に働きかけた。

それによりみんなが株はあがると思うようになった。

その結果が現在の状況である。

残念なのは4月からの消費税の上昇。

もう決まったことだが、これさえなければとつい思ってしまう。

2014年1月27日 (月)

黒い福音/松本清張

Photo  トルベック神父を見張ることを考えたのは、藤沢刑事のカンだった。ほかの者に話しても、まさか、と云って相手にしてくれない。事実、その通りだった。神への奉仕を、ただ一途に踏んで来た聖職者だった。外出するにも、その聖職服を脱ぐことを許されない、という厳しい戒律のなかに生活している神父が、派手な背広を着て、女を連れ、温泉マークにシケ込むとは思われない。だが、藤沢刑事は、心に残るものがあった。そして、これを捜査一課長にまで、意見を具申したことである。課長は同意した。

先日テレビドラマ化されたものを見て興味がわき、読んでみた。

題材は1959年、英国海外航空の日本人スチュワーデスが扼殺され、遺体となって東京都杉並区で発見された事件。

犯人が特定されないまま公訴時効が成立、未解決事件となっている。

清張は社会派推理作家と呼ばれている。

単なる推理作家でなく、社会派とよばれる所以は、昭和の闇の部分を題材にした作品をいくつも書いているから。

本書もその中の一つなのだが、どこまでが本当のことで、どこまでが作家の推理の部分なのかが解らなくなるほどリアリティーがあり、どんどん引き込まれてしまう。

そしてその推理にも非常に説得力がある。

容疑者はベルギー人のトルベック神父。

何回か事情聴取をしたが進展がなく結局帰国を許してしまう。

さて、そのベルギー人神父をマークしたのはベテラン刑事のカンである。

現在では科学的捜査が随分導入されてきている。

たしかにそれによって効率化された部分もあるかもしれない。

しかし、最終的には刑事のカンという極めて人間的な部分が決めてになってくるような気がする。

2014年1月26日 (日)

熊とワルツを/トム・デマルコ

Photo リスクのないプロジェクトには手を付けるな。

 リスクと利益は切っても切れない関係にある。プロジェクトがリスクだらけだということは、海図のない水域に乗り出すということだ。自分の能力を伸ばす機会であり、見事にやってのければ、ライバルは地団駄を踏むだろう。ライバルが手も足も出ないほど能力を伸ばすことができれば大成功だ。競争で優位に立てるし、市場にふたつとないブランドを築ける。

「リスクのないプロジェクトには手を付けるな」

著者はこう断言する。

リスクが大きければ、そのぶんチャンスも大きい。

まったくリスクのないことに手を出すのは意味がない。

必ずといってよいほど何も得るものがない。

そうでなければとっくに誰かが片づけているはず。

そんなことをするより、時間と労力を節約してもっと価値のあることに使った方がよい。

だから、リスクという熊とのダンスをもっと楽しもう、というのがタイトルに込められたメッセージである。

リスクと問題とは違う。

「リスク」とはまだ起きていない問題であり、「問題」とはすでに実現したリスクである。

また、リスト管理と危機管理も違う。

「リスク管理」は、問題が発生する前の、抽象的な概念の段階で対策を考えるプロセスである。

一方、リスク管理の反対を「危機管理」といい、問題が発生した後に何をするべきかを考えることを意味する。

起こりうるリスクをはっきりと認識し、それらに備えておくことが、成熟のしるしである。

と、このようなものだが、どうも日本人はこのリスク管理が苦手である。

その根本には言霊の思想があるような気がする。

言霊とは、口に出した言葉に霊が乗り移って、それが実現してしまうという思想。

リスクとは言葉を換えて言えば、「こんなことが起こるかもしれない」と仮説を立てること。

ところが、これをすると日本では「縁起でもない」ということになる。

「このプロジェクトは計画通りに進まないかもしれない」と誰かが言うと、

いざ、本当にそのようになってしまった時、「お前があの時あんなことを言ったからこんなことになったんだ」ということになる。

だから誰もそのような「縁起の悪い言葉」は口に出そうとしない。

リスクを口に出すことを許さない文化の中では、リスク管理はできない。

日本人にとってはこれが一番の問題ではないだろうか。

2014年1月25日 (土)

プロフェッショナルサラリーマン/俣野成敏

Photo お笑い芸人の明石家さんまさんは、高校を卒業してすぐに笑福亭松之助師匠のところに弟子入りしたそうです。
 すると師匠から、家の近所を毎日箒で掃けといわれた。さんまさんはそれが不満で、内心「俺は奈良でいちばん面白い男なのに、掃除をするためにこんなところに来たんじゃない」と思っていたそうです。
 そう思いながら掃除をしていたら、あるとき師匠が、
「それ、楽しいか」
 と聞いてきた。
「いいえ」
 と正直に言ったら、
「そやろ。そういうのが楽しいわけがない。掃除はどうしたら楽しくなるか考えろ」
 それでさんまさんはハッと気持ちが切り替わった。
 そうか、面白い素材を面白く言うだけだったら、これはプロじゃないんだ。誰が見てもこんなの全然面白くないというところに面白さを見出して、それを世間に伝えるから一流なんだということに気づいたそうです。

サラリーマンであってもプロとアマとでは大きな違いがある。

そしてどうせならプロフェッショナルサラリーマンを目指すべきであろう。

プロフェッショナルサラリーマンになるための条件はいろいろあるが、最低限の条件は非常にシンプル。

すなわち、若いときはつべこべ言わずに、一生懸命働くこと。

でも、これがなかなか難しい。

若いころは、自分で仕事を選べない。

上司や先輩から言われた仕事をやるというパターンがほとんどである。

そしてそれは当然、面白い仕事ではない。

しかし、仕事の楽しさややりがいは、仕事をしながらでしかみつからない。

ドラッカーも「最初の仕事はくじ引きだ」といっている。

だから最初の仕事はくじ引きだと思って、どんな仕事でも、とりあえずやってみるのがいちばんいい。

その仕事の中に意味を見出し、その仕事を面白くすることができるのがプロだといえるだろう。

2014年1月24日 (金)

熔ける/井川意高

Photo 父はよくこう言っていた。
「『私は努力しています』と言うヤツが一番困るのだ。日本人のメンタリティは『努力しています』という言い方をやたらと好む。何にも考えないでいるくせに、朝は誰よりも早く会社に来て、誰よりも遅くまで働く。結果が出ていようがいまいが、そんな人間に免罪符が与えられがちなのだ。方向違いの努力をしているにもかかわらず、結果が出ているか出ていないかを別にして『あいつは一生懸命やっているじゃないか』と認めてしまう。実に迷惑な話だ」

本書は、会社の裏金でギャンブルにのめり込み、カジノの106億8000万円を失った創業家三代目の転落記である。

内容はハッキリいって言い訳ばかり。

上記抜き書きにあるような、父親から言われていたことの逆をやっている。

経営はなんといっても結果責任である。

どんなに「私は努力したのです」と言っても、会社の経営をおかしくしてしまったのでは経営者の資格はない。

創業経営者が大きくした会社を、二代目三代目がつぶしてしまうということはよくある話である。

創業経営者は自らのカリスマ性で組織を引っ張り大きくしていく。

一方、二代目や三代目は、いい大学をでて学歴は高いものの求心力が足りない。

頭だけで経営しようとする。

結果、組織がだんだんおかしくなっていく。

よくあるパターンである。

この本も三代目のボンボンがギャンブルにのめり込み破滅の道をたどったお話。

彼の使ったお金が一人ひとりの社員の血と汗の結晶として生み出したものだという自覚があれば、あんなことはできなかったはずである。

読んでいて腹が立つ。

読後感は最悪である。

2014年1月23日 (木)

世界で通用する人がいつもやっていること/中野信子

Photo 「ヤーキーズ・ドットソンの法則」という心理学の基本法則を紹介したいと思います。「覚醒レベル」と「学習パフォーマンス」の間に逆U字曲線型の関係があることを明らかにした法則です。心理学者のヤーキーズとドットソンが、ネズミを使った実験で発見しました。
 この法則が言っているのは、極端にストレスがなさすぎる場合や、逆にものすごいプレッシャーがかかり、ストレスにさらされている場合には、記憶や知覚のパフォーマンスが低下してしまうこと。逆に、適度なストレスが学習パフォーマンスを最高レベルに高めてくれるのです。この法則はネズミだけでなく、人間にも当てはまります。一時的な感情によるストレスと、知覚や記憶のパフォーマンスとの間には、このような関係が成り立つと考えられています。

著者がたくさんの世界レベルの人たちに出会い、そこから私が得た結論は 「『世界で通用する頭のいい人』というのは、ただの秀才ではない」ということ。

例えば彼らは、「空気を読まない」「敵を味方にする」「ストレスを自分に与える」など、ちょっと非常識だったり一見大人げないことをしてみたりすることで、周りを自分のペースに巻き込んでいく力を持っている。

例えば、ストレスについて。

彼らはストレスを上手に自分に与える術を心得ているという。

ストレスというととかく悪いイメージがある。

中にはストレスによってうつになったりする人がいるのだから、そのようなイメージを持つのも仕方ないことかもしれない。

しかし、では、全くストレスのない状態で人間は成長することができるのだろうか?

おそらくその状態で人間は成長することはできないだろう。

ある程度プレッシャーにさらされたほうが効率よく仕事ができる。

締め切りが間近になると、すごい集中力で仕事が進むという経験は誰もが体験しているのではないだろうか。

そのように考えると、ストレスがない状態とは決してよい環境ではない。

むしろ適度なストレスがあった方が良いのである。

ストレスとは上手につきあうことが大事ということではないだろうか。

2014年1月22日 (水)

成長するものだけが生き残る/上原春男

Photo 成長したいという欲求は、人間だけがもつ欲求で、他の動物にその欲求はありません。心理学者のマズロー博士がいうように、私たち人間は低次元の欲望から始まって、しだいにそれを高次元化させていく。つまり欲求を段階的に「進化」させていく動物です。衣食住が満たされたら、次は知識欲、さらには自己実現欲というように、たえず欲求を高度化させずにはいられません。
 しかしそれは悪いことではありません。その欲求の進化こそが、人間に「成長」を促す大きな動力となり、幸福の要因ともなるからです。

「もう、成長しなくても、現状維持で充分だ」という人がいる。

個人、企業、国の問題でそういう人がいる。

しかし、成長を放棄すると、現状維持ではすまない。

成長放棄とは衰退を意味する。

そしてその行き着く先は破綻、滅亡である。

つまり人は成長することによってのみ、生き残ることができる。

現状維持にとどまるものは、即、衰退に向かう。

伸びている会社でも、その現状に満足してしまったら、その瞬間にその組織は下りの階段を転がり落ちていくことになる。

米国の牧師ロバート・シュラーは積極思考の条件として、次の四つをあげているという。

1.否定的な感情をなくし、自信と決意に満ちた人生を歩むこと。

2.新しい考えやクリエイティブな提案を積極的に評価すること。

3.好機を見つけて勇敢に挑むこと。

4.むずかしい問題を「歓迎」し、否定的な要素を「建設的」に利用して、創造的に解決すること。

特に4は大事。

『むずかしい問題を「歓迎」』すること。

『否定的な要素を「建設的」に利用する』こと。

中々できることではない。

でも、このような意識をもって生きていけば、また違った人生が開けてくるのではないだろうか。

2014年1月21日 (火)

世界のエリートはなぜ歩きながら本を読むのか?/田村耕太郎

Photo アメリカの再生を主導するリーダーたちは頭だけでなく、心も身体も鍛えられた猛者たちである。オバマ大統領は学生時代はバスケット選手であったし、新国務長官のジョン・ケリーは従軍経験を持つ兵士であった。アメリカ企業のグローバル戦略にアドバイスを送ったハーバードビジネススクール教授、マイケル・ポーターもゴルフや野球などで全米代表クラスのアスリートであった。スポーツに勝つために競争戦略を編み出したのだ。
 その点、日本のリーダー層は運動が足らない。コンディショニングが今一つなのだ。

本書を読んでまず感じたのは「何をいまさら」ということ。

「そんなこと当たり前じゃないの」と正直、思ってしまった。

以前から、アメリカでは肥満で喫煙している者はマネージャーにはなれない、と聞いていた。

なぜなら、自分をマネジメントできなくて部下のマネジメントなどできるはずがないから。

そのように考えると、自分の体を鍛えることの必要性も自ずと生まれてくる。

世界に目を移せば、私が世界中で見てきたパワーエリートたちは文武両道が当たり前。

タフな決断を連続で迫られる舞台では、的確に状況を見ぬくための「文」と激務をこなす体力である「武」が揃っていなければ、切り抜けていくのは難しい、とあるが、その通りなのだろう。

私自身、日体大出身だということもあり、日々身体は鍛えている。

本を読むのも大抵、エアロバイクを漕ぎながら。

その方が頭に入るし、身体も鍛えられるので一石二鳥である。

身体と心と頭脳は全て密接に関連付いているということである。

2014年1月20日 (月)

伝説の教授に学べ!/浜田 宏一、若田部昌澄、勝間和代

Photo もう20年以上昔のことですが、不況のときに、私は当時日本銀行に勤めていた昔の教え子に、ホームレスの人がそこに寝ているのは、金融政策にも責任の一端があるんだと言ったら、びっくりしていました。「浜田先生がそんなことを言うとは信じられない」と。

日銀が失われた20年と言われた期間、日銀は何もやってこなかった。

日銀は、金融政策というこれらの課題に十分立ち向かうことのできる政策手段を持っていながら、それを認めようとせず、使える薬を国民に与えないで、国民と産業界を苦しめている。

これが本書が伝えるメッセージである。

間違った金融政策が、人々の職を奪って家族を路頭に迷わせ、さらには世をはかなむ人を増やすという事態を招いている。

いろいろな人の実質的な生活、生きがいに直結して厚生を損ない、日本経済の落ち込みを深くしている。

そしてその根本の原因は、自分たちの政策が生活者の末端まで影響を及ぼしているということへの感性と想像力の欠如ではないかと思う。

彼らはみんなエリートである。

エリートコースを歩んできた人たちがほとんどであろう。

だから生活者としての感覚がないのかもしれない。

能力よりも心の問題だということである。

2014年1月19日 (日)

小野田寛郎の終わらない戦い/戸井十月

Photo──靖国神社の一件はショックでした?
「あれで、すっかり嫌になりました。僕は生きて帰ってきたんだから、これから働けばいいわけでしょ。でも、一緒に闘って死んだ人間が沢山いるんですよね。そういう人たちは誰も報われていない。お見舞金は、僕が働いて得たんじゃなくて同情で頂いたお金。だから、死んでも報われていない人たちの所へ持ってゆくのが一番いいと、単純にそう思ったんです。それを、軍国主義復活への荷担だのなんだのと言われたら、やっぱり、そんな人間たちと一緒にはいられない」

小野田寛郎氏が一昨日亡くなられた。

情報将校として大東亜戦争に従軍し遊撃戦を展開、戦争終結から29年目にしてフィリピン・ルバング島から帰還を果たした。

1974年の事である。

その当時私は高校生だったが、その鋭い目つきと背筋をぴんと伸ばした凛とした姿が非常に印象に残っている。

その後、小野田はブラジルに移住する。

どうして日本を離れたのか?

そのことをインタビューで語っている。

日本に帰還した後、マスコミや世間の目から日一日と日本が嫌になったのだと。

小野田が帰国したその日から格好なニュースソースにメディアが群がり、その体験を面白おかしく書き、その想いを勝手に推量したり決めつけたりした。

例えば、帰国して病院に入院させられてから数日後、田中角栄首相の代理が百万円の見舞金を持って来た時の事。

そのことを宣伝したいのか、政府は記者会見までセッティングしてあった。

「その金を何に使うのか?」と訊いた記者に、「靖国神社に奉納します」と小野田は答える。

この、「靖国神社に奉納します」の発言が物議をかもすことになる。

「軍国主義に与する行為だ」という批難の手紙が山ほど送られ、政府から多額の補償金を内密に受け取っているから、そんな風に気前よく寄付できるのだなどという噂まで囁かれる。

「私は『軍人精神の権化』か『軍国主義の亡霊』かのどちらかに色分けされていた」と語っている。

小野田は日本がだんだんいやになってくる。

でもこの世間やマスコミの取り上げ方、今も全く変わっていない。

最近も安倍首相が靖国参拝すると「軍国主義の復活」とマスコミが喧伝する。

中国や韓国が言うのであればまだわかるのだが、日本のマスコミがそれを煽る。

まともではない。

これなど当時と全く変わっていない。

日本は未だに普通の国にすらなれていないのだということを痛感させられる。

2014年1月18日 (土)

リブセンス<生きる意味>/上阪徹

Photo 冬でも半袖、短パンでいても怒られなかった。それは、「人と違うことをしてもいい」というメッセージだった。「個性」を認めるということだ。
 だが一方で、普通でいることも求められた。普通とは、「常識」を持ち、謙虚でいることを忘れない、ということである。
 この「個性」と「常識」を間違えてしまうと、とんでもないことになる。非常識な行動を「これも個性だから」と主張する親は、とても恥ずかしい。

史上最年少25歳でで東証一部上場を果たしたリブセンス村上太一社長。

リブセンスとは直訳すると「生きる意味」

高校2年生のころ、自分はどうして生きているんだろう、死んだらどうなるんだろう、と〝生きる意味〟を求めて悶々とした時期があり、それが命名の理由だという。

以前カンブリア宮殿に出演していたのを見たことがあるが、はっきり言って「ごく普通の25歳の青年」である。

創業経営者独特のギラギラしたものがない。

しかし、逆に言えばそれがすごいところなのだろう。

つまり肩ひじ張ったところがないのである。

あくまでも自然体。

そこが強さなのだろう。

インタビューの内容を読んでもやはり普通である。

「とにかく、お客さまが満足するものを作りたいと思ったんです」とか、

「器用な人のほうが、いろんなことができるから、選択肢が増える。いろんな選択肢があると、人は弱くなるんじゃないかと思います」とか、

「仕事だけを100%愚直にやり続けている会社は、基本的にうまくいくと思うんです。そうじゃないところに目が向き始めると、会社はおかしくなってしまう」

と、ある意味、すごさを感じさせない。

でも、物事の本質をついている。

このような人格がどうしてできたのか。

「個性」と「常識」をきちんと区別して教える、という幼少のころの両親の教え方にそれを解くカギがあるようだ。

 

2014年1月17日 (金)

チャイナ・ジャッジ/遠藤誉

Photo この時、薄熙来はすでに「聯動」の先頭に立って暴れていたので、「自分がいかに革命的であるか」を示すために、民衆の前で率先して父親に対して殴る蹴るの狼藉を働き、倒れた父親を足蹴にして薄一波の肋骨を3本も折ってしまう。
 当時は「親を告発できる者」が「真の革命心を持った者」として高く評価された。劉少奇を訴えた者の中にも劉少奇の娘がいたし、文革最後の段階で軍事クーデターを起こして毛沢東を倒そうとした林彪の陰謀も、その娘の裏切りによってばれている。
「真の革命精神を持った者は親をも裏切ることができる」とされていたのが当時の風潮だった。

本書では、薄熙来という男の生い立ちから、次々権力を握ってのし上がってゆく姿、そして妻・谷開来による、英国人ヘイウッド毒殺事件、そして転落するまでが克明にしるされている。

薄熙来は昨年、遼寧省時代の職務に絡んだ約2000万元の収賄罪と約500万元の横領罪、重慶市共産党委員会書記時代の職権乱用罪で起訴され、無期懲役が確定した。

薄熙来の半生を見ていると、正に権力志向の塊である。

様々な手段を講じてお金を手に入れ、それをもって関係者の買収を繰り返し、権力を握っていく。

その原点は、文革時代、紅衛兵だった時代にあったようだ。

文化大革命とは1966年から76年までの間、毛沢東が起こした無産階級革命で、人民大衆を巻き込み、高校生などの若者を中心とした「紅衛兵」が暴力的に破壊活動を行うことを許した政治運動である。

この時、紅衛兵の先頭を切って「聯動」というグループの中で暴れまくったのが薄熙来だった。

クラスメートの薄熙来に対する文革当時の評価は「心が狭く、横暴で誠実さがない」というものだった。

彼は「自分がいかに革命的であるか」を示すために、民衆の前で率先して父親に対して殴る蹴るという乱暴な振る舞いを働き、倒れた父親を足蹴にして肋骨を3本も折ってしまったという。

これが彼の原点であったように思える。

その後も彼のこの権力志向は全く変わらない。

中国では賄賂が社会の隅々まで行き渡っており、泥沼化している様が良くわかる本である。

この腐敗の構造、もはや完治不能といってよいのではないだろうか。

2014年1月16日 (木)

ドル崩壊! /三橋貴明

Photo 世界の金融システムは、事実上、崩壊するだろう。
 2008年春から夏に掛けた世界経済は、アメリカの危機が深刻化するとドル安と株安が同時に発生し、危機が一段落すると、ややドルと株価が戻す動きを繰り返している。世界経済がアメリカの通貨や株式を、明らかに「リスク商品」と認識している明確な証拠である。この状況でファニーメイとフレディマックの問題が解決不能に陥ると、マネーが一気にアメリカから流出する、史上最大級のキャピタルフライトが発生するだろう。

本書が発行されたのは2008年8月22日、その後同年9月15日、世界を震撼させたリーマンショックが起こる。

2007年のサブプライムローン問題に端を発した米国バブル崩壊を契機にリーマンショックが起こり、これが世界同時不況の引き金を引く。

この後、AIG、GMと次々に破たんする。

つまり、著者の述べたことが恐ろしいほど当たっているのである。

あの当時、アメリカの経済はどん底だった。

しかし、今アメリカ経済は回復している。

それに比べ、日本はどうだったのか?

あの当時、日本の金融機関はサブプライムローンの影響はほとんど受けなかった。

にもかかわらず、円高になり、日本経済は極端に落ち込む。

そして回復のスピードも遅々たるものだった。

昨年やっとアベノミクスで回復の兆しが見えだしたという状況である。

日銀は何もやってこなかったということである。

私はむしろ、このことに問題を感じる。

2014年1月15日 (水)

1泊4980円のスーパーホテルがなぜ「顧客満足度」日本一になれたのか?/山本梁介

14980「こだわる」ことは「とんがる」こと。つまり、「お客さまの安眠」に特化したホテルづくりを考えたわけです。私は、どんなビジネスにおいても「とんがること=特化すること」が成功の秘訣と考えて生きてきました。

顧客満足度で上位を占めるのは、多くの場合、リッツカールトンや帝国ホテルといった高級ホテルである。

安さを売り物にするビジネスホテルが上位にランクされるということは普通では考えられない。

しかし、一方、「安かろう悪かろう」では顧客は離れていく。

いかに低料金であろうとも、お客さまにとってホテルとは非日常を楽しむ場所でもある。

低料金で単に寝る場所を提供するだけでは、生き残れない。

多くのビジネスホテルがそのジレンマに陥っている。

では、どうすればよいのか?

その一つの解は「とんがる」こと。

5点満点で言えば、すべての項目で5点をとるのではなく、ある一項目だけ5点をとる、そして他の項目は3点を死守する。

ではどの項目で5点を取るのか。

スーパーホテルの場合、それは「お客様の安眠」だという。

これに徹底的にこだわる。

ではなぜ「お客様の安眠」なのか?

ビジネスホテルを利用するたいていのお客さまは、夜の10時前後にチェックインする。

そして朝の8時にはチェックアウトする。

そうなると、ホテルに滞在する約10時間のうち、70%~80%が睡眠時間ということになる。

つまり、お客さまがホテルの快適度を評価するとき、それを決めるもっとも大きな要素は「睡眠」。

だから「お客様の安眠」に徹底的にこだわる。

これによりスーパーホテルは稼働率90%、リピート率70%以上、キャンセル待ちまで出てくるようになった。

そしてこの戦略がスーパーホテルを「顧客満足度日本一」に押し上げた。

スーパーホテルの成功は、「とんがる」ことがいかに大事かを示す、一つの成功例ではないだろうか。

2014年1月14日 (火)

絶対にゆるまないネジ/若林克彦

Photo 実は、私の会社の経営理念として実行している考え方なのですが「たらいの水の原理」というものがあります。たらいに入っている水を自分のほうへ引き寄せようとすればするほど、水は逆に向こう側へ流れていってしまいます。ところが、たらいの水を相手のほうへ押し出せば押し出すほど、逆に水はこちらのほうに流れてくるのです。
 つまり、お客さまや社会に喜んでいただく努力をすればするほど、それは自分に返ってくるのだと。そういう取り組みは、すべてのベースにあてはまり、よいアイデアが生まれてくるための前提になるんですね。

絶対にゆるまないネジで有名になったハードロック工業。

スカイツリーにもこのネジが使われているという。

社員数50名に満たない中小企業でありながら、この分野では世界でトップシェアを握る。

ネジと言えば、典型的なローテクである。

一般にはローテク技術は改良の余地がないため、価格競争に巻き込まれやすいという認識が強い。

しかし、著者はローテクな技術でも、コツコツと突き詰めていけば、他社との差別化も可能になるという。

受身の姿勢でいると、行き着くところは価格競争しかない。

中小企業は多くの場合、下請け企業である。

しかし、下請け企業であったとしても、言われたことだけ、単なる下請けだけをやっていてはダメ。

もっとアイデアを出す必要がある。

そして、そのための前提は「お客様や社会に喜んでいただく」という強い意思。

この点は、多くの成功した経営者に共通する部分である。

2014年1月13日 (月)

羽生善治論 「天才」とは何か/加藤一二三

Photo あとから考えた手というのは、冷静かつ慎重に、確認しながら読んでいった末の選択であるのだから、その思考回路に欠陥はないはずである。理屈でいえば、ひらめいた手よりすぐれているはずだ。
 しかし、現実はそうではない。というのは、読むときは往々にして自分の都合のいいように読んでしまうからだ。そのため、どこかに判断のおかしいところが生じてしまう。つまり、どこか抜けている。

天才棋士と呼ばれる羽生善治。

天才の条件とは何なのか?

本書は天才棋士としての素質を分析している。

まずどうしても欠かせない素質は、勉強をしている、していないにかかわらず、早く指すことができて、しかも着手が正確で、なおかつ勝つこと。

これは、間違いなく天才の共通点。

天才は、盤を見た瞬間に、パッと手がひらめく。

もっとも強力な一手、最強の一手が、局面を見た瞬間に浮かんでくる。

こうした能力は努力したからといって身につくものではない。

もって生まれた、並外れた素質としかいいようがない。

と、そんなことを著者は述べている。

そして多くの場合、最初にひらめいた手が正しいという。

いずれにしても著者自身、天才と呼ばれた棋士であり、私のような凡人とは違った世界で生きている人たちという感は免れないが、

「ひらめきが正しい」という点については、ものの本質をついているような気がする。

2014年1月12日 (日)

組織が活きる チームビルディング/北森義明

Photo コウモリは飛びながら、人間の耳には聞こえない極超音波を発し、まわりの障害物に反射して返ってきた、つまり「フィードバック」された極超音波をキャッチすることで障害物と自分の位置関係を知り、自分の飛ぶ方向を変えているのだそうです。
 この「フィードバック」のおかげで、コウモリは自分の住みかである真っ暗な洞窟の中でも、壁にぶつかったりすることなく飛ぶことができるといいます。
 ところが、高い空に舞い上がったコウモリが、ヨロヨロと不安定に飛んだり、まるでキリモミでもするように落ちてくることがあります。障害物のない高い空では、コウモリの極超音波を反射する物がないので、コウモリは自分の位置を一時的に「見失って」しまうのだそうです。

おもしろい譬えである。

人間にとってフィードバックがいかに大切かということである。

フィードバックとは「あなたは今こんな状態にあります」という相手からもメッセージ。

これがなければ、私たちは自分の位置関係を知ることができない。

場合によっては独善的になってしまうこともある。

自分のやっていることに信念を持つことは大事なことだが、それならばなおさら、何らかの形でフィードバックを得られるような仕組みを作るべきだろう。

そしてチームがうまく回っていくためにも、お互いにフィードバックを受けることは大事である。

そして、フィードバックを受けることによって個人もチームも成長することができる。

大事な視点だと思う。

2014年1月11日 (土)

働かないアリに意義がある/長谷川英祐

Photo つまり誰もが必ず疲れる以上、働かないものを常に含む非効率的なシステムでこそ、長期的な存続が可能になり、長い時間を通してみたらそういうシステムが選ばれていた、ということになります。働かない働きアリは、怠けてコロニーの効率をさげる存在ではなく、それがいないとコロニーが存続できない、きわめて重要な存在だといえるのです。
 重要なのは、ここでいう働かないアリとは、社会の利益にただ乗りし、自分の利益だけを追求する裏切り者ではなく、「働きたいのに働けない」存在であるということです。本当は有能なのに先を越されてしまうため活躍できない、 そんな不器用な人間が世界消滅の危機を救うーー とはなんだかありがちなアニメのストーリーのようですが、シミュレーションはそういう結果を示しており、私たちはこれが「働かない働きアリ」が存在する理由だと考えています。

アリは働き者の代名詞のように考えられているが、実は四六時中働いているわけではない。

驚いたことにある瞬間、巣の中の7割ほどの働きアリが「何もしていない」という。

最近の研究では、だいたい2割くらいは「働いている」と見なせる行動をほとんどしない働きアリであることが確認されているという。

これらの「働かないアリ」とは怠けてそうしているのではない。

むしろ、能力が少し劣っているので、仕事にありつけないのである。

でも、この「働かないアリ」は一生働かないわけではない。

例えば巣の修繕などはいつ必要になるかわからない。

ところが普段働いているアリはその仕事で手一杯。

こんな時「働かないアリ」の出番。

「働かないアリ」が働き出す。

つまりコロニーの存続ということを考えると、働いていないアリという「余力」を残していることが実は重要。

働かないアリがいるからこそ、そのコロニーは長期的な存続が可能になる。

あくまでこれはアリの世界の話だが、人間の組織にもそのまま当てはまることではないだろうか。

2014年1月10日 (金)

リフレが正しい。/高橋洋一

Photo アメリカ政府には秘密兵器がありまして、その名も印刷機と申します(あるいは、今日の場合、電子的な印刷技術でしょうか)。この印刷機のおかげで、政府はドルをほとんどコストゼロで好きなだけつくりだすことができます。
 アメリカ政府は、流通するドルの量を増やすことで、あるいは、そうするぞと迫真の脅しをかけるだけで、商品・サービスに対してのドルの価値を下げることができるのです。これは、ドルで測った商品・サービスの価格を上げることと同義です。
 つまり結論はこうなります。「紙のお金のシステムにおいては、政府が断固たる意志さえ持てば、いつでも支出を高め、それによってプラスのインフレを生みだすことができる。

本書は前FRB議長バーナンキ氏の講演集。

バーナンキ議長の主張を、一言でいえば、「日本の金融政策に、インフレ目標を導入させたアベノミクスを、とても評価している」ということ。

上記抜き書きのバーナンキ氏の言葉を通して思い出すのが、安倍首相が参議院選の演説「経済を回復させるには輪転機をどんどん回してお札を刷ればよい」といった言葉。

振り返ってみるとバーナンキ氏と同じような趣旨のことを言っている。

この言葉はマスコミから批判を浴びたが、あれから1年経って、確かに金融緩和は効果があったと言える。

つまりデフレ時にはお金の量を増やすことが処方箋としては非常に有効であるということ。

逆に言えば、失われた20年と言われた期間、政府や日銀は何をやっていたのだということである。

2014年1月 9日 (木)

強靭化の思想/藤井聡

Photo そもそもデフレは需要不足が原因なのだから、適切な金融政策の下での「大規模な財政出動」によって需要が拡大して初めて、デフレ脱却と経済成長がもたらされる。
 これこそニューディール政策と呼ばれるものなのだが、過去15年以上もの間、日本は(小渕政権や麻生政権における積極財政を除き)それを本格的にやってこなかった。それどころか、公共事業の政府予算はピークの頃の3分の1に落ち込むまでに削減し続けたのだ。これでデフレが深刻化しない訳がない。

本書の著者、藤井氏は現内閣官房参与。

国の強靭化を中心に述べている。

これは、アベノミクスの三本の矢の中の二本目の矢、財政出動にあたる。

なぜ今、強靭化計画が必要なのか?

第一に、日本の多くの施設が耐用年数を迎えており、これを放置できない状態になってきているということ。

第二に、首都圏直下の震災がかなり高い確率で起こると予想されており、その被害を最小限に抑えるための対策が危急の課題として持ち上がっているということ。

そして第三に、大規模な公共事業により、需要が生まれ、デフレ脱却に寄与し、景気回復につながるということ。

つまりいくら金融緩和しても、その資金が銀行にとどまっている状態では景気は回復しない。

今は、市場に放出された資金が行き場を失っている状態だというのである。

それは公共事業をすることによってかなりの部分が解決する。

雇用を生み、設備投資を生み出し、景気が回復する。

民主党政権時代に「コンクリートから人へ」と盛んに言われた。

しかしこれは、インフラ投資という将来の国民のためのおカネを、社会保障費という形で現在に生きる自分たちのためだけに使う、という方針。

それはさながら「子供を顧みない享楽的な親」のように、現世代による将来世代に対する「裏切り行為」に他ならない、と著者は痛烈に批判する。

強靭化とは、いわゆる公共事業にあたるものだが、公共事業というとマスコミはすぐ「バラマキ」だと批判する。

しかし、そこで思考停止するのではなく、もっと突き詰めて考えていく必要がある。

我が国の安全と生存を脅かす様々な「危機」に対する脆弱性を低下させ、それらを乗り越えることができる「強靭さ」を身につけることが、今、我が国が取り組まねばならない最重要課題ではないだろうか。

2014年1月 8日 (水)

不毛地帯(5)/山崎豊子

Photo  壹岐は上衣の内ポケットから白い封書を取り出し、机の上に置いた。『辞表』としたためられている。大門の顔色が、変った。
「壹岐、まさか……本気か……」
 今の今まで、壹岐が、社長の座を取って替ろうとしているとばかり思い込んでいた大門は、呆然とした。
「社長、どうかご受理下さい、社長が勇退された社に、私が残ることなどあり得ようはずがございません、同道させて下さい」
「壹岐、君は、自分の一身を賭してまで、わしに退陣を勧めるのか」
 大門は呻くように云い、なお心の葛藤と闘うように長い重苦しい沈黙が続いた。不意に大門の体がぐらりと揺らいだ。
「会社は、あと、どうなるのや」
「組織です、これからは組織で動く時代です、幸いその組織は、出来上っております」
 壹岐は入社時、大門から大本営参謀として持っている作戦力と組織力をわが社に生かしてほしいと求められたのだった。
「そうか、あとは組織か……」
 大門は、今はここまでと覚悟を決めるように云い、窓辺へ歩いて行った。

かつてのカリスマ社長が晩節を汚すことはよくある。

若いころは先見の明と強いリーダーシップで会社を大きくしていった社長が、加齢とともに、その判断に狂いが生じ、老害をまき散らすようになる。

いわゆる〝ダースベーダー化〟である。

ところがこのようなカリスマ社長の周りは大抵イエスマンばかり。

誰も本当のことを言えない。

裸の王様状態に陥ってしまう。

大門社長もそうなっていた。

そこで壱岐は自らの退職と引き換えに大門の退陣を進言する。

それにより大門社長は相談役に退くことになる。

しかし、この部分は完全にフィクションだと思う。

事実はこれとは違う。

実際、壱岐のモデル、瀬島龍三氏は退職することなく、最後は伊藤忠商事の会長まで上りつめている。

現実は小説のようにはうまくはいかないものである。

2014年1月 7日 (火)

不毛地帯(4)/山崎豊子

Photo 「通産省は政府だ、こういう国対国の国益絡みの大きな問題は、党の諒承の方が先決だということぐらい、知っているだろう」
 険しい剣幕で責めたてた。大門は応答に窮して黙したが、壹岐は、田淵幹事長が自分たちを呼びつけた意図が読めた。通産省の内意を得た上のことだと云っても、あれは政府だと撥ねつけ、俺が困ると繰り返すのは、要はフォーク・千代田の提携に一枚嚙み、自分の手で〝集金〟したいためであった。
 壹岐はそう読むと、
「担当役員として、不明の至りです、目下、交渉は難航しておりますので、今少しフォーク・千代田の両社の主張を詰めた上で、幹事長に改めてご報告かたがた、ご助言を仰ぎに参りたいと思います」
 次に報告に来る時は〝金を持って来る〟ことを応諾するように云うと、
「そうか、わかった!」
 ソファの肘をぽんと叩き、テーブルの下のベルを押すと、自分がさっき入って来たガラス戸から、さっさと洋館の方へ歩み去って行った。

千代田自動車とフォーク社の提携を画策していた近畿商事の大門社長と壱岐は田淵幹事長に呼びつけられる。

田淵幹事長のモデルは田中角栄である。

田淵は「幹事長たる俺が日本の自動車メーカーの動きを何も知らないじゃ、困る」と責め立てる。

しかし、それは表向きの理由であって、本当の目的は、この企業間取引に自分が絡む為。

様々な便宜を図ることによって当然お金を懐に入れることができる。

このあたりの話は、そのまま田中角栄の金権政治を彷彿させる。

山崎氏がどうしてこの小説のタイトルを「不毛地帯」としたのか?

わかるような気がする。

2014年1月 6日 (月)

不毛地帯(3)/山崎豊子

Image「ほう、それじゃあ君は、何のために経営会議を開くというんだね」
「経営会議は、あくまで社長の決定を補佐する機関だと考えております、なぜなら社長は会社の絶対的権限者であるからで、役員同士の審議は充分に行なうが、その結果、役員全員が反対であっても、その審議を通して社長が決定することには、全員、従うべきだと思います」
「経営会議が社長の補佐機関だなどと、それじゃあまるで、天皇を補弼した御前会議じゃないか、この時代の先端を行く商社でそんな時代錯誤が許されると思うのか、そんなことをしたら、社長ご自身だって、命が幾つあっても足りないよ」
 あしらうように里井が云うと、
「ものごとの真理は時代を常に超越します、中国の古典である孫子の兵法、日本の作戦要務令、そしてアメリカ企業の経営戦略、そのいずれをみても、最高の決断を出すものは、その組織のトップで、その決断を誤らせないように補佐するのが、私のいう経営会議です」
 はっきりした口調で云うと、それまで里井と壹岐のやり取りを聞いていた大門は、
「この間、デュポンの社長と会うた時、リンカーン大統領は重要な閣議で、閣僚全員が討議を尽し、全員賛成したが、大統領はすべての意見を謙虚に聞いた後『ノー』と勇気ある決断を下した事例をひいて、トップの決断の大切さを話してくれた――、千代田自動車の件は、経営会議で論議してから決めたらええ」
 断を下すように、云った。

ここで里井副社長と壱岐が経営会議のことについて論じているのは面白い。

会社の意思決定はどうあるべきか?

日本の大企業の多くは合議制である。

欧米はトップが決めることが多い。

日本でも、今儲かっている企業は、トップが決めていることが多いようである。

ソフトバンクの孫氏やファーストリテイリングの柳井氏などその代表例。

おそらく、今のような変化の激しい時代では早い意思決定が要求されるからであろう。

日本企業が世界で勝てなくなったのもこんなところに原因があるのかもしれない。

2014年1月 5日 (日)

不毛地帯(2)/山崎豊子

Photo「何を云おうと、寝んでいると云って、帰らせるんだ」
 久松が不機嫌に云うと、壹岐は、
「長官、ご無理でなければ、鮫島氏と会って戴けませんでしょうか」
「しかし、こんな時に――」
「こんな時ですからお会い戴き、グラント派の動きを探って戴きたいと存じます」
 じっと久松の眼を見て云うと、久松は黙って頷き、茶室から出て行った。
 その間、壹岐は身じろぎもせず、炉の上で煮えたぎっている鉄瓶を見詰めていた。海中に流れた血の匂いをいち早く嗅ぎつけ、食いちらす鮫のように鮫島は早くも、防衛庁と近畿商事の機密漏洩事件の匂いを嗅ぎ取り、ラッキードを食いちぎるために国防会議の関係のメンバーの間を敏捷に泳ぎ廻りはじめたに違いない。
 十五分程すると、庭石を伝って来る足音が聞え、茶室の躙口から久松が姿を見せ、もとの座に坐った。
「名にしおう人物だな、大統領添書のことを嗅ぎつけているらしく、大統領のご紋章はお忘れ戴いて、国防会議にはグラントをよろしくとだけ云い、ミサイル並みの実弾を置いて帰ったよ」
 意味あり気に云ったが、それが相当額の現金であることは、すぐ察せられた。壹岐は表情を動かさず、
「おさしつかえなければ、そのミサイルとやらをお教え願えませんでしょうか、私の方も工夫したいと思いますので――」
「長官、国防会議は、なるべく早く開いて戴きたいですね」
 畳み込んだ。
「それは何とも答えられない、山城防衛庁長官は明日、帰京するが、総理の予定が解らんからね」
「しかし、総理といえども、午後十時以降なら、万障お繰り合せはつくのではないでしょうか」
「深夜に国防会議を開けというのか、終戦時の御前会議に倣う発想だな」
 久松は、はじめて声をたてずに笑った。

第二章は、航空自衛隊の次期戦闘機選定争いについて記されている。

近畿商事はラッキード(ロッキード)、東京商事はグランド(マクドネル・ダグラス)を推す。

そして、この中で政治家や官僚への働きかけが先鋭化する。

また背後には次期総裁選をめぐる暗闘が横たわる。

ミサイルと呼ばれる賄賂も行き交う。

上記抜き書きは、東京商事の鮫島が時の内閣書記官長に賄賂を渡す場面。

鮫島のモデルは、日商岩井の海部八郎である。

このあたりの事はロッキード事件を彷彿させる。

しかし、元軍人で聖人君子を地で行くような人物だった壱岐正が、血で血を洗うような企業戦争に巻き込まれ、目的遂行のために違法行為にも手を染める辣腕商社マンに変貌する様は空恐ろしささえ感じさせる。

現実の壱岐のモデル、瀬島氏もそうだったのかなと考えさせられた。

2014年1月 4日 (土)

不毛地帯(1)/山崎豊子

Photo  大門の口もとに苦笑が洩れた。この男を採用すべく、半年前から再々、使いの者をさし向けたにもかかわらず、その度に、鄭重に辞退し続けられたのだった。そうした大門に対し、近畿商事の役員たちは、元大本営参謀の採用に疑問を持っていた。戦後の一時期、旧軍の司令官や参謀クラスを意識的に集め、その人物のコネや顔を巧みに利用した企業があったのは事実だったが、戦後十三年経っている今日、近畿商事のように生っ粋の大阪発祥の商社が、よりにもよってシベリア帰りの旧軍人などを採用しなくてもというのが、役員たちの意見であった。しかし、大門は旧軍人のコネや顔などあてにしていない。それより彼らの作戦力と組織力に魅力を感じているのだった。民間企業の中でその力量をどれだけ発揮できるか解らなかったが、曾て国家の総力を傾けて養成し、今の貨幣価値に換算すれば、一人数千万の国費をかけた参謀クラスの中から、優れた人材を選び出すのは、最も合理的で、確率の高い方法だというのが、大門の考え方であり、使えるか、使えないかは、首実検の上決めればいいことだと思っていた。

昨年他界された山崎豊子氏の著書。

本書の主人公、主人公の壱岐正は伊藤忠商事の元会長瀬島龍三がモデルと言われている。

何かと批判の多い人物だった。

第一巻は、主人公の11年間にも及ぶシベリア抑留についてほとんどの紙面が割かれている。

そして壱岐が11年間の抑留を終え、2年間の浪人生活を経て近畿商事の採用面接に臨んだ場面が上記抜き書きである。

この時、大門社長がなぜ元大本営参謀であった人物を採用しようと考えたのか、その動機について記されている。

大門社長が壱岐を採用した理由は、その戦略立案力であり、組織力についてである。

近年、企業経営では戦略という言葉が盛んに出てくるが、元々戦略という言葉は軍事用語である。

その戦略という言葉を企業経営にも使ったのはドラッカーだとされている。

その意味では、元大本営参謀の戦略立案力を企業経営に活用しようという大門社長の発想は時代の先端をいくものだったのではなかったかと考えさせられた。

本書はあくまでもフィクションだが、実在の人物と比較しながら読むのも非常に面白い。

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