現場刑事の掟/小川泰平
「こんなこと、本当につまらないことですけど、話していいですかね」
多くの人が、そう切り出すものだ。
「いや、あの日、家に帰るときに、黄色い傘を差している人を見たんですよ。いや、全然普通の人でしたけどね。たぶん、事件には関係ないと思いますよ」
そういうことを話してくれる人もいる。自分では関係ないと思っていても、刑事や捜査本部にとっては、非常に重要な情報を含んでいることも少なくない。わたしたちも、「わたし、犯人を見ましたよ」などという証言がいきなり取れるとは考えていない。ひとつの地区を任された刑事は、本当に小さな、けれど貴重な証言を繋ぎながら、殺人事件が起こった当日の様子を、まるで壊れてしまったビデオテープを修復するようにして再現していくのである。そのようにして刑事一人ひとりが捜査本部に情報を持ち帰り、徹底的に事件の全貌を解明するのだ。
殺人事件が起こったときには、必ずと言ってよいほど周囲の住民への聞き込みが行われる。
この場合、「犯人を知っています」というそのものズバリといった直接的な証言が得られることはまれ。
そうではなく、聞かれた本人は犯行とは全く関係ないと思い何となく話した情報に事件解決のヒントがある。
それに気づけるかどうかが、いわゆる「刑事のカン」というものなのだろう。
IT全盛の時代、カンや経験は前近代的なものだと考えがちだが、この域までコンピュータが到達するかどうかは微妙である。
また、このような分野は最後まで人間しかやれない部分として残るということであろう。
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