官僚とメディア/魚住昭
事件記者たちが当局の捜査を批判する記事のスタイルを持っていないのは、日本のメディアの報道が「客観報道主義」に基づいているからだ。記事のスタイルはこの客観報道主義に基づいて交通事故や窃盗事件から誘拐殺人のような大事件にいたるまでそれぞれに応じて決められており、新人記者はそれを覚え込まされる。
客観報道とは何であろうか?
それは主観を極力排する書き方をするということ。
ということは、情報源から質の良い情報をいかにしてもらうかが勝負になる。
そうすると、普段から情報源との人間関係が大事になる。
そうしてこそ良い情報がもらえるから。
間違っても情報源を批判する記事など書けない。
そんなことをしたら、次からはもう情報がもらえなくなってしまう。
このようにして情報源との癒着が始まる。
もしその情報源が官僚だった場合は、官僚とメディアとの癒着となる。
官僚は自分たちに都合のよい情報を流す手段としてメディアを利用するようになる。
このような持ちつ持たれつのズブズブの関係ができてしまったのがメディアと官僚との関係である。
それを防ぐためにはどうすればいいのか。
それは「客観報道主義」の看板を下ろすことである。
もともと客観報道なんてないのだから。
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