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2014年4月の30件の記事

2014年4月30日 (水)

スイッチ!/チップ・ハース、ダン・ハース

Imagelrmyrixk 解決志向療法では、あらゆる問題には例外があると考えられている。その例外をいったん把握すれば、スポーツ大会の競技ビデオのように、じっくりと分析できる。「うまくいっていたときのシーンを再現してみましょう。何が起こっていましたか? どう行動しましたか? 笑っていましたか? アイ・コンタクトはしていましたか?」という具合だ。すると、解決策が直接浮かび上がってくる。しかも、その解決策は以前に効果があったものなので、そもそも実行可能だ。

本書で述べているのは「解決志向」についてである。

何か自分のやっていることがうまくいかなかったとき、通常、問題に目を向ける。

「何が問題なのか?」

「その問題の根本原因は何だろう?」

「その原因を解決する手段は何だろう?」

と、考える。

間違いではないのだが、これでうまくいかないことがある。

ところが、「解決志向」ではうまくいっていることに目を向ける。

どんなにうまくいっていない事柄であっても、例外的にうまくいっている部分もあるものである。

解決志向ではその例外に目を向けるのである。

そして、うまくいった理由を探る。

理由がわかったなら、それを基にアクションプランを考え、実行する。

これによって、解決に一歩近づくことができる。

そしてこれを繰り返すのである。

従来の問題解決の手法で限界を感じているものにとっては有効な手法ではないかと思う。

試してみる価値ありである。

2014年4月29日 (火)

孔子とドラッカー/一条真也

Image ドラッカーの大著『マネジメント』によれば、まず、マネジメントとは、人に関わるものである。その機能は、人が共同して成果をあげることを可能とし、強みを発揮させ、弱みを無意味なものとすることである。これが組織の目的だ。
 また、マネジメントとは、ニーズと機会の変化に応じて、組織とそこに働く者を成長させるべきものである。組織はすべて学習と教育の機関である。あらゆる階層において、自己啓発と訓練と啓発の仕組みを確立しなければならない。
 このように、マネジメントとは一般に誤解されているような単なる管理手法などではなく、徹底的に人間に関わってゆく人間臭い営みなのである。

ドラッカーの著書は「人間の幸せ」という軸がいつも貫かれている。

マネジメントにしても、単なる管理手法としてはとらえておらず、人が成長し、各自が強みを発揮し、弱みを補い合い、協働し、結果として成果をあげる仕組みである、と言っている。

組織はすべて学習と教育の機関である、

あらゆる階層において、自己啓発と訓練と啓発の仕組みを確立しなければならない、と断言している。

日本の経営者がどこかに置き忘れてしまった大切なことを思い出させてくれる、

これがドラッカーの著書ではないだろうか。

2014年4月28日 (月)

究極のドラッカー/國貞克則

Imageznp2y7wt ドラッカーはGEのジャック・ウェルチ会長に「世界で1位か2位になるつもりの事業だけ残して、あとはすべて捨てたらどうか」とアドバイスしたと言われてきました。しかし、ジャック・ウェルチによれば、実際ドラッカーは「ワクワクドキドキしてやっている事業以外は、すべて止めたらどうだろう。ワクワクしながら、意気込みをもってやるような仕事でなければ、お客様に対して失礼だ。そうでないものは思い切って止めてしまうか、その仕事を熱意を持ってやるところとコラボレーションしたほうがいい」とアドバイスしたと言うのです。私はこの文章を読んで、人間を中心にしたドラッカー経営学の真骨頂を見たような気がしました。

ドラッカーは膨大な数の著作を残している。

その中で、それらに貫かれている共通する軸のようなものが分かると、ずっと理解が深まってくる。

著者は、ドラッカー経営学の原点が「人間の幸せ」であることを念頭にドラッカーの著作を読めば、ドラッカーの真意がスラスラと理解できるようになると言っている。

ナルホド、そういえば、ドラッカーの著作によく出てくる「真摯さ」「イノベーション」「マネジメント」「顧客の創造」等々のキーワード、

共通するのは、すべて「人間の幸せ」が軸になっている

また、そのような観点で改めてドラッカーの著書を読んでみると、また新しい発見があるのではないだろうか。

2014年4月27日 (日)

仕事休んでうつ地獄に行ってきた/丸岡いずみ

Image 「頑張れ」の言葉の中に、「治ることを心待ちにしているよ」とか、「あなたがよくなることを見届けます」とか、「治療を頑張って」「薬を飲むことを頑張って」といった、患者に沿ったやさしい気持ちが汲み取れると、その言霊はとてつもないパワーを与えてくれるのですね。
 要するに「頑張れ」と言う言葉は使い方次第。

よく、うつの患者に「頑張れ」という言葉は禁句だという。

本人は精一杯頑張っているのに、他者が「頑張れ」というと、それは「あなたはもっと頑張れるはずだ」というサインを送ることになり、逆効果になるからだという理由からである。

しかし、丸岡いずみさんは「頑張れ」という言葉にむしろ励まされたと体験を語っている。

ということは、定説となっている考え方も、実際にはケースバイケースであり、その一つの考え方に凝り固まってしまうと、かえってやるべきことを誤ってしまうということである。

人はその語る言葉によって落ち込んだり、励まされたり、勇気づけられたりする。

そして一度語った言葉は、決して取り消すことはできない。

そう考えると、言葉って本当に難しいと思ってしまう。

2014年4月26日 (土)

サバイバル奮闘記/遠藤功

Photo「生きる」とはそれ自体が「自己表現」です。中でも、人生の多くの時間を費やす仕事は、生きる糧を得るためだけのものではなく、「自己表現」の手段でもあります。

私たちは何のために仕事をするのか?

多くの人は「食べるため」と答える。

しかし、それだけでモチベーションを持続することはできない。

やはり、やる気の源泉となる何かが必要になる。

著者は、仕事は「自己表現の手段」だという。

しかし、仕事だけが自己表現の手段ではない。

趣味を通して自己表現する人もいる。

他にも仕事以外で自己表現をする人は多くいるであろう。

ただ、私たちは人生の大部分の時間を仕事に費やす。

だとしたら、仕事で自己表現ができれば、それにこしたことはない。

また最も効率的だともいえる。

仕事は自己表現の手段、

そして仕事の結果は自分の作品、

こう考えることができたら、仕事に対する姿勢も変わってくるのではないだろうか。

2014年4月25日 (金)

荒木飛呂彦の超偏愛!映画の掟/荒木飛呂彦

Imagetysyxghg エンターテイメントの基本は「サスペンス」にある、というのが僕の持論です。
 サスペンスとは、その手の本を調べると「ラテン語の『吊るす』が語源で、気がかり、不安な状態をさし、読者をはらはらさせる緊張感の効果をいう」といった具合に説明されています。

エンターテイメントの基本は「サスペンス」にある、という著者の言葉、確かに一理ある。

面白い映画は、それがコメディーであっても人間ドラマであっても、「この先、どうなるんだろう」というハラハラ、ドキドキ感がある。

これが著者のいうサスペンス。

そういえば、過去観た印象に残った映画は例外なくサスペンスがあった。

あまり期待しないで観た映画が、期待外れに面白かったり、

予想を見事に覆させるどんでん返しがあったり、

「こんなやり方があったのか!」と思わずうなずかされたり、

ある意味、すべてサスペンスである。

でも、面白い人生にもサスペンスがあるのではないだろうか。

そんな人生を送ってみたいものだ。

2014年4月24日 (木)

太平洋戦争、七つの謎/保阪正康

Image_2 人は時代の制約の中にある。つまり、生きる時代を選べないわけだから、その時代の価値規範に対して忠実に生きていたいと思っている。
 もし私があの戦争の時代に生きていれば、特攻隊を志願する青年だったろうし、聖戦必勝を信じてもいたであろう。それを今の時代の価値基準だけで批判したり、断罪したりするのは、やはりちょっと間違っているような気がする。

私たちはすべて時代の子である。

つまり時間と空間の制約のもと、過去を振り返って過去のことを「ああだ」「こうだ」と言っているのが現実である。

だから、あの時代の人たちが愚かな戦争をしたからと言ってそれを一方的に責めることも、逆に美化することも、どちらも間違いである。

もしあの時代、自分が生きていたら、軍国少年になっていたかもしれない、特攻に志願したかもしれない。

私たちは歴史に対しては、謙虚であるべきだと思う。

2014年4月23日 (水)

ザ・チーム/齋藤ウィリアム浩幸

Image あるとき、突然、閃いた。
 「日本にはチームがない!」
 そうだ。これが日本の「根本問題」だ。日本の組織は、いつからかはわからないが、イノベーションが止まっているように見えた。何かを解決する、何かを生み出すための組織ではなく、与えられたこと、決められたことを間違いなく処理するための組織、何かを守るための組織になっている。

著者は日本の問題はチームがないこと、と述べている。

日本にはグループはあるがチームがない、と。

グループとチームの違いは何か?

グループは、あらかじめ決められた目標を遂行するために集められる。

日本の組織はほとんどがこのタイプ。

一方、チームでは互いに助け合い、補い合うことで目標が達成されることをメンバーが理解している。

メンバーは仕事をさせられているというのではなく、自分が主体的にやろうというオーナーシップをもっている。

自由に意見を言い合って、衝突を怖れないし、むしろアイデアが生まれるチャンスと見る。

チームはイノベーションとアントレプレナーシップの土壌となる。

失敗を怖れないでリスクを引き受ける精神は、チームから生まれる。

チームの本質はお互いに助け合う、ヘルプしあう関係である。

いまの日本には、ヘルプするという精神が決定的に欠けているように見える。

チームになにより必要なのは、パッションである。

パッションさえあれば、あとはなんとでもなるというくらい大切なものだ。

グループには、このパッションがない。

魂の入ったチームをどうやってつくり上げるかが日本復活の肝になると著者は言う。

確かに言われてみれば、日本には著者の定義するチームが少ない。

日本は個人では弱いが集団になると強い、と思っていたが、その考え方も少し間違っていたのでは、と思わされた。

2014年4月22日 (火)

日本を変えた昭和史七大事件/保阪正康

Image 私は、政治の領域に「純粋」を持ちこんではいけないと思っている。というのは、政治に「純粋」を持ちこんだ場合、その「純粋」はたいていは「狂的な状態」になる。

本書で取り上げている五一五事件や二二六事件は確かに日本を大きく変えた。

それはテロへの恐怖である。

この事件以降、政治の指導者は腰がひけたような状態になり、軍部の独走を許すようになる。

ではこの事件を起こした者の共通点は何かといえば、純粋性である。

例えば二二六事件の青年将校にしても純粋である。

しかし、純粋であるが故に狂的な状態になる。

鋭利な刃物のような純粋性は狂気と紙一重。

それがあの事件の残した一つの教訓ではないだろうか。

2014年4月21日 (月)

織田信長のマネー革命/武田知弘

Image なぜ織田軍は大量の鉄砲を揃えることができたのか?
 なぜ武田軍は鉄砲を揃えることができなかったのか?
 ここに実は信長の経済戦略の真骨頂が隠されているのである。信長は、武力によらず経済戦略で武田を追い詰めていった。この戦いが始まる前にすでに、信長は経済で武田方を圧倒していたのである。信長は、勝つべくして買ったといえるのだ。

長篠の戦いで武田の騎馬軍団を織田、徳川の連合軍が打ち破り、武田軍に壊滅的な打撃を与えた。

武田信玄亡き後といえども、武田の騎馬軍団は戦国最強と言われていた。

しかし信長は、この戦いで相当数の鉄砲を投入し、その威力によって勝利した。

では武田勝頼は鉄砲の威力を知らなかったのか?

軽視していたのか?

そうではなく鉄砲を揃えようにも揃えられなかったのである。

信長は当時の交易の中心地である堺、大津、草津を直轄地にした。

それは明らかに東国の経済封鎖を念頭に置いてのことだった。

つまり武田軍は経済封鎖によって戦う前から敗れていたというのである。

そう考えると、信長は単なる軍事の天才ということではなく、むしろ、当時の武将には珍しく経済感覚をもった人物だったと言えよう。

経済と軍事が密接なつながりがあるという考え方は、現代では当たり前であるが、あの当時、そのような考えを持ち、具体的な政策を打っていたのは信長だけだった。

やはり当時の日本では突然変異のようにして生まれてきた人物だったと言えよう。

その意味では興味が尽きない。

2014年4月20日 (日)

福沢諭吉の「脱亜論」と<アジア蔑視>観/平山洋

Photo 批判とは、誰もが同意可能な基準をあらかじめ定め、その基準からの逸脱を具体的に指摘することで相手の不当性を明らかにするあり方のことです。
 いっぽう蔑視とは、もともと何らの基準をもたぬまま、相手をより劣った存在とみなすことです。この観点からいって、福沢のアジア関連論説において、しばしばアジア蔑視と批判されている事柄は、単なる批判にすぎないといえます。

福沢諭吉の脱亜論は1885年3月16日、新聞「時事新報」に掲載された社説である。

「学問のすすめ」を書いた、同じ著者が、これを書いたというのは紛れもない事実である。

当時の日本の風潮から考えても、この社説はとんがったものだったのではないだろうか。

だが、ここで展開されているのは中国、韓国の蔑視ではない、

あくまで中韓の批判である。

そして、今改めて読んでみると、それは、現在の日本における中韓への批判と通じるものがある。

まるで、100年以上前に現在の中韓との関係を予告していたともいえるものである。

そのような観点でこの「脱亜論」を読んでみると、非常に面白い。

2014年4月19日 (土)

世界史の中の日本/田中英道

Photo 万里の長城を築かなければならないほど常に敵にさらされている中国と、四方を囲む海によって敵から守られている日本。大陸と島国という地理的条件が、異なる人間観に作用している、ということでもあるでしょう。
 この人間観の違いが、同じ黄色人種であり歴史的に深い交流を重ねながらもまったく異なった文化を育て、政治的には齟齬を重ねて現代に至っている根本であることを知らなければなりません。

歴史を知れば知るほど、日本人の特殊性ということが分かってくる。

その中の多くは四方を海に囲まれて敵から守られてきたという地理的特性から来ている。

この特殊性は世界の中で日本だけであろう。

イギリスも一応、海に囲まれているのだが、日本とは全く違う。

そしてこの地理的特殊性から、独自の文明文化が育ってきた。

本書の中でも述べられているが、文化人類学者のレヴィ・ストロースは、日本の神話と歴史には連続性があり、これはその他の文化では見られない特徴だということを指摘している。

たしかに、『古事記』も『日本書紀』も、神話の記述が、そのまま歴史の記述へとつながっている。

天皇家の由来を神話時代から語りはじめ、やがて、実在した天皇の事績へとつながっていく。

このような歴史から独自の文化が生まれ育ってきた。

日本人はこのことにもっと誇りと自信をもってよい。

最近はクールジャパンということで日本のゲームやアニメや食文化が海外でも評判だが、もっと誇ってよいものがあるはずだ。

今、グローバリズムという言葉が盛んに言われているが、内容は欧米化というものであり、これでは意味がない。

むしろ日本の進めるべきはグローカリズムである。

そしてそのために必要なことは「ディスカバージャパン」つまり「日本再発見」ではないだろうか。

2014年4月18日 (金)

人生の原理/小宮一慶

Image超一流と呼ばれる人たちは、たいていが不器用。
それは、なぜか。
不器用な人は、努力の大切さを知っているから。
不器用だから、
器用な人の何倍も時間をかけないと、一人前にはなれなかった。
だから、何倍も考え、何倍も工夫する。
一人前になっても、何倍も、何倍も、何倍も繰り返す。
一人前と一流は違う。
器用な人は早く一人前になるが、そこで努力をやめる人が多い。
不器用な人は努力を続ける。
その努力を続けているうちに、一人前から一流へと変わっていく。

器用な人は、意外と並みの業績しか残していないことが多い。

ちょっとやればすぐ人並みに出来るようになるので、そこで満足し、努力をやめてしまうからである。

逆に、超一流と呼ばれる人たちは、たいていが不器用。

言われてみれば、確かにその通りである。

超一流と呼ばれる人たちの著書を読んだり、話を聞いてみたりすると、スタート時点では他の者よりも劣っていたと言っているものが多い。

自分は他よりも劣っていると思うので、余計努力をする。

やっと人並みに出来るようになっても、努力を続ける。

努力を続けた結果、気が付いてみたら、他よりも抜きんでいた、といったものである。

努力はウソをつかないということであろう。

2014年4月17日 (木)

こころに残る現代史/白駒妃登美

Image イギリスの歴史学者アーノルド・トインビーは、世界史の中で滅亡した民族について研究し、その共通点を見つけ、次のように警鐘を鳴らしています。
①理想を失った民族は滅びる。
②すべての価値を物やお金に置き換え、心の価値を見失った民族は滅びる。
③自国の歴史を忘れた民族は滅びる。

上記の3つ、今の日本にすべて当てはまるような気がする。

特に戦後の教育はこの3つを教えてこなかった。

経済的な繁栄ばかりに目を奪われ、理想を失い、

目に見えないものに価値を見いだせなくなり、

自虐史観によって、民族としての誇りを失った日本人。

滅亡への道をたどっているといってもよい。

特に日本人は自国の本当の歴史、特に現代史を知らない。

戦後、日本人は「日本は他国を侵略して虐殺した悪い国」という自虐史観に基づいた歴史教育しか受けていない。

これで自国に誇りをもてるはずがない。

現代史においてはことさらマイナス面ばかりが強調されてしまっていて、私たちはプラス面をあまりにも知らされていない。

歴史上の出来事のプラス面、マイナス面を両方知った上で、自分なりの歴史観を持つこと。

それが本当の歴史からの学びである。

確かに今の日本は課題山積の状態だが、民族としての理想と誇りを失わなければ、乗り越えることが出来るのではないだろうか。

2014年4月16日 (水)

ブランディング 7つの原則/岩下充志

Image 私たちは相談を受けた際、しばしば、クライアントに対してブランドプロポジションの有無を聞く。もちろん、その段階ではブランドポジションという言葉は使わず、「『これだけは他社に優れている』『ここが他社と比べてお客様から最も評価されている』と思われていることは何ですか」「全く会社のことを知らない人に自慢するとすればどんな点ですか」「一言で説明するとすれば何ですか」等と聞く。(中略)
 その場合、私たちは「『安心』『安全』『快適』『地球に優しい』『地域貢献』『企業市民』『伝統・実績』『顧客満足』等の言葉を使わないで、企業(もしくは商品・サービス)を語ってください」と問う。

「価格競争に巻き込まれたくない」

これは多くに企業が思っていることである。

そのためにはブランディングが大事。

ブランディングとは「あらゆるビジネス活動をマネジメントし、ビジネスの資産であるブランドの価値を最大化すること」である。

そのためには「言葉」が大事である。

自分が何者であるか、思っているだけでは相手に伝わらない。

それは人間関係と同様である。

特にグローバル市場においては、これまで「モノづくり」に傾注してきたこと以上に、この点を磨いていかないと生き残ることはできない。

「沈黙は金」ではない。

自社のブランドを語る場合、上記抜き書きにあるような『安心』『安全』『快適』『地球に優しい』・・・といった言葉を使うことが多い。

しかし、これらの言葉はあまりにもありふれている。

ブランドを戦略として位置付けるならば、言葉に対する感性をもっと磨く必要がある、と言えよう。

2014年4月15日 (火)

新幹線 お掃除の天使たち/遠藤功

Image 強い現場、輝く現場に共通するのは、自主性、自発性、自律性です。これらを生み出し、定着させるために不可欠な要素が、リスペクトとプライドなのです。この二つがお互いに影響を及ぼし合い、好循環を生み出したとき、「普通の会社」は「キラキラ輝く普通の会社」へと変身するのです。

停車中のたった7分間で新幹線をピカピカにするテッセイがメディアから大絶賛されている。

テッセイは普通の清掃会社である。

清掃会社に勤務する社員がやる気をもって働くということは普通考えられない。

ほとんどの清掃会社の社員はいやいやながら、義務的に働いている。

事実、テッセイも数年前までは同じだった。

それが今では、社員は誇りを持って自主的に働いている。

どうしてこんなに変わったのか?

テッセイという会社の輝きを根っこで支えているのは、「リスペクト」と「プライド」である。

テッセイにはそのための様々な仕組みがある。

例えば、テッセイは入社時は、全員がパート社員としてスタートする。

しかし、1年が経過すると、正社員採用試験を受けることができる。

テッセイには「エンジェル・リポート」と呼ばれる仕組みがある。

これは現場でコツコツと頑張っている人たちを、現場の上司や仲間たちが褒める仕組みである。

テッセイではパート社員を技術サービス担当、正社員を技術サービス係と呼んでいる。
単なる清掃を行っているのではなく、快適空間を創造する「技術サービス」を提供すると位置付けられているのである。

リスペクトを感じた現場は、実行主体としてのプライドをもち、意欲的に仕事に取り組み始める。

よりよくするための知恵やアイデアも、プライドから生まれてくる。

さらに、テッセイの場合、現場の頑張りをお客さまたちがとても高く評価している。

お客さまのリスペクトが、テッセイの現場の意欲をさらに掻き立てる。

これらが相乗効果となり、強い現場を形成している。

人が働くのは「カネ」の為だけではない

「リスペクト」と「プライド」、これが働く力の原動力になる。

改めてこのことを考えさせられた。

2014年4月14日 (月)

どうやって社員が会社を変えたのか/柴田昌治、金井壽宏

Image 「やらせない改革」は、その後いすゞで展開していく風土改革において、キーワードとなった言葉である。会社が社員を改革するのではなく、社員が会社を変える。改革の推進力を企業の指揮命令力に求めるのではなく、社員の内発的エネルギーに求める。これからの企業改革はそういう形で進んでいくべきだし、そうすることは可能だ、と私は考えていた。

本書はいすゞの風土改革を題材に、会社の風土改革について述べられている。

会社にはそれぞれ独自の風土がある。

それはそこで働く者にとっては空気のようなものである。

空気がどんなに淀んでいても、その中にとっぷりと浸かっているとそのことに気づけない。

むしろ、それが当たり前になってしまう。

組織風土とはそのようなものなのである。

だから怖い。

悪い風土は長い時間をかけて組織をどんどん劣化させていく。

しかもそこで働く者はそのことに全く気付けない。

だから、風土改革は中々うまくいかない。

上からの命令では失敗する。

社員が「これではダメだ」と自ら気づき、自ら動く必要がある。

だからポイントは、社員にどうやって気づかせるかということになる。

人は本来、怠け者である。状況が許せば怠けたくなるのが人間という生きものだ。

けれども、何か目標ができて、それを乗り越えたいと本気で思ったとき、想定以上の力を発揮するのもまた人間である。

だからこそ、本気でやりたいと思わせる気づきが大事。

そして、そのように本気でやりたいという気持ちをもった人を集めることが重要。

改革は、組織に属する一人ひとりが知恵を出し合わなければ成功しない。

本人の意思と関係なく、全社一斉とか業務命令といったやり方で改革を推進しようとしても成功しないのは当然なのである。

本書はその困難な課題に取り組み、一定の成果をあげた事例が記されている。

やれば出来るということであろう。

2014年4月13日 (日)

セブンプレミアム進化論/緒方知行、田口香世

Image 私は持論として「量を追いかけても、何の意味もない。量は決して質を凌駕できない。逆に質の追求の結果として、量はついてくる」ということで、質を追求することを厳しく言い続けてきました。

流通業界の2大勢力はセブン&アイ・ホールディングスとイオングループである。

先日、両者の業績が発表されたが、セブン&アイ・ホールディングスの圧倒的勝利であった。

その好調の要因の一つはプライベートブランドであろう。

両社とも巨大なスケールのプライベートブランドを持っている。

前者は「セブンプレミアム」、後者は「トップバリュ」である。

バブル崩壊後、流通業界一般では「価格訴求」がテーマだった。

その手段の一つがプライベートブランドである。

しかし、「価格訴求」はある意味、チキンレースである。

安さが安さを生み、結果、誰も儲からないという世界になる。

今、デフレが問題になっているが、その原因の一つになっている。

しかし、セブンイレブンはそれとは一線を画す。

セブンイレブンは「価値訴求」を根本のポリシーとして商品開発に取り組み続けてきた。

そして事実、儲かっている。

「安売りをしなくても、いいものは必ず売れる」という今日のビジネス活動の重要な視点がこのセブンプレミアムの商品開発の中に隠されている。

脱デフレのための一つの方向性がここに示されているのではないだろうか。

2014年4月12日 (土)

経営者が語るべき「言霊」とは何か/田坂広志

Image442oq7ulだから、我々経営者は、
安易に「客観的な予測」を求めてはならないのです。
そのようにして語られる「予測」は、
決して「当たる」こともなければ、
「言霊」が宿ることも、ない。
むしろ、「主体的な予言」を語ることによって、
「予言の自己実現」と呼ばれる世界を求めるべき。
それが、経営トップの役割です。

「言霊」とは言葉に魂が宿り、実現させる力となるというもの。

悪い意味でつかわれることも多いが、本書ではむしろ「言霊」に積極的な意味を持たせている。

経営者は「言霊」を語るべきだと。

経営者の語る言葉がむなしく空回りしてしまうことが多い。

どんなに立派なことを語っても、社員が影響を受けない。

どうしてこんなことが起こるのか。

それは自らが語る言葉を腹の底から信じ切っていないから。

また、人格が伴っていないという問題もある。

「何を語るか」が問題ではなく、「誰が語るか」が問題。

そして今の時代、予測することが難しくなってきている。

3ヵ年計画をたてても、1年もたたないうちに修正せざるを得ないということがよく起こる。

このような変化の激しい時代は、

「この市場は、これからどうなるのだろうか」

「我々は、どうすればよいのだろうか」

と考えるべきではない。

「この市場を、こんなふうに変えていこう」

「我々の力で、こうやって変えていこう」

そう考えるべき。

そして、そのビジョンを、社員や部下に対して、「客観的な予測」としてではなく、「主体的な意志」として語れるかどうか。

それが勝負になってくる。

しかし、もし、そのビジョンを「主体的な意志」を持って語ることができれば、それは、「主体的な予言」となり、力強い「言霊」となる。

未来を「予測」するのでなく「創造」することが大事だと。

「言霊」に積極的な意味を持たせるという視点は面白い。

2014年4月11日 (金)

コピーキャット/オーデッド・シェンカー

Imageuc5ebxvd アップルはイノベーターだと広く考えられている…(中略)…しかし実際には、アップルの本領は、自社のアイディアと外部の技術を縫い合わせて、その成果にエレガントなソフトウェアとスタイリッシュなデザインをまとわせることにある…(中略)…アップルは…(中略)…一言で言えば、技術のオーケストレーターであり、インテグレーターである。外部からアイディアを取り入れることを恐れず、そこに必ず独創的な工夫を加えるのである。

コピーキャットという言葉から良い印象は持たない。

「あの企業はコピーキャットだ」と言えば、それはその企業を軽蔑する意味で使うことが多い。

イノベーターは尊敬される企業、コピーキャットは軽蔑される企業の代名詞である。

ところが著者は、模倣は今日の重要なビジネスモデルであると述べている。

企業が生き残って繁栄するうえで、模倣はイノベーションと同じ位重要な意味を持っている。

そしてイノベーションそのものを生み出すのに不可欠な要素であるというのが、本書の基本的な前提である。

例えばアップルといえばiPod、iPhone、iPadと、多くの革新的な商品を世に送り出したイノベーターの代表格である。

しかし、アップルはアセンブリーイミテーションの達人であり、数多くの先人たちが通った道を歩んでいる。

偉大な発明をした先人たちは、既存の技術や素材を使い、それを再結合して、新しい技術を生み出してきた。

グーテンベルクの活版印刷は、油性インクと、オリーブオイルやワインの生産に使われる搾り機を組み合わせて生まれた。

アップルも同じロジックを使った。

アップルは、既存の技術を斬新な発想で再結合することに創造性を使っている。

つまり、イノベーションの根本には模倣があるのである。

著者の言っていることは尤もである。

ただ、明らかなコピーキャットとわかる企業がある。

これを戦略の中核に位置付けている企業がある。

このような企業は確かに儲かるのであろうが、やはり消費者の支持は得られないのではないだろうか。

2014年4月10日 (木)

ローマ帝国1500年の歴史/歴史の謎を探る会

Image 一方、カルタゴが交易で栄え、西地中海の覇権を握っていたのは、強力な海軍を擁していたからで、海上戦でローマが勝てる見込みはなかった。にもかかわらず、第一次ポエニ戦争に勝利できたのは、ローマが「烏(カルウス)」と呼ばれる、新しい戦術を編み出したからである。
 その戦術は、船首にとりつけた跳ね橋を相手の甲板に落とし、その跳ね橋を通って兵士が敵艦に乗り移るというもの。要するに、海戦でありながら、ローマが得意とする陸戦に似た、艦上での白兵戦に持ち込むという作戦だった。この新戦術を編み出さなければ、ローマはカルタゴに完敗していただろうとみられている。

ローマの歴史を研究する人は多い。

その中に様々な教訓が含まれているからである。

例えば、ローマとカルタゴが覇権を争って戦った第一次ポエニ戦争。

当時、ローマは地上戦では最強だったが、海上戦ではカルタゴが最強だった。

そもそもローマには本格的な海軍がなかった。

開戦後、あわてて軍艦を建造するが、当時の海戦は、船首にとりつけた鉄のくちばしのような武器で敵艦の横腹に穴を開けたり、櫂や舵を折ったりというもの。

戦果をあげるには高度の操船術が必要だった。

もちろん、そうした技術は一朝一夕で鍛えられるものではない。

ではなぜ、ローマは海上戦でカルタゴに勝てたのか。

それはローマが海上戦でありながら得意の地上戦と同じ状況を作り出したから。

「烏」と呼ばれる、その戦術は、船首にとりつけた跳ね橋を相手の甲板に落とし、その跳ね橋を通って兵士が敵艦に乗り移るというもの。

それによって、実質、海上戦でありながら、得意の地上戦と同じ状況を作り出すという戦術である。

海戦でローマが有利に立てたのは、「烏」と呼ばれる新しい戦術を考え出したからである。

これに対して、カルタゴは、対抗する戦術を編み出すことができなかった。

これなど、企業の戦略や戦術にそのまま当てはめて適用することができる。

企業にはそれぞれ強みと弱みがある。

そしてライバル社に勝つには、強みを生かせる場を作り出し、そこに相手を誘い込むことである。

そんなことを考えながらローマの歴史を見てみると、非常に興味深いエピソード満載である。

2014年4月 9日 (水)

「就社志向」の研究/常見陽平

Image メディアはかわいそうな話が大好きだ。何社も落ちて疲れている学生の光景ばかりを取り上げる。「就活かわいそう報道」は、実際の就活は多様化しているのに、型にはまった部分だけ取り出して、その型を再生産し、学生を萎縮させているというのが事実ではないだろうか。

「メディアはかわいそうな話が大好き」という著者の言葉、メディアの本質をついている。

つまり、メディアは社会の中の一部分を切り取って、それがあたかも全体であるかのような取り上げ方をする。

例えば、政府は様々は政策をとる。

しかし、その政策によってすべての人が恩恵を受けるわけではない。

得をする人が出る反面、損をする人も出てくる。

問題は大多数は恩恵を受けることが出来るかどうかということなのだが、メディアはあえてそれによって不利益を被る一部の人の「かわいそうな人の話」を取り上げる。

確かにそのような視点も大事なのではあるが、あくまでそれらの人は全体の中の一部である。

それを全体がそうであるような印象をメディアは持たせる。

これは明らかに国民をミスリードする。

中には悪意をもって意図的にこのことをやっているメディアもある。

ここまで来るとそれは犯罪である。

例えば、今、「自由な働き方」「新しい働き方」に関する注目が集まっている。

若くして起業する若者や、企業に縛られないモマドという生き方をマスコミは取り上げる。

それらを見ていると、そんな若者がどんどん増えているかのような錯覚に陥る。

しかし現実は、企業で働きたいと思っている若者、しかも同じ企業で継続して働きたいと思っている若者が増加している。

それは統計に表れている。

メディアでは企業から独立する若者が増えているかのように報じられているが、むしろマジョリティは企業にしがみつきたいと思っている若者なのである。

多くの若者は「新しい働き方」「自由な働き方」など求めているわけではなく、「普通の働き方」を求めているのである。

そしてそれは決して悪いことではない。

メディアが報じることは鵜呑みにせず、疑ってみることが大事だということではないだろうか。

2014年4月 8日 (火)

ホンダの価値観/田中詔一

Image 「(藤沢さんは)これでいいな、と思われると(なけなしの人材を)惜しげもなく第一線に出します。急成長のホンダ、どこの部門も(人材が欲しくて)喉から手がでています。一旦任せると、怖いほど信頼されます。これはとても真似のできることではない。ヨーロッパをおともして回った時、現地の担当者がすっかりあがってしまい、数字の桁を間違えてしまいました。藤沢さんはこれをまともに聞かれて一晩眠れなかったということでした」
 できる人材がいた訳ではなく、リスクはあったのだろうが、場を与えることにより人材を育てたということがよく分かる。

ホンダが普通の町工場から世界的な大企業に成長したのはなぜなのか?

最大の理由は創業者の本田宗一郎氏と、彼のパートナーの藤沢武夫氏によると言えよう。

この二人は引き際も見事であった。

優れた経営者も晩節を汚すことがよくあるのだが、この二人は同時に一線を退き、後に続くものに経営を任せた。

この任せるというのは、ホンダの特徴のようである。

まだ中小企業だった時代、ホンダは日本の企業として初めて生産工場をベルギーに設立している。

またその2年後にタイの現地法人を立ち上げている。

まだ、中小企業だったホンダによくそういうことが出来る人材がいたものだと思うが、そうではなかった。

出来る人材にやらせるのではなく、出来なくとも場を与え任せたというのである。

場を与えられた社員は必死にそれをやり遂げようとする。

それが成長につながる。

これが出来るかどうかが、何年経っても中小企業のままなのか、企業として成長し続けるかのポイントとなるのではないだろうか。

2014年4月 7日 (月)

99%の人がしていないたった1%の仕事のコツ/河野英太郎

Imagegnmvzn5a 以前、「優秀な人の特徴」を複数のベテラン社員にヒアリングしたことがあるのですが、いろいろ意見が出てくる中で、不思議と一致したのが、
「優秀なヤツは、若手中堅ベテランに限らず、議論の最中に立ち上がってホワイトボードに書きはじめる」というものでした。

仕事の出来る人とできない人との違いはたった1%の仕事のコツを実行しているかどうかの違いだと著者は述べる。

それらは決して難しいことではない。

例えば、上記の「議論の最中に立ち上がってホワイトボードに書きはじめる」というもの。

この「優秀な人たち」がホワイトボードを使ってやろうとしているのは、言葉だけが行き来して、なかなか議論が前に進まない「空中戦」を避けること。

つまりホワイトボードで論点を整理し「つまり、こういうことですか?」と、会議参加者の認識を揃えるということ。

これなど、ちょっと注意すればできることである。

その他に「結論から先に述べる」とか

「3分間で話をまとめる」とか

「議事録はその日のうちにまとめる」とか

パワポを使うときは「ワンスライド・ワンメッセージ」を守る、とか

本書で書かれていること、それほど難しいことではない。

要は、それを知っているかどうかではなく、実行するかどうかということであろう。

2014年4月 6日 (日)

NASAより宇宙に近い町工場/植松努

Image 僕たちがそうまでして、この宇宙開発をやっている理由はただひとつです。僕たちにとって宇宙開発は「手段」です。一番最初にも書いたように、僕たちの本当の目的は、宇宙開発を使って「どうせ無理」という言葉をこの世からなくすということなんです。

北海道の片田舎のわずか20 名の町工場が、経験ゼロの出発からたった3年で、すべて自腹でロケット開発を成し遂げた。

その原動力はなんだったのか?

それは「どうせ無理」という言葉をこの世からなくすというのが本当の目的だったという著者の言葉にある。

注目したいのは、宇宙開発は目的ではなく、あくまで「手段」だということ。

「目標」と言い換えてもよい。

「目的」と「目標」の混同、

これはよくある。

「目標」はあくまで「目的」を達成するための「手段」である。

「目的」は「何のためにこれをやるのか?」という意味を問うもの。

そして「目的」は当人の強い想いからきていることが多い。

この「強い想い」が力となる。

よく、成功する秘訣は「成功するまであきらめないこと」という。

でも、普通の人はこれができない。

困難があるとすぐあきらめてしまう。

目的がはっきりしていないからである。

何かをやろうとしたとき「何のための自分はこれをやるのか?」を自らに問うことがいかに重要かということを著者のロケット開発成功は物語っている。

2014年4月 5日 (土)

プロ研修講師の教える技術/寺沢俊哉

Photo 「どのようにしたら、大人のやる気を引き出し、自発的に学び行動してもらえるようになるだろう」と、20年以上にわたって悩み続けました。
 その結論が、「お客さん」にせず「参加者」にさせろ! なのです。

中小企業で研修講師を務めることがよくある。

管理職研修や新入社員研修などである。

その中で気付いたことがある。

それが上記の「お客さん」にせず「参加者」にさせろ、ということ。

逆に言えば、一番効果が薄いのは、講義形式の研修。

講師が得々と話している間、聞いている側は、眠さを我慢して、ただ聞いているふりをしているだけ。

内心では「何を偉そうに」と思っている。

だから一方的に聞く側に立たせてしまっては失敗なのである。

私の場合、研修は必ず「参画型」にする。

様々な課題を提供し、それについてグループで話し合い発表する場を提供する。

それによって様々な「気づき」が生まれる。

これが人が変わる「火種」となる。

研修講師をやってみて気づいた点である。

2014年4月 4日 (金)

育てる技術/石田淳

Photo あなたの部下が仕事をできないでいるとしたら、その理由は2つしかない。
1.仕事のやり方がわかっていない。
2.仕事のやり方はわかっているが継続の仕方がわからない。
 このどちらかの問題を、あなたは解決してあげなくてはならない。

日本では「やる気」を重んじる傾向がある。

部下の評価も「やる気」があるかどうかがポイントになることが多い。

部下に対する上司の決まり文句は「やる気を出せ」である。

そして「やる気」のある社員が、優秀な社員である。

しかし、やる気がなくても一定レベルの仕事が出来るような仕組みを作るのがマネジメントではないだろうか。

著者は行動科学の理論を活用した部下育成の手法について解説している。

行動科学マネジメントの最大の特長は「再現性」にある。

たとえ凡庸な人であっても、理論どおりにきちんと実践すれば、仕事ができる人と同じ結果を出せる。

そのため、「結果」よりもそこに至る「行動」を重視する。

今、「ゆとり世代」の社員が増えてきている。

このような世代の社員に対しては有効な手法の一つのような気がする。

2014年4月 3日 (木)

オプティミストはなぜ成功するか/マーティン・セリグマン

Image ペシミストの特徴は、悪いことは長く続き、自分は何をやってもうまくいかないだろうし、それは自分が悪いからだと思い込むことだ。
 オプティミストは同じような不運に見舞われても、正反対の見方をする。敗北は一時的なもので、その原因もこの場合だけだと考える。そして挫折は自分のせいではなく、そのときの状況とか、不運とか、ほかの人々によるものだと信じる。オプティミストは敗北してもめげない。これは試練だと考えて、もっと努力するのだ。

オプティミスト、いわゆる楽観主義者であるかどうかが、人生で成功することのカギになるということを本書は様々な事例や実験を通して科学的に証明している。

人生はオプティミストにもペシミストにも等しく挫折や試練を与えるが、オプティミストのほうが上手に切り抜けて生きていく。

オプティミストは職場でも学校でもスポーツでも良い成績を上げる。

健康状態も良く、長生きするという説さえある。

アメリカ人はオプティミストを大統領に選ぶ。

ペシミストは順調にいっているときでさえ暗い予感におびえる。

人生でより多くの悪い出来事に出会うのは誰か? 

ペシミストである。

彼らは積極的に悪い出来事を避ける方策を取ろうとしない。

悪い出来事が始まってしまうと止めるための手を打とうとすることも少ない。

一方、楽観主義は仕事を助ける。

競争の激しい仕事だけではない。

どんな仕事でも、つらいときの支えになってくれる。

良い仕事をするか、粗末な仕事をするか、全然仕事ができないかの分かれ目にさえなる。

問題はどうすれば悲観主義者が楽観主義者に変われるか、ということであろう。

2014年4月 2日 (水)

国家と人生/佐藤優、竹村健一

Image佐藤
 安全保障の論理からすれば、日本でいちばん安心な場所です。沖縄を攻撃するということは、アメリカと世界戦争に入ることを意味します。沖縄の人はそれをよくわかっているんです。

竹村
 それをわかったうえで、基地反対の態度をとり続ける。そうすればお金も落ちてくる。沖縄の人は頭がいいね。

佐藤
 その通りです。しかも頭を下げないでもお金が取れる。同時に沖縄の人々にとって基地をもつことが大きな負担になっていることは間違いない。それに、そういう基地の存在は一種の「麻薬」で、やがて抜けられなくなる。

佐藤氏は左寄り、竹村氏は右寄りの論客。

立場的には相反する二人の対談なのだが、ほとんどの場面でかみ合っているという印象である。

沖縄の基地問題についても、沖縄の人たちのしたたかさが沖縄出身の佐藤氏の口から語られる。

沖縄の人々は基地反対一色だと思ってしまいがちだが、そうでもないらしい。

むしろ、マスコミの報道があまりにも表面的で一方的な為、本当の沖縄が間違って受け止められているのかもしれない。

物事の本質を見極めるということの大切さを二人の対談から学ばされること大である。

2014年4月 1日 (火)

中国の論点/富坂聰

Image つまり極端に言えば、日本人は仲良しとなれば「全肯定」で嫌いならば「全否定」。一方の中国人は常に二つの感情を併せ持ち、その時々の状況の変化や環境に合わせて使い分けているのです。

現在の日中関係は過去最悪と言われている。

確かに日本の社会を見る限り中国に対する見方は年々厳しくなっている。

ただ、中国人の対日感情は日本人の感情ほど単純ではないという。

中国人の日本人に対する感情は過去も現在もずっと悪い。

中国人の心の中には常に日本が過去中国を侵略したという感情が横たわっている。

ただ、1972年の国交正常化以降、中国人は歴史に起因する感情はいったん心の奥にしまい、日本人と手を組めるところは手を組もうという感覚だった。

ここは日本人と大きく違うところ。

つまり中国人は「好き」と「嫌い」という相反する二つの感情を併存させ使い分けることに長けているというのである。

これは一般に国民でもそうだし、国を代表する政治家もそうであろう。

そう考えると、中国とはそれを前提に付き合う必要があるということがいえよう。

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